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第354話

  「ん?どうして印象が薄いんだ?」清次の目に一瞬暗い光がよぎった。

 普通、一年間交換留学していれば、良い悪いは別として、強い印象が残るはずだ。

 由佳は額に手を当てながら答えた。「交換留学が終わって、帰国する前に交通事故に遭ったの。いろんなことがよく覚えていないの」

 そうか、事故による記憶喪失か。彼の予想とほぼ同じだ。

 しかし、清次はまだ疑問を抱いていた。あの子供はどうなったのか?

 由佳と一緒に事故で亡くなったのか、それとも他に何か事情があるのか?

 「どうして事故に?その時、怪我はひどかったのか?」

 「よく覚えていないわ。頭を打ったせいで、目覚めた時にはいろんなことがぼんやりしていた」由佳は遠くを見るような目で思い出しながら話した。

 彼女はかつて、その記憶を取り戻そうと必死になったが、頑張るほど思い出せなくなり、最終的には諦めてしまった。

 清次はそれを聞いて眉をひそめた。

 由佳の話の中には、あの子供の影がまったくなかった。まるで彼女はその存在を知らないかのようだった。

 しかも、その事故も不自然だ。何かが切り取られたかのように、すべての手がかりが消され、追跡不可能になっている。

 誰かが由佳の事故に乗じて子供を連れ去ったのか?それとも、事故の前にすでに子供は彼女の元を離れていたのか?

 清次は記憶をたどり、ついに思い出した。「だから由佳は祖父母に心配かけまいとして、サマーキャンプに参加するって伝え、遅れて帰国したんだな?」

 あの夏休みが終わりかけた頃、由佳はようやく国外から帰ってきた。電話で祖父母に、向こうの学校のサマーキャンプに参加するから帰国が遅れると言っていたのを清次は耳にしたことがあった。

 その時の彼女は清次にとって友人ですらなく、ただの他人に近かったので気にも留めていなかった。

 祖父の話を聞いて思い出したのか、由佳の目は一瞬曇り、うなずいた。「そうよ、心配かけたくなかったから」

 清次の胸にはどうしようもない痛みが広がり、抑えきれない哀しみが込み上げた。

 大きな手を伸ばして由佳の頬に触れようとしたが、途中で方向を変え、彼女の肩に手を軽く置いて、優しくポンポンと叩いた。

 異国で、病院のベッドに一人横たわり、ぼんやりした記憶を抱えて耐えていた彼女。その心の痛みと悲しみはどれほどのものだったか、
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