私は振り返り、彼が指を指した方向に目を向けた。 すると、白いシャツを着た男性が近くに立っているのが見えた。 彼は腰にエプロンを巻き、かつてのハンサムな顔には薄いひげが生えていた。 数年ぶりに再会した彼は、随分と老けて見えた。もうすぐ30歳になる若者とは思えず、むしろ生活の厳しさに磨かれ、丸みを帯びた中年のように感じられた。 直樹が私を見つめた瞬間、明らかにその場で固まってしまった。 私を認識したことがわかった。 彼は近づいてきて、少し不安定な足取りだった。 智也が私に耳打ちした。「数年前に事故に遭って、適切な治療を受けられず、後遺症が残っているんだ」 直樹は自然に智也に挨拶し、その後私に目を向けた。 「千葉菜乃、久しぶりだね」 私は軽く頷き、微笑んで応じた。「久しぶり、千葉菜乃」 彼は続けて言った。「ずいぶん変わったね、あなただと全然気づかなかったよ」 私は彼の言葉が社交辞令であることを理解していた。あの日、智也の告白動画がネットで広まり、彼も私の今の姿を見ているはずだった。 直樹は静かに私を見つめ、まるで昔の私を思い出そうとしているかのようだった。 私は淡い笑みを浮かべて言った。「学生の頃とは、確かに違っているよね」 智也は私と直樹の間に挟まり、左右を見渡してから驚いた様子で言った。「2人とも、知り合いだったの?こんな偶然があるんだね」 そう、本当に偶然だった。 しかし、みんな同じ街に住んでいるから、縁が尽きない限りまた会うこともあるだろう。 一瞬、雰囲気が気まずくなり、智也は携帯を取り出して私に言った。「菜乃、ちょっとトイレに行ってくるね」 智也は本当に気遣いのある人で、直樹が私に話したいことがあるのを察し、自らスペースを空けてくれた。 「この数年、元気にやってた?」 私は眉をひそめて答えた。「見ての通り、まあまあやってるよ」 直樹は頷き、智也を指差した。「風間さんはいい人だね、素敵なお相手だ」 私は何も返さなかった。私たちには特に話すこともなかった。 「まだ絵を描いているの?」と、私は突然尋ねた。 直樹は驚いて顔を上げ、苦笑いを浮かべながら言った。「たまに描くけど、知っての通り、手を怪我しているから、18歳の頃のようには戻れないよ」 「由美はどう
結婚式の準備をしているとき、母から衝撃的な知らせを受けた。 直樹が自殺したって。 十五夜に亡くなったそうだ。 彼の両親の悲痛な叫びは、心に深く響き、痛みを伴った。 父は急いで服を着て向かい、二人の高齢者に何かあったら大変だと心配していた。 直樹の机の上には遺書があり、「もしやり直せるなら、よかったのに」と書かれていた。 彼が再び生まれ変わるかどうかは、私にはもう関係ない。 自己中心的な彼のような人は、何度生まれ変わっても完璧な人生を得ることはないと理解している。 人生は本来、後悔で満ちたものだけど、彼は全ての過ちを他人に押し付けるだけだ。 こういう人には幸せは訪れない運命だ。 しばらくして、彼の両親は私の家の隣から引っ越して、彼らの広い別荘は完全に空っぽになった。 私の結婚式はクリスマスの日に予定通り行われた。この日は智也と出会った日でもある。 学生時代に知り合った友人たちを全員招待して、結婚式を開いた。 高校の担任が私の手を握り、目を輝かせながら言った。「本当に良かった。あなたは高校のときから成功すると確信していたよ。負けず嫌いのあなたなら、夢を叶えられるはずだ」 みんなは直樹のことには触れず、静かにしていた。 結婚式が始まり、司会者が誓いの言葉を読み上げ、智也がゆっくりと私に指輪をはめ、みんなの祝福の声の中で私の唇にキスをした。 支えてくれた全ての人を見ながら、突然、由美が私を嘲笑った言葉を思い出した。 「菜乃、青春は一度きりなのに、あなたは何も冒険できてない。本ばかり読んでいるから、彼が好きになるのも無理だよ」 彼女がその「冒険」の後に後悔しているかどうかはわからない。 でも、私が確信しているのは、青春時代に努力した自分に心から感謝しているということ。 そのおかげで、今は無限の可能性を選ぶことができる。 私は自由に、自分の人生を楽しむことができるのだ。
「ねえ、直樹の連絡先を教えてくれない?」 学校一の美少女が、私の腕を軽くつついてきた。 少し離れた教室の窓際に、ぼんやりと人影が映っている。 それは、17歳の松本直樹だった。 突然、心臓が大きく跳ね上がり、私は思わず胸に手を当てて深呼吸をした。 「どうしたの?」 私をつついたのは、隣の席にいる転校生の白石由美だった。彼女は来てまだ一週間なのに、すでに学校一の美少女と呼ばれていた。 前世、彼女も自信満々に軽やかに言っていた。「彼の連絡先を教えて。1週間で彼を落としてみせるから」 その時、私は彼女が冗談を言っているのだと思った。 しかし、その夜、私は彼女が机の上に座り、直樹とキスしている光景を目撃してしまった。 本来机の上に置かれていたはずの石膏像は、床に落ちて粉々に砕け散っていた。 私は生まれ変わった! すべてがまだ起こっていない過去に戻ってきたのだ。 私は掌を強く爪で押し、声の震えを必死に抑えた。 「いいよ、彼のLineを教えてあげる」 前世で彼女にLineを教えなかったために、恨まれていたことを思い出した。 簡単に操作を終え、私はスマホを置いた。「できたよ。これから勉強するから、特に用事がなければ帰ってね」 由美は直樹のLineを追加しながら、私に尋ねてきた。「また勉強?それより、どうして私が彼を落とそうとしてるか気にならないの?あなた、彼のことを密かに好きなんでしょ?」 私は胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。 17歳のとき、私は2つの大きな過ちを犯した。 1つ目は、密かに直樹に恋をしていたのに、その気持ちを彼に伝えられなかったこと。 2つ目は、彼と由美が付き合っていることを密告し、彼を海外に追いやってしまったこと。 その結果、彼は私を8年間も恨み続けた。 復讐のために、私を破滅させることすらためらわなかった。 あの屈辱的な夜を思い出すと、今でも吐き気がする。 「違う、あなたの勘違いよ。私は一度も彼のことを好きになったことなんてない」 私は冷静に顔を上げ、由美の目を真っ直ぐ見つめ、はっきりと告げた。 由美は一瞬、私の真剣な様子に驚いたが、すぐに悪戯っぽく口元を歪めた。 「それを聞いて安心したわ。本当はどうやって直樹と
この道は間違いなく険しいけれど、どんなに困難でも挑戦してみたい。 私は自分ならできると信じている! 由美が誰かに自慢しているのを聞いた。 「もういい加減にして、直樹なんて他の人が持ち上げているだけよ。実際には何も知らないただの絵描きなのに。 そういえば、彼は色々なコンペに出ていて有名だし、見た目も悪くないから、外に連れて行くと見栄が張れる。でもそれがなければ、誰が彼と付き合いたいと思うの?」 クラスメートが言った。「もう、由美、現実を見なよ。あれは天才だよ、彼があなたに目をつけるわけがないじゃん。あなたがただ綺麗だから、遊んでいるだけだよ」 由美は鼻を鳴らしながら言った。「みんな嫉妬しているだけよ。天才なんてどうでもいい、私はすぐに彼を手に入れるから。 彼が私と遊んでいるかどうか証明するのは簡単よ。みんな、見ててね」 クラスメートが続けた。「聞いたところによると、彼がもうすぐ国際絵画コンペに参加するらしい。あなたがそんなに有能なら、彼を行かせないようにしたら?」 私は彼女の隣に座っていた。 そして、そのコンペの優勝者が世界一のルネサンス美術院に推薦されることを知っていた。 このコンペが直樹にとってどれほど大切で、彼がどれだけ努力してきたかも理解していた。 やはり、私の干渉がなくても、前世の重要な瞬間はまた起こるのだろう。 前世で、由美が直樹と遊び半分で付き合っていることを知っていた。 何度か直樹にそのことをほのめかそうとしたけれど、彼は私が二人の関係を壊そうとしていると誤解していた。 悩んだ末、私は彼の両親に話すことに決めた。 彼の両親が介入したことで、大騒ぎになった。 その結果、直樹と由美は無理やり別れさせられた。 直樹は母親に見張られながら試合に臨んだけれど、体調が悪くて1位を逃してしまった。 しばらくして、彼は両親に連れられて海外に送られた。 直樹は私を何年も恨んでいて、私をひどい目に合わせようとした。 そんなふうに。 気がつくと、由美が私の目の前に立っていた。 彼女は私の肩に手を置いて言った。「菜乃、あなたは告げ口しないよね?」 私は本を開きながら、真剣に約束した。「安心して、何も聞いていないから」 前世で、直樹
直樹の母が担任の先生を伴って、冷たい表情で教室に入ってきた。 「白石由美はどこ?」 彼女は鋭い目つきで周囲を見回し、生徒たちは誰も声を出せなかった。 隣に座っていた由美は眉をひそめ、机の中のスマホを素早く操作した後、落ち着いて立ち上がった。 「私ですが、あなたはどなたですか?」 直樹の母は細い眉を寄せ、じっと由美を上下に見つめた。 由美の顔が次第に赤くなり、少し戸惑った様子だった。 「あなたがうちの息子と付き合って、彼を悪い道に引き込んでいるの?」 由美は思わず否定しようとしたが、言葉が出る前に直樹の母から一発の平手打ちを受けた。 「その手口は私の前では通用しないから、控えておいた方がいいわ。あなたの狙いは見えているから! まだ若いくせに、心の中はずいぶんと狡いわね!」 由美の美しい顔には、赤くなった手のひらの跡がくっきりと残っていた。 彼女は驚きと怒りを隠せず、直樹の母を睨みつけて叫んだ。「おばさん、どうして私を叩くの?」 直樹の母は冷たく笑みを浮かべた。「あなたはまだ若いのに、まともに勉強もせず、わざとうちの息子を誘惑しているからよ。 うちの子は素直で真面目だったのに、あなたのせいでタバコを吸ったり、酒を飲んだり、喧嘩までして、親に逆らうようになったのよ。あなたが自分を堕落させるのは勝手だけど、なんでうちの息子まで巻き込むの?」 由美は、学校でみんなに崇められる存在。そんな自分に「誘惑」なんて言葉が使われることは、彼女のプライドが許さなかった。 「素直?ふん、おばさん、直樹は一人の人間よ。彼には独立した考えがある。そんな彼を、どうして犬みたいに『素直』だなんて表現できるの?」 由美は強引に言い返した。 直樹の母は怒りで顔を歪め、由美の髪を力強く引っ張った。 「うちの子をどう教育するかは私の問題よ。あなたに口を挟まれる筋合いはない!」 その瞬間、直樹がついに駆けつけた。 彼は母親を強く押し返し、必死に由美を自分の背後に隠した。 担任の先生がやっとのことで直樹の母を止め、息を切らしながら落ち着かせようとした。 「母さん、何をしているんだ?由美と一緒にいるのは僕の意思だ。もし叩きたいなら、僕を叩いてくれ。 試合を辞退したのも、僕自身の選択で、由美には全く関係ない」 直樹
私はこのことにはまったく興味がなく、時間を全てテストの問題を解くことに使っていた。分からないところは先生に聞き、両親が家庭教師を雇ってくれたおかげで、毎日放課後に基礎が弱い科目を特に勉強していた。 模擬試験の後、成績が急激に上がり、学年でトップ10に入った。 担任の先生が職員室に呼んで、肩を叩きながら誇らしげにしていたが、次第に残念そうな表情になった。 「直樹と君はずっと仲良かったのに、残念だな」 別の先生も無念さを表しながら言った。「いい素材なのに、あの由美は勉強せず、優秀な生徒を引き込んでいる」 私は静かに職員室を出て、廊下を歩いていると、直樹と由美が一緒にタバコを吸っているのを見かけた。 由美はオレンジの香りの煙を直樹の顔に吐き出してから、彼にキスをした。そして、自分が吸ったタバコを半分直樹の口に押し込んだ。 直樹は由美のこうしたちょっかいに慣れているようで、上手に煙を吸い込み、吐き出していた。 彼はいつもの白いシャツを着ておらず、由美と同じ派手な柄のTシャツに着替えていた。 由美が私を見つけて、直樹を軽くつつきながら、私に顎を上げて合図した。 「ほら、あなたの幼なじみ、挨拶もしないの?今や学年のトップ10に入ってるよ」 直樹は私を一瞥し、まるで知らない人のように無関心な目を向けてきた。 彼の薄い唇から出た言葉はただ一言。 「つまらない!」 由美は大笑いした。 両親が直樹を放っておいた後、彼は完全に自由になった。 数日前には、学校の不良と喧嘩までしていた。 その不良は由美の元カレで、二人が一緒にいるのを見て、つい挑発してしまった。 由美はこのことを我慢できず、直樹にその男を殴らせようとした。 直樹も本当に彼女の言うことを聞いて、一発でその男の鼻を折ってしまった。 春子さんが私たちの学校に二度目に来た。 彼女は裕福な家で贅沢に育った奥さんだけど、先生や他の親に低姿勢で謝っていた。 直樹はただ横に立って、由美の手をしっかり握りしめ、一言も口を開かなかった。 春子さんは怒りのあまり何も言えなかった。 担任の先生は見かねて立ち上がり、直樹を叱り始めた。 「直樹、今の君はどうしたんだ?以前はとても優秀だったのに、どうしてこんな理不尽になったんだ? 君の家は
直樹は前世とは違う青春を選び、自分を堕落させている。私はそんなことはできない。夢を叶えるためには、努力をしなければならない。 周りを見渡すと、長い暗闇に目が慣れて、備品室の輪郭が少しずつはっきりしてきた。 この部屋には二つの出口がある。一つは私の背後にあるドア、もう一つはその狭い窓だ。 空がだんだんと暗くなってきて、これ以上は待っていられない。 私は野球のバットを探し、思い切りガラスを叩いた。 ガラスが割れる音は耳障りだったが、今のキャンパスには誰もいないので、全く気づかれなかった。 少しずつ窓枠を登り始めると、目の前が少しクラクラしてきた。 備品室は二階にあり、窓の下はなんとコンクリートの地面で、草ひとつ生えていなかった。 窓辺に座ると、涙が出そうになった。もし下が芝生だったら、飛び降りても大丈夫だったかもしれないのに…… 何度か叫んでみたが、誰も来なかった。この瞬間、直樹を何度も罵倒してしまった。 実は、直樹と私は子供のころから一緒に育ってきたのに、なぜ彼がいつも私に冷たく接するのかもっと知りたかった。 もし彼がただの他人だったら、私は全く悲しくなかったのに。 でも、彼は昔、私にとても優しかった。 私を守り、一生面倒を見てくれると言ってくれた少年が、今では誰よりも残酷に接している。 彼の心の中には、好きな子がいるからなのだろうか? でも、私はその子に対して何もしていないのに。 ため息をついた。今さら悩んでも仕方がない。ここから出なければ、明日のコンペに間に合わなくなってしまう。 私は窓から降りて、備品室でロープを見つけた。一端を自分の腰に結び、もう一端を棚に固定した。 それが終わると、再び窓に登り、勇気を出して目を閉じて飛び降りた。 結局、私は翌日のコンペに間に合わなかった。 運が悪かった。ロープが古くなっていて、私の重さに耐えられず、飛び降りた瞬間に切れてしまった。私は地面に落ちて、足を骨折し、その場で気を失った。 翌朝、早く来た先生が私を見つけて驚き、すぐに救急車を呼んで病院に運んでくれた。 担任の先生が病院に見舞いに来てくれたが、残念そうに首を振っていた。 「君の成績なら、頑張れば良い結果が出せたはずだよ。今回の問題はそんなに難しくないから。 それに、あまり
彼は拳を握りしめたが、感情を抑え、すぐには何も言わなかった。 それを見た由美は、すかさず直樹の腕に手をかけ、周りのクラスメイトたちを軽蔑の目で一瞥した。 「どうせ、あんたたち全員、直樹がかっこいいから嫉妬してるんでしょ?絵が描けなくなったとしても、この顔があれば芸能界に入れるし、あんたたちみたいなガリ勉が一生かかっても稼げないお金を簡単に手に入れられるのよ。勉強できたって、何になるのよ?」 由美の発言に、クラス中の反感を一瞬で買う姿を見て、私は彼女が無邪気なのか、ただの愚か者なのか判断がつかなかった。 「ふん、じゃあ見ててやるよ。元天才がどんなふうにのし上がるのかさ!」と、クラスの男子が皮肉混じりに言った。 由美はその言葉を無視し、私に挑発的な視線を向けると、くるりと振り返り、直樹の首に手を絡めた。 「直樹、キスして」 直樹は少し困ったように彼女の肩を支えながら、なだめるように低い声で言った。「やめろよ、こんなに大勢いるんだから」 由美は冷笑して言った。「何、怖いの?それとも、幼なじみの前だと、うまくいかないの?」 私は眉をひそめたが、まだ何も言わないうちに、直樹が口を開いた。「何言ってんだよ、僕と菜乃は、絶対に越えちゃいけない線は越えてない」 「昔はね。でもさっきは、ずっとあの子を見てたじゃない……」 「ちょっと待って、二人とも!」我慢できずに、私は立ち上がって二人を制止した。 「ねえ、二人とも、聞いて。今日は同窓会なんだから、イチャイチャしたいなら人目のないところでやってよ。みんながこうして集まるのは多分これが最後なんだから、雰囲気を台無しにするのはやめてほしいの。 それに、二人のケンカに私を巻き込まないで。聞いてて……すごく気持ち悪いから」 「気持ち悪い」という言葉に、由美の怒りが一気に爆発した。彼女は私の前に飛び出し、指を指しながら叫んだ。 「何を偽ってるの?私があなたの考えを知らないと思ってるの?あなたの数学コンペの問題集の中に、直樹へのラブレターが挟まってたでしょ?一番気持ち悪いのはあんたなのよ!」 数学コンペの問題集にラブレター? 私が生まれ変わった後、すでにそれを燃やしてしまったけれど。 由美は、前世で私がまだ彼女を友達だと思っていた頃から、こんなに早く知っていたんだ。