All Chapters of 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない: Chapter 31 - Chapter 40

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第一章 過去と現在が交差する30

自分の席に戻って、いつも通り仕事をこなしながら時間が過ぎていく。明日は早いから仕事を切り上げて帰る準備をしていると「紫藤さんによろしく」なんて言って千奈津は笑っていた。「そんな気軽に話しかけられるわけないじゃない」「冗談よ。お土産はちんすこうでいいから」「買う余裕があればね」「お疲れー」会社を出て電車で家に帰る。いつもと同じように日常を過ごしていたのに、感づいたかのように家に戻った途端、母から電話がかかってきた。『もしもし、美羽。元気にやってるの?』「うん。仕事はちょっと忙しいけど、元気」『変わったことはない?』「そうだね、普通な毎日かな」『そう』安心したような母の声を聞いたら、明日大くんに会うなんて言えなかった。一番心配して、近くにいて慰めてくれた母に心配をかけたくない。大くんと同じ空間にいると知るだけで母は不安になると思う。だから黙っておこう。いずれコマーシャルがテレビに流れたら一緒に仕事をしたのかと聞かれるかもしれないけれど……。「仕事が落ち着いたら帰るから」『約束よ』電話を切って深い溜息をついた。土、日とたった二日間、一緒にいるだけのこと。大丈夫。しっかり仕事をしてくるだけ。だから、大丈夫。結局、あまり眠れずに朝を迎えてしまった。早めに起きて化粧をする。いつもより念入りにしているのは、大くんに会うからじゃなく、自分を隠したいからなのかもしれない。何も食べないと体力的に辛いから、パンをトーストして食べた。少し、気持ちが悪い。極度の緊張から体調が万全ではないのかもしれない。『はな』も連れて行く。しおりは私のお守り代わりなのだ。はながいれば、絶対に大丈夫。鞄の内ポケットにそっと差し込んだ。空港で杉野マネージャーと待ち合わせた。お互いにスーツを着て落ち合う。私は今日はパンツスーツをチョイスした。「おはようございます」「おはよう。よし、行こうか」この飛行機に乗ってしまえば、大くんに会うことになる。閉まっていた扉が一気に開いてしまう。地獄行きか。天国行きか。付き合いはじめた日の十一月三日は、果物言葉によると『相思相愛』だった。でも、その可能性は限りなくゼロに近い。大くんには、綺麗な彼女がいるし、芸能人――それもトップスターと一般人が本気で交際なんてできないに決まっている。あまりにも生きる世界が違いす
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する31

東京から沖縄へのフライトはあっという間で、杉野マネージャーは途中から眠ってくれたから余計な会話をせず気を使うことがなくてほっとしていた。私は緊張でまったく眠ることができなかった。沖縄に到着すると時間がないから早速タクシーに飛び乗った。景色が流れる。ダイナミックな木々が見えてきた。「やっぱり、沖縄って暑いな」「はい」「かき氷食いたいね」どこまでも杉野マネージャーはのんきなのだ。仕事にも慣れているし緊張していないのだろう。「早く終わったら、かき氷喰いに行かないか? テレビで見たんだよ。ジャンボマンゴーかき氷。うまそうじゃないか?」「い、いいですね」食べ物のことを考えている余裕なんてない。吐きそうになる。目的駅について降りると、すぐ近くにホテルがあった。チェックインを済ませて荷物を部屋に置いて『はな』の押し花しおりを出して、ジャケットの内ポケットに入れた。一人じゃない。大丈夫。呪文のように心の中で唱えて部屋を出た。まずは打ち合わせするために用意されていたホテルの部屋の一室を確認しに行く。中に入るとふかふかのソファーとテーブルがあった。白とブルーを基調としていて、南国のお洒落で落ち着いているいい感じの空間だった。そこにはコマーシャル撮影の監督や撮影スタッフなど様々な人が待機していた。一つのコマーシャルを作るのにこんなにもたくさんの人が関わっているのかと私は実際に目にして感心した。頭は仕事モードになっていて考える余裕がなかったけど、準備を終えるといきなり緊張が襲ってきた。「よっし。じゃあ、お迎えに行こうか」「は、はい」私も一緒に迎えに行くなんて聞いていなかった。大勢の中に紛れていれば私の存在に気づくことはないだろうと考えていたのに、たった二人で行けばすぐにバレてしまう。どうしよう……どうしよう……どうしよう……。立ち上がったのはいいが私は歩き出すことができなかった。杉野マネージャーが怪訝そうな顔をする。「どうした?」私は頭を左右に振った。公私混同してはいけない。あくまでもプロとして仕事をしているのだから、十年ぶりに生の大くんに会うなんて、関係のない話なのだ。「申し訳ありません。行きましょう」「あぁ」大くんは、すでに昨日沖縄入りしており、一日ゆっくりしていたみたい。休みを与えないと駄目だってマネージャーさんが言
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する32

杉野マネージャーにわからないように、息を深く吸って吐き出す。胸が痛い。スイートルームに宿泊している大くんの部屋に向かう。一般客とは別のエレベーターがあり、裏道のようなところを通ってエレベーターに辿り着いた。「VIPはすごいよな。同じ人間で同じ日本人なのに、いつも芸能人は違う世界の人だと感じるよ」エレベーターの中も違う気がする。なんだか、絨毯がふかふかしているのだ。ドアが静かに開くと、大きな扉がいくつか見えた。ゆっくり歩いて行く。どの部屋に大くんはいるのだろうか。「ここだ」待ってと言いたかったけれど、そんなことは許されず。躊躇なくチャイムを押す杉野マネージャー。怖くて帰りたい。どうしよう。あと数秒後に、会ってしまうのだ。もう、逃げられない……。覚悟を決めていたつもりなのに、こんなにも心が揺れるなんて思わなかった。私は今でも、大くんを好きなのだろうか?ドアがガチャっと開く。ドキッとすると出てきたのは池村マネージャーだった。「おはようございます。本日はお世話になりますがよろしくお願いいたします」「お迎えに上がりました。よろしくお願いします」杉野マネージャーが言って頭を深くさげた。「少々お待ちください」冷静な口調で挨拶をして中へ入って行った。数分、待っていた。自分の震える呼吸が聞こえてくる。杉野マネージャーは「おいおい、安心しろ」と言って笑っている。「スマイルだぞ、初瀬」なんて言われてしまうほど、顔が強張っているのかもしれない。心臓が痛い。息が苦しい……肺にスライムが流れこんできたような、べっとりとくっついて、まとわりついて離れないようなしつこい感覚。カツカツカツと足音が聞こえてくる。目を背けてはいけない。仕事なんだからしっかりしなきゃと思い、ドアをじっと見つめる。もう、過去に囚われないで生きていくんだ。真っ直ぐ歩いて行くんだから。ドアノブが降りると、扉が開かれた。「お待たせしました」池村マネージャーの後ろに見えるのは、サングラスをした芸能人オーラを放っている男性がいる。眩しい。オーラという光が見える気がした。二人がゆっくりと出てくる。私は思わず一歩、下がってしまう。しっかりしなきゃと気持ちを落ち着かせて平然を装った。「お目にかかれる日を楽しみにしておりました。杉野と申します。お世話になります。よろし
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する33

「紫藤大樹と申します。よろしくお願いします」丁寧な口調で明るく爽やかに挨拶をした。芸能人オーラを放っているが嫌味っぽくない誠実な対応を見て、大くんらしいと心でそっとつぶやく。昔のまま変わっていないのかもしれない。大……く……ん。思わず涙があふれそうになるのをなんとか抑えつつ彼のことを見つめていた。視線がゆっくりと移動して私に向けられる。目が合った。間違いなく、私が過去に愛した大くんだ。映像が一時停止されたように時が止まったような気がした。睨まれた感じがしたのは気のせいだろうか。名乗らないわけにいかず、震える手で名刺を差し出す。「初瀬美羽と申します。よろしくお願いします」受け取った大くんは、黙って名刺を見つめる。噛み締めるようにじっと名刺を見て無言になるから、ドドドっと心臓が変な動き方をした。すると、大くんは完璧な作り笑顔を向けた。「たしかに。キミ、真っ白な羽みたいだね」はじめて名前を教えた日と同じことを言ったのだ。きっと、わざと。あの笑顔も嘘だ。営業用の偽りの表情だ。今私は過去に愛してたまらなかった人と目を見つめられて会話している。忘れたくていろんな努力をしたけれど私の心の中から消すことはできなかった。もう十年も時間が流れているのに、私の記憶に細胞に彼のことがこびりついて消すことができない。色んな感情が一気にあふれ出す。――やっぱり、この仕事、無理だよ。どうしよう、どうしよう。「よろしくお願いします。紫藤大樹です」ゆっくりと伸びてきた手。大きくて指が長い大好きだった手。この手で頭を撫でてくれて、背中を擦ってくれて、抱きしめてくれた。過去の映像が頭の中で映画のように流れてきて私は思わずフリーズしてしまった。「初瀬」杉野マネージャーが肘で突いてきた。そこで意識が戻ってきて私は握手を求められているのだと気がつく。触れるなんて恐れ多くてできない。大くんは笑顔だけど、ものすごい威圧感だ。困っている私の反応を楽しんでいるのだろう。「初瀬、紫藤さんが素敵すぎて驚いたのか?」手を出せずにいると場の空気を和ませようと杉野マネージャーが冗談っぽく言ってくれる。今日はスケジュールがハードだ。ここで躊躇している場合じゃない。意を決して大くんに手を差し出すと、大きくて綺麗な手に包まれた。懐かしい肌の感触だ。(痛いっ)びっ
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する34

  *   *   *「それ……セフレなんじゃないの」セフレ。まさか、私に限ってそんな破廉恥な関係はありえない。パニクっている私を呆れた顔で見ている真里奈。カフェの騒がしい音すら耳に入ってこない。七月から九月の間はレコーディングがあったようで、会いに来るのは夜中ばかりだった。そして、家に来るたびに「充電」と言って紫藤さんは、私を抱いたのだ。そのことを真里奈に相談すると、セフレだと言われてしまった。「都合のイイ女ね。残念ながら」「でも、悪い人じゃないっ。すごく優しいし」大切に思っている人のことを悪く言われるのがなんだかすごく腹が立つ。真里奈も私のことを思って言ってくれているのだろうけど、ついついムッとして言い返してしまう。「ふーん。じゃあ、付き合っているんじゃないの?」今まで大くんと過ごした日々のことを逡巡してみる。「好きって言われたこと、ない」「じゃあ、聞いてみたら?」「き、聞けるわけないでしょ」ズルズルと抱き合うだけの関係を続けてしまうのは、自分でも良くないと思っている。でも本当の気持ちを聞いてしまって悲しい結論だったら私はすでに耐えられなくなっている気がした。それなら現状維持でもいいとさえ思いはじめている。「今度会わせてよ」「う、うん。聞いてみるね……でも最近仕事がすごく忙しそうだからなかなか難しいかもしれないなぁ」「そうなんだ」会ってもらうのはいいけど、真実を知るのは怖い。紫藤さんに会ってとお願いしたら「お前はセフレだ」って言われるかもしれない。真里奈とカフェを出ると、秋らしい風が吹いていた。十月になり、だんだんと日が暮れるのも早くなった気がする。テレビをつけると、COLORを見る日が多くなっていた。十一月に新曲が発売されることで宣伝をしているみたいなのだけど、COLORのメンバー赤坂成人さんが俺様の役でドラマに出ていて人気が出てきたらしい。私は相変わらず、カラオケにいた女の人の話は聞けないまま過ごしている。大学生になって一人暮らしをして、バイトをして、紫藤さんにバージンをあげて、半年前まではまるで子供だったのに、大人になった気がした。COLORのホームページを見ていると、紫藤さんの誕生日が書かれていた。十月二十日、あと十日だ。好きな人に何かしたいと思うのは乙女心だ。私と六日しか変わらないのだと知
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する35

バイトを終えて家に戻ると、母から着信が入った。「もしもし」『バイト終わった?』「うん」『誕生日おめでとう。もう十九歳かぁ』「ありがとう」『美羽が生まれた日は秋晴れでね。雲が美しい羽に見えたから美羽にしたのよ』誕生日祝いの電話がかかってきた。毎年聞かされる話なんだけど、なんだか心が温かくなるのだ。「お母さん、産んでくれてありがとう」『あら、嬉しいことを言ってくれるのね。いっぱい勉強して立派になるのよ』「うん、じゃあまた連絡するね」電話を切ってのんびりしていると、部屋のインターホンが鳴った。きっと紫藤さんだ。嬉しい反面私は友達に言われた言葉を思い出しどうするべきなのか悩んだ。今日は求められても拒否をしてみようかな。交際しているわけではないし、断ったらどんな反応をするのだろうか。そんなことを考えながら覗き穴を確認するとそこにはやはり紫藤さんが立っていた。「ただいま、美羽」玄関に入るなりギュッと抱きしめられると抵抗できなくなってしまう。それほど、私は紫藤さんに惚れている。悔しい……。「美羽、会いたかった」自然とキスをされてそのまま布団へと連れて行かれる。寝かされて首筋を舐めてくる。ペロペロと子犬が甘えるように、ピッタリとくっつかれた。至近距離で目が合うとドキッと心臓が動く。今日もすごくかっこよくて目のやり場に困ってしまった。好きな人とセフレ関係だなんて、なんだか切ない。紫藤さんの手は私の太ももに移動しだすと同時に抵抗するためガバっと起き上がった。「今日はそういうこと、やめませんか?」「……」紫藤さんはじっと私を見つめた。なんだか申し訳なくて目をそらした。立ち上がって意味もなく台所へと行ってやかんの水を沸かす。せっかくプレゼントを渡そうと思ったのに完全にタイミングを見失ってしまった。「どうして?」「どうしてって……」紫藤さんは、こういう関係を悪いと思っていないのだろうか。芸能人の間ではあたり前のことなの?「俺としたくないの? 会えない間、ずっとしたかったのに」「会えない間って、先週もしたじゃないですか」「……そうだけど。できれば、毎日でも抱きたいんだけど」言葉を失う。「体を求めるだけの関係は嫌」……なんて言えない。「私は……、私の友達にも会ってほしいです。二人きりでいつもこんなことして……」「友達に
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する36

「売れるのは嬉しいけど、自由が無くなっちゃうな。美羽ともっといろいろな所に行きたかったんだけどな。連れ回したら、美羽にも迷惑をかけてしまうだろうから」「迷惑……?」「パパラッチってすげぇらしいぞ」「そうなんですね」芸能人ってプライバシーが無さそうだ。人気があっても制限が多くて大変な職業なのだろう。「ちょっと待って。俺を拒否しようとしたっていうことはもしかして美羽。男、できた?」「いませんよ、そんなの。万が一いたら、紫藤さんとこんなことしませんしお部屋にも入れません」きっぱりと言うと安心したように柔らかく笑った。「じゃあ、あのいかにも男へあげそうな、包装されたのは、なに?」隠しておいたつもりなのに、見えてしまったらしい。布団から立ち上がり取りに行き紫藤さんへ差し出した。「ちょっと早いですけど……。あの、安物なんですけど……。お誕生日おめでとうございます」「俺に?」予想外だったのか驚いた顔をする紫藤さんは、ちょっとはにかみながら受け取ってくれる。「ホームページを見ていたら誕生日があったので」恥ずかしいけど打ち明けるとニコニコと笑っている。「会えない間も俺のことが気になってたってこと?」図星だけど私は首をかしげて適当にごまかした。「見ていい?」「どうぞ」丁寧に包装紙から取り出すと、じっと見つめて喜んでいる。黒い革にシルバーの星がぶら下がっているシンプルなストラップだ。「綺麗だ。美羽、ありがとう。すっごく嬉しい」早速、携帯につけてくれる。キラキラと光る星には、紫藤さんが大スターになりますようにって願いを込めて送ったのだ。喜んでくれたみたいで安心し、ほんわかした気分でいると、紫藤さんの瞳の色が色濃くなった気がした。「こんなことされたら、ますます抱きたくなるんだけど」あぁ私、紫藤さんの恋人になりたいんだ。彼のことが大好きになりすぎて特別になりたいんだ。彼女にしてくださいって、素直に言えたらいいのに。でも……言えない。「美羽、キスしよう」「……」今日も、やっぱり流されてしまう。だって、紫藤さんがあまりにも魅力的なんだもの。紫藤さんの手で体中に触れられると、そこから火がついたように熱くなって火照る。いつも、微熱があるみたいな状態になるのだ。あっという間に一糸まとわない姿にされてしまって、いつも以上にキスマークを
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する37

   *数日後、真里奈とコーくんカップルが家に遊びに来た。鍋パーティーをするという名目で紫藤さんに会ってもらうためだ。ほぼ準備を済ませて、紫藤さんを待っている状態だった。「そう言えば、仕事って何してんの? 大学生じゃないの?」真里奈が聞いてくる。そういえば、詳しくは言っていなかった。「大学生なんだけど、歌手なの……」「マジ? 歌手ってなにそれ!」コーくんも驚いている。話したことがなかったので突拍子もないことを言っているのではないかと思われるのが心配だった。いつまでも隠しておくわけにはいかないので、素直に打ち明けることにした。「COLORっていう歌って踊れるグループがいるんだけど知ってる?」「うん、わかるよ! え? まさかその中のメンバーとか言わないよね?」「そのまさかなんだ」「嘘でしょ? ちなみに誰なの?」名前を言うだけなのに私は緊張して心臓がドキドキしていた。「紫藤大樹さん」「またまたー。美羽ったら冗談が上手になったのね」コーくんも、ソファーに座りながらクスクス笑っている。誰も信じてくれなくなるほど、COLORは知名度をあげていた。おそらく十代や二十代の人でわからない人はいないくらいになっていたのだ。そんなに有名になっているのに私の友達だからと言って会うのを快諾してくれたのだ。チャイムが鳴った。ドアを開けると紫藤さんだった。背中に感じる真里奈とコーくんの驚いた視線は見なくてもわかる。「ただいま、美羽」当たり前のようにいつも通り抱きしめてきた。「ちょ、友達来ているんですけど」「……え」中へ入っていくと、真里奈が「そっくり」とつぶやいた。紫藤さんは笑顔を作る。「いつも美羽と仲良くしてくれてありがとうございます。紫藤大樹です」丁寧にお辞儀をして挨拶をした。「え、本物?」コーくんが言う。「はい。そうですよ」ハッキリとした口調で言う紫藤さん。「知っていてくださって嬉しいです。ペーペーなんで」笑っている。アイドルスマイルだ。「驚きました。私、美羽と仲良くさせてもらっています真里奈です」「彼氏の幸一郎です」自己紹介を終えるとテーブルに電気鍋を置いて、煮込んでグツグツするのを待ちながら、紫藤さんへの質問タイムが開始された。紫藤さんは、嫌な顔ひとつしないで答えていく。「芸能界でお仕事されているというこ
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する38

紫藤さんは、いつも通り優しくて、鍋を取り分けてくれる。私の分だけじゃなくて友達のも全部やってくれた。「美羽、肉団子好きだもんな。あーん」 恥ずかしいけれど口を開けると食べさせてくれた。それからは他愛のない会話をしながらただただ鍋パーティーを楽しむだけ。私もだんだんとリラックスしてきてダブルデートでもしているみたいだと気楽な気持ちでいた。「あの今日私たちがここに来た目的を果たさなければならないと思うのでちょっと真剣な話をしてもいいですか?」「どうぞ」紫藤さんは何を言われても大丈夫だよというように微笑んだ。「紫藤さんは美羽のこと、好きじゃないんですか?」あまりにもストレートに質問する真里奈に慌てふためく私。「真里奈! 変なこと聞かないで。いいの、いいんだってば!」本当の気持ちを知って会えなくなるなんてそんなの嫌だ。絶対に紫藤さんは私のことを好きじゃない。シーンと静まり返る部屋で、紫藤さんはクスって笑った。「真里奈さん、俺は美羽のこと好きですよ」ハッキリとした口調で言った。驚いて紫藤さんを見る。「好きって、どういう意味で? 紫藤さんならモテモテでしょう? 美羽の体目的なら可哀想なんで遊ばないでください。この子、ピュアなんです」「真里奈……」ちょっときつい口調で問いただすように言う真里奈。だけど、紫藤さんはまったく動じない。「女として好きだし、遊んでつもりはないです。美羽は、俺に遊ばれていると思ってたの?」視線を私に向けられて困ってしまい、素直にうなずいた。すると、コーくんが紫藤さんをかばうように笑う。「あーなるほど。男は口下手だからねー。付き合ってると思ってたパターンか」「はい。付き合ってると思ってました」紫藤さんは、苦笑いをした。うそ、つ、付き合ってんの?その場の流れで言ってるとか?信じられなくて頭が真っ白になる。「不安にさせてごめんね、美羽」優しい眼差しを向けられると、ドキドキしすぎて耳が熱くなってきた。「芸能人でモテモテなのに、なんで美羽なんですか?」真里奈は聞きたいことをイチイチ代弁してくれる。それは私も思った。全然美人じゃないし面白い話もできないし、その上料理も下手だしいいところなんて一つもない。「芸能人と言っても、俺は一流じゃないです。たとえ一流だったとしても、俺は美羽しか愛せません。いろいろ話し
last updateLast Updated : 2025-01-13
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第一章 過去と現在が交差する39

真里奈とコーくんが帰って紫藤さんと二人きりになると、壁際まで追い詰められる。先ほどまで穏やかな人格だったのに今ではちょっぴりSキャラになっているのは気のせいだろうか?「付き合ってないと思ってたんだ?」「だって好きだとか言われたことないですし」「……おしおき」額にチュッとキスをされると恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなってくる。「ハッキリと言葉で言わなきゃわかんないか……。美羽、愛してるよ。俺の彼女になって」まるで夢を見ているのではないかと思った。はじめて好きになった人に彼女になってほしいと言われたのだ。「答えは?」「は、はい……! よろしくお願いします」頭を深々と下げた。時計は深夜零時を過ぎたところで、十一月三日になっていた。「今日を付き合いはじめた日にしよう。俺らの記念日」ウエストに手を回しギュッと抱きしめられる。抱きしめたまま頭から声が降ってくる。「付き合いはじめた日にこんなこと言うなんて変かもしれないけど……。今月、十四日にシングルが出たら、きっと売れると思うんだ。赤坂のおかげで。そうしたら思うように会えなくて辛い日もあるかもしれないけど、美羽が大学を卒業したら結婚しよう。それまでひたすら頑張って、地位を確立して、お前を幸せにするから」結婚しようだなんて、そこまで真剣に思ってくれているんだと知って涙が溢れてくる。「紫藤さん」「あー、駄目だ。名前で呼んで」「え?」「俺と美羽は恋人なんだぞ?」名前で呼ぶなんてハードルが高すぎる。困っていると、嬉しそうに私を見つめていた。私が困った顔をするのが楽しいみたい。「じゃあ、大くんでもいいですか?」「いいよ。美羽」「大くん……んっ」紫藤さん、改め大くんは、それはそれは甘いキスをくれた。やっと解放されると、今度はラッピングされたモノを差し出される。私は首をかしげるた。「遅れたけど、誕生日プレゼント」「あ、ありがとうございます」もらえるなんて思っていなかったから、驚く。「開けてみ?」「はい」丁寧に包装紙を外した。細長い箱はアクセサリーが入っていると予想がつく。ドキドキしながら開いてみると、ブレスレットだった。キラキラっと光っていて可愛い。好きな人からこんな風にプレゼントしてもらえるなんて、運を使い果たしたかも。ソファーに並んで座ると、手首をつかまれた。そしてブ
last updateLast Updated : 2025-01-14
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