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第236話

黒塗りの高級車の中は、妙に静まり返っていた。

和泉夕子は、こっそりと池内蓮司を見つめた。彼は片手でハンドルを握り、長い指を時折動かしながら、車を運転している。端正で美しい顔には特に表情がなく、先ほど出会った人物についても何も尋ねてこない。

まるで彼にとって、彼女の過去など興味がないようだった。ただ、この心臓が自分のそばにありさえすればそれでいい、そんなふうに思っているのだろうと、和泉夕子は彼の心中を推測していた。

そんな中、蓮司が突然口を開いた。「さっきの男、霜村冷司か?」

夕子は静かに「うん」とだけ答え、それ以上は何も言わなかった。

蓮司は彼女を一瞥し、「お前、男が多すぎるんじゃないか?」と冷たく言い放った。

夕子は唖然とした。どういう意味だろう?

少し腹が立った夕子は反撃するように尋ねた。「私の過去に興味があるの?」

蓮司は少し考え込んだ後、冷淡に答えた。「興味はない……」

興味がないくせに、なぜ聞くのだろう。夕子は苛立ちを覚えながら奥歯を噛み締め、窓の外へ視線を移した。

やがて車は別荘に到着し、夕子はさっさと車を降りて寝室へ向かった。ドアを閉めようとしたそのとき、背後から蓮司の声が聞こえた。「鍵はかけるなよ」

夕子は振り返って「夜中に出たり入ったりするのはやめてくれる?びっくりするから」と言おうとしたが、彼は「バタン!」と大きな音を立ててドアを閉め、そのまま鍵をかけてしまった。

夕子は内心でため息をつきつつ、今は一刻も早く沙耶香に会いたいと思っていた。自分がいなくなった後、江口颯太の裏切りもあり、彼女がどれほどの苦労を重ねて、ナイトクラブのオーナーにまで上り詰めたのかを知りたかった。

その夜は心配と興奮でなかなか寝付けず、朝方になってやっと少しの眠りについた。昼近くになって目を覚ましたとき、作業着を着たメイドがにこやかな笑顔で彼女に声をかけてきた。

「お目覚めですか、奥様?」

「奥様?」と夕子は眉をひそめた。

メイドは部屋に入り、腰をかがめて尋ねた。「お昼は何を召し上がりますか?」

夕子は少し考えてから、「池内蓮司が雇ったメイドさん?」と尋ねた。

メイドは首を振り、「いえ、私たちは池内家で働いている者です。池内様が坊ちゃんに戻られたと知り、ここへ配属されました」と答えた。

「坊ちゃん?」夕子の眉間にさらに深いしわが刻まれた
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