All Chapters of 鬼課長とのお見合いで: Chapter 71 - Chapter 80

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第七十一話。

「素敵……あ、窓から綺麗な景色が見えるのね。ほら、和季。綺麗ね~」 亜季は、はしゃぎながら和季に話しかける。和季もキャッキャッと喜んでいた。 どうやら気に入ったようだ。 すると櫻井課長は荷物を下ろして、一息入れる。「ふぅ……いろんな意味で疲れた。さてと、浴衣に着替えるか。その後に旅館や庭を見学しながら、温泉にでも入りに行くか」 と、ため息混じりにそう言ってきた。「そうですね~」 亜季は申し訳ないと思いつつも、温泉に入るのが楽しみだった。 そして浴衣に着替えて、大浴場に向かうことにした。 和季は、いつものように櫻井課長に任せる。亜季は1人で、のびのびと女湯に入っていく。中には年配な女性が多かった。 大きな湯船と外には露天風呂が。露天風呂から見える海は、とても綺麗だった。 亜季は露天風呂に入る前に体を洗おうとした。そうしたら隣の男湯から、和季のギャン泣きが聞こえてきた。(あ、また嫌がっている……) いつものことなのだが、恥ずかしくなるほど泣き声が大きかった。「あらあら、元気な赤ちゃんだこと」 年配のお婆さんがクスクスと笑いながら話していた。 亜季は頬が熱くなってしまう。迷惑に思われたかもしれない。「すみません。私の子なんです。今、主人が入れていまして……」「あら。あなたのお子さんだったの?」「……はい。どうも着替えが嫌みたいで」 申し訳なさそうに周りの人に謝った。すると向こうから、「ひぎゅああ……まんま~」と泣き叫ぶ声が。「こら。和季。そこでママを呼ぶな。俺が変に思われるだろ!?」 和季が泣きながら母である亜季のことを呼んでいたため、櫻井課長は戸惑っていた。 苦労している櫻井課長の顔が目に浮かんで、亜季は申し訳ない気持ちになってくる。 これでは、ゆっくり入れないだろう。「フフッ……あなたも大変ね。でも男の子は、あれぐらいではないと」「そうそう。ウチの子もあれぐらい元気に泣いていたわよ」 年配の女性たちが笑いながらも、快く許してくれた。 それどころか逆に励ましてもらったり、色々とアドバイスをしてくれた。 こういう交流も温泉旅行の楽しみの一つだろう。 温泉から出ると、櫻井課長も和季を抱っこして男湯から出てきた。「お疲れ様。隣からでも和季の泣き声が聞こえていたわよ。ごめんなさい……入れてもらって」 亜季は謝り
last updateLast Updated : 2025-04-06
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第七十二話。

「うわぁ~美味しそう」 亜季は目をキラキラさせながら喜んだ。すると和季も、美味しそうな料理に興味があるのか必死に手を伸ばしていた。 小さな体を必死に伸ばして、茶碗蒸しの器に触ろうとする。「あ、和季。メッ」 慌てて止めようとしたら櫻井課長が、ひょいっと和季を抱き上げた。 叱られたので和季は、ぐずりだしてしまう。「ふぇぇ~ん」「こら。お前は、こっちだ!」 そう言いながら膝元に座らせると、持ってきた離乳食を食べさせる櫻井課長。 しかし、これだと料理が食べられない。 いつもは助かるけど、さっきもお風呂に入れてもらったばかり。せめて食事ぐらいは……。「和季は、私が食べさせますから。智和さんは先に食べていて下さい」「あぁ、大丈夫。それに君も食べたいだろ? あんなに楽しみにしていたんだから。ゆっくり食べろ」「ですが……」「子育ては、やれる奴がやればいい。普段は、亜季が面倒を見ているんだ」 櫻井課長はクスッと笑うと和季に、もう1口食べさせてくれた。 彼の優しさに亜季の胸がキュンと高鳴る。 そし、そのお陰で、ゆっくりと食事を楽しみことができた。 小さい子が居ると、なかなか落ち着いて食事ができないから助かる。 食べ終わると、交代する。 その後も櫻井課長は和季を寝かせてくれた。疲れたのか和季は、すんなりと寝てくれた。「今日は、寝付きがいいな。たくさん、はしゃいでいたから疲れたのだろうな」 櫻井課長は布団をかけ直すと、こちらに来てくれた。 亜季は、その間にお茶を淹れる。窓側にある椅子に座るのを確認すると、櫻井課長にお茶を差し出した。「すみません。旅行まで、色々と任せてしまって。後で、ゆっくりと露天風呂に入り行って下さい」「何、大したことはない。それよりも、やっと大人の時間が楽しめるな」「えっ……あっ!?」 確かに。今は和季がすんなりと寝てくれたから、二人の時間がゆっくりとできる。 意識をすると、何だか恥ずかしくなってくる亜季。 初めての旅行に、こんな素敵な部屋に泊まれた。そして今は2人きり。 まるで付き合った頃を思い出してしまう。「……そうですね。付き合っていた頃は、旅行だなんて考えてもみませんでしたし」 亜季はそう言うと、櫻井課長はお茶を飲んだ。 あの頃は、とにかく櫻井課長のことが知りたくて、新しい発見ができることが嬉し
last updateLast Updated : 2025-04-06
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第七十三話。

「もう……驚かさないで下さいよ」「ふん。笑った仕返しだ」 そう言いながら櫻井課長はクスッと笑うと、亜季にキスをしてくれた。 何だか甘い雰囲気に。 唇の角度を変えながら深くなっていくと、櫻井課長はゆっくりと亜季の浴衣を脱がしていく。「……今日は、和季もよく寝ている。邪魔されずに済みそうだ」 確かに最近は、いいところで和季が泣いてしまことが続いていた。 今日は2人の時間を十分に楽しめるかもしれない。「せめて……布団で」「いい……ここで抱く」 そう言いながらも櫻井課長は亜季の胸を弄ってくる。「んっ……でも、露天風呂は?」「後で入る。亜季を抱いてからな」 そう言って、また深いキスをされてしまう。 その後も久しぶりだったせいか、お互いに気持ちが燃え上がる。海や夜景を眺めている余裕はないぐらい求められてしまった。「あっ……智和……さん」「亜季……愛している」「んんっ……私も……」 お互いに見つめ合いながらキスをする。繋がった状態で。 こうして家族の楽しい温泉旅行は、、あっという間に終わったのだった。 しかし私達に新たな出来事が起きた。 それは、何ヶ月が経ち。和季を連れて、車で買い物に出かけようとした時だった。「和季~お買い物に行こうか? ブーブー乗って」「ブーブー」 喜びながらこちらに寄ってきた。今では和季も、よちよちだが歩けるようになった。 亜季の運転はともかく、車は好きなようだ。 和季を車に設置してあるチャイルドシートに乗せる。「よし。さあ、行こうね」 ニコッと微笑むと、亜季も車の運転席に乗り込んだ。向かった先はデパート。 デパートに着くと、櫻井課長のワイシャツと和季の子供服を購入。帰りにはケーキを買って駐車場まで戻った。 夕食の材料は、近くのスーパーの方が安いから、そこにしよう。 そう思いながらエンジンをかけて、走り出した。 和季は機嫌よく窓を見ながらキャッキャッとはしゃいでいた。「ブーブー」「そうね。ブーブーたくさんあるねぇ~」 和季に話しかけながら運転する。 その時だった。危ない運転をする車が隣を横切った。もう少し寄っていたら、ぶつかるところだった。(危ないわよねぇ~あの車) 亜季はそう思ったが、信号が赤になったので車を止めた。 しかし、危ない運転をしていた車は、そのまま止まらずに信号を無
last updateLast Updated : 2025-04-06
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第七十四話。

 そして慌ててタクシーを呼び、亜季と和季が居る大学病院に向かう。 その頃。私は、おでこを包帯で巻かれていた。「はい。出来ましたよ!」「ありがとうございます」 亜季はニコッとお礼を言う。車は凹んでしまった。 幸いなことに車がクッションになり、おでこの怪我と首の痛み程度で済んだ。 精密検査をしたので、その結果待ちだ。 和季もチャイルドシートで守られていたため無傷。驚いて大泣きするぐらいで済み、ホッとする。 今は、泣き疲れてベッドでスヤスヤと眠っている。警察の人の話だと、事故をした車は飲酒運転だったそうだ。 櫻井課長に事情を説明してくれたから、 こちらに来るだろう。 どうしよう。無事に助かったから良かったけど……。 櫻井課長に、どうやって説明したらいいのだろうか。 車もダメにしてしまった。 きっと凄く怒られるだろう。もしかしたら二度と車にも乗らせてくれないかもしれない。 そう思うと、亜季は落ち込んでしまう。まだ首がズキズキと痛むし、最悪だ。「櫻井さん。先生から診断結果が出たようなので診察室までお越し下さい」「あ、はい!」 亜季は慌てて診断室に入る。そして驚く真実を聞かされた。「えぇっ? それって本当ですか!?」「えぇ、間違いありません」 医師の診断報告に動揺する亜季。 そうしたらガチャッとドアが突然開いた。入ってきたのは櫻井課長だった。「亜季。和季も無事か!?」「と、智和さん!?」「亜季。怪我は!? どこも悪くないか? 和季は?」 必死に亜季の肩を掴み、無事かどうか確かめようとする櫻井課長。 動揺していてパニックになっていた。「智和さん。落ち着いて。私も和季も無事よ。少し首とか痛めてしまっただけ。和季も奥で眠っているわ。怪我も無いし、無事よ!」 そう言うと櫻井課長は、ホッとしたのか肩の力が抜けていた。へなへなと座り込んでしまう。 こんな風に青ざめて動揺する櫻井課長は初めて見た。「大丈夫?」「丁度良かった。ご主人にも診断結果をお伝えしておきますね? 事故後で失礼かと思いますが、おめでとうございます。奥様は、おめでたですよ!」 ニコッと医師がそう伝えてきた。 そう、診断結果は妊娠報告だった。 亜季のお腹に2人目の子供が宿っている。吐き気などが、和季の時と比べて軽かったので気づかなかった。「えっ……おめでた?
last updateLast Updated : 2025-04-07
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第七十五話。

「フフッ……もうですか? まだ産まれるのは先ですよ」「何を言うか。名前は大切なんだから、今から慎重に選ばないと。次は娘がいい。俺に似ではなくて、亜季に似てくれたらいいのだが」 櫻井課長はブツブツと、独り言を呟いている。 その姿が可笑しくて、つい亜季は笑ってしまった。 やっぱり家族と一緒に居る、この空間がとても幸せに感じる。 だから早く産まれておいで。 そう言いながら、優しく自分のお腹を撫でる。櫻井課長と寄り添いながら……。 それから1年後。 櫻井課長は、いつもの通りに帰宅する。 「ただいま」と言うと、真っ先に走って出迎えたのは和季だった。 櫻井課長は和季を抱き上げる。「パパ。おかーしゃい」「あなた。お帰りなさい」 その後から亜季が出迎えた。もちろん、あの時にお腹に宿してた娘の結花(ゆか)を抱っこして。 まだ生後五ヶ月。「ただいま。亜季、結花……」 嬉しそうに微笑む櫻井課長。しかし彼の手に持っている紙袋に気づいた。 「あら? あ、智和さん。また買って!?」「いや、たまたまお店に入ったら、結花に似合いそうな服を見つけてな」「これで、何度目!? 毎回、毎回。すぐに大きくなっちゃうのに」 最近の櫻井課長は、スポーツ器具の代わりに結花の服をたびたび衝動買いするようになった。 私似なので可愛くて仕方がないらしい。「仕方がないだろ?  結花は何を着ても可愛いのだから」 最近これが口癖のようになっている。 まったく。鬼課長が呼ばれていた人だと思えない行動だ。 ハァッ……と亜季は、ため息を吐いた。「さて、和季。一緒にお風呂に入るぞ」「やぁ……かず。キレーだもん」「そうか。それは、確かめてみないとな」 櫻井課長はそう言うと、和季を連れてお風呂を入りに行ってしまった。 もちろん、和季の泣き声が聞こえてきたが「あらあら」 亜季はクスクスと笑いながら櫻井課長の持っていたカバンと紙袋を持ち上げる。 我が家は、いつも明るく賑わしい。 お見合いで始まった恋だけど。その幸せをくれたのは、間違いなく櫻井課長だ。 (ありがとう。私の大好きな鬼課長様)「さて、夕食の支度を早くしなくては。和季が出てきちゃうわ」 亜季はそう言うと、慌ててリビングの方に向かうのだった。                                
last updateLast Updated : 2025-04-07
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番外編①・青柳視点。

 青柳真一郎(あおやなぎ しんいちろう)。二十八歳。教習所の教官として働いている。 昔から無口で表情が硬いと言われてきた。それと言葉がキツいと。 別に青柳自身も、お喋りの方ではないと自覚はしている。面白くもないのに笑うことはできない。思ったことを口にしているだけだ。 顔立ちも鋭い目つきと年の割には老けているせいか、よく年齢より上に見られた。 さすがに学生の頃。教師に間違われたのはショックだったが。 それでも青柳は、それが自分だと割り切っていた。 恋愛も得意な方ではない。そもそも恋愛に興味がなく、どう扱っていいのかも分からない。女性も怖がられることも多かった。 教官に就職したのは、車や運転が好きだったから。だた、それだけ。 そう考えると自分は、つまらない男だと青柳は思えた。パッとしない人生を歩んできただけの。 しかし、ある女性と知り合ったことで自自分の人生が少し変わった気がした。 それは友人に無理やり連れて来られた合コン。 数合わせだったから、お酒を飲んでさっさと帰ろう。 青柳は、そう思っていた時だった・  ある女性が目に写った。ジッとこちらを見ていたからだ。(俺に……気があるのか?) 最初は、そんな風に考えていた。気にしないようにしていると、深いため息を吐きながら下を向く。 そして、またこちらをチラッと見ては、ため息を吐くの繰り返し。(一体、何だ?) 青柳は、気にしないようにしているが、逆に気になってしまった。 (たしか名前は松井亜季と言っていたような?) それが松井亜季(まつい あき)だった。 青柳は名前も適当に聞いただけだったら当たっているのかも分からない。そうしたら亜季の友人・玉田美奈子(たまだ みなこ)が席替えだと言い出した。 亜季は青柳の隣に強制的に座らされる。 オロオロしている姿は、どこか危なっかしい。慣れていないように見えた。 すると亜季の方から話しかけてきた。「あの……慣れませんね? こういう場って」 ハハッと笑い亜季を見て、青柳はやっぱりと思った。「そうだな。無理やり連れて来られたから、よく分からないけど」 青柳は、そう思ったら自然と冷たい言い方になってしまった。 本当だったら、もう少し気の利いた台詞を言った方がいいのかもしれない。 しかし、そこで言えるほど青柳は器用ではなかった。 
last updateLast Updated : 2025-04-07
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番外編①・第二話。

 さらに聞いてみると、ビクッと肩を揺らす亜季。頬を一瞬赤く染めたと思ったら、しゅんとなってしまった。 青柳は質問を間違えたかと思い、謝罪をする。「いえ……好きな人ってよりも以前付き合っていた人です。残念ながら別れてしまいましたが」 亜季は寂しそうに苦笑いをしていた。 その後は、対して話をしないまま終わってしまったが、青柳は印象に残る出来事だった。あの表情がずっと頭に浮かんでしまうほどに。 そして、そんな亜季が再会したのは思ったよりも早まった。 仕事帰りに、ばったりと会っただけなのだが。 表情は変わらなかったが、青柳は内心では動揺していた。まさか再会するとは思わなかった。 しかし、元気になったのかと確認しただけで泣かせてしまう。 そんなつもりで聞いていない。これでは自分が泣かしたみたいだと、戸惑ってしっまう青柳。 何とかして近くの喫茶店で入って亜季が落ち着くまで待った。 ハンカチで涙を拭う姿は、どこか儚げに見えた。 落ち着いてくると彼女は世間話に年を聞いてきた。二十八だと答えたら驚かれた。  失礼だとは思う。 しかし、老け顔がこんな時に役に立つとは思わなかった。そのお陰で亜季の表情は少しでも和らいでくれた。 微妙な空気だったのが少しだけでも良くなったような気がする。 そうしたら帰り側、亜季の方からメッセージアプリのⅠDを聞いてきたのだ。 それは青柳にとって、予想外の出来事。本来の自分なら教えることはなかったが、言ったことに慌てる彼女を見ていたら、青柳は教えることに抵抗はなかった。 むしろ心臓の鼓動が速くなっていく。 それはどういことなのか青柳は分からなかったが、小さな変化の兆しだろう。 それから数日が過ぎたが亜季からメッセージが来ることはなかった。いくら待ってもだ。 勢いで言ってしまっただけだろうか?  それとも何かあったのだろうか? 気になる……。 自宅でも気づいたらスマホを片手にメッセージアプリを開いている自分が居た。普段はメッセージなんて、ほとんどやらない。電話がほとんどなのに。「自分から送ってみたら迷惑だろうか?」 別にそれから、どうにかなりたいわけではない。 ただ気になっただけ。元気なら、それでいい。 思い切って送ったら、思ったよりも早くメッセージが届いた。 その後も、メッセージは続く。 相談や個人
last updateLast Updated : 2025-04-08
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番外編①・第三話。

 それが会ってハッキリすると、無性に腹が立ってきた。 ウジウジしていないで、ちゃんと向き合ってほしい。その櫻井課長にも。 「まぁ……簡単に忘れられるものではないだろう。焦らずに居ることだな。いずれは時間が解決してくれる」「青柳さん……」「……そう言って欲しいのか? 俺に」「えっ?」 そう思ったら、自分でも驚くぐらいに亜季に説教をする青柳。 そこまで言うつもりはなかったが、口が動いたら止まらなかった。そこで、ようやく気づいた……自分の気持ちに。(俺は、吹っ切ってほしかったんだ)と……。 ずっと櫻井課長のことを考えないでほしい。そのためにも、ハッキリさせてほしかったのだろう。 上手くいけば仕方がないが、もしダメだったら。踏ん切りがつくはずだ。本気でぶつかった相手なら、言わないよりも言った方がスッキリする。 なんより、彼女に笑ってほしかった。沈んだ姿は似合わないと思った。「やり直したいと思うなら動け。君が動かない限りは何も変わらない」「……まだ……やり直せるでしょうか?」「さあな。そんなの俺に聞いても分からない。で、どうするんだ?」 青柳の言葉に、亜季は静かに前を見る。 動かないと何も変わらない。それは自分自身にも言っていることだ。「私……追いかけます。課長とやり直したいから」「……そうか」 青柳は、これ以上は何も言わなかった。彼女が決めたことだからだ。 食事を済ませてお店を出ると、亜季は頭を深く下げて、お礼を伝えてきた。「ご指摘ありがとうございました。私……目が覚めました!」「どうやら、ちゃんと前を向く気になれたようだな」「青柳さん……」 青柳は静かに微笑んでみせる。 亜季の顔を見ると、どこかスッキリしていた。きっと、自分のやるべきことを見つかったのだろう。(ああ、彼女は笑うと魅力的な人だな)  やっと彼女の微笑む姿を見ることができたのに、気持ちは切なかった。 でも……これで良かったのかもしれない。そう青柳は思った。「もし、ぶつかってみてダメなら、また俺に連絡して来い。相談でも愚痴でも聞いてやる」「ありがとうございます!」 青柳はそう言ったが、そこに本音が隠れていた。でも、それは言わないつもりだ。 彼女が、ちゃんと向き合って、会いに向かうまでは。 そして亜季は頭を下げると、青柳とそのまま別れた。 
last updateLast Updated : 2025-04-08
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番外編①・第四話。

 どこか危なっかしい。 本人は悪気がないというより、少し抜けているところがある。天然とういうのだろうか? 結局、自宅に招かれることになってしまった。 その時に青柳が驚いたことは、亜季の言っていた櫻井課長だ。似ているとは言っていたが、まさかここまで似ているとは思わなかった。亜季の息子である和季が勘違いするほどに。 お互いに気まずくなる。だから、自分を重ねるわけだと納得してしまう。 それなのにニコニコしている亜季を見て青柳は、ため息を吐いた。(これは……彼女の旦那も大変だな)と……。 どうも放っておけない。だからこそ、気になってしまったのだろう。 そして、これほど積極的で真っ直ぐに感情を向けてくるのだから、意識しない方が無理である。 亜季は深々と頭を下げると、櫻井課長も同じく頭を下げてくれた。「俺の方からもお礼を申し上げます」「2人共…頭を上げて下さい。それに俺、そんな立派なものではないです。ただの卑怯な奴ですから」「どうしてですか?」 亜季は不思議そうに尋ねるが、少し寂しそうな表情を見せる青柳だった。 自分は、それを言ってもらえるような人間ではない。「それは、秘密です。墓まで持って行くつもりなので」 青柳は、自分ことを卑怯な人間だと思っていた。 本当は、その先を期待していた。亜季が振られて帰ってきた際は、慰めたいと思っていたからだ。 上手くいったら諦めるはずだった。だが……もし。 彼女はダメだった時は、吹っ切れてほしい。そうしたら改めて交際を申し込める。 それは振られることを期待すること。それが……自分が持っている感情だった。(俺って……最低だな。彼女に笑ってほしいと思いながら、こんなことを望むなんて。だから、これは墓まで持っていくつもりだ) そう青柳は心に誓った。 自分の恋は、こうしてあっけなく終わってしまった。でも、それで良かったのかもしれないしれない。笑ってくれるのなら。 それから何ヶ月が経った頃。青柳は、いつもの日常を過ごしていた。 今回から、また新しい生徒を担当すること。青柳は資料を見る。 名前は真中彩美(まなか あやみ)大学2年生らしい。 学生のうちに免許を取得する人は多い。(真面目な子だといいのだが) 青柳は、そんな風に思っていた。そして実際に会ってみると、小柄で大人しい雰囲気の女性だった。
last updateLast Updated : 2025-04-09
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番外編①・第五話。

(ここにも居た……運転の下手なやつが) まさか、亜季みたいなタイプを担当するとは思わなかった青柳。これでは彼女の二の舞だ。 ため息を吐いている姿を見て、彩美はしゅんと落ち込んでしまう。「……すみません」「謝らなくても大丈夫。初めてなんだから仕方がないことだ」 そう言ってみせるが、どうやら彼女は謝る癖があるようだ。そういうところは、どこか亜季に似ていると思う青柳。 その後も通ってきて運転の講習を受ける彩美。 細かいミスを連発するが、他の生徒と比べて真面目だった。一生懸命で、どこか危なっかしい。少しずつではあるが、上手くなっていく。「出来ました」「ああ、良くなったと思う」「本当ですか!?」 そして上手くやれると、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。やはりどこか似ている。 諦めたはずの彼女に……。 青柳は彩美に亜季の面影を重ねるようになっていく。(俺も……どうにかしている。彼女は松井さんではないのに) 本来なら距離を置きたいところだった、これ以上重ねないためにも。 しかし担当教官な以上は、責任を持って最後まで指導しないといけない。 青柳はギュッと胸の辺りが苦しくなっていく。 そんなある日。仕事が終わって帰る途中だった、。青柳は駅の辺で揉めている男女を発見する。その女性は彩美だった。(あれは……真中さん!? 彼氏と喧嘩でもしているのか?) 本来なら他人の揉め事に関わることはない。興味はないし。 しかし、彩美は恐怖でガタガタと震えているようだった。すると男性の方が声を上げる。「お前、いい加減にしろよ。せっかく俺がやり直してやるって言っているのに」「だから……無理なの」「何でだよ? 別に、ちょっと他の子と遊んだだけじゃないか? あれぐらいは男なら当たり前だし」 どうやら別れ話で揉めている様子だった。聞いたところだと、彼氏が浮気をしたのだろう。 そして彼女が別れを切り出したら、ここまで待ち伏せさせられた感じだろうか。 彩美は恐怖で目尻に涙を溜めていた。「基紀(もとき)が平気でも……私は辛い。だから別れて」「くっ……お前、生意気なんだよ。地味で冴えないから、付き合ってやっているのに」 そう言うと、キレたその男性は手をあげようしてきた。このままだとぶたれてしまう。 そう思ったら、自然と青柳の足は動いてしまった。ガシッと、基紀と
last updateLast Updated : 2025-04-09
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