第6話

30分後、南雲華恋は賀茂家の当主が手配した車に乗り、天の海ホテルへと向かった。

貸し切り室の前に到着すると、執事から今夜は家族の宴会であることを告げられた。

「賀茂哲郎も来るのですか？」南雲華恋は尋ねた。今は彼に会いたくない気持ちでいっぱいだった。

執事は勘違いして笑い、「華恋様、ご安心ください。少ししたら哲郎様がいらっしゃいますよ」と答えた。

南雲華恋は心の中でため息をつきながらも、何も言わずにいた。今からでも帰った方がいいだろうと思ったが、背後の扉がすでに開かれていた。

南雲華恋は戻ることができず、仕方なく挨拶をした、「当主様」

「おお！」賀茂家の当主は南雲華恋を見て、しわが伸びるほどの笑顔を見せた、「恋々が来たか、早くこちらに座りなさい」

南雲華恋は当主の隣に座った。

座ってみると、まだ誰も箸を付けていないことに気付いた。どうやら重要な客を待っているようだった。

南雲華恋の心の中を見透かしたかのように、賀茂家の当主は笑いながら言った、「今夜は時也の帰国を祝うための宴会だよ」

賀茂時也は帰国の情報を封鎖するよう求めていたが、当主は南雲華恋を特に信頼しており、彼女が秘密を漏らさないと信じている。

南雲華恋は数秒間驚いた後、思い出した。賀茂家の当主には若い頃に海外へ渡り、一人で事業を築いた兄がいた。そして彼の息子はさらに優秀で、就任してから1年も経たずに会社をアメリカ大陸最大の企業に成長させたと言われている。

ただし、彼自身は非常に控えめで、メディアには一切姿を現さなかった。

南雲華恋は興奮しながらその方向を見たが、来た人を見た瞬間、目が冷たくなった。現れた賀茂哲郎の顔の笑みも凍りつき、目の中にある嫌悪感を隠すことなく言った、「お前、何でここにいるんだ！？」

南雲華恋は彼への憎しみを隠し、無表情で言った、「もちろん当主様に会いに来たのよ」

賀茂哲郎は冷笑した。

恐らく彼女は告げ口に来たのだろう？彼はこういう、何の能力もないくせに強者に媚びる女が一番嫌いだった。

彼は何も言わずに一周見渡してから尋ねた、「叔父さんは？」

「電話をかけに行ったんだ」賀茂家当主の視線は賀茂哲郎と南雲華恋に向けられた、「お前の叔父も結婚したし、哲郎、お前もそろそろ......」

南雲華恋の心臓が不意に跳ね、手のひらで服をしっかりと握りしめた。

「当主様......」

賀茂哲郎の声が彼女の声をかき消した、「全て当主様にお任せします」

南雲華恋は驚いた。以前は当主が結婚のことを持ち出すと、賀茂哲郎はいつも激しく反対していた。

彼女の腎臓を手に入れるために、自分の祖父さえも利用するなんて。

南雲華恋はテーブルの下で拳を握りしめた。

賀茂家当主と賀茂拓海は喜びに満ちた笑顔を浮かべた。これは賀茂哲郎が初めて結婚に同意した瞬間だった。二人は彼が後悔しないうちに急いで南雲華恋に尋ねた、「華恋、お前はどう思う？」

南雲華恋は何度も深呼吸し、突然冷静になった。

彼がこう来るなら、彼女も汚い手を使うしかない。

彼女は目を伏せ、恥ずかしそうに言った、「おじい様、私も......おじい様に任せますわ......」

部屋には賀茂家当主の朗らかな笑い声が響いた、「よしよし、帰ったらすぐに吉日を決めさせよう」

賀茂哲郎は南雲華恋を一瞥し、彼女の内心が喜びで満ちていると推測した。

嫌悪感が一層強まった。

しかし、その瞬間、南雲華恋は怯えた様子で口を開いた、「おじい様、私......まだ言いたいことがあります」

皆の視線が彼女に集中した。

南雲華恋は唇をかみしめ、決心したように言った、「すでに結婚を決めたのなら、哲郎、外の女性たちをちゃんと片づけてもらえますか？」

言い終えると、彼女は慌てて補足した、「私は度量が小さいわけじゃないんです。男の人が何人も妻を持つのは実力の証明だと思います。ただ、結婚早々に騒ぎを起こしたくないだけです」

この言葉が出ると、一瞬にして静まり返った。

賀茂哲郎の顔は真っ赤になった。

彼には南雲華名としか付き合っていなかったが、南雲華恋の言葉はまるで彼の私生活が乱れているように聞こえてしまった！

お祖父様が一番嫌うのは、若い者の浮気だ。

わざとやったのだ！

賀茂哲郎は目を細めた、「証拠はあるのか？」

彼と南雲華名は非常に慎重にしていて、3年以上付き合っていたが誰にも気付かれていなかった。

南雲華恋はまばたきをし、泣き声で言った、「最初は私も信じられなかったんです。動画を見てしまうまでは。哲郎、外でそんなに多くの女性と関わっているなんて思いませんでした」

賀茂哲郎は冷笑した。この女はいつまでも演技をするつもりだ。

「証拠があるなら、見せてみろ」

南雲華恋は一層激しく泣き出した、「その動画は見た後すぐに消しました。だって、ずっと持っていると心の刺になるだけですから」

そう言いながら、彼女は強く涙を拭い、前向きな笑顔を見せた、「哲郎、これからはちゃんと二人で暮らしていきましょう。このことはもう言わないから」

彼はハメられた。

南雲華恋には動画なんてなかった。

しかし、彼女は知っていた。当主様が彼女を非常に信頼していることを。証拠がなくても、当主様は彼女を信じるだろう。

案の定。

賀茂家当主は話を聞き終えると、怒りに任せて杖を振り上げ、賀茂哲郎の背中に容赦なく叩きつけた、「この馬鹿者め！ 我が賀茂家は百年の名門なのに、お前みたいな奴が出るとは！」

賀茂家当主の杖は特製で、叩いても音がしないが、軽く叩いただけで皮膚が裂けるほどの威力があった。

賀茂哲郎の背中はすぐに血で染まった。

彼の顔は痛みに歪み、倒れそうになった。

これを見たら、以前の南雲華恋なら心が痛んだだろうが、今はただ「ざまを見ろ」と思うだけだった。

彼女は目を上げ、ちょうど賀茂哲郎の怒りに満ちた目と目が合った。

南雲華恋は薄笑いを浮かべながら、賀茂家当主の手を取った、「当主様、怒らないでください。全部、私が悪かったんです。こんなこと言わなければよかったです」

賀茂家当主は息を切らしながら杖を下ろし、悔しさに満ちて言った、「自分を見てみろ、お前に比べて恋々はなんて分別があるんだ！さっさと帰って、あのゴチャゴチャした関係を整理しろ、そうでなければ許さないぞ！」

生まれて初めての恥辱、それも自分が最も見下していた女にやられた。賀茂哲郎は怒りに燃えたが、頭を下げざるを得なかった、「当主様、私が間違っていました」

賀茂家当主が南雲華恋をどれだけ可愛がっているかは、誰もが知っていた。彼はまだ本当の後継者にはなっておらず、我慢するしかなかった。

賀茂家当主はやっと怒りを収めた、「これからは華恋と仲良く暮らすんだ、分かったか？」

賀茂哲郎は南雲華恋の目元の笑みを見ながら、拳を握りしめ、音を立てた。心の中は冷え冷えとしていた。

覚えていろよ！

南雲華恋、結婚したらお前に生き地獄を味わわせてやる。

賀茂哲郎の冷たい瞳を前にしても、南雲華恋は平然と笑っていた。彼女が一歩引けば、賀茂哲郎は一歩前進してくる。

そういうことなら、彼女も自分の力の及ぶ範囲で、ちょっとした教訓を与えてやろう。

結婚を強要するつもりか？

では、どちらが本当に力を持っているか見てみよう！

場の雰囲気が和らいだのを見て、賀涛が急いで口を開いた、「哲郎、お前の叔父さんがまだ帰ってきていない。迷子になってないか探しに行け」

賀茂哲郎もこれ以上そこにいたくなかったので、うまくその場を逃れた、「当主様、叔父さんを探しに行きます」

賀茂家当主は手を振った。何だかんだ言っても自分の孫だ。結婚に同意したことを考えて、あまり追及しないことにした。これから仲良く暮らしてくれればいい。

南雲華恋はそれを見て立ち上がった、「当主様、ちょっとお手洗いに行ってきます」

彼女は外に出て、少し気分を落ち着けたかった。