自分の席に戻って、いつも通り仕事をこなしながら時間が過ぎていく。明日は早いから仕事を切り上げて帰る準備をしていると「紫藤さんによろしく」なんて言って千奈津は笑っていた。「そんな気軽に話しかけられるわけないじゃない」「冗談よ。お土産はちんすこうでいいから」「買う余裕があればね」「お疲れー」会社を出て電車で家に帰る。いつもと同じように日常を過ごしていたのに、感づいたかのように家に戻った途端、母から電話がかかってきた。『もしもし、美羽。元気にやってるの?』「うん。仕事はちょっと忙しいけど、元気」『変わったことはない?』「そうだね、普通な毎日かな」『そう』安心したような母の声を聞いたら、明日大くんに会うなんて言えなかった。一番心配して、近くにいて慰めてくれた母に心配をかけたくない。大くんと同じ空間にいると知るだけで母は不安になると思う。だから黙っておこう。いずれコマーシャルがテレビに流れたら一緒に仕事をしたのかと聞かれるかもしれないけれど……。「仕事が落ち着いたら帰るから」『約束よ』電話を切って深い溜息をついた。土、日とたった二日間、一緒にいるだけのこと。大丈夫。しっかり仕事をしてくるだけ。だから、大丈夫。結局、あまり眠れずに朝を迎えてしまった。早めに起きて化粧をする。いつもより念入りにしているのは、大くんに会うからじゃなく、自分を隠したいからなのかもしれない。何も食べないと体力的に辛いから、パンをトーストして食べた。少し、気持ちが悪い。極度の緊張から体調が万全ではないのかもしれない。『はな』も連れて行く。しおりは私のお守り代わりなのだ。はながいれば、絶対に大丈夫。鞄の内ポケットにそっと差し込んだ。空港で杉野マネージャーと待ち合わせた。お互いにスーツを着て落ち合う。私は今日はパンツスーツをチョイスした。「おはようございます」「おはよう。よし、行こうか」この飛行機に乗ってしまえば、大くんに会うことになる。閉まっていた扉が一気に開いてしまう。地獄行きか。天国行きか。付き合いはじめた日の十一月三日は、果物言葉によると『相思相愛』だった。でも、その可能性は限りなくゼロに近い。大くんには、綺麗な彼女がいるし、芸能人――それもトップスターと一般人が本気で交際なんてできないに決まっている。あまりにも生きる世界が違いす
Last Updated : 2025-01-13 Read more