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第2話

彼は少し眉をひそめ、私抱えて寝室に運んだ。

「今日は早いな」

彼の体から漂う見知らぬ甘い香りを感じながら、私はゆっくりと彼の手を払いのけた。

「景久、昨日はどこに行ってたの?」

彼の動きが一瞬止まり、その後すぐに言い訳を始めた。

「昨日会社で問題があって、それを片付けていたんだ。君が寝たから、わざわざ起こさなかったんだ」

「問題を片付けるのに時間がかかって、結局会社で寝たんだ」

彼は笑顔で私の頬をつまみ、甘えた声で言った。

「僕がいなくて寂しかった?」

私は静かに彼を見つめた。

しばらくして、無言で薬指から結婚指輪を外し、彼の手のひらにそっと置いた。

「景久、離婚しましょう」

空気が一瞬凝固し、景久の表情が変わった。

彼の目に激しい動揺が走り、指輪を握った手が拳を握りしめた。

「冗談が過ぎたよ」

私は耳の後ろにある冷たい補聴器を触った。

彼を守るためにあの攻撃を受けたことは、後悔していない。

愛していたからこそ、その苦しみさえも甘んじて受け入れた。

しかし、昨夜の「気持ち悪い聾者」という言葉は、鋭い刃物のように私の心臓に深々と突き刺さった。

私は疲れた目を閉じ、震える声を抑えながら言った。

「全部見たわ」

景久の戸惑いが浮かんだ視線をじっと見つめながら、私は彼に向かって一言一言、思い出させるように話した。

「会社の問題って、どんな問題?」

「速水家に行って、彼女と一夜を過ごす必要があったの?」

4、

雰囲気が一瞬で凍りついた。

時間が止まったかのように感じた。

私は景久の目の中に、何かしらの感情を探し求めた。

たとえほんの一瞬でも、罪悪感の表情を見たかった。

しかし、そんなものはなかった。

私が見つけたのは、彼の目に浮かんだ一瞬の動揺だけだった。

その醜い一面を私に見られたくないだけで、悪いことをしたと感じているわけではなかったかもしれない。

「情熱のない聾者で、ごめんなさい」

一晩が過ぎても、その言葉を思い出すたびに、胸が締め付けられるような痛みがこみ上げてきた。

景久の顔色が徐々に青白くなり、ついには真っ白になった。

彼は苦しそうに私の名前を呼んだ。

「瑞穂……」

私は目頭が熱くなり、必死に涙をこらえた。

これが初めて、冷静な目で景久を見つめる瞬間だった。

彼の今の悲しみや慌てた様子は確かに本物だった。

心の中で残っていたわずかな愛情も、たぶん本物だろう。

でも、彼の目の奥に潜んでいた嫌悪感が、ほんの一部だけど私は垣間見えた。

だからこそ、私は心に決めたことを貫いた。

「今日家を出る。手続きを早く進めよう」

景久の表情が一瞬固まった。

彼の優しさと気遣いの仮面が、今にも崩れそうだった。

「冗談だろう。行く当てがあるというのか?」

そう言いながら、彼の目に軽蔑の光が一瞬だけ、確かに見えた。

5、

私は景久を見上げた。

突然、この十二年間愛し続けてきた男が、まるで別人のように見えた。

以前からうまく隠しきれていなかったのかもしれない。

彼はすでに、無意識のうちに私に対して嫌気がさしていたのだろう。

私に対する嫌悪感は、きっと昔からあったんだ。私が気付いていなかっただけで。

でも彼への愛情のせいで、私はその事実から目を背けた。

愛していた。

十二年も共に過ごしてきた。

だから、彼が私への愛情も同じように増えていくものだと勝手に思い込んでいた。

その結果、私は終わりの兆しを見落としてしまった。

私は目を伏せ、そのまま寝室に入り、荷物をまとめ始めた。

私が本気だと見て、景久は突然足を上げて、私のスーツケースを蹴り飛ばした。

彼は眉をひそめ、声には苛立ちが滲んでいた。

「やめてくれ。たった一度の過ちなんだ。もう二度としないから」

怒りのあまり、逆に落ち着いてしまった。

私は首を横に振った。

「景久、十二年間も一緒にいて、私のことはわかってるでしょう?」

彼の動きが一瞬止まり、私の手をしっかりと握りしめた。

低くかすれた声で言った。

「瑞穂、僕が悪がった」

「今回は許してくれないか?」

私は彼の汗で濡れた額を見つめた。

しばらく沈黙が続いた後、私は静かに答えた。

「無理よ」

彼は私をじっと見つめ、私が決意を固めているのを見て、顔色がさらに沈んだ。

「瑞穂、お願いだから、行かないでくれ」

私は彼を押しのけ、振り返らずに歩き出した。

背後からは景久が壁を拳で強く叩く音が聞こえた。

「後悔するなよ、栖原瑞穂!」

6、

私は必死で前へと進んだ。

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