共有

第355話

  由佳は手を振って「気をつけて行ってね!」と笑顔で言ったが、内心では早く彼が去ることを願っていた。

 清次は仕方なさそうに苦笑し、最終的に由佳に手を振ってから、搭乗口へと向かった。

 彼の姿がセキュリティチェックを通り、見えなくなるのを見届けた後、由佳も空港を後にした。

 さっきの清次が、何度も振り返りながら去っていく様子を思い出すと、由佳は思わず微笑んだ。

 その姿はまるで、学校の門前で親に別れを告げたくない子供のようで、仕方なくも別れを受け入れているようだった。

 彼女は今まで一度も清次のそんな姿を見たことがなかった。少しぼんやりしていて、ちょっとかわいらしかった。

 でも、笑っているうちに、その笑顔が急に固まり、すぐに表情を引き締めた。

 自分が何を考えているのか、どうして清次を可愛いと思ったりするのか。

 これも彼の演技に違いない。

 結婚後の3年間、彼女は清次の偽りの優しさにずっと騙されていたのだから、今回ももう少しでまた引っかかるところだった。

 「どうしてこうも懲りないのよ!」と自分を叱りつけた。

 由佳はバスでホテルに戻ると、すぐに高村さんと北田さんに教えた。

 由佳を見た高村さんは、すぐさま問い詰めるように「早く言いなさいよ、昨夜一体何があったの?森くんに会うって言ってたのに、どうして山口さんと一緒に帰ったの」

 由佳は簡単に答えた。「森さんの友達が清くんだったのよ」

 この一言で、高村さんと北田さんは全てを理解した。

 高村さんは拳を握りしめ、怒って「クソ、山口さん、本当にずるいね。こんな手を使うなんて。どこに行っても森さんに会うと思ったら、彼らがずっと私たちを追ってたってことね!」と言った。

 そして、再び問いかけた。「昨日会った時、山口さんに何かされなかった?」

 「何かされた?」という言葉に、由佳の頭には突然、清次が言った「お前の体で俺が触れていない場所なんてあるか?」という言葉が浮かんできた。

 彼女は急いでその言葉を頭から振り払って、「何もされてないわ。ちゃんと話はつけたし、彼は今朝、帰国する飛行機に乗ったわ。もう私たちを追いかけてこないわ」と答えた。

 「彼が約束を守ってくれるといいけどね!」高村さんは呟いた。「ああ、でも森さんのことは残念だわ。由佳ちゃんが本当に彼に気があるかと思ったのに……」
ロックされたチャプター
この本をアプリで読み続ける

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status