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第89話

全員がその声の方を見た。

田中一郎は怒りの表情を浮かべて、早足で歩いてきた。後ろには、彼の右腕と左腕である兼家克之と常盤太郎が続いていた。

「田中様!」

軍戦グループの兵士たちは急いで敬礼をし、田中一郎の登場に士気が一気に高まった。

兵士の後ろに立っていた渡辺玲奈は、それまでずっと冷静を保っていたが、田中一郎の姿が目に入った瞬間、瞳が一気に潤んだ。

この時、彼女の心は乱れていた。

彼女は中傷されたのを恐れていなかったし、他人の意見も気にしていなかった。

ただ、田中一郎に誤解されるのが怖くて、嫌われるのが嫌だった。

田中一郎は圧倒的なオーラを放ち、森本長官の前に立った。彼の堂々とした立ち姿に、森本長官の威勢は瞬く間に弱くなって、態度がいくらか穏やかになった。

「田中様、今僕の管轄で犯罪が発生しました。僕は犯人を逮捕しようとしているところです。あなたの部下に武器を下ろさせて、犯人を引き渡してください。僕を困らせないでください」

田中一郎は冷たい目で伊藤千佳を一瞥した。

伊藤千佳は緊張して唾を飲み込み、急いで涙を絞り出し、田中一郎に駆け寄った。「一郎お兄様、渡辺玲奈が私を殺そうとしたの、お願いだから私を助けて...…」

田中一郎は手を伸ばし、伊藤千佳の額を押さえて近づかせないようにした。顔は険しく、目は冷ややかだった。

それを見た兼家克之と常盤太郎はすぐに前に出て、伊藤千佳を後ろに引き下げた。

伊藤千佳は大声で泣き叫んだ。「うう...…一郎お兄様、渡辺玲奈が私を殺そうとしているのよ。あなたは正義感が強いから、悪事を許さないわよね。悪いことをする者を見逃すわけにはいかないわ!」

渡辺玲奈はどうしていいか分からず、田中一郎に説明したいと思ったが、伊藤千佳の口の上手さには到底勝てなかった。

森本長官は冷笑し、「僕も正義感が強いのでね、今日はこの犯人を必ず連れて行く」

田中一郎は冷たい目で彼を見つめ、厳しい口調で命じた。「伊藤千佳、訴えを取り下げろ」

伊藤千佳は涙を拭きながら、怯えたように首を振った。「一郎お兄様、無理だよ。渡辺玲奈が私を殺そうとしたの。彼女を刑務所に送らなきゃ」

「私じゃない」渡辺玲奈の悲しげな声が突然響いた。

田中一郎はその声に目を向け、彼女を見た。

渡辺玲奈の目には涙が光っていた。

彼女の目に宿る強さと弱さが鮮やか
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