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第351話

  「さっき、彼の彼女になりたいって言ったのは誰だ?さっき、彼がハンサムでスタイルが良いって言って、今夜はホテルに戻らないつもりだって言ったのは誰だ?さっき、私が渡したお金で彼を養うつもりだって言ったのは誰だ?」

 由佳は黙って、口角を引きつらせながら言った。「それ、どう考えても嘘でしょ……試してみただけよ」

 「俺が気にしすぎただけだ。由佳、俺は怖かったんだ」

 「怖い」という一言が、由佳の心の湖に蜻蛉が水面に触れたように、小さな波紋を残した。

 由佳は清次を見上げた。

 清次は言った。「本当に怖かったんだ。由佳が本当に彼を好きになって、彼と一緒になるんじゃないかって。由佳が完全に俺の元から離れてしまうんじゃないかって。もう二度と由佳を取り戻せないんじゃないかって、毎日不安で仕方なかった」

 「だから、あの日吉村さんが由佳を抱きしめているのを見たとき、抑えきれず、車から降りて由佳に会いに行ったんだ。俺は本当に怖かった。由佳があっという間に他の人の新婦になって、俺がただの取るに足らない元夫になるんじゃないかって」

 清次の目は深く、冬の虹崎市の夜のように暗い。

 彼の口調と表情は、まるで彼が本当に彼女を愛しているかのようだった。

 でも、そんなはずがないだろうか?

 清次の演技がますます見事になってきたとしか言いようがない。芸能界に行けば、ひょっとして受賞されるかもしれない。

 だが、由佳はかつての甘い言葉にだまされ、数えきれないほどの苦しみを味わった。その経験のおかげで、今はもう目が覚めていて、同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。

 「私たちはもう離婚したのよ……」

 「知ってるさ」清次は彼女の言葉を遮り、「だからこそ、不安で仕方がないんだ。俺は復縁を迫ろうとしているわけじゃない。ただ、俺の気持ちを伝えたかっただけなんだ」

 由佳は目を伏せた。

 「もう、この話はやめよう。まずは食事をしよう」

 清次は由佳の皿にサーモンを一切れ取って乗せた。

 二人はその後、先ほどの話題には一切触れず、食事についてだけ会話をし、まるでとても和やかに過ごしているようだった。

 食事が半分ほど進んだころ、清次が尋ねた。「どうやって森太一の友人が俺だって気づいたんだ?」

 由佳は湯飲みを手に取りながら、「初めて会ったとき、彼が私に向かって会釈してき
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