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第004話

「ええ、私もあなたを兄のように思っているわ。あなたが私を妹のように思っているのと同じように」

松本若子の喉はますます痛くなり、もうこれ以上声を出すことができないほどだった。これ以上話せば、きっと彼女がばれてしまい、布団をめくって彼の腕の中に飛び込んで、「私はあなたを兄と思ったことはない。ずっとあなたを愛しているの!」と泣きながら叫んでしまうだろう。

それをなんとか堪えようとする彼女。彼の心に他の女性がいる以上、自分を卑下してまで引き留める必要はないと自分に言い聞かせた。

「そうか、それならよかった」藤沢修は薄く微笑み、「これでお前も本当に愛する人を見つけられるだろう」

その一言が、松本若子の痛みをさらに深めた。まるで心臓がもう一度切り裂かれたような感覚だった。

彼女は微笑んで、「そうね、それはいいことだわ」と答えた。

彼なら、彼の初恋の女と堂々と一緒になれるだろう。

「若子」彼が急に彼女を呼んだ。

「うん?」彼女は辛うじて声を出した。

「俺…」彼は突然に言葉を詰まらせた。

「…」彼女は続く言葉を待っていた。

「俺、行くよ。お前は休んでくれ」

藤沢修は振り返り、部屋を出て行った。

松本若子は自分を布団で包み込み、抑えきれずに泣き始めた。

声を漏らさないように、手で口をしっかりと押さえ、息が詰まるほどだった。

この溺れるような絶望感に、彼女は今すぐこの世界から消えたいとさえ思った。

どれくらい時間が経ったのか分からない。ドアをノックする音が聞こえた。

彼女は涙に濡れた目を開いた。「誰?」とかすれた声で聞いた。

「若奥様、アシスタントの矢野さんが来ています」ドアの外から執事の声が聞こえた。

途端に、松本若子は眠気が吹き飛んだ。

彼女は浴室へ行き、顔を洗って少し化粧を整え、少しでも自分が見苦しくないように努めた。

そして、部屋を出ようとしたとき、携帯が鳴った。彼女はベッドサイドの携帯を手に取ると、それは藤沢修からのメッセージだった。

「矢野がそろそろ着いたはずだ。何か要望があれば彼に言ってくれ」

松本若子は、耐えられなく涙で目が潤み、そのメッセージを消去した。返事はしなかった。

彼女が彼に対して何の恨みも抱いていないと言えば、それは嘘になる。

松本若子は身だしなみを整え、客間に行くと、矢野涼馬が立っていた。「矢野さん、お疲れ様です」

松本若子は花のように美しく、元気に見えた。

矢野涼馬は、総裁が離婚を切り出した後、彼女が打ちひしがれているだろうと予想していた。

以前、総裁が酔ったときに彼に話したことがあった。

そのことを思い出し、今の松本若子の態度も理解できる気がした。

「契約書を見せてください。サインしますわ」

松本若子はためらわずに言った。

若奥様が他に好きな人がいるというのは本当だったのか?どんな男が総裁よりも魅力的なのか?

「若奥様、こちらが離婚協議書です。離婚後、あなたは以下のものを受け取ることになります…」

矢野涼馬は手順通りに離婚後の豊富な補償内容を読み上げ始めた。

別荘、高級車、金銭、ジュエリー、黄金。

しかし、松本若子はそれを一言も聞いていなかった。まるで魂が抜けたように。

彼女は何も求めず、ただ藤沢修がいてくれればそれでいいと思っていた。

突然、彼女は笑い始めた。

悲しみが極限に達すると、笑いが出るものだろうか。

矢野涼馬は驚いた。

離婚するというのに、彼女がこんなに嬉しそうにするなんて、どういうことだろうか?

「申し訳ありません」松本若子は笑いを止め、「離婚した後、私は億万長者になるわね」

矢野涼馬は困惑した。「…」

若奥様はお金が好きだったのか?

「若奥様、まだ全て読み終わっていません。規則に従って、すべて読み上げる必要がありますので、少しお待ちください」

矢野涼馬が読み続いた。しかし次の一節を読み上げると、突然言った。「これはまずい」

彼は離婚協議書を閉じ、「この協議書にはサインできません」

矢野涼馬が真剣な表情をしているのを見て、松本若子は不思議に思った。「なぜですか?」

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