第2話

川輝は怯える楽奈を家に送ってから、ようやく私たちの家に帰ってきた。

「安紀子、水を一杯頼むよ！」

それは川輝の習慣で、家に帰ると必ず温かい水を飲むことになっていた。

彼は葬儀屋が寒すぎると言い、温かい水だけが家庭の温もりを感じさせてくれると語っていた。

しかし、彼に応えるのは家中の静寂だけだった。

午前中に私たちは言い争ったばかりだった、原因はもちろん楽奈だった。

「楽奈が熱を出して、今病院で一人なんだ。師匠として見舞いに行かなきゃならない」

玄関で靴を履いている川輝を見て、私は唐突に感じた。このまま彼が行ったら、もう戻ってこないかもしれないと。

「病院には医者も看護師もいるじゃない。君が行って何ができるの？それに、今日はバレンタインなのに私を一人で家に置いて行くつもり？」

川輝は足を止め、信じられないといった表情で私を見つめた。

「安紀子、誰かが病気なんだぞ。それなのにお前は今日は祝日だのどうだのって.......

お前は冷たいんだ。楽奈だってお前を好いてるって言ってたのに、そんなことを知ったら失望するぞ！」

私は言いたかった。彼女はただの「誰か」なのに、どうしてわざわざバレンタインの日に電話をかけてきたの？彼女が病気なら、どうして私たちの特別な日を台無しにする必要があるの？

妥協して、私も一緒に彼女を見舞いに行こうかとも思ったが、その言葉を口にすることはできなかった。

川輝がドアを乱暴に閉めた音が、私の喉に言葉を詰まらせたのだ。

「幸福観覧車に来てくれ」

妊娠検査で陽性が出たばかりの私は、川輝からそんなメッセージを受け取った。

彼が喧嘩を演出して、私にサプライズを仕掛けようとしているのだと信じていた。

だけど、現実は全く違うサプライズだった。

結局、小説の読みすぎだ。現実にはそんなロマンチックな男なんてそうそういない。

二人が手を繋ぎながら観覧車の6号ゴンドラに乗り込むのを見た時、私はショックで立ち尽くした。かつて私と川輝もあのゴンドラに乗り、抱きしめ合い、永遠を誓った場所だったのに。

どうして、病院にいるはずの二人がここにいるのか、理解できなかった。

私はまるでストーカーみたいに、8号ゴンドラにこっそり乗り込み、二人の様子を覗き見した。

彼らが観覧車の頂上に達した時、二人は抱き合いキスをしていた。

彼らもまた、永遠を誓い合っているのだろうか？

私と川輝が最初に付き合い始めた時のように。

「安紀子、俺たちは永遠に一緒にいるんだ。

俺は絶対にお前を裏切らない。もしそんなことがあったら、生涯愛を失い、孤独なまま死ぬんだ」

あの時、私たちはあの6号ゴンドラの中で誓い合い、互いに寄り添っていた。

その記憶が次々と私の頭に押し寄せ、観覧車の揺れが私をひどく吐き気に襲わせた。

観覧車を降りると、頭が混乱して、道もよく見えない状態だった。

「ガシャッ！」という音が耳に響いた瞬間、私は意識を失った。

次に目を覚ました時、私の頭は観覧車のゴンドラに砕かれていた......