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第316話

「お願いですから、相手はあなたの実の息子ですよ。母親がそんなことで気まずがってどうするんですか?」松本若子は、もはや伊藤光莉が母親としての自分を忘れてしまったかのように思えた。

光莉は若子を一瞥して、「忘れるところだったわね、あなたも今や母親なのよね」と小さく笑った。

そして彼女の視線が若子のお腹に移る。「まだ話すつもりはないの?」

若子は両手でお腹をさすりながら、首を横に振った。「おばあちゃんには、旅行に出かけるって伝えました」

「ふふ、じゃあそのまま隠し通すつもりなのね」と光莉は微笑んだ。

「お義母さん、ずっと秘密にしてくれてありがとうございます」

若子は感謝を伝えた。光莉はこのことをずっと知っていながらも、約束通り誰にも話さずに守り続けてくれた。約束を守る強い人であることが、若子にはよく分かっていた。

「一度約束したことだもの、言うつもりはないわ。それに、もし私が言ってしまえば、君がもっと困ることになるだろうしね。でも......一生の間、修に自分の子供がいることを黙っていくつもりなの?」光莉は問いかけた。

若子は少し間を置き、「先のことは、その時が来たら考えます。今はただ、一人で子供を産むことだけを考えていたいんです。今、彼が知ったらいろいろと面倒ですから......彼は周純雅さんと結婚する予定ですし」と答えた。

光莉は若子の瞳に一瞬浮かんだ哀しげな影を見逃さなかった。「本当に、修が桜井雅子を心から愛していて、何があっても彼女と結婚すると信じているの?」

若子は少し苦笑して、わずかに顔を伏せた。「彼がそうしてきたじゃないですか?......もう、私の思いは関係ないんです」

いくつかのことは、彼女の気持ちではなく、厳然たる事実なのだ。

彼女がどう感じようと、もうどうでもいい。

「何か手伝えることはない?旅行先での病院や住まいを私が手配してもいいわ」

「ありがとうございます、お義母さん。でも、そのあたりは私がなんとかします」

彼女は一人で子供を産み、育てていく覚悟を決めていた。こんな小さなことでつまずいていたら、母親としての責任を果たせるはずがないと心に言い聞かせていたのだ。

母親になるということは決して簡単なことではない。子供を産んで食事を与えれば済むわけではなく、それ以上の責任が伴うものだと彼女は理解していた。

そのため、彼
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