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第312話

「わ、私......」松本若子は思わず鼻をかきながら、少し気まずそうに尋ねた。「お義父さん、どうしてここにいるんですか?」

ここは藤沢曜の住まいなのか?それに、顎に残った口紅の跡や首元の引っ掻き傷......まさか、ここで他の女性と......?

そんなことを考えていると、部屋の奥から声が聞こえてきた。「藤沢曜、誰が来たの?」

松本若子の心臓が一瞬止まりかけた。

この声は、伊藤光莉のものじゃないか......?

藤沢曜は振り返って、「若子だよ」と返事をした。

その直後、足音が近づいてきて、

松本若子は長い髪を垂らしたまま、シルバーのシルクのナイトガウンを身に纏い、腰のベルトを結びながら歩いてくる伊藤光莉の姿を目にした。

松本若子の頭は一瞬で混乱した。光莉の視線は眠そうで、首筋にははっきりと残るキスマークが見える。

状況を一目で理解したものの、彼女の中には信じられない思いが渦巻いていた。まさか、二人がこんな関係だったなんて......

松本若子は、伊藤光莉が藤沢曜を憎んでいると思い込んでいたし、彼らは長年別居していると聞いていた。

それなのに......この状況を前にして、細かいことを想像するのが怖くなってきた。頭の中にありありと浮かんでしまう光景を振り払おうとする。

驚愕している松本若子とは対照的に、伊藤光莉はまるで何事もなかったかのように冷静で、発覚することを少しも恐れていない様子だった。もっとも、彼らは正式な夫婦なのだから、隠すこともないのだろう。

藤沢曜もまた、特に隠そうとする素振りはなく、ただ少し不機嫌そうな顔をしている。まるで、邪魔が入ってしまったことへの苛立ちを隠せないといった様子だ。

その時、女性の気だるそうな声が松本若子の混乱した思考を現実に引き戻した。「何しに来たの?」

「わ......私は......あなたに会いに来ました。少しお話ししようと思って」

「そう?」伊藤光莉はゆっくりと前に出て、体を少し傾けながらドア枠に寄りかかって松本若子を見下ろした。「私と話がしたいって?おばあちゃんが君をここに行かせたのかしら」

鋭い伊藤光莉は一瞬でそれを見抜いた。松本若子もそれを隠すことなくうなずいた。「はい、そうです。それで、おばあちゃんが住所を教えてくれて......私、あなたが一人だと思ってたんです。まさかお義父さんと一
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