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第13話

 峻介の冷たい目線が森本進に向かってきて、森本は慌てて「社長、奥さんは今福田真澄と一緒にいます」と説明した。

福田真澄は高橋優子の親友だから、二人が一緒にいても別におかしくない。当初は高橋優子の動向を把握するため、森本進に彼女のSNSをフォローさせておいた。

森本進は説明しながら携帯電話を取り出して、真澄の投稿を開いた。アップされた写真には、真澄の桜色に染めた髪は凄く目立っていたが、峻介は真っ先に真澄の隣の優子を見つけた。

普段のスタイルから大きく変わり、腰まで伸ばしていたロングヘアを、耳程の短さまで切って、昔は笑うと太陽みたいに輝いていた彼女は今、幾分と憂鬱な雰囲気が漂っている。

写真の中の彼女は、目を垂らし大きめの中性風のシャツのから、デリケートな鎖骨が見え、全体的に禁欲系の美しさが出ていた。

キャプションは「生まれ変わり」だった。

峻介は携帯電話を握っている手が軽く振るえていることに気づいていない。彼女にまるまる一年足止めにされたが、今彼女の方から手を離した。この状況は自分にとって都合がいいのに、何故心が息が詰まるほど痛いのだろう。

いや、自分の妹が地下に眠っているのに、彼女に生まれ変わりなんてさせるものか。

それは心の痛みではなく、悔しさだった。

苦しみはまだ終わっていない、彼女を逃がすつもりはなかった。

峻介は自分の世界に溺れていた。森本進は「福田さんは奥さんをブラックポニークラブに連れていきました」と補足した。

彼は次の投稿を開いた。うす暗い中、優子は気持ちよさそうにソファーに座り、爽やかな顔持ちの少年が彼女の口にブドウを運んでいた。

彼はこの瞬間、手に持っている携帯電話を握りつぶしかけた。

「ブラックポニークラブに行く」

 車の中は冷たい空気に満ちている。峻介の頭の中はあの白い服の少年で一杯になっていた。

彼は優子が白いシャツを着ている自分に抵抗力はないと分かっていて、優子もたまに白いシャツを着る自分の絵を描いていた。彼はこの瞬間にやっと、自分は離婚したくないと気づいた。

それだけではなく、彼女を一生牢屋に捕らえて、毎日苦しく生きながら高橋信也の代わりに罪を償ってもらいたいくらいだった。

森本は車の中でじっとしているが、彼らもここ二年峻介が里美の頼みなら何でも聞いてやってはいるけど、彼女との愛情はあまり感じられなかった。

それと比べれば、峻介がどれだけ優子に冷たくしても、彼が愛しているのはやはり彼女だった。

ただ時には愛の深さが恨みの深さとなり、恨みに両目を遮られた彼は、なりふり構わず相手を傷つけようとした。

峻介がブラックポニークラブに着いた頃、あの二人の姿は既にそこになかった。 優子は30分前に酔っぱらって暴れている真澄を家に連れ帰ったため、峻介は無駄足を踏んだ。

峻介は幾つかの場所を探させたが、どこにも優子の姿はなかった。森本は更に町中の全てのホテルを探したが、やはりいなかった。

「社長、奥さんは前もって宿を用意していたはずです。貸出のマンションは不動産屋を通さなければ、もう少し時間がかかるはずです」

峻介は眉を寄せ、やはり彼女は最初から計画していたに違いない。金を手に入ったらすぐ離れると。

「調べ尽くせ、例えこの町をひっくり返しても、彼女を見つけ出してくれ」

良い知らせは、彼女はホストを連れ帰らなかったことだろうか、先ほど彼女を接待していた男たちは今、縄で縛り上げられ、彼の前に跪いていた。

「顔を上げろ」峻介は葉巻に火を点け、煙を吐き出しながら冷たい目線で目の前にいる二人のホストに命令した。

その二人はまさかこんなとんでもない揉め事に遭わされたとは思いもしなかった。身体が震えながら、「さ、佐藤社長!」

「彼女の体のどこを触った?」

「い、いいえ、あの女性の方は触られるのが嫌いみたいで、ずっと俺達と距離をおいていて、2杯くらい飲んだらお友達を連れて帰りました」

峻介は嘲笑って、しゃがんで一人の顎を見つめた。男は化粧をしていて、香水の匂いはかなりきつい。彼は眉を寄せて、「貴様のようなクズが運んでくるブドウなんかを食べていたとはな」

少年は恐怖で泣きそうになったが、峻介は更に冷たい口調で、「こいつの指をつめろ」と命令した。

「佐藤さん、お許しをっ!」

森本もルームの防犯カメラの録画を出して来た。「社長、奥さんは確かに奴らに触らせませんでした」

その二人は震えながら泣きついて、まさかブドウを客の口に運んだだけで指を詰められそうになった。彼らはただ金をがっぽり稼いで引退したいだけだった。

ようやくスタイリッシュのきれいな女性に指名され、二人のホストは結構な営業技を使ったが、まともに見向きもされなかった挙句、目の前の閻魔大王のような男にしばかれる羽目になり、実に悲惨極まりなかった。

峻介は二人のホストをおいて、一人で盲目に車を走らせている。優子はもうとっくにこの街に足場がなくなったが、一体どこに行ったのだろう。

高橋伸也がICUに入れられてから、彼女は病院に張り付く必要がなくなって、携帯電話の電源も切っているし、峻介はそれまで彼女と一緒にいた全ての場所を探しつくした。

最後は二人の部屋に戻り、ほんのしばらくそこに立ち寄った。その部屋に戻ったのは随分と久しぶりだった。

部屋にはただ冷めきった家具しか残っておらず、かつての生活の痕跡はきれいに消されていた。

あの頃優子は毎日食卓に新鮮な花を飾っていたが、今は花瓶ごと消えていた。

人気のない寝室には、二人の結婚写真は皆、半分を切られ、ただ自分の半分だけが残されている。見た目は不気味で寂しいものだった。

以前彼女に買ったブランド品の服は、高橋家が倒産してから、彼女は一回も着ていない。今回持ち出した服は安物ばかりだった。

高価なアクセサリーや鞄などはとっくに彼に取り上げられ、彼女が持っていた唯一の価値のあるダイヤモンドの結婚指輪も、随分前に自分に返した。

浴室にあった彼女の歯ブラシやコップ、バスタオルなども皆消えて、残された自分のアルミ製の電動歯ブラシだけが、寂しそうに棚にかけられているだけだった。

峻介は足早にベビールームに向かった。あそこは優子が精神を託す場所だった。

彼はこの時手が汗をかいていることに気づかず、「ガチャッ」とドアを開け、既に空っぽになっている部屋の前に立ち尽くした。

その時、峻介の身体は冷え切った。

優子はきっぱりと彼との全ての繋がりを断ち切った。

「社長、ご安心ください。全ての航空会社と運送会社を調べつくしました、奥さんはどれからもチケットは買っていませんでした。高橋さんもまだ病院にいますので、彼女はこの町を離れることはないはずです」

峻介は急にあることに気づいた。それは、彼がやろうと思えば、いつでも高橋信也の命を奪うことができるが、彼を殺そうとしなかった。多分彼自身も、高橋は彼女の最後の気がかりだと意識しているからだろうか。

高橋が生きている限り、彼女はいつまでたっても自分の支配下だ。

「優子を見つけて、連れ戻せ」

「はい」

峻介は寝室のベッドで横になった。彼女とベッドを分けて寝ていた日々は、毎日寂しく眠れなかった。

心の中は優子と関係ないと分かっているのに、どうしても釈然としなかった。

彼女の幸せそうな様子を目にするたび、自分の可哀そうな妹を思い出す。彼女は高橋の娘なだけに、苦難を背負わせられても、争ったりはしなかった。

峻介は狂ったかのように彼女を愛していながら、同じ強さで彼女を恨んでいる。彼女を思い切り苦しめて自分の中の狂気を緩和しようとした。

そろそろ復讐の方法を変える時がきたのかも知れない。

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