共有

第509話

  清次はその様子を見て、思わず口元をほころばせた。

 ……

 虹崎市の市内に戻った頃には、すでに辺りは薄暗くなっていた。

 清次は車をあるレストランの前に止め、シートベルトを外しながら「まず夕食を食べよう。食べ終わったら、送っていくよ」と言った。

 由佳と山口沙織は車を降り、3人で一緒にレストランに入り、2階の個室へ向かった。

 食事の前に、由佳は一度トイレに行った。

 消防通路を通り過ぎる時、会話が聞こえてきた。

 「……監督、やめてください……ここはレストランですよ。夜、ホテルでならお好きなように……」と女性の甘ったるい声がする。

 それに対して、男のいやらしい声が答えた。「夜?今すぐが良い、我慢できないんだよ……」

 しばらくして、また衣擦れの音が聞こえ、女性が「それで番組の件は……」と尋ねた。

 「心配するな、必ずお前にやるから。さあ、早く、俺にもっと触らせろ……」

 「やめてください……」

 女性の喘ぐ声が響いた。

 どうやら、芸能界でよくある「裏取引」の場面に出くわしたようだった。

 由佳は静かにその階段を通り過ぎ、特に気にすることなくトイレへ向かった。

 トイレから出てきた時、ふと見ると、前方の消防通路から中年の男性が出てきて、服の襟を直しながら歩いていた。

 よく見れば、その男はかつて由佳に嫌がらせをした竹内監督ではないか!

 さっきの「裏取引」の相手は彼だったのか。

 由佳はまさか竹内監督がこんなに早く終わるとは思ってもみなかった。

 5分もかからなかっただろう。

 彼女が消防通路を通りかかると、今度は女性が髪型を直しながら出てきた。

 その女性と目が合った瞬間、由佳は驚きを隠せなかった。

 その女性は歩美だった。

 清次の支えがなくなった彼女が、こんなことをするとは思わなかった。

 もし彼女が祖父を怒らせなければ、清次の態度からして、今も彼女は贅沢な生活を送っていただろう。

 だが今の状況はすべて自業自得だ。

 由佳が歩美を見るたびに、亡くなった祖父を思い出し、心の底から悲しみと怒りが湧き上がってきた。

 もし歩美がいなければ、祖父はあんなに早く亡くなることはなかっただろうし、最後に会うこともできたはずだ。

 ところで、清次は歩美がずっと第三病院にいると言っていたのに、なぜここにいるのか?
ロックされたチャプター
この本をアプリで読み続ける

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status