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第011話

つまり、彼は村上允が桜井雅子を傷つけたと思って殴りかかったのか?

自分はなんて馬鹿げたことを考えていたのだろう!

松本若子はこぼれ落ちそうになった涙を拭い、無理に笑顔を作って言った。「気にしないで。どうせ私たちの関係は最初から間違っていたんだし、このことくらいどうってことないわ」

その場の空気は一気に凍りつき、恐ろしいほどの静寂が漂った。

村上允はその場で居心地が悪く、どうしたらいいのかわからず、窓から飛び降りたくなった。

なんて気まずいんだ!

しばらく沈黙が続いた後、松本若子は再び口を開いた。「どうしてこんなに飲んでるのかわからないけど、たぶん嬉しかったからだと思うわ。どうせ離婚するんだから、私はもう何も言えない。じゃあ、私はもう行くね」

彼女が背を向けようとしたその瞬間、藤沢修は彼女の手首を掴んで引き止めた。「俺が送っていく」

酔った目でありながらも、彼女を見つめるその瞳は澄んでいた。

松本若子は彼の手を力強く振り払い、「結構よ。でも、今夜、あなたが私の誕生日を祝ってくれたって、私はおばあちゃんに言ってあるの。だから、おばあちゃんに会ったら、今夜がとても楽しかったって、ヒルトンホテルに泊まったって伝えておいてね」

彼女はそのまま振り返り、足早に部屋を出た。

藤沢修は、自分の手が空虚になったのを感じ、何かが突然失われたような感覚に陥った。

今日は彼女の誕生日なのに、彼は彼女を置き去りにしてしまった。

「俺が送っていくよ」村上允は彼を一瞥し言った。

藤沢修は酔っていて、車を運転できる状態ではなかった。村上允は怪我をしていたが、まだ意識がはっきりしていた。

松本若子がエレベーターに入ったとき、村上允は急いで彼女の後ろに入り込んだ。

彼女は彼の存在を完全に無視していた。

村上允は鼻をこすり、気まずそうに言った。「その…俺も彼が桜井雅子と勘違いするとは思わなかった。俺のせいじゃない、全部彼のせいだ」

「送っていくよ。直接駐車場まで行こう」

「…」

松本若子はそれでも彼を無視し、エレベーターが一階に止まると、そのまま外に出てタクシーを止めた。

どうやら、村上允の車には乗らないつもりのようだ。

すると突然、一つの影が村上允を飛び越え、タクシーに乗り込んで松本若子の隣に座った。

「あなた、どうしてここにいるの?」と彼女は驚いて尋ねた。

藤沢修は何も言わず、代わりに運転手に「紫苑レジデンスへ」と告げた。

運転手は一瞬驚いた。

その地域はA市でも最高級の富裕層が住む場所だったからだ。

後部座席の照明が暗いため、運転手は彼らの顔をはっきりと見ることができず、わざと後部座席のライトをつけて何様がタクシーに乗っているのか確認するわけにもいかなかった。

「何しに来たの?」松本若子は眉をひそめて尋ねた。

「帰るんだ」彼は淡々と答えた。

少し酔いが覚めたようだが、体にはまだ酒の匂いが残っていた。

その言葉を聞いて、松本若子は皮肉な気持ちになった。

二人とも車内では何も話さなかった。

目的地に到着すると、二人は車を降りた。

藤沢修は本能的に彼女の手を握ったが、彼女はそれを力強く振り払った。

彼女があまりに力を込めたせいなのか、あるいは藤沢修が酔っていて足元が不安定だったのか、彼はよろけて倒れそうになった。

松本若子は驚いて彼を支えた。

その結果、彼はその力に身を任せ、彼女を一気に抱き寄せた。

二人はぴったりと寄り添った。

彼の温かな息が、酒の匂いと共に彼女の顔にかかった。

「どうしたんだ?拗ねてるのか?」

彼の口調は、まるでいたずらっ子に話しかけるようなものだった。

松本若子は動揺し、彼の胸を押しながら言った。「放して」

「どうして手を繋がせてくれないんだ?」

松本若子はその質問に思わず笑いがこみ上げてきた。「だって、私たち、離婚するんだから」

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