All Chapters of 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない: Chapter 51 - Chapter 60

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第一章 過去と現在が交差する50

実家に来て三日目。母と二人で、リビングにいた。何も話さないまま黙ってテレビを見ていると大くんが映り、母は電源を消した。「今、何週なの?」「十二週……」「あまり時間が無いわね。美羽、どうしても産みたい?」「うん」「紫藤さんと結婚できないかもしれないし、一生、彼と会えないかもしれない。それでも?」一生会えなくなるということはどういうことなのだろう。会えないなんて苦しくて辛くて、私は耐えられるだろうか。それが許されないのなら、子供は下ろさなきゃいけないっていうことだろうか?もしそうなら……大好きな人に一生会えなくても、それでも、私は赤ちゃんを産みたい。辛くても、苦しくても……。「お父さんは、いろいろ考えてくれたんだと思う。二人にとって一番いい未来を。娘をあんなに愛してくれて……嬉しいよ。でも、彼の仕事は人気商売。夢を与えることなのよ」「……うん」まさか、自分がシングルマザーになるなんて考えてもいなかった。「子供を一人で産んで育てていくというのはものすごい覚悟なの。簡単なことではない。母親の先輩として私から言えることはそれだけよ。よく考えなさい」「……わかった」でも、心の中ではまだ、大くんが迎えに来てくれると期待しているのかもしれない。
last updateLast Updated : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する51

そんな話をした夜。父が帰ってきた頃、突然の来客が来た。母が玄関に向かっていく。こんな時間に誰が来たのだろうか。しばらくしても玄関から戻ってこない母の様子を父が見に行った。私も気になって玄関まで行くとそこにはCOLORのメンバー黒柳さんと、赤坂さんと大人の女性がが立っていた。「COLORの所属している事務所の社長さんだって」母が父に向かって言う。「上がってもらいなさい」応接室に入ってもらうと母はお茶を出した。「お構いなく」彼女は名刺を差し出してテーブルの上に置いた。「事務所社長の大澤穂希と申します」年齢は三十代だろうか。とても美人な女社長だ。「うちの大事な商品に、傷をつけたお詫びをしていただきたく参りました」「……と、言いますと?」「顔に傷がついておりまして、仕事をいくつかキャンセルさせたので」父は怒りのあまり手をあげてしまい、顔が赤く腫れてしまったのだろう。痛くないだろうか大丈夫かと心配になる。「うちの大事な娘を妊娠させておいて、なんですかそれ」父は冷静な口調だったけれど怒りをなんとか抑えているかのようだった。「ええ。お互いにとって一番いいのは、中絶だと思います。お嬢様の将来のためにも」「嫌です」咄嗟に言い返すと、大澤さんは笑顔を向けてきた。笑っているのにひどく冷たいものだ。「日本中に愛されるべき男をそんなにも、独り占めしたいの?」「……」まさかそんなこと言われるとは思わなかった。独り占めしたいだなんて思っていない。できることなら芸能界の仕事を続けてもらって、その上で結婚も認めてもらいたい。でもそんなに簡単なことではないのだろう。言葉に詰まり私は瞳を白黒させた。「俺らの夢を壊さないでください」赤坂さんが真剣な眼差しを向けてこちらを見てくる。自分の幸せが人の夢を壊す……。そんなこと、考えもしなかった。「帰ってください」今まで黙っていた母が震えながら言う。「お腹の子供には罪はありません。子供のことは、私たち家族で考えます。不安定な職業の男性と結婚なんてさせられませんし、今後一切関わらないことを約束します。紫藤さんにも娘のところには会いに来ないでと伝えてください」「ええ。同意見です」ニコッと笑った大澤さんは封筒を差し出した。「少ないですが、お詫びの印です」父は封筒を押し返した。「いりません」「
last updateLast Updated : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する52

   *大くんに会えなくなって一週間が過ぎた頃、実家近くの公園で空を見ていた。定期検診に行ってきた帰りで歩くのは疲れたので少し休むことにしたのだ。すると人が近づいてきた。誰だろうと顔をよく見ると大澤さんだった。まさかこんなところに現れると思わなかったので驚いて固まってしまう。「こんにちは」「……っ」「まだ、お腹にいるの?」「……」私が座っているベンチの隣に腰を降ろした大澤さんは、私に日傘を差してくれる。「愛してるのね。紫藤を愛してくれて本当に、ありがとう」柔らかい声が耳に届いて驚いた私は、思わず大澤さんを見てしまった。「この前は失礼な言い方してごめんなさいね。紫藤は、本当に才能がある男なの。きっと十年後には国民的芸能人になっていると思うわ。歌だけじゃなくて、演技も、番組の司会もできるマルチタレントになっていると思う」柔らかな風が吹く。だけど、それが切なくて泣きそうになった。「今は小さな種かもしれない。だけど、間違いなく大きく花が咲くわ。あなたなら、近くで見ていたからわかるでしょう? 彼はたくさんの人に愛される人間。そしてたくさんのファンを幸せにすることができる力を持っている人。この世界にはね結婚もタイミングがあるのよ。祝福される時と、憎まれる時期とね……」コクリとうなずいた。痛いほどわかる。大くんは、スターになるべくして生まれた人なのだ。どう考えたって今は結婚するタイミングではない。「その彼の可能性を、あなたが奪っていいの? 大事な芽を潰してもいいの? 愛しているなら、身を引くって選択もあるのよ。静かに見守る愛もあるの。女としてそういう愛し方もあるのよ」涙がポロッと落ちた。ハンカチをさっと出してくれる。「紫藤も辛いはずよ。だからね、あなたに憎まれ役を演じてもらいたいの」「どうやって、ですか?」「手紙を書いてもらえないかな。中身は嘘だらけになるかもしれないけれど」「嘘?」そういうことだろうと思って私は首を傾げた。「紫藤との結婚よりも、未来の安定を選びましたって」「……」「辛い思いをさせて本当に本当に、申し訳ないわ」大澤社長はこの前実家に訪れた時とは印象が違って、少し理解のある人に見える気がした。「……わかりました」手紙を書いて、大澤さんへ郵送することを約束した。私は……大くんの幸せと、COLORの夢、た
last updateLast Updated : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する53

家に帰って手紙を書いていると、母が帰ってきた。公園で大澤さんに会ったことを伝える。「そう……」「でもね、もう少しギリギリまで赤ちゃんのことは考えさせて。お母さん……わがままな娘でごめんね」「美羽」ギュッと抱きしめてくれた。「女として産みたいのは、わかる。……お母さんと一緒に育てようか?」「いいの?」「うん。お父さんはなかなか許してはくれないだろうけど、お父さんを一緒に説得しよう」「ありがとう……お母さん」抱きしめ合って、涙を流した。もう、メソメソしていられない。お腹の子供のために、頑張らなきゃ。二日後、手紙を書き終えた。『紫藤様短い間でしたがお世話になりありがとうございました。私は自分の将来を考えて、子供は産まない決断をしました。このことは一生誰にも言わない秘密にします。仕事に励んで頑張ってください。さようなら』涙を流しながら封をした。ポストに投函する瞬間。もう、永遠に大くんに会えないのだと思うと、悲しくて逃げ出したかった。「大くん……」短い期間だったけど、見つけてくれて、愛してくれてありがとう。絶対に、スターになって幸せを世の中に届けてください。大くん笑顔、怒った顔、泣きそうな顔、リラックスした顔、キスした直後の照れた顔がフラッシュバックのように蘇った――。ストンと手紙はポストの底に落ちた。さようなら、大くん。その後、私が住んでいたアパートは引き払って実家で暮らしはじめた。新しい携帯にして真里奈に連絡を取り、しばらく実家にいることを伝える。『そうだったのね。心配したよ。でも、産む決意をしたんだね。安産を祈ってるから』大学は夏休み期間中を終える前に、休学手続きを取ることにした。母子手帳をもらって、私は生まれてくる名前を考えていたりしている。女の子かな。男の子かな。出産への不安はあるけれど、やっぱり、楽しみだ。早く、成長しないかな。会いたいな。母が私を妊娠中、こんな気持ちだったのだろうか?悲しい中でも、前向きに頑張ろうと思っていた。これから私は母を説得した。なかなか首を縦には振ってくれなかったけれど、最後には宿った命には罪がないと理解をしてくれ、実家で産んで育てることを許してくれたのだ。
last updateLast Updated : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する54

   *九月になり私は強い腹痛に襲われて実家の部屋の中でうずくまった。母は心配してすぐに救急車を呼んだ。運ばれて担当の医者がすぐに体の様子を見てくれる。お願い。私と大くんの大事な大事な赤ちゃんを助けてください。祈るような気持ちで検査を受けていた。医師は表情を明らかに曇らせた。嫌な予感がした。ざわざわして仕方がない。もしかしてお腹の中で無事に成長していないのだろうか。「……どうかしましたか?」「胎児の活動が停止しています」「……え? どういう意味ですか?」「残念ながら、流産したということになります」あまりにも残酷すぎる言葉が降ってきた。どうして、どうして。「信じられないです……!」声を張り上げて泣いたのは、はじめてだったかもしれない。赤ちゃんの心臓は……もう、動かなかった。出血が多く強い腹痛があったため手術をすることになり、私は緊急入院したのだ。母が付き添ってくれ、私は手術室へと向かった。手術はあっという間に終わり、気がつけば私はベッドの上で眠っていた。そっと瞳を開くと病室に母がいてくれた。お腹に手をあてる。もう、いないんだ……赤ちゃん。大くんの赤ちゃん……。母は私の手をギュッと強く握ってくれた。閉じている瞼から、涙がこぼれ落ちる。「あなたなら、乗り越えられる試練なのよ」「試練……」「美羽を強くしてくれるために、赤ちゃんは宿ったの」「怒らないの? 避妊に失敗してって」「いっぱい怒ったでしょう。二人が愛し合っていたのはわかっているから……もう、怒れない」すごく優しい表情で頭を撫でてくれる。母親の偉大さを知ってジーンとした。「今眠ってる間に夢を見たの」「夢?」「女の子だった。たんぽぽに囲まれて、可愛い顔した……大くんにそっくりの赤ちゃん」「そう」「にっこりしてたの。ママ、大好きって言っているような気がしたよ」母は黙って話を聞いてくれていた。
last updateLast Updated : 2025-01-16
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第一章 過去と現在が交差する55

次の日も母はパートを休んで付き添ってくれた。退院手続きを終えて病院の自動ドアを出た。太陽の日差しが強くてまだまだ暑い日が続きそうだ。病院を出ると元気に伸びたたんぽぽがあった。しゃがんで摘む。「はな……」「ん?」「はなが……見守ってくれている気がするよ、お母さん」「そうね……」私はそのたんぽぽを押し花しおりにして、お守りのようにして持ち歩いた。大学を辞めてもいいと言ってくれたけれど、通う決意をして夏休みを終えると普通の大学生になった。実家から通うのはちょっと大変だけど、一人になる勇気はなかった。真里奈も今まで通り接してくれたし、私は勉強を頑張ろうと思う。両親にたくさん迷惑をかけてしまったから……恩返ししたい。私は何事もなかったかのように四年生の大学を卒業し、一般の学生と同じようにリクルートスーツを着て就職活動をした。将来何をしたいのかとか、夢がなかったけれど企業に入社してとにかく仕事に励みたいとの思いが強かった。そして私はフルーツ大手メーカーの甘藤に入社した。大くんは、月曜夜九時のドラマに出るらしい。……けど、見ない。世間の話題についていけなくても、見たくない。果物のように甘いだけじゃない、苦くて、辛い恋はもう思い出したくない。きっと……。もう、大くんと私の人生は交わることがないだろう。過去のことに執着したって、苦しくなるのは自分だし。大くんだって、結果、スターの階段を上がっていて、幸せになっている。好きな者同士が、一緒にいることだけが幸福じゃない。……と、言い聞かせながら私は自分の新しい人生を歩みはじめていた。
last updateLast Updated : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低1

第二章 再会は最悪で最低「マンゴーって美味しいですよね。大好きなんでこの仕事の話を聞いてから、今日が楽しみで仕方がなかったんですよ」「そう言っていただけると嬉しいです。紫藤さんのコマーシャルを見てこの夏はマンゴーが食べたくなる人が多いのではないでしょうか?」「そうなるといいですね」会話している二人の姿を私は後ろから眺めながらついて行った。エレベーターに乗って打ち合わせ室まで向かう間、一気に過去が蘇り泣きそうになった。必死で忘れようとした過去なのにふつふつと記憶が沸き上がってくる。すごく、息苦しい。落ち着け、私……。打ち合わせ室について私と杉野マネージャーは大くんと向い合って話をはじめる。杉野マネージャーが説明を開始すると、大くんは真剣な表情に変わる。昔は大くんをじっと見つめていると、顔を上げて目が合うとニコッと笑ってくれた。『美羽。どうしたの? 俺のことがそんなに好きなんだ?』優しい声で問いかけてきて、ギュッと抱きしめてくれた。大人になった大くんは、魅力が増している。あの腕に抱きしめられたら、一気にキュンキュンして心臓麻痺を起こしてしまうかもしれない。世間の女性が憧れるのもうなずける。外見だけでなく番組に出て彼のキャラクターも前面に押し出されているので人気の要因なのかもしれない。「ここからすぐ近くのスタジオで十一時から十三時まで写真撮影を行います。終了後、車で移動しながら昼食を摂っていただき、十四時から海辺での撮影をさせていただきます。十七時からはスタジオでの動画撮影を行い、その日にすべて撮り終える予定ですが、海での撮影は翌日の朝、足りないカットを撮って終了です。ハードスケジュールになりますが、よろしくお願いします」「わかりました」「我社としても力を入れている商品ですので、紫藤様に期待しております」杉野マネージャーの仕事をしている姿は、さすがビジネスマンって感じで見習うところがいっぱいある。私もいずれやらなきゃいけないことなんだよね。「では、早速移動していただきます。お車を手配させて頂いておりますので」立ち上がった大くんは、私を見下ろす。ビクッとなって視線を逸らすと、何も言わずに歩み出した。何か言いたそうな感じがするのは、気のせいだろうか。
last updateLast Updated : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低2

撮影する場所は、すごく近い距離なのに歩いて行かないなんて、どんだけVIPなんだ。スタジオにつくと、メイクをはじめる。何もしなくたってつるつるの肌なのにメイクをするとさらにキラキラとした感じになる。その間に私と杉野マネージャーは、カメラマンやスタッフと最終的な打ち合わせをした。メイク室の様子を見ながら私と杉野マネージャーは、ヒソヒソと話す。「芸能人のわりに、対応いいな」「え、はい。そうですね」「ま、これから急に気分が変わるかもしれないから気をつけて対応して行こうな」メイクが終わった。「では、紫藤大樹さん入ります」声を張り上げた杉野マネージャーの合図で、大くんが入ってきた。髪の毛をふわりとさせて、白いYシャツの中に水色のランニングを着てジーンズというラフな格好なのに、眩しいほどオーラが出ている。「よろしくお願いします」大くんが大きな声でしっかりと挨拶をする。「では早速セットペーパーの前に立っていただけますか?」カメラマンさんは、我社の要望通り撮影を進めてくれる。「杉野マネージャー、セットペーパーとはなんですか?」「バック紙のことだよ」「なるほど」言われた通り、大くんは白いセットペーパーの上に立つと目つきが変わった。真剣でスイッチが入ったようだ。パシャカシャと――。シャッターを切る音が響く。クールな表情をしたり、ニコッと笑ったり、優しい表情を浮かべたり、器用に顔を動かす。さすが、プロだ。商品を持って決めポーズ。スプーンですくって食べて笑顔。一コマずつ素晴らしい絵を残してくれる。大くんの仕事現場をこんなふうに間近で見れるなんて、激レアだろうな。全国のファンは羨ましがられるだろう。「はい、以上になります」カメラマンの声が響く。写真をチェックすると、どれを使ってもいい出来栄えだ。あっという間に仕事をこなす姿に、ただただ感心する。「すげぇ」杉野マネージャーは思わず声を漏らした。時計を見るとまだ十二時になっていなかった。一時間も、早く終わったのだ。「予定が狂うな……」困っている杉野マネージャーの元に、大くんが近づいてくる。「時間があるので早めに出発して、海辺でランチなんていかがでしょうか?」間近で見ると、汗一つかいてない。涼しい顔を浮かべている。「そうですね。少し休んでいただけますね」「一緒にランチ
last updateLast Updated : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低3

話がまとまり車で海を目指す。途中でハンバーガーをテイクアウトした。大物女優さんがドラマ撮影後にスタッフを連れて呑みに行ってねぎらうとか、聞いたことがある。スタッフを大事にすることは、大切なことだと語っていた。到着したのは十三時。時間的に余裕があり、撮影準備しているスタッフを集めて彼が自らハンバーガーを配っている。一人一人に「お世話になります」と頭を下げている。「いやぁ、一流の人は礼儀正しいって言うけど、すごいな」杉野マネージャーは関心した口調だ。「ええ。今日だけじゃなく、紫藤はいつもああなんです」池村マネージャーさんが言った。いつも、なんだ。大くんは、昔もそうだった。よく気がついてすごく礼儀正しい人だったよね。杉野マネージャーにハンバーガーを渡し終えて大くんがこちらに視線を向けた。「どうぞ、美羽さん」「ありがとうございます……」「美味しく召し上がれ」遠くから見ているだけだと落ち着いていられるけど、近づいてくると心臓がバフバフする。皆にハンバーガーを配り終わった大くんは、特別なところに行くわけでもなくスタッフと一緒に砂浜に座ってハンバーガーを美味しそうに頬張る。カメラマンやメイクと話したりして場を和ませる。あの人は……間違いなくスターだと思った。私は、あんなにすごい人に愛されて、しかも子供を妊娠していたのだ。産みたかった。心から守りたいと思っていた。それは、芸能人だからとかじゃなく、心から愛した人の赤ちゃんだったから。ジャケットのポケットに入れた、はなのしおりをそっと撫でる。産んであげられなくて、ごめんね。私のお腹の居心地がきっと悪かったのだろう。何年経っても、お詫びの気持ちは消えない。申し訳なくて、いつも、いつも心の中で想っている。
last updateLast Updated : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低4

撮影がはじまると、大くんはふたたびスイッチが入る。眼の色が変わるのだ。カラーコンタクトを入れていなくてもまるで赤にも青にも自在に変えられるような……そんな才能があるように感じた。何度もリッチマンゴープリンを食べてセリフを言う。「リッチな気分を味わいたい日に」とか「贅沢にマンゴーを入れました」とか。「甘さを二人で分け合おう」とか。うちの会社が考えたいかにもというセリフなのに大くんが言うと様になるから驚いてしまう。外国人モデルも撮影に協力してもらい、食べさせあったり。すごくセクシーな視線が絡み合うのを見ていると、私には刺激が強すぎる気がした。きっと、何度も食べてお腹いっぱいになっているはずなのに、嫌な顔をしないで頑張っている。一時間ほど撮影をして休憩に入る時は、さすがにお腹が苦しそうだった。「紫藤さんにお茶出してきて。ねぎらうのも仕事だからな」杉野マネージャーは、私を残して現場監督と打ち合わせに行ってしまう。椅子に座っている大くんの元へ行き、しゃがんだ私はおそるおそるお茶を差し出す。「お疲れ様です。疲れておりませんか?」ギロッと私を睨んだ。「疲れてるに、決まってんだろ」大くんはとひどく冷たい声で言った。しかも、私だけに聞こえるように。ショックすぎて強い頭痛に襲われる。めまいを起こしてしまいそうだった。震える手でお茶を渡そうとすると、お茶をこぼしてしまったのだ。タイミングよくかわしてくれたから、大くんにはかからなかったけど、かなり動揺してしまう。「も、申し訳ありませんっ!」「……ドジ」小さな声で言われる。もう、無理だ。このままここにいるなんて耐えられない。泣きそうになるのを必死で堪える。「本当に申し訳ありませんでした」何度も頭を下げるしかない。様子がおかしいことに気がついた杉野マネージャーが助けに来てくれた。「お茶をこぼしてしまいました」私は杉野マネージャーに事情を大くんが説明すると、一緒に頭を深く下げる。「お前、お茶くらいちゃんと渡せって。紫藤様大変に申し訳ありません」「いいえ。気にしていませんよ。初瀬さんも疲れてきたんじゃないですか? 無理はしないでくださいね」ニッコリと営業スマイルを向けてきた。二重人格だ。心の中でそんなことを思ったけど、まさか口には出せない。「本当にすみませんでした」「あまり、気に
last updateLast Updated : 2025-01-16
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