私は少しの間立ち止まり、前へ進んだ。 墓の前にはすでに一本の花が置かれていた。 私はそれに触れず、自分が持ってきた花をそっと隣に置いた。 古びた写真が刻まれた墓石を静かに見つめた。 「ばあちゃん、会いに来たよ」 私は一人でたくさんのことを話した。 潤一はずっと隣で黙って聞いていた。 最後に、私はバッグからあの古びたメモ帳を取り出し、ライターで火をつけた。 それを見た彼は、慌てて手を伸ばして止めようとした。 「何をしてるんだ!」 潤一の顔には焦りが浮かんでいた。 私は手を緩め、燃え盛る紙は彼の花に落ちた。 彼はすぐにしゃがみ込み、手で火を消そうとしたが、火に焼かれたのか、「あっ」と声を漏らした。 「ばあちゃんが残してくれたものを、どうして燃やすんだ?」 花にできた焦げ跡を見ながら、私は静かに言った。 「あなた、どうしてここに来ることができたの?地獄に落ちるのが怖くないの?」 彼の動きが止まった。 しばらくして、彼は立ち上がり、私を見つめた。 彼の目の下にはクマができ、口元には無精ひげが生えていた。 彼は口を開き、かすれた声で言った。 「最後に説明させて欲しい」 私は彼をじっと見つめた。 「何を?また何を装うつもり?」 彼の顔は少し青ざめ、血走った目で私をじっと見つめた。 その中には、私には理解できない感情が混じっていた。 彼は喉を鳴らし、重苦しい声で話し始めた。 「君は信じないかもしれないけど、俺は本当に君を愛していたんだ」 ネットのことは申し訳なかった。でも、君をどうしても取り戻したくて、訴訟を取り下げさせようとしたんだ。婚約を続けられるようにと思って。それが間違っていたことはわかってるけど、それでも本当に愛していたんだ」 彼が話すにつれて、その目は暗く沈んでいった。 その言葉を聞いて、本当に情けないと感じた。 そして、静かに問い返した。 「謝るべきことは、それだけじゃないでしょう?」 「大晦日の夜、あなたが玲奈のために打ち上げた花火、私は見ていたよ。私もたくさんの花火を買って、あなたと一緒に打ち上げたかったんだ」 潤一はその言葉を聞いて、目が赤くなった。 「玲奈が
もう誰にも、私を好き勝手に傷つけることはできない。 「花火のこと、地震のこと……他のことも、あなたはこれから後悔の中で生きていけばいい」 だって、私は以前彼の無事を心から祈っていたのだから。 そう言って、私は耳から補聴器を外した。 潤一はそれを見て、動きを止め、私の手元にある補聴器をじっと見つめていた。 「言い忘れてたけど、地震の後、私は耳が聞こえなくなったんだ」 彼の顔が一瞬で真っ青になり、血の気が引いた。 彼はびっくりしたようだった。 手を伸ばして私の補聴器を取ろうとしたが、彼の手は止めどなく震えていた。 私は自分からそれを差し出した。 次の瞬間、彼の温かい涙は私の手の上に落ちてきた。 潤一が最後までその補聴器に触れることはなかった。 彼が限界になったかのようにその場に崩れ、目にはもう光が残っていなかった。 彼の口が動いて、何かを言っているのを見たが、一言も理解できなかった。 しばらくして、私が笑いながら言った。 「来年も、その次の年も、日々が良い日になりますように」12. 裁判は終わった。 有島家族は崩壊し、関係者全員が判決を受けた。 潤一は5年の刑を受けた。 エミリーは見事にやり遂げた。 潤一は本当に名誉を失い、完全に破滅した。 刑務所に入る前に、彼が最後にもう一度私に会いたいと願ったが、私はそれを拒絶した。 その後、私はエミリーの家族と共に海外に行った。 しかし、私の計画は世界を旅することだった。 出発前の夜、エミリーと一緒にお酒を飲んだ。 酔っ払った彼女は、ほのかに赤く染まった顔が灯りの下で特に美しかった。 彼女はこう言った。 「こんな日本人、見たことがないわ。見た目は柔らかそうに見えるけど、その下に硬い鎧をまとっているね」 私はどうしてそんなことを言うのかを尋ねた。 エミリーは真剣で誠実な表情で、答えにならない言葉を言った。 「女性にとって、傷つくこと自体が怖いことではなく、怖いのは、そこから立ち上がれなくなることよ」 その瞬間、私は彼女の言葉を完全に理解した。 エミリーはグラスを掲げ、微笑んで言った。 「いい子ね。あなたの人生はこれから始まるんだから」
1. 年越しの夜、家々は灯火で輝いていた。 私は冷めた料理をもう一度温めた。 潤一は今夜に残業すると言っていたが、私が彼の助手に電話をかけた。 助手は彼が今日、会社には一度も来ていないと言った。 彼に何度も電話をかけたが、誰も出なかった。 私たちは7年間交際しており、婚約したばかりだ。普通なら、彼をもっと信頼すべきだと思っていたが、心の中には不安が広がっていた。 ベランダに出ると、花火が目に入った。 それは、潤一と一緒に年越しのために買った特別な花火だった。 次の瞬間、目の前がパッと明るくなった。 川沿いに花火が打ち上がっているのが見えた。 誰かが愛している人のために花火を上げたのだろうか。 私は携帯の地震警報が鳴っていたことに気づかずに、その景色にしばし浸っていた。 身体が揺れるのを感じた時には、足元にすでに1メートルほどの大きな亀裂が走っていた。 恐怖に怯える間もなく、ビルは一瞬で崩れ落ちた。 私はバランスを失い、気がつけば廃墟の中に閉じ込められていた。 全身が激痛に襲われ、動けなくなった。 胸の中から熱い血が溢れ出しているのを感じた。 耳元には、砂が落ちてくる音と、人々の悲鳴が聞こえてきた。 意識を失う前に、心の中でただ潤一が無事であることを祈っていた。2. 「杉木美咲さんですね、肋骨が2本骨折し、右足が粉砕骨折になりましたので、暫くは動けなくなるでしょう。」 目が覚めると、耳にかすかな声が聞こえてきた。 それはまるで霧がかかったような、ぼんやりとした音だった。 医者が私の目を見て話していたが、その声が全く聞こえなかった。 私は不安になり、小さな声で言った。 「聞こえません。」 彼は眉をひそめた。 そして私は思い出したように聞いた。 「彼氏は来ましたか?」 潤一が無事なら、きっと私に会いに来てくれるはずだ。 医者が首を振るのを見て、私は不安が募った。 医者は私の布団を整え、部屋を出て行った。 胸が痛み、耳元には何の音も聞こえなかった。 いつの間にか眠りに落ちていた。 目が覚めた時、かすかに声が聞こえてきた。 「昨夜のあの花火、知ってる?聞いたところによ
「ねえ、お嬢さん、なんで泣いてるの?」耳元で聞こえた声は、再びぼんやりとしていた。だから、廃墟の下での私の祈りは叶ったのだ。地震が来た時、潤一は数年間想い続けた帰国した元カノのために花火を上げていた。それなら、叶わないはずがない。3.病院で検査の結果が出た。医者は、私の耳は「突発性難聴」だと言った。地震中の強烈な衝撃波によって損傷したためだという。回復するかどうかは、今後の観察が必要だと言われた。聴力に影響が出ないように、補聴器をつけることになった。その日、潤一が病室に現れた。私はその時、ゆっくりとベッドに移動しようとしていた。彼は私の姿を見ると、眉をひそめた。弁当箱を横に置くと、数歩で私に近づき、私を横抱きに持ち上げた。私は一瞬戸惑ったが、気づいた時にはすでにベッドに下ろされていた。振り返ると、心配そうな彼の目と目が合った。「足はまだ痛いのか?すまない、守れなかった」潤一の口調は優しく、自責の念がこもっていた。その眉目からの悲しみは作り物ではないように見えた。だが、私の心には何とも言えない苦さが広がった。「地震の時、もし僕が君のそばにいたら、こんな苦しみを君一人で背負わせることはなかった」彼の声はかすれていて、手を伸ばして私の顔にそっと触れた。彼は少し顔を傾け、昔のように私にキスをしようとした。私は顔をそむけ、彼の動作は止まった。「本当?」私は小さな声で問い返した。彼をじっと見つめ、乾いた喉で尋ねた。「それなら、私が廃墟の下で押しつぶされていた時、あなたは何をしていたの?」潤一の目が暗くなり、すぐに目を伏せ、その不自然さを隠した。しばらくして、彼は私の手を握った。「君が僕を恨んでいることはわかってる。本当に、君のそばにいなかったことを後悔している」私は静かに言った。「本当に後悔しているなら、私が病院に運ばれた日に来るべきだった」彼は沈黙した。その様子を見て、私の胸の苦しさはさらに強くなった。「玲奈はいつ帰国したの?」彼はその名前を聞いて、顔色を変えた。ほとんど反射的に「そんなこと、なぜ聞くんだ?」と問い返してきた。私はその質問に一瞬戸惑った。その口調は、まるで私が彼女に何かするのではないかと恐れているかのよう
「でも、信じて。俺はいい夫になれるよ」潤一は私にしっかり休むようにと言い残して病室を出て行った。このやり取りだけで、私は全ての体力を使い果たしてしまった。一眠りした後も、胸の苦しさは消えなかった。私は車椅子に乗り、病室から外へ出た。エレベーターで一階の庭へ行こうと思っていたが、ふと片隅に見慣れた弁当箱がベンチの上に置かれているのを目にした。潤一が持ってきた弁当箱とそっくりだった。眉をひそめ、無意識に車椅子を操り、その方向へと進んだ。隣の病室は半開きになっており、中から柔らかく心地よい声が漏れてきた。「こんなに長い間経っても、あなたが私の好きなかにを覚えていてくれたなんて」「地震でちょっと怪我をしたけど、あなたが作ってくれたお粥を食べたら、良くなるわね」その言葉を聞いた瞬間、私は体が硬直した。まるで脳が何かに導かれるように、私はその声の主に近づいていった。次の瞬間、私はその背中を見つけた。それは、つい先ほど私の病室で愛を語っていたあの人だった。「君は花火が好きだし、かにも好きだし、他にも好きなものは全部覚えているよだから、今度はもう二度と海外には行かないでほしい」その瞬間、またかみなりが私の頭上に落ちたかのように感じた。心は一瞬で粉々に砕けた。冷たい空気が胸から内臓全体へと広がった。だから、私が廃墟の下で閉じ込められていた時、彼は彼女のために愛の花火を上げていたのか。私が病院に運ばれても、彼が来なかったのは、彼女も怪我をしていたから。彼は私のかにアレルギーを忘れたのではなく、ただ彼女のためにかに粥を作っていただけ。私はただのおまけだったのだ。5.病院での療養期間が過ぎ、私は退院することを決めた。退院する前、医者は私に言った。「耳にしっかりケアしてください。回復の見込みがなくても、悲しみすぎてはいけません。体に良くないですから」私は医者に感謝し、婚約解消の合意書を用意し、家に戻って荷物をまとめるつもりだった。その時、潤一から電話がかかってきた。「なんで退院したんだ?」私は靴を履き替えながら、淡々と言った。「潤一、私たち別れましょう」彼はしばらく沈黙した後、信じられないというように声を荒げた。「それはどういう意味だ?冗談だろ?俺は同意しない
その言葉を聞いて、私はしばらくぼんやりとしていた。そして、突然すべてははっきりとわかった。婚約した夜、潤一は家に帰らなかった。私は彼に何度も電話をかけたが、繋がらなかった。翌日の午後になって彼が帰ってきて、「友達と独身パーティーをしていた」と説明した。当時、私は彼との愛に没頭しており、疑うこともなかった。今になって考えると、玲奈が帰国したその夜、二人はすでに関係を持っていたのだろう。翌日も平然と、私を騙すことができた。では、この1か月間、私は何度彼に騙されていたのだろうか。頭が混乱し始めた。私は7年間愛した男は、いったいいつから彼は腐り始めたのか?それとも、最初から腐っていたのか? 6.明らかに、最初に私に接近してきたのは彼だった。大学時代、学校全体で注目を浴びていた有島グループの御曹司、潤一が私に一目惚れした。7年間の交際を経ても、私はまだその事実が信じられない。当時の私は、ただ勉学に打ち込み、授業の合間にアルバイトを掛け持ちしていた、極めて平凡な女の子だった。誰も潤一が私を好きになるなんて信じられなかった。私自身も信じられなかった。私たちは明らかに違う世界に住んでいる人間だったからだ。私は彼のことを、お金持ちの暇つぶしだと思っていた。だから、彼の好意には素っ気なく対応し、彼の接触を避けていた。だが、潤一はまるでそのことを感じ取れないかのようだった。私が授業を受ける時、彼はこっそり後ろの席に座り、私が図書館で勉強する時には、私の席に事前に温かいミルクを置いておき、私がバイト先で働いている時には、こっそり手伝いに来ていた。彼が一日中、私のために何度も箱を運んでくれたことは、今でも鮮明に覚えている。その時、私は彼が豪門の御曹司であることを忘れてしまい、ただ彼の手にできた水ぶくれを覚えている。彼は私が気にするのを恐れたかのように言った。「別に気にしなくていいよ、もう行くから!」彼は作業服を脱ぎ、手を振って私に別れを告げ、そのまま去った。風に揺れる彼の髪を見て、汗だくの彼の目は相変わらず輝いていて、笑顔は変わらず控えめでありながらも眩しかった。しかし、それでも私は心を開くことができなかった。私は幼い頃から苦労して生きてきた人間だった。父も母も私を愛さず
祖母の葬儀は、潤一が手伝ってくれた。彼女は生前の願い通り、祖父と一緒に埋葬された。その後、私は潤一と付き合い始めた。彼の母親は最初反対していたが、後に態度を変えた。私たちは7年間、どんな困難にも耐えて交際を続けた。この7年間、私がかつての医療費の話を持ち出すたびに、潤一は怒っていた。彼は私が自立しすぎることに腹を立て、彼を頼りにしないと文句を言っていた。だから、私はその後、彼に頼ることを覚えた。彼には海外赴任のために別れた元カノがいることを、私は後になって知った。しかし、そのことをあまり深く考えず、彼はいつも私に安心感を与えてくれる存在だった。彼はそのことについて真剣に説明し、それ以来私たちの関係はますます良くなっていった。私は彼を一度も疑ったことがなかった。そう思いながら、私は一瞬ぼんやりしていた。その時、玲奈の声が現実に私を引き戻した。彼女は指をいじりながら、気軽に言った。「そうそう、ちょっと気になってあなたの寝室の引き出しを見てみたの。ボロボロのノートを見つけてね、うっかり壊しちゃったわ。潤一も別に大したことじゃないって言ってたし、あなたも」その言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になった。彼女の話の後半はもう耳に入らず、私はよろめきながら寝室へと向かった。そして、ベッドサイドに散らばった黄ばんだ紙の束を見た瞬間、まるで頭を棒で殴られたかのような衝撃を受けた。ゴミ箱の中には、破れた紙の切れ端がいくつも入っていた。私は足元がふらつき、全身が蜘蛛の巣のような息苦しさに包まれた。7.目の前は真っ暗になり、体中の血が一瞬で凍りついたように感じた。私は地面に膝をつき、震える手でゴミ箱からその切れ端を拾い集めた。慎重にそれらを組み合わせていったが、脳内は騒がしく、目に涙が滲んでいた。やがて視界がぼやけ、涙が紙に落ちて、かすれた字をにじませた。どれだけ組み合わせても、いくつかの部分が足りなかった。どうしよう、組み合わせられない。祖母に怒られるかもしれない。私がちゃんと保管できなかったことを、私が愚かで騙されやすいことを。「嘘でしょ、こんなボロボロのノート、そんなに大事なの?」玲奈が私の後を追ってきた。その口調は驚きと嫌悪が混ざっていた。彼女はのん
熱い涙が落ちてきた。それを見た彼女の目には一瞬の恐怖がよぎった。私の頭の中には、彼女の「その死んだ祖母」という言葉がこだましていた。限りない痛みが息苦しさとともに押し寄せてくる。「なんでそんなことを言うの?」私は彼女に向かって叫び、手を振り上げて彼女の顔を叩こうとした。次の瞬間、私の手首は強く掴まれ、そのまま床に激しく押し倒された。手のひらが割れたガラスに触れ、鋭い痛みが走った。私は痛みをこらえて後ろを振り返ると、潤一が焦った様子で玲奈を抱きしめているのが見えた。彼の眉間には心配そうな皺が寄り、彼女に優しく話しかけているようだった。残念ながら、私は補聴器を失ってしまったので、彼が彼女にどうやって優しく慰めているのかは聞こえなかった。しばらくして、彼は私を見た。その目には、以前のような優しさはなく、冷たさと嫌悪だけが残っていた。私の顔に血が滲んでいるのを見ると、彼は一瞬驚いた様子を見せた。しかし、彼はすぐに口を開いたが、何を言っているのかは聞こえなかった。もしかしたら、私が玲奈をこんな風に扱ったことを責めているのかもしれない。あるいは、もっと冷静になって、そんな無茶をしないようにと言っているのかもしれない。その時、ふと思い出したのは、あの冬の日のことだった。一緒に箱を運んでいた時、私が手を切ってしまった。ほんの小さな傷だったが、潤一はとても心配して、私を休ませようとした。彼は私に焼き芋を買ってきて、まるで子供に言い聞かせるように言った。「焼き芋を大人しく食べててね。僕が運び終わったら、一緒に帰ろう!」当時の彼は、今ほどたくましくはなかった。しかし、今のその強い腕で、彼は私を容赦なく地面に押し倒したのだ。考えを巡らせながら、私は次第に不思議なほど落ち着いてきた。静かに涙を拭い、手の血が顔の血と混ざった。私は再び立ち上がり、散らばったメモ帳の切れ端を拾い上げた。血がその上に染み込み、歪んだ文字をにじませた。震える手でそっとそれを拭ったが、さらに血が付着してしまった。かすかに見えた文字には、こう書かれていた。「美咲、ずっと無事でね。ばあちゃんはあなたを愛している」これは、決してただのボロボロのノートではない。涙が突然こぼれ落ち、全身が痛み始めた。