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第017話

「放して、言ったでしょ、大丈夫だって、わからないの?」

松本若子はいつも優しくて、これまで藤沢修に対して怒ったことは一度もなかったが、今回が初めてだった。

もし病院に行けば、妊娠がバレてしまうだろう。

既に離婚することが決まっている以上、彼にこの子供の存在を知られるわけにはいかない。そうでなければ、彼に縛られていると感じさせてしまい、彼は彼女と子供を憎むことになるだろう。

「大丈夫かどうかは医者が判断する。おとなしくしろ」

彼は強引に彼女を抱えたまま部屋を出た。

「藤沢修、あなたの言う通りよ。それが私の本心だわ。あなたと一緒にいるのは楽しくない!」

藤沢修の足が急に止まり、眉をひそめた。

彼女は苦しさに耐えながら続けた。「ずっと我慢してきたのよ。だから、あなたに問い詰められたとき、つい感情的になってしまった。私はただ、この結婚生活に耐えすぎたから、ようやく解放されるのが嬉しいの。少し一人になりたいから、放してくれる?」

彼女の拳はますます強く握りしめられた。

痛い!

まるで自分の心臓を引き裂くような感覚だった。

「それで、ドアに鍵をかけたのは、俺に会いたくなかったからか?」

彼の表情は冷たく、恐ろしいほどだった。

松本若子は苦しそうに頷いた。「そうよ、一人になって静かにしたかったの。お願いだから、私を降ろして」

男の腕の力が一瞬緩んだかと思った。

しかし、彼が彼女の顔をじっと見つめ、彼女が真っ赤な顔をして汗だくになり、顔色が悪いのを見て、再びその力が強まった。

彼の目には怒りが浮かんでいた。「俺に会いたくないのは構わないが、医者に診てもらってからなら離れてやる。1年間も耐えてきたんだから、あと数時間くらいどうってことないだろ!」

彼の表情は極限まで恐ろしいものに変わり、彼は彼女を抱えたまま、大股で前へと進んだ。

その怒りはすべて足元の速度に変わった。

松本若子はこの男の腕の中に抱かれ、まるで噴火寸前の火山の頂上に立っているかのように、息が詰まりそうだった。

彼女は彼を止めようと何か言おうとしたが、胃の中が再び激しくかき回されるような感覚が襲ってきた。

これ以上何か言えば、吐き出してしまいそうだったので、彼の肩に寄りかかって黙っているしかなかった。

車の中。

藤沢修は冷たい顔をしながら、手に持ったハンカチで松本若子の額の汗を優しく拭っていた。「なんでこんなに汗をかいてるんだ?後で医者に全身を診てもらって、何が問題なのか調べてもらおう」

彼の心配は、彼女が先ほどの言葉を言ったときに感じた怒りを超えていた。

「全身検査」という言葉を聞いた瞬間、松本若子の頭が一瞬真っ白になった。しかし、今さら何を言って彼を止めようとしても無駄だろう。彼を止めようとすればするほど、彼はますます疑念を抱くに違いない。

「東雲総合病院に行ける?」松本若子は尋ねた。

「東雲?」彼は問い返した。「どうして?」

「前にちょっとした病気のときは、いつもあそこに行ってたの。そこの医者は腕がいいし、環境にも慣れてるから、安心できるの」

「お前、そんなに病気をしたのか?」

彼は知らなかった。

結婚してこの一年間、彼女が風邪や熱を出したときは、いつも彼がそばにいた。

もし少しでも重い病気なら、彼が直接病院に付き添っていた。彼女が東雲総合病院に通っていたなんて?

「結婚してからまだ一年しか経ってないでしょ?それに、その前は毎日一緒にいたわけじゃないわ。確か、あなたが2か月間出張していたことがあったわよね。そのとき、ちょっと体調が悪かったから、自分で行ったの。大したことなかったから、言わなかったのよ」

「…」

藤沢修は彼女の顔をしばらく見つめ、何かを見つけようとしているかのようだったが、彼女の言葉を思い返し、彼女が「我慢してきた」と言ったことを思い出した。すべてを彼に知らせていたわけではないのだろう。

彼が知らないことは、まだまだたくさんある。

「東雲総合病院に行くぞ」藤沢修の顔はさらに冷たさを増した。

松本若子はほっと一息つき、体を窓の方に向けて、目を閉じて休むふりをした。

藤沢修の視点から見ると、彼女は彼の膝に寄りかかることよりも、座席に身を寄せる方を選んだようだった。

時間が一分一秒と過ぎていき、松本若子は車窓越しに藤沢修がもう彼女を見ていないことを確認すると、こっそりとポケットから携帯電話を取り出し、メッセージを送った。

「秀ちゃん、お願いだから助けて、すごく緊急なの」

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