「クロードがとてつもない力を持っていたのは生まれた時からだったんだ、吃驚したよ邸が光に包まれたからね」その時のことを思い出してマキシムの目線は|空《くう》を見つめていた。「クロードが生まれても私は養子のままだったよ、夫妻は私を長子として尊重してくれた。だがクロードが居るからね、私の本当の父である王弟にも私は長子だったんだ、しかも一人息子だ。泣く泣くトラッシュ公爵に渡した息子を取り返したかったんだろう、私が12歳の時養子縁組は解消されて私は本当の家に戻ったんだ」マキシムの子供時代の話しは聞いていて辛くなるものでもあった。ティアナも養子に出されているからだ、理由は正反対だが⋯。「だから私とクロードは兄弟のように育ったんだ。クロードは賢い子だったよ、自然がとても好きな子でよく絵を書いていた。私が家に戻って離れても、うちにもよく遊びに来ていた。リサリディを連れてね」「お母様を?」「あぁ私が学園に入った年だからクロードは10歳でリサリディは7歳だった。学園の前で私を待っていたんだよ」ティアナは幼い二人を思い浮かべるが想像がつかない。「クロードとリサリディの件はクロードの反抗のような気がするんだ、それと私に対する気持ちかな」「お義父様の?」「本当の親から離されて育った私が国の都合で親元に返されたのが気に食わなかったんだろうね、あとヒューイの件もあるかな」ティアナは執事を見る。「ヒューイは生まれた時から魔力が無かったから直ぐに養子に出されたんだ。伯爵家にね」国の都合で振り回される子供達、其処に楔を打ち込みたかったのではないかとマキシムは言う。「ヒューイは伯爵家の跡取りとして養子に出されたんだ、それでも公爵は愛情もあったと思うよ、ヒューイの教育全般にかかる費用は公爵家持ちだったからね。でもヒューイの養い親である伯爵家はヒューイを蔑んで育てた。その筆頭がクロードと結婚したミリアだ」「!」「伯爵家はヒューイを引き取る時に条件を出した、クロードとミリアの婚約だ。そして公爵家もそれならばヒューイを後継にしてくれと言った、そういう条件の婚約だったんだよ。それなのにミリアはヒューイを虐めて蔑んでいた、挙げ句の果てにはクロードとミリアの結婚式の当日にヒューイを伯爵家の籍から抜いたんだ」「では⋯」「そうそのせいでヒューイは平民になる所だった。伯爵は秘密裏に籍
その日ティアナは庭師に倣い花に水遣りをしていた。暑さに負けないようにとたっぷりと振りまいているとふと耳に誰かの声が届いた。「綺麗だな」周りを見渡したが誰もいない様で不思議に思ったが空耳かとその後は気にしなかった。ロットバリーとの婚姻に向けてティアナも準備を始めようと思った。丁度夏期休暇だから時間はある。ラスリスに頼んで厨房に入らせてもらった。「お嬢様が厨房に入るなんて」「出来るのですか?」「遊び感覚なら迷惑だ」厨房で働く者たちの尤もな声が聞こえたがラスリスが皆を抑える。「ごめんなさい、私が嫁ぐ先は男爵家なのです。ですから何もかもを出来るようにならなければ行けなくて⋯ご迷惑でしょうが教えて頂けませんか?」ティアナの言葉に、並んだ使用人の端にいたメイド長が進言する。「お嬢様それでしたら家庭料理でよろしいのでしょうか?」「えぇとごめんなさい、違いが解らないの」「ここで作られるのはお邸の方の料理ですので大変手の込んだものです。ですが私達が家で作る物は焼くだけとか煮込むだけとか単純なものです。お嬢様が習うのは万が一を考えてという事ですよね」「えぇそうお義父様も言っていたわ」「でしたらお嬢様さえ良かったら料理長ではなく私どもメイドがお教え致します」メイド長のサラに言われてティアナは考えた。ティアナが料理をする事になるのならば、其れは男爵家が貧困に陥る時だ、で有るならば高級な食材は買えない。サラの言う言葉が真理だ。「ありがとう、よろしくお願いします」そしてトラッシュ公爵家の敷地の隣に建てられた使用人の家に案内された。建物は独身用、夫婦用、家族用と3棟建てられておりトラッシュ公爵家の使用人の待遇はとても良いのだろうと思えた。サラの家は夫婦用であった。夫は公爵家の料理人だと教えて貰った。「料理人にとって厨房は神聖な場所らしいんですよ、お嬢様がお遊びでないくらいあの人達も解っているんです。それでもやはり立ち入って欲しくは無かったのかと思います。申し訳ありません、公爵家のお嬢様にとんだ不敬を働いてしまって」「いえいいの、私が考えなしだったの。でも仕事の手を止めさせて⋯サラにも申し訳ないわね」「大丈夫でございます、本来ならお嬢様は命令するだけで良いのに《《頼んで》》下さいました。だから今日からはメイドの皆で交代に教えますね」サラか
夏期休暇の間のスケジュールはティアナが自分で決めた。午前中はラスリスに家政を教わる。午後からはメイド達に料理を始め洗濯や掃除の仕方を教えてもらう。庭師には花や野菜の育て方。フットマンに魔導具の電球の替え方や魔法石の取り替え方など。ティアナは考える。自分は何も知らなかったと⋯。ラスリスに家政を教えてもらった時に予算の組み立方などを教えてもらった。そこで何に幾らぐらいと予算を立てるのだが項目が思った以上に多いと思った。内訳を聞いて初めて知った事が沢山あった。洗剤の予算を聞いて洗濯メイドがいることを知り、魔導具の予算を知り魔法石にお金がかかることも知った。(これは⋯⋯貴族が平民に落とされて生活なんてできない筈だわ)そして嘗てのメリーナの言葉を思い出す。『貴方はまだ12歳だし貴族としてちゃんと育ててもらえてなかったから良くわからないとは思うのだけど⋯侯爵と前侯爵は貴方を貴族のままにしていたかったのだと思うの』リサリディや祖父母の事を捨てられたという事実に、あまりいい印象のないティアナだったが、彼等なりにティアナの事を考えてくれていたのだと今なら解った。それでも心の傷は消えない。そんな日々の中ティアナは、ロットバリーと結婚に向けて着々と準備を進めていた。◆夏期休暇も終盤になったある日、休みが取れたとロットバリーから連絡を貰って久々に会うことになったティアナは、待ち合わせの場所に馬車で向かった。馬車から降りるティアナに手を差し出して来たロットバリーはティアナの顔を見た途端、降りようとするティアナを抱き上げて抱擁する。「危ないわ」ティアナの苦言など聞きたくないとばかりにぎゅうぎゅうと抱き締められてティアナの息も絶え絶えだ。「ティア」「なぁに?」「ティア!」「⋯?」用もないのにティアナの名前を何度も呼ぶロットバリーがティアナは可愛く思えた。「ティア何時でも男爵家に顔を出していいって言ったのに、全然来ないとミリーがボヤいていたぞ」「あっ!今公爵家の使用人達に色々と習っていて忙しくしていたから⋯男爵家にはモリナに顔を出して貰ってたのだけど⋯」「それも聞いてる。でもミリーやトーマスが教えたかったみたいだぞ」「そうだったの?」「うん、でもモリナに教えてるからそれで良かったのかもしれない。二人いっぺんに教えるのは大変だからな」
公園から移動したあとは、男爵家に行った。トーマスやミリー、モリナの弟のアルト皆とも楽しく話してとても楽しい時間を過ごした。日頃の疲れが溜まっているのだろう、執務室のソファで二人で話していたらいつの間にかロットバリーは眠っていた。起こさないようにそっと立ち上がりコンフォーターをかけて部屋を出た。トーマスに馬車をお願いしてモリナを呼ぶ為に使用人の部屋に向かった。モリナがアルトと話すと言っていたからだ。廊下を歩いていると話し声が聞こえた。使用人の減った男爵家だから誰の声かは直ぐに解った。「そんなの酷い!」「シッ!姉さん声が大きい」「本当なの?」「あぁ僕の通ってる学校で噂になってる」「でもあなたの通ってる学校だけじゃないの?」「姉さん僕の行ってる学校は王立なんだよ、そして僕の専攻しているのは執事科なんだ。貴族の家の執事になるべく皆通ってる、僕と同じ様に次代の執事にする為にだよ。わかるだろう?執事科で噂になってるって事は貴族の家でなってるって事なんだ」「執事の風上にも置けないわね」「そういう問題じゃないよ、まぁそれも一理あるけど、執事たる者噂をばら撒くなんてね、でも態とばら撒くときもあるだろう」「じゃああの女が?あの人やっぱり貴族なの?」「あれから来ないから僕は知らないけど偶に外に立ってる時あるよ」「お嬢様を守らないといけないわね」「そりゃそ「誰から守るの?」」モリナとアルトの会話にティアナは割り込んで言った。「「お嬢様!」」二人の驚愕の顔、そして「しまった!」という顔が見て取れる。でも何も知らないままではいけないとティアナは思ったから割り込んだ。「教えてモリナ、なにが噂になっているの?ねぇアルト?」二人を交互に見ながらティアナは訊ねた。下を向く二人。するとティアナの後ろから声がした。「私も聞きたいですね」「ミリー」ミリーも聞いていたようだ。二人を連れてティアナとミリーは食堂に移動した。テーブルに座って話しを促すと観念したのはアルトだった。まだ13歳なのだモリナよりも弱かった。「僕の学校である噂があるそうなんです」「ある噂?」「はい僕も一昨日知ったばかりで」アルトの通っている学園は王立だが特殊な学園だ。将来の執事や家令、侍女など貴族の使用人達が学ぶのだ。勿論将来貴族家に働くことが前提だ。学費は
トラッシュ公爵家の執務室ではマキシムがティアナの報告を聞いていた。「割と早い段階で知らされていると思うので少し怪しいですね」ヒューイの言葉にティアナは驚く。「では噂ではないかもという事ですか?」「その可能性も視野に入れて探らなければなりませんね」ティアナはモリナの進言でマキシムに相談したが既にヒューイはその件に付いて、危惧してアンテナを張り巡らせていたそうだ。「まぁ以前からの事があったからな、遅かれ早かれその噂は出ると踏んでた」マキシムは予め噂になる事をわかっていたと言う。実際はティアナも解っていた。以前子爵夫妻が亡くなった時、マリソー侯爵邸にはそんなに長くは居なかった。それでも直ぐに“疫病神”と言われていたから。「モリナと話してもよろしいですか?」「?」「モリナは男爵家の侍女です。私が勝手に接触しては良くないかと思いますので⋯」ヒューイはあくまでも礼儀正しい人だ、本来なら姪にあたるティアナに敬語など不要だが、執事の立場を逸しない。「わかりました、モリナに伝えておきます」よろしくという様に頭を下げるヒューイを見て少し寂しさを感じるティアナだった。だからかも知れないそのまま「父の部屋」に向かった。壁に飾られた父を見る“疫病神”その言葉を初めてティアナに放ったのは父の母、ティアナにとっては父方の祖母であった。初めて聞くその言葉の意味をティアナは正しく理解はしていなかった。ただ泣きながら憎しみに満ちた目で放たれたので、いい意味ではない事は解った。幼い頃の自分を思い出し少しだけ感傷的になる。「泣かないで」声が聞こえた。少し低いけれど優しい声だった。体ごとその狭い部屋を一回り目線で見るが誰もいない。写真の父を見る。何度も感じたその空耳は本当に父の声かけなのか、父に対する思慕でティアナが自分で聞こえた気がしているだけなのか。それは解らない、けれど解るのはその空耳が「嬉しい」という事だ。今朝飾った窓際の花瓶の花が風もなく揺れたような気がした。◆夏期休暇の最終日、学園の寮に戻るティアナに何故かマキシムが付き添った。荷物を寮に運んでいる間、学園内のカフェで俄父娘はお茶をする。「久しぶりに入ると様変りが凄いな」「この学園に?」「あぁこの学園に⋯懐かしい」マキシムは若かりし頃に思いを馳せる。夏期休暇中も学園内は
学園の校医であるスタンパー医師は困惑している。血だらけで運ばれてきた女生徒。その血に染まった服の状態と切り刻まれた背中側の衣服を見て、もう助からないと思った。脈も弱く、呼吸も手を翳してもあまり感じられなかった。とりあえず手当をせねばとうつ伏せにして血で固まった衣服をハサミで切っていった。その真っ赤に染まった背中は全くの無傷だった。ただ3ヶ所だけ固まった血の量が多かったのか色がどす黒い赤だった。傷がなければ手当もできない。とりあえず点滴を施した。そしてキャビネットの中から生徒の健康診断のカルテを探る。運んできた騎士が彼女はトラッシュ公爵家のご令嬢だと言っていた。名前はティアナ・トラッシュ。見つけたカルテのある項目に注視する『魔力なし』益々困惑するスタンパー医師。思案している所に運んできた騎士に連れられ侍女がやってきた。「お嬢様!」モリナが縋ったがティアナはまだ意識が戻っていなかった。「公爵には?」「先程帰ったばかりだと聞きましたので早馬で⋯」「そうか」学園内で令嬢が刺されるという事件は揉み消すことはできない。既に騎士団から警邏隊が到着して現場検証も始まっている、そろそろティアナの状態を確かめに来るだろうと予想していたスタンパー医師だが、このティアナの状態をどう説明すればいいのか、大きな溜息を付くのであった。◆「傷がない?」「えぇ」医務室に駆けつけるとティアナに会う前にスタンパー医師に呼び止められ、マキシムは耳打ちされた。思わず大声が出て掌で口元を隠す。「どういう事なんだ」小声で返すマキシムにスタンパー医師は首を静かに横に振る。ティアナの側に行きうつ伏せのまま寝かされている彼女のかけられているブランケットを静かに捲ると生々しい血が固まったままの背中が其処にはあった。スタンパー医師の言うとおり傷は一つも無かった。「まだ血が⋯⋯」「貴方の到着を待っていたんです、どう対応していいかわかりませんので」「気遣い感謝する⋯申し訳ないが騎士団長を呼んで貰えないだろうか」「隠蔽を?」「いや、騎士団長にだけ確認してもらう。どちらにせよ娘は生きているのだから確認は配慮してもらえるだろう」「そうですね、では呼んでもらいます」スタンパー医師が部屋を出るとマキシムは右掌で自分の目を隠し天を仰いだ。(スキルか加護か⋯どちら
目が覚めると見覚えのある天井が見えた。この夏ずっと過ごした自分の部屋であった。起き抜けの喉の乾きにサイドテーブルを確認しようとして、首を左に動かすと背中の痛みに「ウッ」と声が漏れた。「お嬢様」小さな声だったがモリナが気付き顔を覗かせる。「⋯私」「喉は乾いておりませんか?」「乾いたわ」そう言うとモリナはティアナをソォーッと起こしてテキパキと背もたれをクッションで作る。水差しにあった水をコップに注ぎティアナの手に握らせてくれた。少し力が入らなくて思わず落としそうになるのを支えて口元まで手を添えてくれた。一杯では足りなくて二杯目を乞う様にモリナを見上げると泣き笑いしながらお代わりを与えてくれた。「旦那様達をお呼びしてまいります」ティアナが頷くと部屋を出ていった。部屋の中は明るく朝か昼だとは思うが時計が見えなくて時間が解らない。ただ窓から差し込む光がティアナに「|生《せい》」を感じさせた。(私生きてる)刺された事は解った。痛みもまだ背中には残っている、刺し方が浅かったのだろう。マキシムが部屋にやってきて話しを聞くまではティアナはそう思っていた。◆「⋯あのもう一度お願いします」マキシムの話しに信じられない事を聞いたティアナは再度説明を求めた。「傷がない」そう聞かされても意味がわからなかった。マキシムにヒューイが一冊の本を手渡した。パラパラと捲りお目当ての頁を見つけたマキシムは一つ深呼吸をするように深く息を吐き、開いた頁をティアナに見せてくれた。『起死回生』その魔法の存在が書かれていた。寿命以外で命を落としても蘇る治癒魔法。他者には使えない魔法であった。黙読してマキシムを見つめた。「私は魔力がありません」震えながら話すティアナに解っていると言うようにコクリと首で肯定するマキシムは、またもや信じられない事を言った。「おそらくクロードだと思う」「お⋯とう⋯さま?」「あぁ如何やったのかは私には解らない、ティアナにはスキルか加護があると思うんだ、だが魔力がないのに魔法を使えるのであれば、誰かが《《それ》》をティアナに与えたとしか考えられない。今の時点でそんな事をする理由とできる人物はクロードしか考えられないんだ」ティアナは両手で顔を覆った。(お父様が助けてくれたの?)気持ちの中で嬉しいというよりも戸惑いの方が
ピチャピチャピチャ歩く度に鳴る音にも慣れた。此処に来るのも何回目だろうか?洞窟内で風が吹いているのは此処が行き止まりの洞窟ではないからだと解る。解るが出口に到達していないから何処と繋がっているかは解らない。寒いな、風は吹き抜けるし足元の水溜りも歩く度に跳ねて足に掛かる。ピチャピチャピチャピチャ目的の場所に薄い灯りが点っている。トントントン洞窟の壁面に木板の扉だけが設置されている。ノックをすると「何方?」と声がかけられた。「ターニア王国一の美女で御座います」秘密の言葉を答えるとドアに魔法陣が浮き出てきていつものように其処へ吸い込まれた。「如何だった」「失敗したようだ」「何してるのよ!」「殺人になっていないんだ、どうも重傷で発表があったようだ」「ちっヘマをしたのね、始末したの?」「あぁ」「協力者は誰かできないかしら」「ちょっと噂を耳にした、ひょっとしたら上手く行くかもしれない」「ふ~ん、ではそれは任せるわ」「了解」「また飛ばす、それと攫ったほうが都合がいいかもしれない」「攫う?」「此方もちょっと考えがあるのよ」「それで君の気が済むのか?」「まぁね、じゃあまた連絡するわ、バイバイ」いつの間にか足元に描かれた魔法陣が、その言葉に反応して気付くと公園の噴水前だった。あぁ面倒くさいことに巻き込まれた。如何してこんな話しに乗ってしまったのか何度目かの後悔をしてトボトボと歩き始める。王都の街の嘗ての自分の邸に佇む。閉められてから20年近くも経過している蔦の這う壁と錆び付いた門、寂れたアプローチ。心が過去を忘れそうになる時には必ず此処へやってくる様にしていた。だからあんな小娘に目を付けられたのか。溜息をつき己の運命を呪う。もう後戻りは出来ない。またトボトボと今度は今の|住処《すみか》である裏町の貧民街へ足を向ける。◆◆◆怪我が治ったティアナは学園の寮に戻った。2ヶ月遅れで新学期を迎えたからなのかクラスの皆と少し距離が出来てしまっていた。アルトの言っていた噂は学園内に蔓延っていた。すれ違う度にコソコソと話すのは日常茶飯事になってきていた。女学園時代のことも有り、ミランダやルルーニアには極力ティアナは自分から離れるようにした。そのうちに皆がティアナが近付くだけで人一人分避けるようになって行く。(
ディアナ・ルーストの処刑から半年後、二人は帰国した。|写真《父》の部屋で何時ものロッキングチェアに座り、いつものように父を見上げるティアナ。帰国前にメイナード夫人との会話を思い出す。ティアナは夫人に自分の死なない体のことを『起死回生』という魔法の事を訊ねてみたのだ。メイナード夫人はその魔法の事を知っていた。そしてそれを聞いたティアナは父の想いを知ることになった。『起死回生』という魔法は他者に自分の魔力を分け与える物だという。自分の死の間近に発動する渾身のもの。ただ人は死ぬ時にやはり自分の生を願う。それほどの力が有るならば瀕死でも治癒が使えたのではないかとメイナード夫人はティアナに教えてくれた。自分の生を反故にしてもティアナの事を思って自分の魔力を捧げてくれた父に何とも言えない気持ちがティアナに湧いて来た。ティアナが魔力を持っていたらクロードの魔力がそのままティアナに受け継がれていた事だろうと、残念ながらティアナは魔力持ちではなかった為『起死回生』のみが体に宿ったということらしい。「お父様⋯私、お父様に生きてて欲しかった。治癒が出来て生き延びる事ができるのであれば私に渡すのではなくて、治癒して生きてて欲しかった」クロードが渾身の魔法で半分はティアナへ、あとの半分で元妻を死に至らしめた事を知らないティアナは、写真に懇願するように話しかけていた。(ごめん)聞こえる声はきっとティアナの中に残るクロードの魔力から発せられているのでは?とメイナード夫人は言っていた。何故かそれが自分の腹に有ると決めつけたティアナは両手でお腹を擦り亡き父を思うのであった。──────────────帰国したティアナは学園には通わずそのまま卒業試験だけを受けて卒業した。悲しかったけれどルルーニアとはあのままだった。彼女からの手紙の返信には『ごめんなさい』と一言だけを送った。いつかマリアンヌが立ち直り回復するまでは会えないと思う。ティアナの事を恨んでいるかもしれないけれどロットバリーと少しも軋轢を生む行為はしたくない。義父であるマキシムの言うとおり無理難題を押し付けているのはサリバン公爵家なのだから。それから二人は結婚式に向けて途轍もなく忙しくなった。ロットバリーは魔法省を辞めて次期トラッシュ公爵に成るべく後継者教育にも励まなければならなかった。テ
ソルジャー王国ではメイナード公爵家の別邸に滞在させてもらうことになった。前公爵夫妻の住まいは落ち着いた雰囲気で中で働く人たちも働き者ばかりであったので、ティアナは何不自由なくその邸で過ごせていた。前公爵夫人に庭園にてお茶会に呼ばれたのだが、その庭園は圧巻の出来であった。計算しつくされたように設置されてるガゼボには過ごしやすいようにソファなども置かれている。ここへ来てティアナとロットバリーは別行動となっていた。ロットバリーの魔力解放と魔法への指導に魔力のないティアナが助けになる事も同じく学ぶ事もないからだった。ティアナは単に観光に来たように過ごしていた。だがその日々はティアナには癒やしの日々でもあった。幼い時からの精神的な苦痛や最近の洗脳による疲弊でティアナの脳も心もクタクタになっていたのであろう。何もせずにただお茶を楽しみ観劇をして、街中でショッピング。偶にメイナード公爵の幼い二人のご息女と継嗣に遊んで?貰う。それらは確実にティアナの心を解きほぐしていった。ソルジャー王国で過ごして一ヶ月が過ぎた頃、緑髪の紳士この国の王宮魔術師団長であるロバットにティアナは話があると言われた。呼ばれた部屋には現メイナード夫人のアディルとその側近であるマリーも一緒にいた。「ティアナ嬢、呼び出してすまないが⋯貴方には選択をしてもらおうと思っている」そう切り出したのはロバットだった。この国に拘束していたディアナ・ルーストの処遇が決まったそうだ。「彼女ね、全く話さなくてそのままでは証拠不十分で大した罪には問えなかったの」アディルが話してくれたのは、精神干渉は魔力残滓だけでは証拠にはあまりなり得ないそうで、それに本人の自供がくっついて罪に問われるそうだ。だがディアナはこの国に来てからも口を閉ざしてしまった。だが危険な彼女を野放しにする事も出来ないし、秘密裏に消すなんてことは王命でも他国のことだから口が出せない。だからこの国の禁術で彼女の過去を調べたそうだ。そして彼女が三人の殺害、二人の洗脳、その他にも脅迫などの余罪もあったけれど、三人の殺害という時点で死罪は確定したそうだ。「君達の国は魔法の知識はお粗末だったけれど、この国にはない技術も持っていた、今回それと引き換えにロットバリー殿に魔法の指南をする事にしたんだよ」ソルジャー王国も魔力持ちはそん
夕食後マキシムから執務室に呼ばれた。ロットバリーのエスコートでティアナはソロリソロリと廊下を歩く。昼に読んだルルーニアの手紙から元気のないティアナをロットバリーが気遣う。「ティアどうかした?」かけられた声にそっとその方を見上げる。相変わらず背高のっぽの彼は心配そうな顔でティアナを見ていた。そんな彼を見て何時もと違う感情がティアナに湧き出る。(愛おしい)好きだ、大好きだ、愛してるそんな気持ちは随分前から思っていたけれど、庇護したい程に愛おしいなんて思ったのは初めてだった。その感情にティアナは少しばかり戸惑った。(自分の感情なのに私変ね)ただロットバリーを守りたいと思ったのは初めてだった。守られていたティアナが唐突にロットバリーを守りたいと思った。ロットバリーの心配そうな顔へ向けてティアナは首を横に振った。「何でもないわ、ただあなたの事がとてつもなく好きだなって⋯」頬を染め上げロットバリーに答えていた。執務室に辿り着いた二人は顔が真っ赤なままマキシムに促されソファに並んで腰掛けた。マキシムの話しは今後の二人についての話しであった。「ティアナ、以前このトラッシュ公爵家の成り立ちについて話したのを覚えているかい?」マキシムはそう切り出した。「えぇお義父様、魔力を持つ者だけが継いでいくという事でした」ティアナの返答にマキシムは頷いて微笑みながら次代はロットバリーに継がせようと思う、そうティアナに自分の決意を話してくれた。「ティアナの行方不明に尽力してくれたソルジャー王国の魔術師団と話して、このターニア王国が如何に魔法というものを廃れさせてしまっていたか気付かされたんだ」マキシムは苦い顔をしながら話してくれたのは、以前少しだけ見かけた緑髪の紳士との話だった。そしてこの国の魔力というものが、いつからか何の発展もせずに来たことを知らされた。まさか、マキシム達を宝の持ち腐れと揶揄されたとは驚きだった。ティアナなど魔力も持ち合わせていないのに⋯⋯。「魔力というものは持っているだけでは魔法が使えないそうだ、魔力を解放しなければ何の意味もないと言われた、その方法を我々の国は知らなかったから今回のような時に対応出来ないのだと思い知らされた」「では今回のディアナ・ルーストは⋯」「あぁ彼女は魔力の解放をしていて魔法を駆使していたんだ、だ
|お父様《写真》の部屋に花を飾って久しぶりにロッキングチェアに座り壁を見上げると、何時もと変わらずクロードの微笑みがティアナに降り注ぐ。先程事件のあらましをマキシムから詳しく聞いたティアナは今尚困惑の中にいた。マキシムからの話しに無いものがきっと洗脳部分だとティアナには解ったけれど、あんなにリアルな出来事が全て魔法だった事が信じられなかった。ディアナ・ルースト彼女が自分にどんな恨みを持っていたのだろうか?その動機の部分にはまだ自供が無くて不明なのだとか⋯。「お父様⋯私」それ以上写真の父に何を話していいのか⋯言葉に詰まってしまった。そしてミランダが御見舞に来てくれて、ルルーニアからの手紙を預かってきていた。その事もティアナの心に影を落としていた。どうやらマリアンヌも洗脳されていたようだ。それもティアナよりもかなり前から、ストーカー行為自体が洗脳による物だったと知った皆は、何故か当然のようにロットバリーに救いを求めた。支えてあげて欲しいと⋯⋯。それを頑なにロットバリーが拒んでいるのをティアナに説得して欲しいと認めてあった。無神経な親友の本当の気持ち。きっとルルーニアにとって姉のマリアンヌは大事な大事な道標だったのだろう。尊敬していた姉が洗脳によって堕ちてしまった。藁をも縋る思いでティアナに手紙を送った事が文面から伺えた。だが⋯気持ちは解るがティアナの心が拒否している。「ロットの気持ち次第だけれど⋯私は⋯嫌なの。だって私以外の人を支えるロットなんて見たくないし⋯でもねお父様。マリアンヌ様は食事もしないそうなの、家族の支えではどうにもならないとルルーは言ってるの。それを無視なんて⋯出来なくて⋯でも嫌なの、私⋯どうしよう」物言わぬ父に話しかけるティアナは答えを乞うけれど返事は当然返ってこない。ただロットバリーの愛の言葉を繰り返し思い出しては弱い自分の心に刻むのだ。ロットバリーの願いを叶えるために。『先ず大前提を覚えてほしい。それを脳裏に刻んでくれ!俺はティアを愛してるんだ』(ロット⋯これが今の貴方の願いよ⋯⋯ね?)
トラッシュ公爵家にそのまま帰ってきてしまったティアナは戸惑いを隠せなかった。数ヶ月前にはそこに住んでることが日常だったのに、知らぬ場所に連れてこられた感が否めなかったのだ。一つは公爵邸にロットバリーが住んでいることへの違和感だったかもしれない。そんなある日ティアナはロットバリーに誘われて公爵邸の庭園を散策した。エスコートではなくしっかりと握りしめられた手、巷で流行る恋愛小説の中に出てくる所謂恋人繋ぎで歩く庭園は恥ずかしさと戸惑いとそしてロットバリーから醸し出される安心感。ティアナの顔は真っ赤なまま庭園の端に設置された東屋に到着する。「ティア」呼び掛ける声は前のままなのに気持ちの変化があったのはティアナの方だったのかもしれない。「ティア、ゆっくりと話しをしたかった」その言葉で、こちらに帰ってきてから彼とは話していないことにティアナは気付いた。彼の願いはティアナの死だった筈なのにと、洗脳の解けている筈のティアナはまだ混同していた。「ティアは洗脳されていたんだ、だけど俺達にはどんな洗脳だったかが解らない。そして何故君があの場所に居たのかも解らないんだ。俺達の中では君は刺されたあと公爵家で治療を行っていた。それは覚えている?」「えぇ覚えているわ」「刺したやつの顔は?」「見ていないわ、何故刺されたのかも解らない」「その時ティアは何をしていたの?」ロットバリーはティアナに質問を繰り返していた。そういえば刺された時、彼は隣国に行っていて会っていないことをティアナは思い出した。「貴方とはあの時お話していないのよね?」「そうだ、俺はサリバン公爵令嬢の件でほとぼりが冷める迄と言われて隣国に行っていたんだ」「そう⋯そうだったわ、そうよね」胸の内でそうだと繰り返しながらその時の事を思い出そうとするが、途端頭痛がしてきた。痛みに顔を顰めたからだろうロットバリーがティアナの体を気遣う。「ティア無理はしないでいい、でもこうやって記憶を手繰る事こそが洗脳を解く鍵なんだ」「そうなの?」「あぁ洗脳は脳に干渉する、無い筈の記憶を植え付けるから解いてもそこに残ることがあるらしいんだ、だからこそ解いたあとにケアしないとそれがそのままティアの記憶にすり替わってしまうんだよ、解いたのに解けてない、それほど危険な魔法なんだ」「あっという間に解けるのではなくて?
お祖父様の何かしらの関係のあるメリーナ・スティル女男爵。その方の名前を頂いた私は祖父にとってどんな存在だったのか?代わりなのか、それとも憎々しい相手を忘れることのないよう自分を戒めるために付けたのか。まぁ今更考えてもしょうがない。私が取り戻したいのは幼い頃に母が優しく呼んでくれた“メリーナ”という響きを渇望しているからだ。ある日お祖父様に呼ばれて冊子を一冊テーブルに投げられた。「此処へ行け」一言で終わる会話。会話とは一言では成立しないのに我が家の会話はいつからかこうなった。それもこれもあいつに会ってからだ。空気の重い公爵邸、何時しか私の住むそこが公爵家の領地に建てられたものだと知る。弱い母には悪いけれど逃げられるのなら逃げたくて祖父に言われて可能な限りの最短で女学園の寮に移り住んだ。幼い頃に会った事のあるユアバイセン侯爵家のナタリーヌは始め私を見下していた。公爵家といえども王都にいる《《分家》》よりも力のない名ばかりの公爵。父をそう揶揄して私を馬鹿にした。私は魔法を開花してその頃には色々な魔法を自分で調べて使えるようになっていた。その夜私は彼女の部屋に転移して首を絞めた。鍵のかかった部屋に突然現れた私に慄き尚且つ絞首された彼女は私への絶対服従を誓う。笑いが止まらない。魔法さえあれば私は唯一だ!祖父が何の意図で此処に私を送ったのか暫くは気付なかった。学園が始まるまでの余暇で彼の男爵家に様子を見に行くとそこに住む可愛らしい私と同じくらいの少女が目に入った。丁度馬車に乗り込むところだったので後を付けると二人はデートしていたようだ。呑気なものだロットバリー!ターゲットを観察する、私には手足となって働く男手がない。それを見つけることも急務だった。ナタリーヌに男爵家を調べさせた。その少女はロットバリーの婚約者だった、そして彼女は女学園に入学予定。祖父が何を私に求めているのかが解った。解ったけれど言いなりになるのに少しだけ時間を擁した。葛藤したが結局は彼女を苦しめることがロットバリーを苦しめることだと思い、ターゲットを彼女に絞った。名前も気に食わなかった。祖父の気分で変更された名前、一文字だけ違うそれが何とも歯痒かった。メリーナの時は同じにしたのに何故この女の時は一文字違ったのか⋯それが呪縛のように感じた。お前
★side ディアナ・ルースト──────────────お祖父様のやってる事は私には理解の範疇を超えていた。まだ子供の私に何をさせたかったのかは今尚知る由もない。彼はもうとっくに鬼籍に入ったからだ。でも私達の苦しみは彼が死ぬまで続いた。幼い私にお祖父様が厳命したのは彼へ付かず離れずで近づく事。今考えてもそんなの8歳の子供にさせようとしたお祖父様がおかしい事は明白だけれど、その時の私は鞭で打たれるのが怖くてそれに従っていた。はっきりとした顔合わせはユアバイセン侯爵家の茶会でだった、その時に名乗った。それからも色々なお茶会で会うたびに挨拶はするけれど特段親しくならない様にしていた。ただお茶会の時には王都に来れるのでそれはとても嬉しかった。そんなある日激昂したお祖父様に叱責される。片手には鞭が握りしめられていた。12歳になっていた私は幾度となく鞭打たれる母を見せられていたから、手に握られた《《それが》》普段と違う鞭だと気付いていた。普段私を叱責する鞭は短めの細い物だ。長く撓るそれは《《母用》》の物だ。何度も何度も大声を出しながら打たれた。顔を避けているのは意識が朦朧としながらも解った、お祖父様の鞭打ちながらの言葉でどうやら縁談を断られたのも解った。断られた縁談の罰が私に向かうのは理不尽だと思ったけれどそんな事が通用する人ではない。黙って打たれていたけれど何時しかもう何も私の目には映らなかった。目が覚めた時には汚い床に転がされていた。痛くて痛くて腕に残された鞭の後を手で撫でながら治ってと祈ると手から光が溢れた。そしてその部分が治ったのだ。その時に初めて魔法が使えた。何故かなんて解らない、突然使えるようになった魔法は私の中でこの歪な生活が終わる事の出来る物だという希望を生んでくれた。「これは隠さなくては⋯⋯」手を翳して祈るだけでは駄目だった。治ったのをイメージする事で光が発動する事がわかる。特に痛いところだけ治して後は放置した。傷だらけの私が治療もせずに治れば怪しまれると思ったからだ。生き延びるまで何としても隠さなければ。そして私はこの理不尽な仕打ちにロットバリーという人物を呪った。あいつが縁談を断らなければこんな事にはならなかった。首尾よくできなかった父の代わりに母が鞭打たれただろう事も予想していた。祖
★side ディアナ・ルースト※一人称で進みます──────────────私の記憶の初めは“音”だ。ピシッピシッ!としなり、打ち付ける鞭の音。母様が父様に打たれる音私はその音をお祖父様の膝の上で聞かされる。私の家は公爵家だけど王都には住んでいなかった、それがおかしい事に気付かされたきっかけは使用人のコソコソ話しだった。「お嬢様に縁談の話しが来たそうよ」「えっ?こんな所に?」「それが今、24歳のほら⋯問題起こした⋯」「あぁ問題起こした息子に、捨てられた公爵家の娘を充てがうのね。それって⋯」「そうよ子孫さえ残せばいいってね」「まぁこの《《分家》》の公爵家が残されてるのもその為だものね」この使用人の話しを聞いたときの私は6歳でその時はおかしいとは思わなかった。ただ耳には残っていた。私の横で一緒に聞いていた乳母の繋いだ手に力が篭ったから痛くて覚えていたのかもしれない。この話しをしていた使用人は後日死んだと聞かされたのだけど大人になって始末されたのだろうと思い至った。歪な公爵家で育てられた私は年に数回だけ領地から王都に行けるときがあった。彼に初めて会ったのは私が8歳の時だった。王都には沢山の店が並んでいて滅多に来れない私はワクワクしながら店を物色していた。お祖父様と連れ立ってその洋装店に入って試着室で採寸をしてもらっている時に、店の中で待っていたお祖父様がその試着室に突然入ってきた。採寸している針子と私に「しっ」と言いながら人差し指を口元に充てて怖い顔をしていた。吃驚して呆然としている私達を尻目に、お祖父様はそっとカーテンを少しだけ開いて店内の様子を伺っている。その開いた隙間から私も店内を覗いてみた。そこには綺麗な女の人とその人に連れられて来ていた綺麗な男の子が立っていた。女の人は店員と話していて男の子は退屈なのか珍しいのかキョロキョロと店内を眺めている様子だった。その時一瞬目が合ったと思った。でも直ぐ反らされてその子は此方から後ろ向きになる店内に置かれたソファに座ってしまった。結局お祖父様はその人たちが居なくなるまで試着室から出なかった。会いたくない人なのかなと思ったけれど、その人たちが出た後、凄い勢いで私を置いて店を出てしまったから私は唖然として、そして途方に暮れた。採寸の続きをされていてもこのまま迎えに来な
路肩で待機していた迎えの馬車に乗っていたのはマキシムだった。久しぶりに見る義父は離れる前に見た時よりも歳をだいぶ重ねたように見えた。未だロットバリーに抱きかかえられたままのティアナは馬車に乗り込む時もそのままだった。「あっあのもう降ろしてください」「⋯⋯」ロットバリーはただ何も言わずに馬車の中では目を閉じたままだった。縋るように義父を見たが、彼は黙って呆れるようにロットバリーを細めで見つめてから、溜息をつきながらティアナに向けて首を横に振る。この状態が何時まで続くのか、そして自分を《《嫌っていた》》二人が何をしにこの海辺の|キャリバン領《街》に訪れたのか。そして⋯自分は何故彼に抱かれているのか?さっぱり解らぬティアナは何時しか考えるのを放棄して目を閉じた。暫く馬車で走って次に降ろされたのは大きな邸だった。客間と覚しき部屋へロットバリーに抱えられたまま連れて行かれ、その部屋の椅子に座らされた。そこには緑髪の壮年の紳士が白いマントに身を包み待っていた。座らされたティアナにいくつかの質問をしたのだが、答えるのを憚る質問にも関わらずティアナの心に反して口は滑らかに答えるのだった。そのうち彼の手から光が発せられたのまでは覚えているが、その先は猛烈な眠気に襲われてティアナは意識を保てずに目の前が真っ暗になった。──────────────「間違いないですね」緑髪の男ロバットが口を開く。「解除は出来ますか?」「それは簡単に出来ますが、その間の記憶が洗脳だった事を解くのは精神的に本人に辛い目を合わせますよ。恨み妬み嫉み。洗脳で容れられてしまった記憶を洗脳だと認識するには周りの人の献身が一番の薬です。解除の後のフォローはお二人に掛かっていますが忙しいからとお座なりにしないで頂きたいのですが⋯⋯大丈夫ですか?」ロバットの懸念はロットバリーに向けられる。「サリバン公爵令嬢は家族に任せればいい、俺の家族はティアナだけだ」ロットバリーの言葉にロバットは「ふぅ」と一つ溜息を付いてマキシムを見る。マキシムはその瞳に気付き苦笑して頷くと、それを見たロバットが「解りましたよ」そう言いながらティアナの頭に手を翳し始めた。その手から放たれる黄色い光がティアナの頭に靄をかけて、暫くの時間ロットバリーとマキシムは固唾を飲み見守るのだった。ティアナが目覚めて