「え? ファンなのか?」「違います」「大丈夫だから。俺が上手くやるから。初瀬は隣で笑顔を作っていればいい。そして、学ぶ。いいか? これは成長するチャンスだ」顔を覗きこんでくる杉野マネージャーと至近距離で目が合う。そしてにっこりと笑ってきた。「案外、可愛いな。お前」「え?」「メイクはバッチリなのにピュアっていうか。まぁ不安がるなって。相手は芸能人だけど同じ人間だからさ」仕事だということをすっかり忘れていた。しっかりしなきゃ。広報に来てまだまだ未経験の私は断るなんてことはできないのだ。「俺が丁寧に教えるから安心してついて来い」「は、はい」杉野マネージャーがもう一度『開』ボタンを押すと、エレベーターの扉が開いた。促されて中に乗った。彼は振り返り私に微笑みかけてくれる。「テレビを見てくれる人が印象に残るようなコマーシャルができるといいな」「そうですね」「気合を入れて頑張るぞ」グイグイ引っ張ってくれるタイプで頼りになる。今の私は仕事に生きるしかないのだ。いきなりすごい展開になってしまったけれど気を引き締めて前進していこうと決意をした。 *それからというもの目まぐるしい日々だった。撮影を行っている会社へ依頼をかけて、スケジュール調整を重ねてバタバタと一日が過ぎていく。仕事が定時の六時で終わることなんてほとんどない。隣の席の千奈津も忙しそうにしている。「完熟バナナのコマーシャルを作るんだけど、アイディアが浮かばない!」んーっと唸って、頭を抱え込んでいる。そんな私と千奈津に杉野マネージャーが缶コーヒーの差し入れをしてくれた。「糖分補給しろー。いいアイディアが浮かぶぞ。来週の会議までに案を搾り出せよ」「はーい」辛そうに返事をしている千奈津。杉野マネージャーって優しい。厳しい部分もあるけど、上司として尊敬できる。私もいずれまた役職が上がる日が来るかもしれない。その時は部下に頼りにしてもらえるような上司になりたいと新たな夢を持つようになった。杉野マネージャーは席に戻る。私も視線をパソコンの液晶に戻した。仕事は大変なのは当たり前だ。あるだけありがたい。恋人はいないけれど充実した社会人生活を過ごせているし、このまま、平和であればいいと願う。大くんに会ってしまったら、人生が狂ってしまうのではないか? い
Last Updated : 2025-01-09 Read more