第 0007 話

瀬川はわざとそうした。男の気を取るためだ。

薄野の喉仏は上下に転がり、電話を持つ手に力が入り、指の関節が膨らんだ。

相手側の声が再び聞こえてきた。「薄野様、唯寧の足が折れたら、ダンスキャリアは終わってしまいます。当時、薄野様の身分に釣り合う国際的に有名なダンサーに日日も早くなるため、ずいぶん苦しんだんです。今では毎週理学療法に行かなければなりません。」

薄野は唇をすぼめてベッドから降りた。「彼女を見守って。すぐに行く。」

瀬川は彼を止めなかった。止めることもできないし、自分に恥をかかせる必要はない。

薄野を奪い返したくなかったが…気を晴らすために、松本の機嫌をちょっと悪くしただけ。

薄野は妻である瀬川に何も言わずに服を着替えて出て行った。

屋敷では皆が眠っている。一階では非常灯だけがまだついていた。

玄関で靴を履き替える時、「カチッ」という音がして、リビングの真上の巨大なシャンデリアが突然点灯した。

キッチンの入り口に立っている雅子が、リモコンを持っている。「もう遅いよ、どこへ行く？」

薄野は眉をひそめ。「お母さん、まだ寝ていないの？」

「聞いていないの？夜中にどこへ行くつもりか？」

薄野は口をすぼめて、表情を変えずに言った。「今、我慢できずに彼女に怪我をさせてしまった。今は薬を買いに行く。」

雅子はすぐにそれを理解した。あのスープは結有名な医師から処方されたものだから、効果は優れているに違いない。

もともと冷たい顔にはすぐに笑みが浮かんだが、それでも薄野責めている。「恋愛ばかりのカップルじゃないし、もっと優しくして。 早く買いにいって。いっそ晚辞（ばん／じ）を連れてて、医者に見てもらった方がいい。」

「…」

最後に、雅子の期待を含む目線の下で、瀬川に服を着替えてすぐに階下に行くって電話した。

瀬川は何かあったのではないかと思い、急いで服を着て駆け下りた。

結局、薄野と雅子が向かい合って立っていることを見た。

男の低い声は、冷淡だった。「君は調子が悪いんだから、一緒に薬を買いに来こう」。

自分が調子悪い？

雅子をちらっと見て状況を理解した。お母さんにばれないように嘘をついたから。

彼女は薄野に白目を向いた。このクソ男！

雅子は二人の間の妙な雰囲気にまったく気づいていなかった。瀬川が履いているきつめのジーンズにも気づき、急いで言った。「ゆったりのを着替えて。今日の天気は熱いから、きついのを履くと炎症を起こしてしまうわ。」

「お母さん、何のこと…」

どういうこと？

一体とこが調子悪いの？

しかし、薄野は彼女を引っ張って、腰を抱いた。「先に出発する。早く休んで。」

雅子は彼を睨みつけて言った。「秋辞は怪我をしたのに、乱暴なことしないで。もし家庭医が女性だったら、もう呼んで見てもらっただろうに。」

「わかったよ。」 薄野は何気なく答えたが、瀬川はずっと気が抜けていて、腰に手を引かれて部屋から連れ出されるときも抵抗するのを忘れていた。

「ちょっと待って。」何か重要なことを思い出した雅子は急いで台所に言った。戻った時手には漢方薬が入った袋を持っていた。「効果があるそうだから、持ち帰ってて。毎晩一杯飲んでね。」

薄野は唇をすぼめた。「お父さんに使ってもらおう。」

雅子は率直に言った。「お父さんはこれを必要ない。」

「…」

飲まなくていいのか、飲んでもだめなのか。

これは後輩が聴いてもいい？

薄野が答えないのを見て、雅子は瀬川に直接袋を手渡した。「早く行きなさい。薬を買うだけでなく、早く病院に行って。」

薄家の屋敷から出て、車に乗り込んでからようやく話す機会があった。「お母さんに何を言ったの？」

薄野はこの話題を続ける気はなかった。

まだ彼女の手に持っているをちらっと見て、眉を上げて冷たく皮肉な口調で言った。「何？本当にそれを持ち帰って、俺に毎晩飲ませるつもりか？」

瀬川は唖然とした。その後、薬を後部座席にゴミのように投げ捨てた。「やはり、息子を一番知っているのは母だよね。あんたがダメだと知って、薬まで用意したんだ。」

「俺がダメ？」 薄野は片手で車を運転し、この言葉をかみしめながら、瀬川をちらっと見た。「初めての時、病院に行って縫合してもらい、何日も横になっていたこと、忘れたか？」

瀬川は彼を可哀想に思った。「あれはあんたのスキルが下手すぎるからだ。初夜で病院に縫合してもらうのは私だけだろう。自分をちゃんと反省しろ。」

薄野は目を細め、顔に不快感がにじみ出そうになり、急ブレーキを踏んだ――