高橋優子が中村悠斗に感激の目線を送ると、悠斗は彼女に頷き、入院の手続きをしに行った。「高橋さん、これからは長い治療期間になります。化学療法のお薬は皆注射ですが、その都度血管に注射をします。血管はお薬によるダメージを受けますが、酷い時はお薬が滲み出されることがあります。お薬の多くは腐食性がありますので、腕に針を埋め込むことをお勧めします」看護師は丁寧に彼女に説明した。「お薬を順調に静脈と身体の各器官に打ち込む為に、予め静脈に通路を確保します。そのメリットは長く使えることであって、次回化学療法を受ける時は改めて血管を探す必要はなく、針も抜けません。この方法は便利でより安全ですが、この腕がこれから重いものを持ち上げられなくなるというデメリットもあります」優子は看護師の言う通りにして、化学療法の前に簡単な手術を受け、腕に注射用のポートを埋め込んだ。彼女の身体は麻酔薬の抗体がある為、注射麻酔を断った。メスに肌を切り裂かれても、彼女は声を殺してただ眉を寄せた。「ここまで痛みに強い女性は珍しいです」医者は驚いた。「心配してくれる人はいないし、弱みを誰に見せるというんですか?」優子は無力に答えた。彼女は一年前自分が川に落ちて早産になって緊急手術を受けた時を思い出した。麻酔薬を注射されても効かなく、腹がメスに切り裂かれる痛みで、彼女は気絶と目覚めを繰り返していた。あの日、喉が破れるほど出した彼女の悲鳴は、松本里美の産室の外で待っていた佐藤峻介には届かなかった。あれから彼女はどれだけ痛くても叫ばなくなった。優子が化学療法を受けた次の日、それぞれの副作用が一斉に現れた。悠斗は彼女の代わりに退院手続きをした。入院病棟から地下駐車場までの短い距離でも、優子は何回も止まって休憩をした。少し動くとすぐめまいして吐き気がした。まるで全身の力が全部吸い取られたようだった。悠斗はため息をつき、しゃがんで彼女を抱き上げた。「先輩、やめて…」優子の顔色は急に変わり慌てて断ろうとした。しかし悠斗は今回彼女の断りを無視した。「君の身体は今凄く衰弱している。私の助けがいやなら、君の安全の為に電話で君の家族を呼ぶしかない。君の家族は、来れる人は佐藤峻介しかいないだろ?」離婚証明書が発行されない限り、峻介は法律上ではまだ彼女の夫で、唯一彼女の世話が出来る「家
高橋優子は自分がもっと元気に見えるようにわざわざ化粧をした。外は大雪だった。優子は重装備の厚着をして出かけた。化学療法を受けてから体の機能が衰え、泥人形の如く脆くなり、免疫力は通常の人より随分と低かった。なので二日置きに血液検査を受け、赤血球の割合を測る。一定値まで下がると薬を導入して治療する必要があった。低すぎる免疫力では、たとえ熱だけでも命取りになる。優子は気を付けなければならない。見た目と防寒性能の間では後者を選んだ。後頭部の髪はほかの所より薄くなっていた。彼女はびくびくと黒色の毛糸の帽子を被った。「優子、その体はまだ出かけてはならない。昨日の血液検査の結果では、パラメータが下がる一方だった。私は君の主治医だ、君の命の安全に責任がある」中村悠斗は彼女が出かけることに強く反対した。「先輩、これから峻介と会って来るんだけど、あまり惨めな恰好はしたくないの。私はただ、更に悪化する前に峻介に会いたいだけ。よりきれいな姿で彼の人生から消えたいんです」彼女が隠した枕を思い出すと、悠斗はため息をついた。「くれぐれも寒さに気をつけるんだぞ」「離婚手続きをしてくるだけだし、すぐ終わるわ」「送ってあげるよ」今回は優子は断らなかった。彼女はできるだけ早く離婚したいだけだった。優子は車の中で携帯電話のメッセージをチェックしはじめた。まずは福田真澄から、彼女の元彼氏がやり直したいと飛行機に乗って帰国してきた。彼は真澄の会社で暴れていたので、真澄は避難するために長期休暇を取って出かけた。どおりで最近彼女の姿が見えないわけだ。意外なことに、峻介からも沢山のメッセージを送られてきた。内容は殆ど「早く返信しないとお前の父の命が危ない」などのものだった。優子は彼はただ早く離婚したいだけだと思い、返事はしなかった。どうせすぐに彼が願う通りに離婚するから。私立探偵の関本は仕事熱心な人だ。沢山の情報を調べ、整理してから優子に送った。情報によると、彼女の父、高橋信也は辻本恵という女性とよく会っていたという。ひと月の三分の一は彼女と会っていた。彼女のマンションに泊まる様子も防犯カメラに何回も映っていた。それだけではなく、金銭面においても、彼は何度も恵に金を送っていて、2千万円もする高級車を彼女の名前で登録していた。これらの情報を見た
高橋優子は顔を上げて、「佐藤さんはなかなか面白い聞き方をするのね。離婚を言い出したのはあなたの方じゃなかった?」と挑発交じりに問い詰めた。佐藤峻介は明らかに彼女の質問を無視して、「お前はここ数日ずっとあいつと一緒にいたな?」と寒気を帯びて接近してきた。こんな近距離では、優子は彼の濃密なまつ毛の下の目が発している冷たい目線を感じられた。その目は充血していて、顔全体が暴虐の色に満ちていた。 「違う、天気が悪いからタクシーがなくて、たまたま先輩が近くを通ってたので、送ってもらったの」優子は否定した。「ふん、お前は嘘をつく時、目が上に向く癖があることを忘れたか?その癖は今でも治っていない。お前は一年かけて俺と対立していたのに、最近になって急に気が変わって、重病の父を置いて失踪するとは、あの男の為だったか?」峻介は嘲笑いながら彼女を問い詰めた。彼女は言い訳をしようとしなかった。彼のように頭の切れる者にとって、言い訳を探すのは彼の頭脳を侮辱しているようなもので、彼を怒らせるだけだと分かっていた。だから優子は素早く話題を変えた。「そんなことより、まず離婚の話をしない?」彼女が歩き出そうとすると、峻介は彼女の腕を掴んだ。力を入れていないにもかかわらず、心まで響くような激痛が走った。優子は眉を寄せ、怒りっぽい目で彼を睨んだ。峻介の顔には狂気が浮かび、声も一層冷たくなった。「前は離婚こそお前への一番の懲らしめだと思ってたが、今は気が変わった」「何言ってるの?」優子は一瞬思考が止まった。峻介の目つきは邪険になり、「急に離婚したくなくなった」彼の細長い指が優子の頬に触れ、目を垂らして「どうだ、奥さん、嬉しいでしょう?」半月前であれば、彼女が峻介に離婚したくないと言われたら嬉しかったかもしれないが、真実を知った今では、彼に触られて吐き気しかしなかった。「離して!」「佐藤峻介、私はあんたと離婚する、今すぐよ」男は軽やかに彼女を抱き上げた。前は彼女にとって風や雨を遮ってくれる港湾だったが、この時の彼女には果てしない抵抗しか残っていなかった。「離して、あんた、狂っちゃったの!」しかし男女の力の差は激しい。ましてや今の優子は身体が極めて衰弱していて、彼の前では全く反抗ができなかった。優子は彼に車の後ろの席に座らされ、さっきの抗
高橋優子の体は地面に倒れる前に、誰かに引っ張られた。支えてくれた人は佐藤峻介ではなく、森本昇だった。峻介は少し離れた所に立っていて、冷たい目で彼女が倒れかけたのを眺めていたが、その目にあったのは心配ではなく、無関心だった。そうだ、彼の目から見れば、平らな地面で倒れる人はいるはずがなく、ただ倒れるふりをしていただけだった。彼は優子に対して、既に思いやりがなくなり、残っているのは恨みだけだった。「奥さん、大丈夫ですか」昇の方が却って心配そうに聞いた。「大丈夫だわ、ちょっと血糖値が下がりすぎているだけかも」 優子は自嘲に笑って、峻介の後についていった。雪が一晩ずっと降り続けていたため、庭は至る所まで雪に覆われている。旧宅の使用人たちもいなくなり、掃除は怠られていた。短いはず道のりだが、優子は息が切れそうだった。吹雪を冒して歩いている優子は、寒すぎて部屋に入ろうとしたが、峻介は扉の前に立ちふさがる。「お前の演技は、前より大分マシになったな」あの時は彼を引き留めるため、優子はありとあらゆる手を使っていた。それまで蔑んでいた泣き暴れや自殺による脅かしまで使っていた。峻介の挑発を聞いた優子は、説明しようとせず、ただ冷たく微笑んだ。「それはどうも」彼女は無表情に峻介の隣をくぐって部屋に入った。部屋の暖房は彼女を少し落ち着かせた。厚いダウンを脱ぎ、自分にお茶を入れてから、軽くソファに座り込み、ようやく口を開いた。「離婚のこと、どうするの?」「その時になったら、こちらから連絡する。お前はそれまではここに住んでいろ」峻介の向こう側に座っている優子は平静な顔をしていて、ただ垂れてきた帽子の毛糸を指で弄って遊んでいた。「峻介、私が早産となった七日目にあんたから離婚の話を持ち出されたけど、あの時はずっとなぜそこまで急いでいたのか分からなかった。でもあんたと凄く似ているあの子を見てやっと分かった。あんたが急いで私と離婚しようとしたのは、松本里美と一緒になりたいからだったのね」それを言い出した瞬間、優子の声は少し震えた。「この一年間、あんたがどれだけ私に冷たくしていても、私はずっとこれまでのあんたの優しさを思い出して、あんたの裏切りを忘れようとした。あんたのそれはただ一時的な遊び心であって、私こそがあんたの妻、きっと私が悪いことをしたからあ
佐藤峻介に握られた高橋優子の足はまるで脆い蝉の羽、簡単に握りつぶされそうだった。峻介は身体を屈めて少しずつ彼女に近づけてきた。優子の恐怖で歪んだ顔は彼の漆黒の瞳に映られ、彼女の抵抗は彼の邪心に最後の火をつけた。彼女の心臓は猛烈に鼓動し、恐怖と憤怒でかすれた声で叫んだ。「その手で私を触らないで、その汚い手で!」 次の瞬間、峻介は彼女の唇を塞ぎ、彼女の声は途切れた。優子は目を大きく開いて必死に首を振り、彼の拘束から抜けようとした。男の手は彼女の首の裏に回り込み、しっかりと彼女の後頭部を押さえ、彼女は首をもたげられ、キスを強いられた。冴え切った乱暴な息は絶えず彼女の口の中に送り込まれ、その唇で松本里美と接吻していたのを思い出すと、彼女は更に吐きそうになった。何処から来た力か分からないが、彼女は峻介を押しのけ、ベッドの縁で嘔吐し始めた。彼女が吐き終えて振り向くと、峻介の顔は死人のように青ざめた。彼の必死な睨みを浴びながら、優子は一字一句に言った。「言ったでしょう、私に触るなって、あんた汚いから!」峻介は心の中に火玉を押し込まれたような気分だった。彼女に嘔吐されて、さっきの頭にきた欲望は完全に消された。ちょうど電話が入ってきたので、峻介は彼女をおいて部屋を出た。使用人の松沢幸子が慌てて片付けに入ってきて、優子の疲弊した姿を見ると、心配そうに声をかけた。「奥様」衰弱した優子は、「幸子さん、お久しぶり」と挨拶した。「はい、坊ちゃまが旧宅に戻ってきてから、もう一年以上お会いしていませんかしら。奥様は坊ちゃまとどうされたんです?坊ちゃまは前、奥様に凄く優しかったのではないですか?彼がそこまで人に優しくしたのは見たことありませんでしたわ」 優子は無力にベッドで横になり、目は天井の星の飾りを見つめた。それは峻介が彼女のためにオーダーメイドしたもので、夜になったら、電気を消せば空の星のように輝いた。前だったら、彼女が無心で発した言葉でも彼はしっかりと覚えていたが、今は例え彼女が彼の前で死んでも、彼は依然として彼女が演技していると思うのだろう。「私だって知りたいのよ、二人は一体どうしたのか」優子は小さい声で呟いた。「奥様、私には分かります、坊ちゃまはあの女を特別に可愛がっていますけど、心の中はまだ奥様を愛されています
高橋優子は自分と賭け事をしてみた。もし佐藤峻介がまだ自分を愛しているのなら、自分の死は彼への報復の最強の切札となるはずだ。たとえ自分が本当に死ぬとしても、彼に一生安心させない!もちろん、もし彼はもう自分を愛していないのなら、自分の病気のことを教えても、自ら恥をさらすことにしかならず、無駄に松本里美に笑われるだけだ。寝室を出ると、幸子は食卓いっぱいの美味しい料理を作ってくれた。どれも彼女が好きなものだった。優子は幸子に一緒に食べるように誘った。幸子は手をエプロンで拭き、優子の隣に座った。「この銀杏と蓮の実と烏骨鶏のスープは、坊ちゃまが指示して作りましたわよ。やはり坊ちゃまは奥様のことを思っておられるでしょうね」幸子は優子にチキンスープを入れながら言った。料理はどれもこってりしていてかなり辛いものばかりだ。唐辛子の香りと山椒の匂いは空気中に漂った。優子は辛い味付けの料理が好みだが、峻介はあっさりした味付けの料理が好きだ。二人の食卓にはいつもスタイルの全く違う料理が並んでいた。しかし彼女は今、胃を傷み、もうそのような料理は食べられなくなっていた。「奥様、早く召し上がらないと、お料理が冷めちゃいますわよ。坊ちゃまが家でご飯を召し上がる時は、いつも一品か二品くらい辛いものを作らされております。私の料理の腕は鈍っていないはずですわ」優子は少し不思議な目で幸子を見た。あの男は辛いものは苦手なはずだった。「ですから、坊ちゃまは奥様のことを思っておられると言ったでしょう。奥様とご一緒におられなくても、私に奥様のお好きな料理をつくらせていました。前でしたら、あの方は奥様に強いられてやっと、少し召し上がっていましたが、今は自ら召し上がっていますよ。いつも辛さでお顔が真っ赤になって、ゲホゲホして、お水を飲まれながら召し上がっています。今なら頑張って少し召し上がれるようになられました」幸子は優子の疑問が分かったかのように説明した。優子は一瞬滑稽に思った。峻介は頑張って辛い料理に挑戦しているが、自分の方が病で好きな料理を手放さないといけなくなり、あっさりしたものしか食べられなくなった。だから二人は一生一緒になれないのだろう。優子はそれ以上その話を続かせようとはせず、お願いして幸子から携帯電話を借りた。 幸い彼女の記憶力は相当なもの
久しぶりの呼び名が響き、優子は魔法にかけられたように、ぼんやりとその動作のままで反応することを忘れた。 こんなに酔っぱらっているなんて、彼は一体どれだけ酒を飲んだのか。まるで二人が喧嘩をしたことがないように、峻介は以前と同じように優子を抱きしめた。 彼女は彼に抱かれて慣れ親しんだ熱い男の胸を感じた。それは彼女にとって大きな衝撃だった。 優子は理性を取り戻し、峻介を押しのけようと手を伸ばしたが、峻介に掴まれて、指を唇に寄せられ吸われた。 熱を帯びた唇が彼女の手の甲を優しくこすり、峻介は「優子ちゃん、どこに行ってしまったんだ?俺はずっと優子を探していたんだ」とつぶやいた。 優子はたまらなくなり、涙がポロポロとこぼれ落ちた。彼女の一生の涙はこの一年で全部枯れ果てたようだ。 彼女は悲しみを押し殺してこう言った。「私を突き放したのは、あなた自身じゃないですか?」 「馬鹿な」峻介は彼女を少し強く抱きしめて、お酒の匂いがついた彼のキスが彼女の耳の後ろに落ちた。「俺は優子のことが人生で一番好きだ。優子を突き放すことができるわけない」 優子は彼を押しのけ、「峻介、私が誰なのか、ちゃんと見なさい」と言った。 部屋に電気はついておらず、カーテンも引かれていなかった。中庭からの微かな光が彼女の顔にこぼれていた。峻介は彼女の目尻に宝石のような涙を見た。 「優子ちゃん、寝ぼけてるのかい?」 峻介は身をかがめて彼女の涙にキスをした。口の中で何をつぶやいていた。「優子、泣かないでくれ、誰にいじめられたんだ?俺があいつを殺してやる!」 その幼稚な言葉のせいで優子はさらに泣いた。彼がどれだけお酒を飲んだのか知らなかった。 少しでも目が覚めれば、彼は憎しみを忘れることはない。ましてやこんな子供っぽい言い方をすることもないだろう。 優子は頭を峻介の胸に埋めて、鼻をすすり、震える声で言った。「峻介、もし私が死んだら、あなたはどうするの?」 「また馬鹿な、どうして死ぬんだ?」 「人はみな死ぬものよ。老いも病も死も、誰も逃げられないの」 「それなら、一緒に死ぬ。俺とお前は一蓮托生だ」 優子は峻介のシャツを指で強く引っ張り、どうしようもなく微笑んだ。「あなたこそ馬鹿なことを言っているわ。私が死んだらすぐに新しい恋人と結婚するんじゃないの
どうしてこんなことになってしまったのだろう? 二年前の、あの屈託のない時代に戻りたかった。 「ほら、俺がここにいるから」峻介は何度も優子に応えた。 優子は、この瞬間の峻介の優しさは、線香花火のような出来事だと分かっている。これ以上彼と親しく接するべきでないこともわかっている。でも、彼女はどうしてもその小さな温もりに触れたくてたまらなかった。 もし峻介が、ずっとあの時の峻介のままだったら...... ...... 夜明け近くに峻介は起きた。目を開ける前に、腕の間に人がいるのを感じた。 昨夜山ほどの空いたボトルの光景が峻介の頭に浮かんだ。彼は酒に強いし、普段は十分節制しているので、酔っぱらって記憶を無くしてしまうことはどうしても彼には起こらないはずだったが。 頭が痛くて、昨夜何が起こったか思い出せない。心の中に不安ばかりで、峻介は現実と向き合って目を開けることさえできなかった。 やっと心の準備ができた。目を開けると、腕の間にいる女が優子ということが分かった。峻介はほっとして息を吐いた。 しかし、次の瞬間、二人の今の立場を思い出した。峻介は優子の体を振り切っておこうと思った。 腕を引き抜こうとした瞬間、峻介の視線が優子の顔に落ち、動きが止まった。 このように静かに彼女を見つめるのはどれくらいぶりだろう。最近、二人はいつも喧嘩ばかりだった。 化粧品をつけなくても、彼女の白い肌は雪のようで、隠すのは難しい。 確かに以前も白かったが、これはあまりにも白すぎるんじゃないか?惨めな白さとさえ言える。 そのきれいで小さな顔には赤色もなく、絵の中の妖精のように白かった。 優子は峻介の腕の上で横になっていたが、昔みたいに手足を彼の体に巻きつけるのではない。エビのように縮こまっていた。 峻介は自業自得の笑みを浮かべていた。これは優子がもう彼を信じていないことを意味していた。 そう思うと同時に、峻介の心に再び名もなき炎が立ち昇り、苛立ちのあまり腕を引き抜いた。 優子は目を開けた。また覚めたばかりの彼女は、子猫のように目に迷いを帯びてぼんやりとこの世界を見ていた。 無邪気で美しい。 優子は視線が峻介のハンサムな顔に落ちた時、表情が一変した。「峻介が酔っ払って私に触れたのね」と言葉を口に出した。 寄り添って