玲奈はお母さんが私に対して嫌悪感を持っているのを聞いて、微笑みを浮かべた。少しして、玲奈は顔を上げて、わざと無邪気に質問した。「お母さん、もし私が誘拐されたらどうする?」その言葉を聞いたお母さんは、すぐに手に持っていたものを置いて、玲奈の前に歩み寄った。彼女は真剣な顔をして、一言ずつ約束した。「絶対にそんなことはさせないわ。もし本当にそんなことが起きたら、お母さんは一番に犯人の顔を描いて、必ずあなたを助け出すからね」玲奈はお母さんの腕を抱きしめて、顔を上げて甘えたように言った。「お母さんは最高!でも、何があっても、お姉ちゃんもお母さんの娘なんだし、今回はお姉ちゃんが嘘をついたことを許してあげてよね?」彼女の顔は、いつも心からそう思っているように見えた。三年前、私はとても大切なピアノの大会があった。どうしてもお母さんに来て欲しかった。私はお母さんに自分の優秀さを見せたかったし、お母さんにも私が役立つことを証明したかった、私は不幸な星の下に生まれたわけじゃないって。何度も言葉を考え直してから、家に電話して、慎重にお願いをした。お母さんは了承してくれた。私は携帯を持って飛び跳ねて喜んだ。けれど、その日の朝、お母さんから電話があって、来られなくなったって言われた。「玲奈が病気になって心配だから、その大会は自分で何とかして」動画の中で、玲奈は顔がちょっと白くなっていて、申し訳なさそうに私を見てる。「お姉ちゃん、ごめん、ちょっと体調が悪いんだ……お姉ちゃんはいつも一人で頑張ってるけど、私、お母さんがいないとダメなんだ。お姉ちゃん、頑張ってね!」私は、子どもと一緒にいる両親を見て、急に涙が出てきた。両親は花を持っていて、顔には笑顔があふれてる。それは子どもへの期待と応援だった。でも、私のお母さんは、私が何の試合に出てるのかすら覚えてない。お母さんにとって、私はずっと大事じゃなかった。試合が終わった後、私は携帯を取り出して、ちょうど玲奈がタイムラインに投稿してるのを見た。「実はちょっとした風邪だったけど、お母さんがすごく心配して、ずっと私のそばにいてくれて、本当に幸せ!」投稿の写真は、お母さんが彼女にスープを作ってくれてる後ろ姿だった。痛みが波のように押し寄せてきて、心臓にぐっと広がって
玲奈はプレゼントを部屋に運んだ後、嬉しそうにお母さんに頼みごとをした。「お母さん、卒業旅行一緒に行ってくれる?」彼女は携帯で計画表を出した。行きたい都市がびっしり書かれている。玲奈は興奮しながら、いろんな場所を紹介していた。でも、お母さんはちょっとぼーっとしていて、携帯をしっかり見つめて、眉をひそめていた。玲奈が呼んでも反応はない。何回か呼んだ後、玲奈の目が赤くなって、少し声に詰まった。「ごめんね、ママ。私、わがままだった。お姉ちゃん、まだ怒ってるし、今は私が旅行に行くなんて言っちゃダメだよね」お母さんは我に返って、愛しい小さな娘が泣いてるのを見て、とても心が痛んだ。慌てて抱きしめて、優しくなだめる。「これはあなたのせいじゃないよ、和花が甘すぎたから。でも、さっき連絡があってね——」ママは少し迷いながら言った。「局から、10キロ先のゴミ処理場で女性の遺体が見つかって、最初の判断では誘拐されて虐待されたって。その人、もしかしてお姉ちゃんじゃないかって……」玲奈はママの手を握りながら、少し疑問を抱えて言った。「お姉ちゃんに電話してみたら?」言い終わると同時に、お母さんはすでに私に電話をかけていた。数秒後、すぐに切られた。ママはまるで喉を締め付けられたように、怒りで目を見開いた。「やっぱり前に言ってた誘拐の話、嘘だったんだ!」玲奈の目に少し笑みが浮かんだけど、口では「お母さん、怒らないで。お姉ちゃん、まだ怒ってるだけかもしれないよ」って慰めた。「気にしないで!もしお姉ちゃんが外で死んだとしても、私たちには関係ないこと」私は顔を背けて、お母さんの表情をじっと見つめた。その中に、少しでも関心を見つけようとしたけど、何もなかった。私が急に連絡を絶ったことで、彼女が感じたのはただの苛立ちと嫌悪感だった。私は、妹の成人式を台無しにするために手段を選ばず、嘘をつき続ける人間だと思われていた。私は一つの魂だったのに、涙が流れることすらあった。涙を流しながら、私は笑って聞いた。「お母さん、本当に、本当に、私を一度でも愛してたことはあったの?どうしてこんなに私を憎んでるのに、私を産んだの?」
実は、同じ質問をずっと前にしたことがあった。あの時、私はまだ中学3年生で、すごく忙しい一年だった。お母さんが病気になって、治療費が何万円もかかるって言われた。彼女の負担を減らすために、いろんな都市で大会に参加して賞金を稼いでいたんだ。その後は毎日、学校と病院を行ったり来たりして彼女の面倒を見てたから、体力がすっごく落ちちゃった。お母さんもなんか感動してたみたいで、初めて私に笑顔を見せてくれたんだ。隣人に会ったときも、何回も私のことを褒めて、「ちゃんとしてる、親孝行だね」って言ってた。私はお母さんの後ろをついて行って、気をつけながら袖を引っ張ってた。恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑ってた。その時、初めて「私もお母さんに触れられるんだ」って思った。頑張ったら、お母さんの愛情や優しさを少しは感じられるのかなって。なんだか、すべてがうまくいってる感じがした。でも、あの日の午後、玲奈が壊された貯金箱を抱えて私の前に来て、息を切らしながら泣きながら言ったんだ。「お姉ちゃん、お母さんのことを気にかけてくれてるのはわかるけど」「私のお小遣い全部あげてもいいけど、なんで私のお金を取って、母さんに『大会で得たお金』って嘘ついたの?」私は急に顔を上げて、お母さんを見た。窓の外から日差しが差し込んで、彼女の目尻のしわを照らして、ちょうど優しく私を見てた目に当たった。お母さんの目が、また少し冷たくなった気がした。それは、私がすごくよく知ってる冷淡さだった。「違うよ、お母さん、私は妹のお金取ってないよ......」私は慌てて、言い訳しようとしたけど、言葉が終わる前に。「バシッ!」って音が部屋中に響いた。顔を硬くして、目の中にはまたあの嫌悪感が浮かんでた。「あなたはやっぱり生まれつきの悪い種だ。どうしてこんなものを私が産んだのか?」お母さんが出て行った後、私は涙を浮かべながら玲奈を見つめた。「なんで私のことをそんな風に言うの?」お母さんが部屋に戻ったのを確認してから、玲奈はやっと本当の気持ちを吐き出してきた。まだ10歳の玲奈は、かわいらしい笑顔を浮かべながら、吐いた言葉は毒のように鋭かった。「あんた、愛されてない可哀想な子よ!お母さんを喜ばせようなんて、そんなの夢のまた夢!あんたが
一週間後、警察からやっと私のDNA検査結果が届いた。電話が、お母さんのところにかかってきた時、彼女は玲奈に朝ご飯を作っているところだった。私は無感情にその場に立って、彼女が朝ご飯を一つ一つ丁寧に盛り付けるのを見ていた。玲奈は、そういう「儀式感」をすごく大切にしてるから。「赤崎さん、死亡者のDNA検査結果が出ました。成人女性で、今年20歳になったばかりです。生前、非常に残忍な暴行を受けていて、全身に30ヶ所以上の骨折、20ヶ所以上の切り傷がありました。しかも、これらの傷はすべて生前に受けたものです」お母さんは動きを止めて、牛乳を注ぐ手が明らかに固まっていた。彼女は無意識に「そうなんだ......その犯人、ほんとに残酷だね」って言った。「ほんとですよね。今すぐにでも犯人を捕まえて、被害者に対してちゃんとした報いを与えてほしいですよ」「わかった、あとで署に行って似顔絵描いてくるね」お母さんはうなずいて、温めたミルクを玲奈の専用カップに注いだ。それに、玲奈が大好きなキャラクターのスプーンも忘れずに置いておいた。それが終わった後、お母さんは玲奈の部屋に向かって、起きるように声をかけに行った。「はい、赤崎さん、それじゃあ署で待ってます」相手が電話を切ろうとしたその瞬間、お母さんが突然何かを思い出したみたいで、「ちょっと待って!」って急に言った。「どうしたんですか?赤崎さん」お母さんは少し迷った後、試しに聞いてみた。「亡くなった人の名前って、なんて言うの?」目に見えて、お母さんが急に緊張したみたいだった。目の中に、心配と焦りが滲んでいた。私は横でただ見てるだけだった。でも、少し気になってた。真実を知ったら、お母さんはどんな顔をするんだろうって。驚くかな?後悔して、泣きながら私に謝るのかな?それとも、私の死を知った後で、玲奈への愛を少しだけでも私にも分けてくれるかな?そんなことを考えてるうちに、向こうが口を開いた。「えっと、亡くなった人の姓は赤崎......赤崎和花って言います」
お母さんが玲奈を連れて警察署に着いた時、私はもう棺桶の中だった。お母さんが何度も頼んだおかげで、警察署は仕方なく棺を開けて見せてくれた。私の腐った遺体を見た瞬間、お母さんが急に目を赤くした。唇を震わせながら、「報告書は?報告書をくれ!」って言った。「赤崎さん、お気を確かに......」近くの鑑定医が報告書をお母さんに渡した。お母さんはそれを手に取り目を通すと、報告書に書かれている被害者の直系親族の名前を見た瞬間、驚いて。赤崎和花って名前が書いてあった。お母さんはまるで熱いものに触ったみたいに、急いで報告書を投げ捨てた。私はちょっと驚いた。いつもは玲奈に何かあっても、お母さんがあんなに焦って慌てることなんてないのに。でも、今回は私のためにこんなに慌ててるの?お母さんは周りの仲間を見て、ぶつぶつ言ってた。「あり得ない。これが和花なわけがない、間違いだよ、絶対間違いだ!和花はいつもやんちゃで分かってないから、妹の成人式を台無しにするためにわざと行方不明になったんだ。絶対そうだよ!ちょっと待ってて、今すぐ似顔絵を描いて、絶対に和花じゃないって証明してやるから!」お母さんの強いお願いで、鑑定医のお姉さんは仕方なく紙とペンを持ってきてくれた。その時、玲奈がゆっくり歩いて入ってきた。玲奈は私を見た瞬間、思わず叫んで口を押さえながら後ろに下がった。「腐ってる!もう腐ってるよ!お母さん、怖い、うぇ——」壁に寄りかかって、ほとんど気を失いそうになって吐いていた。お母さんの顔色が急に冷たくなって、珍しく怒って言った。「玲奈、出て行け!私の仕事の邪魔をするな!」私は驚いて頭を上げた。お母さんの目には涙が滲んでて、悲しそうだった。記憶の中で、お母さんはとても強い人で、あまり泣くことなんてなかった。玲奈が病気の時だけ、悲しそうに涙を流していた。でも今、お母さんは玲奈に怒鳴った?しかも、私のことが原因で泣いてる?お母さん、今やっと私にも少しは愛を分けてくれてるのかな?私は横に立って、泣いたり笑ったり、笑ったり泣いたりしてた。残念だけど、私はもう死んでるんだよ、お母さん。......玲奈が外に連れて行かれた後、解剖室は静かになった。お母さんの手がずっと震えてた。どうやって
3日間も。お母さんは眠らず、地面にひざまずいて私の頭骨を一寸ずつ撫でてた。一筆ずつ線を描いてた。10枚目の絵が出来たとき、お母さんの理性が完全に崩れた。私は横に座って、一枚一枚絵を見てた。本当に上手に描けてた、私と全く同じだ。私は周りを見回して、ふと驚いた。そうか、私ってお母さんの筆の中ではこんなに綺麗に見えるんだな。8歳の頃、お母さんの仕事をよく分かってなかったけど、絵がすごく上手だってことだけは知ってた。つい、友達に自慢しちゃった。みんな、お母さんがどれだけすごいか見せてくれって騒ぎ出して、「まさか、ゴッホよりもすごいのか?」って言われた。私はあごを上げて、迷わず言った。「もちろん! 私のお母さんは世界一すごい人だよ!」放課後、家の掃除を全部やった。そして、そっとお母さんに頼んでみた。「私の絵を描いてくれない?」その時のお母さんの顔、覚えてる。私を一瞥して、笑いながらこう言った。「私が描くのは大体、悪人か死んだ人だけよ。だから、お前が死んだら描いてあげるわ」まさか、その言葉が現実になるとはね。法医学のお姉さんはもう耐えきれなくて、お母さんに言った。「赤崎さん、子供を安らかにさせてあげましょう」「私たちができることは、できるだけ早く犯人を見つけることだわ!」お母さんは固まったように頷いた。「そう、そうよ、犯人を見つけて、花にちゃんと報いを与えなきゃ——」言い終わった瞬間、お母さんの携帯にLINEの通知音が鳴った。お母さんは携帯を手に取って画面を見た。ポップアップに、なんと私からのLINEメッセージが表示されてた。会話画面を開くと、動画が送られてきてた。ママはその動画を開いた。血だらけの私がカメラに映ってた。爪が全部剥がされて、きれいに並べられてて、顔には縦横に傷が刻まれてた。胸には血の穴が開いて、血がまだ止まらずに溢れ続けてた。仮面をつけた男がナイフを持って、私の前でまるでゲームのように、何度も何度も私を刺してた。彼はカメラを見ながら、憤りを込めて言った。「柚羽、これがあなたの娘だ、どうだ?心痛くないのか?」すぐに彼はふふっと笑い出した。「忘れてた、君は彼女のことなんて気にしてないもんね。心が痛むわけないよね、赤崎さん、やっぱり冷たいし無情だ
動画が終わると、現場はすっかり混乱していて、犯人の残忍さを非難している声が飛び交っていた。そして、お母さんはただ座ったままで、動かなかった。まるで時間が止まったみたいだった。私は苦笑いをしながら頭を垂れた。やっぱり、そういうことだったんだ。だから、誘拐犯は最初からお金を求めていなかった。お母さんを手に入れれば、復讐が目的だってことか。この瞬間、私は何とも言えない気持ちだった。悲しさもあれば、どこかでホッとする気持ちもあった。悲しかったのは、お母さんが私のことを全然気にかけてないこと。でも、ホッとしたのは、お母さんが来なかったこと。お母さんは私を愛していなかったけど、仕事に関しては真剣だった。男の兄貴に絵を描くことを断ったのも、何かしらの理由があったのかもしれない。私はお母さんを恨んでいたけど、彼女が死ぬのは見たくなかった。結局、彼女はお母さんなんだから。どこかで、期待してたんだ。いつか、お母さんが私を愛してくれるんじゃないかって、ずっと思ってた。たとえ、ほんの少しでも。でも、もうそれも無理だ。......お母さんは何度もその動画を見返していた。そして、スクリーンショットを撮って、それを何度も拡大していた。「理仁だ、復讐に来たんだ!早く、隊長に捕まえるように指示を出して!絶対に逃がさない!」私は警察署のベンチに座って、静かにお母さんが忙しくしているのを見ていた。でも、なんだか胸の中で少し誇らしい気持ちが湧き上がってきた。さすがお母さんだ。容疑者を見つけてから、たった1日で捕まえちゃった。母さんはまた私の前に立った。優しく私の顔の血を拭ってくれていた。でも、どんなに拭いても、顔はひどく醜かった。普段、手が汚れてると家に入れさせなかったお母さんが、今回は嫌な顔一つせずに、私を抱きしめてくれて。彼女は私の遺体を抱きしめながら、優しく子守唄を歌ってくれた。その歌は、私が子供の頃、玲奈の部屋のドアの前で何度も聞いたことがあった。ずっと願っていた、心の中で何度も望んでいたこと。今日、やっと叶った。でも、私はどうしてか、嬉しくなかった……お母さんは歌い終わると、大声で泣き崩れた。彼女は私の遺体を抱きしめながら、「和花、ごめんね、お母さんが悪
取り調べが終わって、網島理仁はお母さんに会いたいと言った。お母さんはそれを許した。理仁は彼女を見つめて、思わず笑った。「おお、やっと泣いたのか?あの子のことを悲しく思い始めた?チッ、可哀想に、死ぬ瞬間までずっとお母さんって叫び続けてたんだ」彼は私のように手を振りながら、「こんな風に必死で叫んで『お母さん、助けて!』って。そういえば、君、知らないだろうけど、最初にかけたのはお前の小娘の電話だったんだ。けど、彼女は私に、直接姉を殺しちゃえって言ったんだ。どうせあなたはこの大姉も愛していないんだろう。たとえ彼女が死んでも、あなたは一滴の涙も流さない。ハハハ、柚羽、お前が育てたのはお前みたいに冷血で無情なクズだ!」理仁の歪んだ笑いの中で、お母さんは苦しそうに腰をかがめた。そして、口から血を吐いた。理仁はそれを見て、ますます喜んで笑った。しばらくして、ママは口元の血を拭いながら、突然言った。「実はね、お兄ちゃんの颯真が私に頼んだのは、あの悪党の似顔絵じゃなくて、別の無実な警察官の子どものことだったの。颯真がその連中と揉めて、彼らはお前の嫁を脅して私に似顔絵を頼んできたんだ。あいつらは人を殺して憂さ晴らししたかったんだ、昔その警察官に捕まったことがあったから。だけど、仕事が終わらなかったから、逆上して嫁を殺したんだ」お母さんは憎しみを込めて彼を睨みつけ、ひとつひとつ言葉を絞り出すように言った。「たった一人のゴミのせいで、二人の人生を台無しにしたんだ!」理仁は言葉を失った。彼は怒鳴った、「ありえない!俺を騙そうってのか!」でもお母さんはもう何も言わなかった。突然倒れたからだ。病院を出たとき、お母さんの髪は大分白くなっていた。退院の日、玲奈が迎えに来た。車に乗った瞬間、お母さんが突然声を上げた。「玲奈」玲奈は不安そうに彼女を見つめ、目には隠せない罪悪感が浮かんでいた。「お姉ちゃんが誘拐されたとき、電話がかかってきたんじゃない?」玲奈は口を開けたが、すぐに言葉を出せなかった。普段おしゃべりな彼女が、うまく言い訳を思いつけなかった。最後に彼女は言った。「お母さん、私はそれがお姉ちゃんの悪ふざけだと思って、気にしなかったんだ......」彼女は涙を数滴こぼし、心から悲しんで