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愛しき夫、憎むべき仇
愛しき夫、憎むべき仇
Author: 彷徨う魚

第001話SMS

「銀行に行くな!

死ぬぞ!早く逃げろ!

そいつはお前の夫じゃない!」

突然届いたメッセージを見て、背筋が凍りついた。思わず手が震え、イヤホンのコードを引っ張ってしまい、イヤホンが耳から抜け落ちた。

恐怖が瞬く間に全身に広がっていく。

なぜなら、このメッセージを送ってきたのは、紛れもなく私の夫、中村浩だったからだ!

でも、彼は今、家にいるはずだ。

もし彼が私の夫じゃないなら、いったい誰なんだ?

「お前は一体誰なんだ?なんでそんなことを言うんだ?」

その時、部屋のドアが勢いよく開け放たれ、中村浩が飛び込んできた。

彼の顔は真っ赤で、服は乱れ、一目で焦っているのが分かった。

私は慌てて携帯を背中に隠した。

メッセージの内容を思い出し、彼のその慌てた姿を見た瞬間、不安が一気に胸の中で膨らんだ。

「どうしたの?」

内心は恐怖でいっぱいだったが、何とか落ち着いた振りをした。

「俺の携帯が見つからないんだ。お前、どこかで見てないか?」

私は急いで首を横に振ったが、心の中の疑念はさらに深まるばかりだった。

目の前のこの男、顔も声も夫と全く同じだ。

どう見ても、目の前にいるのは間違いなく夫の中村浩だ。

もしかして......誰かが彼の携帯を拾って、私をからかうつもりでこんないたずらをしているのか?

それだとしたら、絶対に許せない!

中村浩は頭をかきながら言った。「じゃあ、どこかに落としたんだろうな。もし変な電話やメッセージが来ても、絶対に信じるなよ!」

私は頷いたが、彼の言葉にはやはり疑いを持っていた。

明日銀行に行くことを知っているのは、私たち家族以外には誰もいない。

それに、彼の携帯には銀行の話題なんて一切なかった。

もしこれが悪ふざけなら、家族の誰かが彼の携帯で私をからかっているのかもしれない。

だからこそ、私がメッセージを受け取った直後に、彼がすぐに携帯を見なかったかと聞いてきて、変な電話やメッセージは信じるなと言ったのだろう。

でも......本当にそうなんだろうか?

ただの悪ふざけで済ませていいのか?

心の中で疑いが完全には晴れなかった。

男はそっとベッドの端に腰掛け、私の頭に手を置いた。

「昔のこと、思い出せたか?」と、優しく問いかけてくる。

私は懸命に記憶を辿ろうとしたが、結局、ため息をついて首を振った。

「もう一年も記憶が戻らない......やっぱり治らないのかな」

男は私を励ますように何度か声をかけ、それを確認すると安心したように部屋を出て行った。

私はこっそりと携帯を取り出し、夫に再びメッセージを送り続けた。

しかし、いくら問いかけても、返事はなく、まるで無視されたかのようだった。

携帯を強く握りしめ、考えが渦を巻くように頭を巡った。いったい誰があのメッセージを送ったのか?

この家には私と夫の他に、夫の弟である中村光と妹の中村美咲の二人も住んでいる。

光は地下室に、美咲は屋根裏部屋に住んでいるが、二人ともまるで自分の殻に閉じこもっているような、内向的な性格で、私でさえほとんど会話をしたことがない。

そのため、すぐに彼ら二人が関わっている可能性は否定した。

あの性格では、私にこんないたずらを仕掛けるはずがない。

それでは、本当に夫が何かに巻き込まれたのか?

でも、もしそうなら、どうして警察に連絡しないのだろうか?

眉をひそめ、事態がどうにも奇妙だと感じた。

「やっぱり、警察に通報しておいたほうがいいかもしれない......」と、独り言を呟いた。

もしただの悪戯ならそれでいいが、もし本当に何かが起こっているなら、命が助かるかもしれない。

ちょうど警察に通報しようとしたところで、再びメッセージが届いた。

「私はお前の夫じゃない。私はお前にとって、一番大切な存在だ!

この話はとても不思議で、信じられないかもしれない。でも真実を話したら、お前は信じてくれないだろう。

頼むから、警察には通報しないでくれ!

何事もなかったかのように振る舞って、まずは銀行へ行け!」

その瞬間、背中を冷たい汗が流れた。

私の両親は一年前に亡くなっているし、夫の中村浩を除いて、もう身内は誰もいない。

それにしても、なぜこのメッセージを送ってきた人物は、私がちょうど警察に通報しようとしていたことを知っているのだろう?

もしかして、夫の携帯を拾った覗き魔が近くで私を見張っているのか?しかも、まるで心を読んでいるかのように......

そんな不安が胸をよぎり、私は恐る恐るベッドから降り、窓のカーテンを閉めようとした。

しかし、ふと窓ガラスに映った自分の姿が目に入った瞬間、頭をよぎるある考えに戦慄が走った。

この世で、自分よりも「一番親しい存在」と呼べる人がいるだろうか?

まさか、メッセージを送ってきたのは......私自身?

背中が一気に冷たくなり、膝が震え、その場に崩れ落ちた。心臓が激しく鼓動し、まるで水から引き上げられた魚のように、必死にもがいていた。

そんなことはありえない!そんな心霊話が現実に存在するなんて、考えられない!

だが、次に届いたメッセージはさらに衝撃的だった。

「今夜、絶対に薬を飲むな。それは自白剤だ!」

薬?どうしてこの人、私が夜に薬を飲むことまで知っているのだろう?

「あなたはいったい誰?」

不安に震えながら、私は携帯の画面をじっと見つめた。だが、それ以降、メッセージは一通も届かなかった。

夜が更ける頃、男が薬と水を持って部屋に入ってきた。

「ダーリン、薬の時間だよ」

私はその白い錠剤を見つめ、心臓が凍りつくような感覚がした。

普段飲んでいるのはカプセルなのに、今日はなぜか錠剤だ。

「薬、変わったの?」

「お医者さんが新しく処方してくれたんだ」

私は男の顔をじっと見つめたが、特に怪しいところは見当たらない。

この男が何を企んでいるのかまだ分からない。だからこそ、ここは一旦相手に合わせることにした。

私は口元を手で覆い、薬を飲んだふりをしたが、実際は錠剤を手のひらに隠したのだ。

これは以前、ネットで見た手品のトリックで、面白そうだと思って練習していたのだが、まさか本当に役立つ日が来るとは思ってもいなかった!

男は私の小細工に気づくことなく、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

私は薬が効いたかのように、少し目を回しているふりをしながら、ベッドにもたれかかった。目を遠くの壁に向け、まばたきをしないように耐えた。

男は私が薬の効果で弱っていると思い込み、すぐに私に近づいてきた。

「おい、あの叔母からもらったキャッシュカード、どこに隠したんだ?

カードの暗証番号は?」

その瞬間、頭の中で「ガンッ」と音が鳴るような衝撃が走った。午後に届いたメッセージにあったあの言葉を浮かべた――自白剤!

映画の中だけの話だと思っていたが、そんな薬が本当に存在するとは!

さらに驚いたのは、メッセージを送ってきた人物が、本当に未来を予知していたということだ。

私はなおさら確信した。あのメッセージは、きっと未来の私自身が送ってきたものだ。

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