All Chapters of 貴方の願いを叶えたい: Chapter 31 - Chapter 40

64 Chapters

父 2

ラスリスの薦めでティアナは養父の執務室へ向かった。ノックをすると彼の執事が扉を開け部屋に招き入れてくれる。「どうしたんだい?」マキシム・トラッシュ公爵は執務机に座ったまま顔だけこちらに向けて訊ねた。「あの⋯お話しをしたくて⋯お忙しいのでしたら出直します」「んー何時も忙しいからなぁ。だったら今でも構わないだろう?」マキシムは彼の執事に向けて言っていた。「よろしいですよ、明日頑張って頂きますので」「だって!ティアナ其処にお座り」マキシムに促されティアナはソファに腰を降ろした。手際よく執事がお茶を入れてくれる。オレンジの匂いがするお茶だった、ティアナは飲んだ事がなくて執事の顔を見ると「オレンジティーです」なんの捻りもなかった。一口飲むとオレンジの甘味が口に広がる。「美味しい」「お口に合ってよかったです」執事とティアナの遣り取りの間、まだ書類と格闘していたマキシムが、「おっ!」と言いながらソファに座った。出されたお茶は普通のアールグレイ。「何だ!私も疲れているんだオレンジティーにしろ!」「少し甘い物を控えた方がよろしいでしょう」執事はそう言ってお茶菓子で用意したであろうクッキーやショコラの乗ったお皿を、ティアナの前へすっと移動させてあろうことか監視するようにマキシムの対面であるティアナの後ろに移動した。「何だ!その徹底ぶりは!大体疲れたら甘い物が欲しいだろう、だから口に入れるのだ。仕事をセーブしてくれたらそんな事もない!」「⋯⋯」無言を貫く事に決めたであろう執事を見てマキシムは溜息を付きティアナを見た。「ティアナ⋯将来ティアナに付く執事は私が吟味して優しい奴をつけてやるからな」その遣り取りに気持ちが解れたティアナが微笑むとマキシムが上機嫌で話す。「見たか!此方を見てたからお前には見えなかっただろう、ティアナの笑顔は可愛いな」「その可愛い人を見殺しになされようとされたのは何方ですか」「またその話しを蒸し返すのか!」「ずっと蒸し返します、お迎えが来るまで」「解った!降参だ。ティアナ改めてあの時は申し訳なかった、この通りだ許して欲しい」マキシムが対面にいるティアナに頭を下げて許しを乞う。ティアナはすっかり忘れていたのであの時がどの時かピンと来ていなかった。だが兎に角マキシムの頭を上げさせなければならない。「あ
last updateLast Updated : 2025-04-02
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トラッシュ公爵家

「おいヒューイ如何するんだ!ティアナが固まったぞ」「刺激が強すぎたでしょうか?」何食わぬ顔のヒューイ事執事、いや執事ことヒューイはティアナの肩を後ろからトントンと叩いた。耳は聞こえているが顔が固まってしまったティアナはその肩叩きで「はっ」と我に返って瞬きをする。「良かった戻ったか」マキシムの安堵の声にティアナは弱々しく微笑むと立ち上がりヒューイに向かって頭を下げた。「知らない事とはいえ無礼にも執事の方だと思ってしまいました。申し訳ありません」「ティアナ様、執事で何も間違っておりませんよ」そう言ってヒューイは微笑んだ。だがティアナは首を傾げる、それでは何故マキシムは養子になって公爵家を継いでいるのだろう。「ティアナ、クロードの事の前にトラッシュ公爵家の事を話そうか」マキシムはまたもやティアナの思考を読んだように心の中の疑問を教えてくれようとする。少し上目遣いにマキシムを見ると彼は微笑んでいた。「トラッシュ公爵家は魔力で作る家なんだ」そう言ってマキシムは話し始めたが、ふと気付いたようにヒューイに座る様に促した。彼は今度は素直に聞いて一人がけ用のソファに身を沈める。「この家は特殊なんだ、先ずはこの国の魔力、魔法について教えようか」昔からこの大陸全土で魔力は当たり前に存在していた。この国でも貴族は普通に使えていた。だがいつからか解らないが貴族の中で政略結婚を嫌がる風習がこの国で蔓延ってきた。つまりは決まっていた婚約者ではなく他の者と不貞を働き婚約破棄をする風習の事だった。初めは婚約破棄した不貞を働いた者は、後に廃嫡されたり貴族籍を失って平民に落とされたりと罰を与えたりしていたが、ある時からそのまま不貞を働いた者を跡継ぎにしたりしても何も言わなくなった。何故なら王家が王太子の不貞を容認してしまったからだ。王家が許したら貴族は皆右へ倣いだ。何故なら皆幾ら不貞を働いていても己の子供を廃嫡するのは忍びなかったから。子供を甘やかした結果だった。不貞を働いた相手は大体子爵家以下の貴族、中には平民を連れてきて婚姻を結ぶ者も出てきた。そうしていくうちに貴族家の中では魔力を持たない者が生まれてきて、どんどん魔力持ちが減っていった。生活の基盤は魔力石を使用した魔導具が主なこの国では魔力石に魔力を吹き込めない者が増えてくると死活問題だった
last updateLast Updated : 2025-04-02
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父 3

「クロードがとてつもない力を持っていたのは生まれた時からだったんだ、吃驚したよ邸が光に包まれたからね」その時のことを思い出してマキシムの目線は|空《くう》を見つめていた。「クロードが生まれても私は養子のままだったよ、夫妻は私を長子として尊重してくれた。だがクロードが居るからね、私の本当の父である王弟にも私は長子だったんだ、しかも一人息子だ。泣く泣くトラッシュ公爵に渡した息子を取り返したかったんだろう、私が12歳の時養子縁組は解消されて私は本当の家に戻ったんだ」マキシムの子供時代の話しは聞いていて辛くなるものでもあった。ティアナも養子に出されているからだ、理由は正反対だが⋯。「だから私とクロードは兄弟のように育ったんだ。クロードは賢い子だったよ、自然がとても好きな子でよく絵を書いていた。私が家に戻って離れても、うちにもよく遊びに来ていた。リサリディを連れてね」「お母様を?」「あぁ私が学園に入った年だからクロードは10歳でリサリディは7歳だった。学園の前で私を待っていたんだよ」ティアナは幼い二人を思い浮かべるが想像がつかない。「クロードとリサリディの件はクロードの反抗のような気がするんだ、それと私に対する気持ちかな」「お義父様の?」「本当の親から離されて育った私が国の都合で親元に返されたのが気に食わなかったんだろうね、あとヒューイの件もあるかな」ティアナは執事を見る。「ヒューイは生まれた時から魔力が無かったから直ぐに養子に出されたんだ。伯爵家にね」国の都合で振り回される子供達、其処に楔を打ち込みたかったのではないかとマキシムは言う。「ヒューイは伯爵家の跡取りとして養子に出されたんだ、それでも公爵は愛情もあったと思うよ、ヒューイの教育全般にかかる費用は公爵家持ちだったからね。でもヒューイの養い親である伯爵家はヒューイを蔑んで育てた。その筆頭がクロードと結婚したミリアだ」「!」「伯爵家はヒューイを引き取る時に条件を出した、クロードとミリアの婚約だ。そして公爵家もそれならばヒューイを後継にしてくれと言った、そういう条件の婚約だったんだよ。それなのにミリアはヒューイを虐めて蔑んでいた、挙げ句の果てにはクロードとミリアの結婚式の当日にヒューイを伯爵家の籍から抜いたんだ」「では⋯」「そうそのせいでヒューイは平民になる所だった。伯爵は秘密裏に籍
last updateLast Updated : 2025-04-02
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準備

その日ティアナは庭師に倣い花に水遣りをしていた。暑さに負けないようにとたっぷりと振りまいているとふと耳に誰かの声が届いた。「綺麗だな」周りを見渡したが誰もいない様で不思議に思ったが空耳かとその後は気にしなかった。ロットバリーとの婚姻に向けてティアナも準備を始めようと思った。丁度夏期休暇だから時間はある。ラスリスに頼んで厨房に入らせてもらった。「お嬢様が厨房に入るなんて」「出来るのですか?」「遊び感覚なら迷惑だ」厨房で働く者たちの尤もな声が聞こえたがラスリスが皆を抑える。「ごめんなさい、私が嫁ぐ先は男爵家なのです。ですから何もかもを出来るようにならなければ行けなくて⋯ご迷惑でしょうが教えて頂けませんか?」ティアナの言葉に、並んだ使用人の端にいたメイド長が進言する。「お嬢様それでしたら家庭料理でよろしいのでしょうか?」「えぇとごめんなさい、違いが解らないの」「ここで作られるのはお邸の方の料理ですので大変手の込んだものです。ですが私達が家で作る物は焼くだけとか煮込むだけとか単純なものです。お嬢様が習うのは万が一を考えてという事ですよね」「えぇそうお義父様も言っていたわ」「でしたらお嬢様さえ良かったら料理長ではなく私どもメイドがお教え致します」メイド長のサラに言われてティアナは考えた。ティアナが料理をする事になるのならば、其れは男爵家が貧困に陥る時だ、で有るならば高級な食材は買えない。サラの言う言葉が真理だ。「ありがとう、よろしくお願いします」そしてトラッシュ公爵家の敷地の隣に建てられた使用人の家に案内された。建物は独身用、夫婦用、家族用と3棟建てられておりトラッシュ公爵家の使用人の待遇はとても良いのだろうと思えた。サラの家は夫婦用であった。夫は公爵家の料理人だと教えて貰った。「料理人にとって厨房は神聖な場所らしいんですよ、お嬢様がお遊びでないくらいあの人達も解っているんです。それでもやはり立ち入って欲しくは無かったのかと思います。申し訳ありません、公爵家のお嬢様にとんだ不敬を働いてしまって」「いえいいの、私が考えなしだったの。でも仕事の手を止めさせて⋯サラにも申し訳ないわね」「大丈夫でございます、本来ならお嬢様は命令するだけで良いのに《《頼んで》》下さいました。だから今日からはメイドの皆で交代に教えますね」サラか
last updateLast Updated : 2025-04-02
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不穏 1

夏期休暇の間のスケジュールはティアナが自分で決めた。午前中はラスリスに家政を教わる。午後からはメイド達に料理を始め洗濯や掃除の仕方を教えてもらう。庭師には花や野菜の育て方。フットマンに魔導具の電球の替え方や魔法石の取り替え方など。ティアナは考える。自分は何も知らなかったと⋯。ラスリスに家政を教えてもらった時に予算の組み立方などを教えてもらった。そこで何に幾らぐらいと予算を立てるのだが項目が思った以上に多いと思った。内訳を聞いて初めて知った事が沢山あった。洗剤の予算を聞いて洗濯メイドがいることを知り、魔導具の予算を知り魔法石にお金がかかることも知った。(これは⋯⋯貴族が平民に落とされて生活なんてできない筈だわ)そして嘗てのメリーナの言葉を思い出す。『貴方はまだ12歳だし貴族としてちゃんと育ててもらえてなかったから良くわからないとは思うのだけど⋯侯爵と前侯爵は貴方を貴族のままにしていたかったのだと思うの』リサリディや祖父母の事を捨てられたという事実に、あまりいい印象のないティアナだったが、彼等なりにティアナの事を考えてくれていたのだと今なら解った。それでも心の傷は消えない。そんな日々の中ティアナは、ロットバリーと結婚に向けて着々と準備を進めていた。◆夏期休暇も終盤になったある日、休みが取れたとロットバリーから連絡を貰って久々に会うことになったティアナは、待ち合わせの場所に馬車で向かった。馬車から降りるティアナに手を差し出して来たロットバリーはティアナの顔を見た途端、降りようとするティアナを抱き上げて抱擁する。「危ないわ」ティアナの苦言など聞きたくないとばかりにぎゅうぎゅうと抱き締められてティアナの息も絶え絶えだ。「ティア」「なぁに?」「ティア!」「⋯?」用もないのにティアナの名前を何度も呼ぶロットバリーがティアナは可愛く思えた。「ティア何時でも男爵家に顔を出していいって言ったのに、全然来ないとミリーがボヤいていたぞ」「あっ!今公爵家の使用人達に色々と習っていて忙しくしていたから⋯男爵家にはモリナに顔を出して貰ってたのだけど⋯」「それも聞いてる。でもミリーやトーマスが教えたかったみたいだぞ」「そうだったの?」「うん、でもモリナに教えてるからそれで良かったのかもしれない。二人いっぺんに教えるのは大変だからな」
last updateLast Updated : 2025-04-03
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不穏 2

公園から移動したあとは、男爵家に行った。トーマスやミリー、モリナの弟のアルト皆とも楽しく話してとても楽しい時間を過ごした。日頃の疲れが溜まっているのだろう、執務室のソファで二人で話していたらいつの間にかロットバリーは眠っていた。起こさないようにそっと立ち上がりコンフォーターをかけて部屋を出た。トーマスに馬車をお願いしてモリナを呼ぶ為に使用人の部屋に向かった。モリナがアルトと話すと言っていたからだ。廊下を歩いていると話し声が聞こえた。使用人の減った男爵家だから誰の声かは直ぐに解った。「そんなの酷い!」「シッ!姉さん声が大きい」「本当なの?」「あぁ僕の通ってる学校で噂になってる」「でもあなたの通ってる学校だけじゃないの?」「姉さん僕の行ってる学校は王立なんだよ、そして僕の専攻しているのは執事科なんだ。貴族の家の執事になるべく皆通ってる、僕と同じ様に次代の執事にする為にだよ。わかるだろう?執事科で噂になってるって事は貴族の家でなってるって事なんだ」「執事の風上にも置けないわね」「そういう問題じゃないよ、まぁそれも一理あるけど、執事たる者噂をばら撒くなんてね、でも態とばら撒くときもあるだろう」「じゃああの女が?あの人やっぱり貴族なの?」「あれから来ないから僕は知らないけど偶に外に立ってる時あるよ」「お嬢様を守らないといけないわね」「そりゃそ「誰から守るの?」」モリナとアルトの会話にティアナは割り込んで言った。「「お嬢様!」」二人の驚愕の顔、そして「しまった!」という顔が見て取れる。でも何も知らないままではいけないとティアナは思ったから割り込んだ。「教えてモリナ、なにが噂になっているの?ねぇアルト?」二人を交互に見ながらティアナは訊ねた。下を向く二人。するとティアナの後ろから声がした。「私も聞きたいですね」「ミリー」ミリーも聞いていたようだ。二人を連れてティアナとミリーは食堂に移動した。テーブルに座って話しを促すと観念したのはアルトだった。まだ13歳なのだモリナよりも弱かった。「僕の学校である噂があるそうなんです」「ある噂?」「はい僕も一昨日知ったばかりで」アルトの通っている学園は王立だが特殊な学園だ。将来の執事や家令、侍女など貴族の使用人達が学ぶのだ。勿論将来貴族家に働くことが前提だ。学費は
last updateLast Updated : 2025-04-03
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不穏 3

トラッシュ公爵家の執務室ではマキシムがティアナの報告を聞いていた。「割と早い段階で知らされていると思うので少し怪しいですね」ヒューイの言葉にティアナは驚く。「では噂ではないかもという事ですか?」「その可能性も視野に入れて探らなければなりませんね」ティアナはモリナの進言でマキシムに相談したが既にヒューイはその件に付いて、危惧してアンテナを張り巡らせていたそうだ。「まぁ以前からの事があったからな、遅かれ早かれその噂は出ると踏んでた」マキシムは予め噂になる事をわかっていたと言う。実際はティアナも解っていた。以前子爵夫妻が亡くなった時、マリソー侯爵邸にはそんなに長くは居なかった。それでも直ぐに“疫病神”と言われていたから。「モリナと話してもよろしいですか?」「?」「モリナは男爵家の侍女です。私が勝手に接触しては良くないかと思いますので⋯」ヒューイはあくまでも礼儀正しい人だ、本来なら姪にあたるティアナに敬語など不要だが、執事の立場を逸しない。「わかりました、モリナに伝えておきます」よろしくという様に頭を下げるヒューイを見て少し寂しさを感じるティアナだった。だからかも知れないそのまま「父の部屋」に向かった。壁に飾られた父を見る“疫病神”その言葉を初めてティアナに放ったのは父の母、ティアナにとっては父方の祖母であった。初めて聞くその言葉の意味をティアナは正しく理解はしていなかった。ただ泣きながら憎しみに満ちた目で放たれたので、いい意味ではない事は解った。幼い頃の自分を思い出し少しだけ感傷的になる。「泣かないで」声が聞こえた。少し低いけれど優しい声だった。体ごとその狭い部屋を一回り目線で見るが誰もいない。写真の父を見る。何度も感じたその空耳は本当に父の声かけなのか、父に対する思慕でティアナが自分で聞こえた気がしているだけなのか。それは解らない、けれど解るのはその空耳が「嬉しい」という事だ。今朝飾った窓際の花瓶の花が風もなく揺れたような気がした。◆夏期休暇の最終日、学園の寮に戻るティアナに何故かマキシムが付き添った。荷物を寮に運んでいる間、学園内のカフェで俄父娘はお茶をする。「久しぶりに入ると様変りが凄いな」「この学園に?」「あぁこの学園に⋯懐かしい」マキシムは若かりし頃に思いを馳せる。夏期休暇中も学園内は
last updateLast Updated : 2025-04-03
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無傷 1

学園の校医であるスタンパー医師は困惑している。血だらけで運ばれてきた女生徒。その血に染まった服の状態と切り刻まれた背中側の衣服を見て、もう助からないと思った。脈も弱く、呼吸も手を翳してもあまり感じられなかった。とりあえず手当をせねばとうつ伏せにして血で固まった衣服をハサミで切っていった。その真っ赤に染まった背中は全くの無傷だった。ただ3ヶ所だけ固まった血の量が多かったのか色がどす黒い赤だった。傷がなければ手当もできない。とりあえず点滴を施した。そしてキャビネットの中から生徒の健康診断のカルテを探る。運んできた騎士が彼女はトラッシュ公爵家のご令嬢だと言っていた。名前はティアナ・トラッシュ。見つけたカルテのある項目に注視する『魔力なし』益々困惑するスタンパー医師。思案している所に運んできた騎士に連れられ侍女がやってきた。「お嬢様!」モリナが縋ったがティアナはまだ意識が戻っていなかった。「公爵には?」「先程帰ったばかりだと聞きましたので早馬で⋯」「そうか」学園内で令嬢が刺されるという事件は揉み消すことはできない。既に騎士団から警邏隊が到着して現場検証も始まっている、そろそろティアナの状態を確かめに来るだろうと予想していたスタンパー医師だが、このティアナの状態をどう説明すればいいのか、大きな溜息を付くのであった。◆「傷がない?」「えぇ」医務室に駆けつけるとティアナに会う前にスタンパー医師に呼び止められ、マキシムは耳打ちされた。思わず大声が出て掌で口元を隠す。「どういう事なんだ」小声で返すマキシムにスタンパー医師は首を静かに横に振る。ティアナの側に行きうつ伏せのまま寝かされている彼女のかけられているブランケットを静かに捲ると生々しい血が固まったままの背中が其処にはあった。スタンパー医師の言うとおり傷は一つも無かった。「まだ血が⋯⋯」「貴方の到着を待っていたんです、どう対応していいかわかりませんので」「気遣い感謝する⋯申し訳ないが騎士団長を呼んで貰えないだろうか」「隠蔽を?」「いや、騎士団長にだけ確認してもらう。どちらにせよ娘は生きているのだから確認は配慮してもらえるだろう」「そうですね、では呼んでもらいます」スタンパー医師が部屋を出るとマキシムは右掌で自分の目を隠し天を仰いだ。(スキルか加護か⋯どちら
last updateLast Updated : 2025-04-03
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無傷 2

目が覚めると見覚えのある天井が見えた。この夏ずっと過ごした自分の部屋であった。起き抜けの喉の乾きにサイドテーブルを確認しようとして、首を左に動かすと背中の痛みに「ウッ」と声が漏れた。「お嬢様」小さな声だったがモリナが気付き顔を覗かせる。「⋯私」「喉は乾いておりませんか?」「乾いたわ」そう言うとモリナはティアナをソォーッと起こしてテキパキと背もたれをクッションで作る。水差しにあった水をコップに注ぎティアナの手に握らせてくれた。少し力が入らなくて思わず落としそうになるのを支えて口元まで手を添えてくれた。一杯では足りなくて二杯目を乞う様にモリナを見上げると泣き笑いしながらお代わりを与えてくれた。「旦那様達をお呼びしてまいります」ティアナが頷くと部屋を出ていった。部屋の中は明るく朝か昼だとは思うが時計が見えなくて時間が解らない。ただ窓から差し込む光がティアナに「|生《せい》」を感じさせた。(私生きてる)刺された事は解った。痛みもまだ背中には残っている、刺し方が浅かったのだろう。マキシムが部屋にやってきて話しを聞くまではティアナはそう思っていた。◆「⋯あのもう一度お願いします」マキシムの話しに信じられない事を聞いたティアナは再度説明を求めた。「傷がない」そう聞かされても意味がわからなかった。マキシムにヒューイが一冊の本を手渡した。パラパラと捲りお目当ての頁を見つけたマキシムは一つ深呼吸をするように深く息を吐き、開いた頁をティアナに見せてくれた。『起死回生』その魔法の存在が書かれていた。寿命以外で命を落としても蘇る治癒魔法。他者には使えない魔法であった。黙読してマキシムを見つめた。「私は魔力がありません」震えながら話すティアナに解っていると言うようにコクリと首で肯定するマキシムは、またもや信じられない事を言った。「おそらくクロードだと思う」「お⋯とう⋯さま?」「あぁ如何やったのかは私には解らない、ティアナにはスキルか加護があると思うんだ、だが魔力がないのに魔法を使えるのであれば、誰かが《《それ》》をティアナに与えたとしか考えられない。今の時点でそんな事をする理由とできる人物はクロードしか考えられないんだ」ティアナは両手で顔を覆った。(お父様が助けてくれたの?)気持ちの中で嬉しいというよりも戸惑いの方が
last updateLast Updated : 2025-04-03
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夢の中 1

ピチャピチャピチャ歩く度に鳴る音にも慣れた。此処に来るのも何回目だろうか?洞窟内で風が吹いているのは此処が行き止まりの洞窟ではないからだと解る。解るが出口に到達していないから何処と繋がっているかは解らない。寒いな、風は吹き抜けるし足元の水溜りも歩く度に跳ねて足に掛かる。ピチャピチャピチャピチャ目的の場所に薄い灯りが点っている。トントントン洞窟の壁面に木板の扉だけが設置されている。ノックをすると「何方?」と声がかけられた。「ターニア王国一の美女で御座います」秘密の言葉を答えるとドアに魔法陣が浮き出てきていつものように其処へ吸い込まれた。「如何だった」「失敗したようだ」「何してるのよ!」「殺人になっていないんだ、どうも重傷で発表があったようだ」「ちっヘマをしたのね、始末したの?」「あぁ」「協力者は誰かできないかしら」「ちょっと噂を耳にした、ひょっとしたら上手く行くかもしれない」「ふ~ん、ではそれは任せるわ」「了解」「また飛ばす、それと攫ったほうが都合がいいかもしれない」「攫う?」「此方もちょっと考えがあるのよ」「それで君の気が済むのか?」「まぁね、じゃあまた連絡するわ、バイバイ」いつの間にか足元に描かれた魔法陣が、その言葉に反応して気付くと公園の噴水前だった。あぁ面倒くさいことに巻き込まれた。如何してこんな話しに乗ってしまったのか何度目かの後悔をしてトボトボと歩き始める。王都の街の嘗ての自分の邸に佇む。閉められてから20年近くも経過している蔦の這う壁と錆び付いた門、寂れたアプローチ。心が過去を忘れそうになる時には必ず此処へやってくる様にしていた。だからあんな小娘に目を付けられたのか。溜息をつき己の運命を呪う。もう後戻りは出来ない。またトボトボと今度は今の|住処《すみか》である裏町の貧民街へ足を向ける。◆◆◆怪我が治ったティアナは学園の寮に戻った。2ヶ月遅れで新学期を迎えたからなのかクラスの皆と少し距離が出来てしまっていた。アルトの言っていた噂は学園内に蔓延っていた。すれ違う度にコソコソと話すのは日常茶飯事になってきていた。女学園時代のことも有り、ミランダやルルーニアには極力ティアナは自分から離れるようにした。そのうちに皆がティアナが近付くだけで人一人分避けるようになって行く。(
last updateLast Updated : 2025-04-03
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