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第3話

私は結婚証明書を搶おうとしたが、息子に腕をつかまれた。

「ママ!もうやめて!本気で怒るから、佐藤さんをママって呼ぶよ。そのときは後悔するかもしれないからね!」

そのとき、嫁が孫を抱いて部屋から飛び出してきて怒鳴った。

「朝ごはんも作らないで、邦彦が空腹で学校に行かなければならないじゃないか!六十歳を超えても、本当に年寄りらしくもない!」

嫁の腕の中の孫が、私を指さして言った。

「悪いばあば!全然佐藤ばあばに負けてる!毎回佐藤ばあばに会うと美味しいものくれる!」

私は呆然としてしまった。

嫁が孫の口を覆そうとしても遅かった。

私は呟いた。

「あなたたちは、よく会ってるの?」

息子は視線を逸らせた。

「佐藤さんは私に新しい会社に入れてくれました。あなたは?家で料理したり洗濯したり、他には何もできないのね」

そうだ、私は何もできない。

綾子のような高い学歴や良いバックグラウンドは持っていない。

私はただ、洗濯や掃除をして、日々の繰り返しの労働で家をきれいに保つだけだった。

それでも、私は裏切られ、嫌われてしまった。

そのとき、陽太も帰ってきた。

彼は家で起こったことを知らないふりをし、気にも留めていなかった。

なぜなら、彼は綾子を連れてきたからだ。

彼は丁寧に綾子を支え、私に言った。

「客が来たから、お茶を入れてきてくれ」

彼は相変わらず、私をメイドのように扱っていた。

私は綾子の洗練された服装と、赤いネイルの手に付いた陽太が自分でつけてあげたリングを見て、動けなかった。

陽太が怒りそうになったとき、綾子の一瞥が彼を黙らせた。

彼は私には威張っていたが、綾子の前では犬のように従順だった。

「春奈、あなたが陽太とのことを誤解していると聞いたから、謝罪の品を買ってきたわ」

綾子は私に見慣れないブランドのスキンケアセットを差し出した。

五十年間、私はただ水だけで顔を洗ってきた。

それに対して、綾子は四十代の女性のように美しく保たれていた。

私がどんなに努力しても、陽太の目に映らなかったのも無理はない。

「ありがとう、それは自分で使って」

私は受け取らなかった。綾子が手を離すと、スキンケアセットは床に落ち、蓋が割れた。

綾子の目が一瞬で赤くなった。

「春奈、あなたはまだ私に怒ってるよね。でも私はただ、陽太の願いを叶えたくて……彼の体は……」

皆が一斉に彼女を慰めた。

陽太も心配そうに言った。

「彼女はただ、知識が足りないだけだよ。狭量で、気にする必要はない」

息子も加勢した。

「佐藤さん、ママのこと気にしないで。彼女はあなたに比べたら全然及ばないよ」

その様子を見て、私は健康診断結果を取り出した。

「これはお前のもの?」

結果を見た瞬間、皆の表情が変わった。

彼らは全て知っていて、私だけが蒙されていた。

私は苦笑いを浮かべた。

「別にいいよ。一緒にいたくなければ、早く言ってくれればよかった。私は場所を空けるよ。でも、私をバカにしてまで、そんな必要があったのか?」

誰だって自尊心はある。私はいつまでも居座るつもりはなかった。

陽太の唇が震えたが、言い訳はできなかった。

息子が彼を弁護した。

「父はこの家のために一生懸命働いた。最後に結婚式を挙げたいって、君が許さないと思ったからだよ。それの何が悪いんだ?」

私は信じられない思いで息子を見た。

こんな息子を育てた自分が情けなくなった。出産の際の帝王切開の痛みを耐えたのも、この息子のためだった。

「私が邪魔なのか」

私がそう言うと、綾子が顔を覆って泣き出した。私は結婚証明書を手にしていたが、孫が床に落ちたスキンケアセットを拾って、私の胸に投げつけた。

「悪い人!あなたが佐藤おばあさんを泣かせてしまったね。そんなことはよくないよ!」

私が懸命に育てた孫が、私に殴りかかってきた。

彼が幼い頃、手を骨折したとき、私は病院の外で自分の頬を叩き、自分の不注意を責めた。

彼は小さな手で私の顔を触り、「ばあば、泣かないで。あなたのせいじゃない」と言った。

今は綾子がいて、彼は私を責めるようになった。

陽太が止めようとしたが、綾子が先に言った。

「春奈、大丈夫?邦彦は子供だから、気にしないで」

彼女は邦彦を守るかのように振舞い、まるで彼女が邦彦を育てた祖母のように見えた。

私は皆を見回した。私の家族の一人ひとり。

彼らの目には、美しい綾子だけが映っていた。私など眼中にない。

とても情けない。

私は苦笑いを浮かべ、壁際に置いてあった自分の荷物を持ち上げた。

この家で五十年過ごしたのに、持ち物は古い服数点だけだった。

陽太が眉をひそめて私を見た。

「何してるんだ?六十歳になって、子供の真似をするつもりか?」

息子は私の意図を察し、ギリギリと歯を食いしばって言った。

「本当に決めたのか?」

決めていた。

五十年かかって、やっと決断した。

私は他人を恨まない。

自分を恨むだけだ。

でも、最後の最後に、一度だけ自分のために生きたい。

「陽太、離婚しよう」

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