秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

287 チャプター

第一章 過去と現在が交差する40

「はじめて抱いた日からだよ。そりゃあ俺も不安だった。だけど、誕生日プレゼントをくれて、やっぱり付き合ってるんだって思ったんだ。美羽もそのつもりだと思っていたんだけど」「う」「美羽はお子ちゃまだから、言葉で言わなきゃ伝わらないか」「ヒドイ」頬を膨らませると「フグみてぇ」と優しい口調で言って、チュってされるから、怒る気がなくなる。カラオケにいた女の人の話って聞いてもいいのかな。束縛女だと思われちゃうかな。恋人になったばかりなのに嫉妬深いとか思われたら嫌だし。頭の中でぐるぐると考えて言葉にできないでいた。「なーに、不安そうな顔してんの?」「カラオケにいた女性って……」「もしかしてやきもち焼いてくれてるの?」意地悪な顔をして見つめてくるから、悔しい気持ちになる。「嬉しいけどね。やっと聞いてくれたって感じ」「……べ、べつに、妬いてない」私が気持ちを隠すように言うと、喉でククって笑った大くんは頭をなでてくれる。「宇多寧々。モデルを最近やりはじめたんだけど、知ってる?」首を横に振る。「大物プロデューサーの娘でさ。COLORを気に入ってくれたみたいなんだ。で、カラオケに行ったのは接待みたいなもんさ。すげぇお嬢様だから機嫌とらなきゃいけないの。ま、そのおかげで仕事もらえたりしてんだけどね」仕事なら仕方がないか。信じるしかないもんね。芸能界のことはよくわからないけれどそういう付き合いもあるのかもしれない。「俺が愛してるのは美羽だけ。知ってるだろうけど、俺はそんなに簡単に人を好きにならないから」「信じます」「俺も、美羽を信じるから」こうやって疑ったり、信じたりの繰り返しで愛は深くなるのかもしれない。だけど、恋愛は果実のように甘いだけじゃない。付き合いはじめたタイミングが悪かったのだろうか。CDが発売されてから、大くんはめちゃくちゃ忙しくなってしまったのだ。ヒットチャートであっという間に一位を取ってしまった。音楽番組に引っ張りだこだし、バラエティにもゲストで参加するようになっていた。きっとものすごく忙しいのだ。毎日必ずメールや電話は押してくれたけれど、隙間時間でかけているのか少し声を聞いたらすぐに電話は切られてしまう。会いたいと言ったらわがままになる。だから、ひたすら我慢した。寂しさを埋めるようにバイトに励む日々。小桃さんのカラオ
last update最終更新日 : 2025-01-14
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第一章 過去と現在が交差する41

   *それから時が流れ――。年末年始のテレビが普通の番組編成に戻り、バレンタインデーが過ぎて、ホワイトデーも過ぎた。イベントがある時は、どんなに遅くなっても会いに来てくれて、体を重ね合わせて愛を確かめ合ったけど。会いたい時に会えないのは、やっぱり寂しい。いつから私はわがまま娘になってしまったのだろう。大学二年になり新たな決意をして頑張ろうと気合いを入れた時、テレビCMで大くんと綺麗なモデルさんが、恋人みたいな雰囲気で旅館に泊まっている設定のものが放映されていた。仕事上のことなのだけど、気になってしまう。しかも、雑誌にプライベートでも仲がいいとか書かれていた。「なんかさ、COLORをテレビで見ない日ないんだけど」真里奈とカフェで語り合う。そこのカフェには無料で読める雑誌や本が置かれていた。真里奈は雑誌を取ってきてテーブルに置いた。表紙にはCOLORがキラキラの笑顔を浮かべて写っている。「そんな泣きそうな顔しないの」「不安なの。芸能界って美しい人が多いでしょう? 私なんていつ捨てられるかわからないもん」「紫藤さんは、そんな人じゃないと思うけどなー」真里奈は私と大くんの恋愛を応援してくれているみたい。頑張らなきゃ。「ちゃんと、思いは伝えたほうがいいよ」「うん……。とても忙しいみたいだからあまり無理なことは言いたくないし、負担をかけたくない。そもそも恋愛禁止って言われているのに恋人にしてくれているんだから感謝しなきゃ」「それはわかるけど……。悲しむような辛い恋愛はしてほしくない」「ありがとう」友達の気持ちも伝わってきて私は幸せ者だと思った。五月の大型連休が終わり世間は日常生活に戻りつつある。私も大学とアルバイトの両立で忙しい日々を送っていたが、今日は何も予定がなかったので一人で家でテレビをボーっと見ていた。大くんが画面に映し出されて釘づけになった。可愛いタレントと、恋愛論を語っている。「かっこいいな……。あんなすごい人が自分の彼氏だなんて信じられない」寂しいし、会いたい。こんなにも自分が欲深い人間だなんて思わなかった。しかも自分の存在がちっぽけに感じてたまらなく悲しい気持ちになる。やっぱり釣り合わないのではないか。もっともっと好きになる前にこのまま会わないで、終わったほうがお互いにいいのかもしれない。そんなマイナス
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する42

ある日の夜、チャイムが鳴った。二ヶ月ぶりに大くんが会いに来てくれたのだ。「ただいま」「お帰りなさい」いきなりギュッと抱きしめてくれる。「大くんの匂い」「恋しかったか? メールや電話だけじゃ足りないよな。ごめんな」久しぶりに大くんに会えた時は嬉しくてたまらないのに、何を話したらいいかわからなくなる。だけど、感情が昂って涙だけは出てきてしまうのだ。「美羽」「ご、ごめんなさい」大好きな人の前では笑顔でいたいのに、私って最悪だ。仕事で頑張っている人に対して自分の感情をぶつけるなんてあまりにも子供っぽすぎる。頭では理解できるのに心の中がぐちゃぐちゃになってしまって涙が止まらなくなってしまった。大くんは、背中をポンポンってしながら「恋って甘いだけじゃないよな。でもさ、乗り越えたらその先にあるものはとてつもなく最高かもしれないな」「大くん……」「美羽、愛してる」ちょっと冗談ぽく言って、次には真面目な視線に変わり優しいキスをくれる。そのまま、薄っぺらい布団へ寝かされて首筋に顔を埋めてきた。不安が押し寄せてきた。これ以上好きになったらどうしよう。どんどんと有名になっていき私のことを忘れられたらどうしよう。涙を親指で拭いてくれる。「寂しかったらちゃんと言えよ?」素直に気持ちを伝えてしまってもいいのか悩んだ。でも言わなかったら胸の中で膨らんで爆発してしまいそうだった。「寂しい……。二ヶ月も会えなかったから寂しくて苦しくてたまらなかった……」「本当にごめん。なるべく会いに来るから。ロケで会えない時は、電話する。全国ツアーが予定されている。それが成功したら世界ツアーにも行かなければならないかもしれない。それでもこれだけは忘れないでほしい。俺は、美羽を世界で一番大事だから」「うん」頼りなくうなずくことしかできない。小さなことに感謝して、会える時を大事にしていこうって思う。そんな気持ちを込めて大くんの首に腕を絡ませて、自分からキスをおねだりした。そのまま大くんの唇は私の全身を愛撫しはじめる。感じるところは避けられるのに、なぜだか、いつも以上にドキドキさせられてしまうのだ。甘い吐息が溢れだす。こんなにも一つになりたいなんて思う自分に驚いた。素肌のまま抱き合いたい。自分と大くんの間に一ミリも隙間を作りたくない。こんなふうに人を好
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する43

あの日の夜から、不安で心配でたまらなかったが、その後すぐに忙しい日々がはじまってしまった。大学が大変だったのもあったけどアルバイトのスタッフが急にやめてしまってシフトを多く入れなければならなかった。大くんはかなり忙しいようで、一週間に一度会えるかどうかだった。私は寂しさを紛らわせるためにもバイトに励んでいたと言っても過言ではない。七月の中旬になり、大学は明日から夏休みに入るところだった。夏休み中もアルバイトに明け暮れる予定でいる。しかし最近暑さのせいか食欲がなくて気持ちが悪いのだ。今日は真里奈と大学の終わりにご飯でも食べに行こうと約束をしていて、おすすめのパスタ屋さんに来た。メニューを見たけれど食欲が全然わかない。「ジュースだけにしようかな」「美羽、大丈夫? 体調悪そうだけど」心配そうな顔をする真里奈に、笑顔を作ってごまかした。本当は、けっこう、身体がだるくて辛い。胃腸炎だろうか?胸のあたりがムカムカして横になりたくなるのだ。「風邪かな?」「めちゃくちゃバイト入れてるでしょ? 夏バテで疲れてたりするんじゃないの」真里奈は心配そうに私の顔を覗き込んできた。「風邪って一言で済ませられないこともあるよ。ストレスだったりとか、どこか悪かったりとか。あまり無理しないで病院に行ったら?」「そうだね。そうする」真里奈と食事を終えた後、ドラッグストアーに寄って、胃腸薬を手に取った。薬を飲めばきっとよくなるに違いない。【頭痛・生理痛に】と書いてある鎮痛剤が目に入った。そういえば……生理きてないかも。バイトが忙しかったり、レポートをまとめたりけっこうハードだったから、ホルモンのバランスを崩しているのかも。そのせいで体調が悪いのかな。レジに行こうと歩き出すと妊娠検査薬が目に入った。大くんと激しく交わりあった日のことを思い出した。「……まさかね」小さな声でつぶやいて通りすぎようとしたがなんだか気になってその場から動けない。もしかしたらってこともありえる。そっとお腹に手を当てると、不思議な気分が沸き上がってきた。どうしよう。素直に嬉しい。大くんの赤ちゃんがもしもお腹にいたらすごく幸せ。しっかり産んで育てたい。でも……彼はアイドル。これからどんどん売れていく人。万が一妊娠していたら、一人で育てなければいけない。親だって激怒するだ
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する44

家についてトイレに行こうと思ったら、大くんから連絡が入った。結果はちゃんと知らせなきゃいけない。隠し事はしないでほしいと言われていたので、今から検査することを言おう。「もしもし……あのね……」打ち明けようとしたが珍しく話を遮られた。『美羽、ごめん』「どうしたの?」『実は週刊誌に撮られた。事務所の力でなんとか掲載されないことになったんだけど……しばらく会えない』「え……」『売れはじめてこれから事務所にも恩返ししないといけないし、三人組だから協力しないといけないんだ。でも、俺は美羽を愛してるから。必ず堂々と迎えに行くから。すっげえ勝手かもしれないけど待っててほしい』「……うん。どれくらいの期間会えないのかな」『今はまだはっきりわからないんだ。本当にごめん……』「悪くないから謝らないで」家に来る時は変装していたし、人があまり歩いてない時間ばかり狙ってきてくれた。二人で外に出かけたこともないしかなり努力していたと思う。それでもプロのパパラッチというのは執念を持って狙っているのだ。『愛してる』電話を切ると寂しさが込み上げてきて涙があふれた。会えないって思うだけで、こんなに泣けるなんて。悲しみを堪えつつトイレに向かった。どうか、どうか、赤ちゃんができていませんように。待っている間の時間が、たったの一分だったのにこんなにも長いと感じたことはない。はじめて家に大くんが来た日のことを思い出していた。あれが運命の出会いだったのだ。大切にしてくれて可愛がってくれて、いっぱい愛してくれて。私の頭の中に浮かぶ映像はいつも笑顔。心から大好きでこれからもずっと一緒にいたい。赤ちゃんのことを検査をしてから結果を受け止めて、会える日を楽しみに頑張っていこう。私も自分磨きを頑張る。気持ちを落ち着かせてから深呼吸をした。現実を知るのは怖いけれど、目を背けちゃいけない。ゆっくり、検査薬を見ると、線がはっきりと出ていた。線が出ているということは陽性だ。ということはお腹の中に命が宿っているということになる。「嘘でしょう……」パニック状態になり、しばらくトイレから出ることができなかった。大くんに言わなきゃ。……でも、言えない。言えるわけがない。今彼はとても大変な時だ。自分一人の人生ではなく事務所や他のメンバーの人生も背負っている。彼に期待して投資し
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する45

気持ちを落ち着かせるようにソファーに座る。テレビも音楽も流さないで静かな部屋の中にいた。まずは母親に相談しようと電話と携帯を握るけど大激怒して堕ろせって言われることが予想つく。父は大事に育ててきた一人娘がこんなことになると知ったら泣いて怒るだろう。でも、大好きな人の子供なのだ。産みたい。どうしたらいいのだろう。今すぐに相談できるのは、真里奈しかいなかった。真里奈は、もう二十三時だったのにすぐに会いに来てくれた。「美羽、泣きながら電話なんて、どうしちゃったの?」「……」「いいよ。泣きなさい。落ち着くまでそばに居てあげるから」真里奈は私を包み込むように、何も言わずにそばに居てくれた。気持ちが落ち着いてきて、ゆっくり真里奈を見つめながら「妊娠検査薬に反応が出て……」と打ち明けた。真里奈は怒り出すかと思ったら落ち着いた表情で私を見ていた。「さっき、トイレ借りた時、箱落ちてたよ。動揺したんだね、美羽」「大くんに言おうと思ったら、週刊誌に撮られてしまったみたいで、会えないって言われたの」「でも、二人の赤ちゃんなんだよ? まずは病院に行こう。早く行って確実なことなのか調べないと。妊娠検査薬だけだと間違いってこともあるからまずは病院に行ったほうがいいと思う」「うん」不幸中の幸いだったのか、夏休み期間中でよかった。真里奈は私は一人にしておけないと言って、泊まってくれた。そして次の日の朝は、何かあればすぐに連絡をしてと言って彼女は自分のバイト先へ向かったのだった。
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する46

それから病院を調べて一人で産婦人科へ行った。検査を受けて、待っているとお腹を大きくしている妊婦さんが目に入った。もし妊娠していたら私の人生はどうなるのだろうか。想像したらあまりにも未知の世界過ぎて泣きたい気分になるがぐっと堪える。強くならなきゃいけない。大くんだって頑張ろうとしてるのだから。名前を呼ばれて診察室に入った。お医者さんは男性だ。「検査の結果、十一週目ですね」事務的に言った。「ご結婚はされていないようですね。出産は希望されますか?」即答できずに私は固まってしまった。「まだ時間があるのでゆっくり考えてきてください。中絶手術が受けられる期間は、母体保護法によって妊娠二十二週未満までと法律で定められています」中絶という言葉が出てくると思わず、私は頭が真っ白になって倒れそうになった。「よく考えてまた受診させていただきます」そう言って私は診察室を後にしたのだった。二日間。誰にも会わず、バイトも休ませてもらい一人で考えてる。雨が降っていて、窓がカタカタと揺れてビクッとなった。大くんがはじめて訪ねてきた日も雨だった。まさか、あの時はこんなことになるなんて思わなかった。一人で悩んでていても、時は流れていくだけだ。勇気を出して大くんに電話をかけてみる。『今、かけようと思ってたんだ』弾んだ声を聞くと心が温かくなる。「大くん……ごめんね」『え、どうしたの? 何で謝るの?』「……」なかなか言い出せない。『いつも一人で寂しいだろう。ごめん』「一人じゃないんだ」『どういうこと? 誰かそばにいるのか?』息を大きく吸って一気に言う。「赤ちゃんができたの」言葉を理解しているのか、シーンと静まり返っていた。緊張でドクドクと心臓が激しく動き、こめかみまで痛み出す。『そうか。そうなんだ。俺と美羽の子供か』予想とは違った優しい声が電話越しに聞こえてきた。『一人で悩んでたんじゃないのか?』「ちょっとだけ」『不安にさせてごめんね。ちゃんと事情を言って結婚させてもらおう。美羽のご両親にも挨拶しなきゃな』「大くん」『何があっても、俺は美羽を守るから』安心して、涙がポロッとこぼれ落ちた。『身体、大事にしろよ。何か必要な物があれば言って? 送るから』「うん」意外にもすんなりと私たちの妊娠を受け止めてくれた。大くんはやっぱり
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する47

その日の真夜中。突然鍵が開いて入ってきたのは、髪の毛の長い女の人……じゃなくて、大くん! バレないように女装してきてくれたのだ。「美羽、どうしても会いたくて女装してきた」ギュッと抱きしめてくれる。「大くんっ」彼の長い腕に抱きしめられると安心して体の力が抜けるような感じがした。「一人で不安だっただろ。ごめん。俺が美羽と、子供を守るから」「うん……。でも本当にいいのかな……」「芸能界にはいられないかもしれないけど、苦労させるかもしれないけど」「いいの。一緒にいてくれればいい」お互いに涙を流し合う。なにもなくていい。苦労してもいいから、どうか一緒にいさせて。祈るような気持ちだった。お腹に手を当てた大くん。「元気で生まれてくるんだぞ」優しいパパの顔で、私までもが和んだ。「……芸能界の仕事を途中で諦めてしまうのは心苦しいことなんじゃないのかな?」「そうだけどね……。社長は絶対に許してくれないと思う。俺の中ではメンバーも事務所もものすごく大事なものだけど、でもすべてを選べないとしたらやっぱり大切なのは美羽だ」「……」納得できるものではない。「難しい顔をしないでくれ」「……うん」話し合いを重ねてもその日は結論を出すことができなかった。「まずはご両親に妊娠しているということを伝えるべきだ。俺も近いうちに挨拶に行かせてもらう」「わかった」「必ず俺と一緒に行こう」布団の上で抱き合って眠る。大好きな人の呼吸を感じながら、眠る幸せは、何にも変えられない。大くんは、太陽が昇る前に帰ってしまった。仕方がないことなのだけど、ちょっぴり切ない。
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する48

一眠りして目が覚めた。両親へ妊娠の報告をするために久しぶりに実家に帰った。必ず俺と一緒に行こうと言われたけれど、まずは私の口から伝えるべきだと思って一人で行ってしまった。母は突然の娘の帰宅を喜んでくれた。もう少し頻繁に帰ってきてあげればよかったと反省する。父が帰って来るまでは黙っていた。父が帰宅して言おうと思うと緊張してなかなか言えない。大学はどうするのかとか、結婚はできるのかとか。一人で説明できるだろうか?やっぱり、大くんに相談してから来るべきだった。黙り込んだ私を見て「何かあったんじゃないの?」と優しく問いかけてくる。いつかは、言わなければいけない。隠し通せることじゃないのだから。「COLORって知ってる?」「ああ、アイドルグループの?」「うん」親世代にまで浸透しているのだと、実感した。父は「あー、聞いたことあるよ。会社の子でファンがいるみたいだ」と教えてくれた。私を大事に育ててくれて、自分にとって自慢の両親だ。赤ちゃんを妊娠して改めてそう思えるようになった気がする。私は、もう、母親なのかもしれない。「そのアイドルがどうしたの?」「実はね……お付き合いしてるの」「騙されてるんじゃないだろうな?」いつも温厚なお父さんが、ムッとした口調になる。「騙されてなんかない。ちゃんと、愛されてるの」「お父さん、美羽だって年頃なんだからボーイフレンドくらいできるわよ」「ん」ちょっと不機嫌に言ったけど、お父さんは私を大事に思ってくれてるのだと思う。箸を置いた私。なんとなく張り詰めた空気が漂った。ちゃんと、伝えよう。ゆっくりと、でもハッキリとした口調で言った。「……赤ちゃんができました」怒鳴りだすかと思ったお父さんは、冷静な顔をして食事を続ける。「どうするつもりなの?」母が聞いてくる。「産む」「大学は? 結婚は? 相手の人はなんで一緒に来ないの?」「週刊誌に撮られて……今は、おおっぴらに会えないの。でも」「でもじゃない。責任取ってもらわないと。甘ったれたこと言わないで。今すぐ、ここに来てもらいなさい!」激しく怒る母の目には、涙が滲んでいる。唇を噛み締めながら怒りを露わにしている様子を見て、この妊娠は正しくないものだと感じた。「美羽! 美羽!」母はパニック状態で、私の名前を連呼する。父は、固まったままだった
last update最終更新日 : 2025-01-15
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第一章 過去と現在が交差する49

一時間後、チャイムが鳴った。玄関に向かうと、大くんはスーツ姿で本当に訪ねてきた。パパラッチに狙われる危険な行為だったのに、急いで来てくれたのだろう。玄関に歩いてきた母に向かって「紫藤大樹と申します」と頭を下げた。リビングに通された大くんは、ハッキリとした口調で「結婚させてください」と言うと頭を床につけた。私のために、そこまでしてくれるなんて。「キミ、娘はまだ大学生なんだ。重大なことだとわかっているのか?」「はい。美羽さんを愛しています。順序が正しくないことは承知しております」「アイドルなんだろ? 今、結婚したら仕事はどうするんだ。守っていけるのか?」「……」大くんは、じっと父を見つめると何も言えなくなってしまった。「子供を産むのは絶対に許さない。堕ろしてもらう。そして、娘に一生会うな」父は絶対に譲らないと言った言い方だった。「お父さん、嫌っ。私は……産みたいの!」「美羽。冷静になりなさい」ものすごく強い口調で咎められる。「どんな状況になっても美羽さんと、子供を命がけで守ります。貧乏生活になるかもしれませんが、絶対に努力して」「貧乏させるために、一生懸命育てたわけじゃない。ふざけるな! 人の娘のことを何だと思っているんだ」大くんは、私の手をギュッと握った。「美羽。俺のこと信じて」「大くん」父は激怒して立ち上がり、大くんの頬を思い切り殴った。正座していたのに、倒れていく。「大くんっ!」駆け寄る私は父を睨む。「最低!」「帰りなさい。帰れ!」父は大くんに向かって大声で叫んだ。大くんはゆっくり立ち上がる。「今日は突然のことで本当に申し訳ありませんでした。理解していただけるまで、通います。俺は、真剣です」私は家に帰ることが許されず、実家にしばらくいることになった。携帯も奪われてしまい、誰とも連絡を取れない状態にされたのだ。泣いた。ずっと泣いていたけれど、父親も母親も、私への愛があるからこそ怒っているのだと感じる。でも、こんな状態で生きているなんて辛すぎて、食べることもできない状態だった。
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