乃亜は凌央と美咲の話題さえ聞かなければ、心穏やかに過ごせると思っていた。 エレベーター前に到着すると、タイミングよく扉が開いた。 目の前に現れたのは、美咲だった。 乃亜は一瞬驚き、動きを止めた。 こんな偶然があるだろうか。 「乃亜さん、私に会いに来てくれたんですか?」 美咲はにこやかに近づき、親しげに乃亜の腕に手を絡めた。声のトーンは柔らかく、まるで親友に話しかけるようだった。 乃亜は冷静に、しかし無表情で腕を引き抜き答えた。 「依頼人の一人が入院していて、様子を見に来ただけよ」 祖母がこの病院にいることを知られたくないという気持ちから、少し余計な説明を付け加えた。 「そうなんですね。私じゃないなら仕方ないですけど、せっかくお会いしたので、少しお話しませんか?私、伝えたいことがたくさんあるんです」 美咲は微笑みを浮かべながら、声をさらに柔らかくして話しかけた。その態度は、乃亜の冷淡さを意にも介していないかのようだった。 乃亜はそんな美咲を見下ろし、口元に冷笑を浮かべた。 「凌央と寝たところで、蓮見家の伝統のブレスレットをもらったところで、私と凌央が離婚しない限り、あなたはただの不倫女。それ以上でもそれ以下でもない。私と何を話すつもり?」 長い人生の中で、これほど図々しく正妻の前に出てくる不倫相手は初めてだ、と乃亜は内心思った。それが無神経なのか、それとも本当に凌央と真実の愛を築いていると思い込んでいるのか、どちらなのか。 周囲の視線が集まる。野次馬たちが噂をしながらその場に立ち止まった。 「あんなロマンチックなプロポーズが真実の愛かと思ったら、不倫男と不倫女だなんて、気持ち悪い」 「夫を奪っただけじゃなくて、家宝のブレスレットまで?奪うのが趣味なのか?」 「前にネットニュースで、裏の手段で賞を取ったって話があったけど、本当かもね」 「恥知らずってこのことよね」 そんな辛辣な言葉が飛び交い、美咲の顔から血の気が引いていった。 乃亜の前では平然と「凌央の子を妊娠している」と話せても、周囲の人々にとっては、彼女はただの恥知らずな不倫女に過ぎなかったのだ。 まるで自分が裸にされ、周囲の人々の目の前でさらし者にされたような屈辱と恥ずかしさで、美咲
Last Updated : 2025-01-08 Read more