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永遠の毒薬 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

30 チャプター

第11話

おじいさまは鼻で冷たく笑いながら言い放った。 「お前と賭けなんかしない!とにかく、もし乃亜に捨てられたら、私に泣きつくな!恥ずかしい奴め!」そう言い終えると、おじいさまは立ち上がり、さっさと部屋を出ていった。凌央が自信満々に「乃亜は絶対に離れることなんてない」と言う様子が、おじいさまには愚かとしか思えなかった。 いつかきっと後悔する日が来る――おじいさまはそう確信していた。凌央は眉を軽く上げ、書類袋を手に持ちながらおじいさまの後ろに続いて出て行った。一方、乃亜はすでに階段を下りてリビングに座っていた。 高木は乃亜の顔色が悪いことに気づき、心配そうに尋ねた。 「奥様、どこか具合が悪いのでは?お顔がとても青白いですが......」乃亜は首を軽く横に振り、静かな声で答えた。 「大丈夫です、何でもありません」しかし、本当は大丈夫なはずがなかった。 さっき凌央が話した言葉は、乃亜の心を深く傷つけていた。表情が晴れるはずもない。「少々お待ちくださいね。お水をお持ちします」 高木はそう言い残し、慌ててキッチンへ向かった。その頃、じいさんと凌央が階段を降りてきた。リビングに座る乃亜を見つけたおじいさまは声をかけた。 「もうこんな時間だし、外は雨で冷える。今日はここに泊まっていきなさい。部屋は毎日掃除しているし、布団も清潔だ。さっさと上がって休むみなさい」おじいさまの中では、二人が少しでも親密になることを期待していた。 もしかしたら、一晩過ごすうちに子どもができるかもしれない、と。しかし、乃亜は柔らかな目でおじいさまを見つめながら、優しい声で答えた。 「明日、裁判があるのですが、準備がまだ終わっていません。今日は戻りますね」凌央は乃亜を一瞥し、唇を少し引き結んだ。 以前は蓮見家に来ると何日も泊まることを望んでいた乃亜が、今日はすぐ帰りたがるように見える。 何を考えているんだ、この女?おじいさまは少し残念そうにしながらも、理解あるように頷き返した。 「仕事も大切だが、身体をもっと大事にしなさい。無理しすぎないように」 そう言うと、おじいさまは凌央が手に持つ書類袋を目で示しながら、早く乃亜に渡せと言いたげな顔をした。「まあいい。帰るなら気をつけて帰りなさ
last update最終更新日 : 2025-01-08
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第12話

凌央は眉間にしわを寄せ、低い声で鋭く問い詰めた。 「何があったんだ?」「乃亜がネットのトレンドを買って、私のダンスの受賞がコネだって広めたのよ!それだけじゃない!スポンサーがいて、その人の子どもを妊娠しているってまで書かれてる!これで私の評判は地に落ちたわ。舞台に立つことも、ダンサーとしてやり直すことも、もうできない......私の未来も人生も、もう終わりよ!こんなんじゃ生きている意味なんてないわ!死んでやる!」 美咲は電話越しで泣き叫んだ。凌央の顔は瞬時に険しくなり、声色もさらに冷たくなった。 「どんなトレンドだ?詳しく話せ」彼はこんな話を今まで一切聞いていなかった。「乃亜に聞いて!あいつが仕組んだことだから、絶対に知ってるはずよ!」 美咲の怒りが抑えきれず、電話越しでもその感情が伝わってくる。「分かった。落ち着け。俺が聞いてみる」 凌央はそう言うと、電話を切った。乃亜は少し目を閉じて休もうとしていたが、凌央と美咲の会話を聞いて、胸騒ぎを覚えた。 また美咲が何か面倒を起こしたんじゃないか......乃亜が警戒してしまうのも無理はなかった。 美咲はいつも大げさで、凌央に告げ口するのが得意だった。そんなことを考えていると、凌央の冷たい声が飛んできた。 「乃亜、どうしてこんなことをした?美咲の人生を台無しにして、お前に何の得があるんだ!」その言葉を聞いても、一瞬何の話か分からなかった乃亜だったが、ようやく理解した。 ああ、またトレンドの話か。心の中でため息をつきながら思った。 そんなにお金が余っているなら、私にくれればいいのに。わざわざトレンドを買うなんて、どれだけ暇人なのかしら......「乃亜、おじいさまがいるからって、俺が何もできないと思うなよ!」 凌央の声は怒りに震えていた。乃亜は彼の態度に少し苛立ちながら、冷静な声で言い返した。 「情報部がいるんでしょ?そっちに調べさせれば、私がやったかどうか分かるはずよ」彼女は本当に凌央の頭の回転を心配していた。 あれだけ頭の切れる人間なのに、美咲の言葉をそのまま信じるなんて。もし子どもにこんな頭の悪さが遺伝したら......凌央は車を非常駐車帯に止め、ハザードランプを点けた。 「こ
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第13話

乃亜は男の手を避けるように顔を背け、唇をきつく噛みながら言った。 「私は蓮見凌央の妻です。手を出す前に、蓮見凌央を怒らせた時の代償を考えた方がいいんじゃない?」 ここは叫んでも誰も助けに来ないような場所だ。 乃亜には、凌央の名前を出す以外に手立てがなかった。 蓮見凌央――桜華市では『冷酷無比な閻魔』として恐れられている存在だ。 外では、彼の陰険で冷血な噂が広まり、誰もが関わりたくない人物だと知っている。きっと、この男たちも凌央の名前を聞けば怖じ気づくはずだ。 そうすれば、この場から逃げられるかもしれない。しかし、男は鼻で笑い、嫌味たっぷりに言った。 「桜華市で知らない人はいないぜ。凌央と美咲が『あの仲』だってな。結婚してるなんて初耳だな!」 男は乃亜の顎をがっしり掴むと、力を込めて持ち上げた。その目には悪意が宿り、口元にはいやらしい笑みが浮かんでいた。 「お前、本当は俺に抱き上げられて車に乗りたいんじゃないのか?」乃亜は歯を食いしばり、震える声で言い返した。 「本当に私は蓮見凌央の妻よ!信じられないなら、今すぐ電話をかけて証明するわ!」その言葉には、少しの不安と恐れが滲んでいた。 さっき凌央と喧嘩をしたばかりの今、果たして彼が電話に出てくれるだろうか? だが、この状況では試してみるしかなかった。 全ては天に任せるしかない。「はは、いいぜ。電話してみなよ。どうせ嘘だろ?」 男は全く信じる気がない様子で、楽しげな笑みを浮かべていた。 男は明らかに乃亜の嘘だと決めつけ、彼女の『芝居』を楽しむつもりだった。乃亜はスマホを取り出し、雨粒が画面に滴るのをぼんやりと見つめてから、震える指で凌央の番号を押した。 呼び出し音は鳴っている。だが、誰も出ない。 乃亜はスマホを握る手に力を込めた。不安が一層大きくなり、頭の中で様々な思考が駆け巡った。「おいおい、蓮見凌央の妻なんだろ?どうして旦那が電話に出ないんだ?」 男は嘲笑を浮かべながら言った。 「危うく騙されるところだったぜ!」「もういいだろ、さっさと車に乗れ。済ませたらすぐ帰してやるよ」 そう言いながら男は乃亜の腕を乱暴に掴んだ。乃亜は驚き、力いっぱい腕を引き戻した。 その
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第14話

男が乃亜のスカートに手を伸ばそうとしたその瞬間、突然周囲から数人の悲鳴が響き渡った。 男は驚きのあまり、手が一瞬震えていた。乃亜の目に一瞬希望の光がよぎり、大声で叫んだ。 「助けて!」 次の瞬間、乃亜の上にのしかかっていた男が力任せに引き剥がされ、誰かがジャケットを投げかけて乃亜の体を覆った。 ふわりと漂うほのかな木の香りが鼻をくすぐり、乃亜の張り詰めていた緊張が一気に和らいだ。 「目を閉じて、何も見るな」 耳元で聞こえた男性の声は、静かで優しかった。乃亜は驚いて声の主を振り返った。 「拓海さん.?」 信じられないという表情で呟く。「うん、俺だよ。大丈夫、目を閉じて。俺が車まで連れて行くから」 拓海の黒い瞳は穏やかで、声も温かかった。乃亜は唇を噛み締め、何か言おうとしたが、結局黙って目を閉じた。 耳元ではまだ男たちの悲鳴が響き続けている。乃亜は無意識に拳を握りしめ、小さな声で言った。 「拓海さん......警察を呼んで。私は絶対に彼らを訴えたい」 「君が出なくても大丈夫。俺が責任を持って、全員刑務所送りにしてやるから。安心して」 拓海の優しい声を聞いて、乃亜の胸に温かい感情が広がった。 彼女は小さな声で感謝の言葉を口にした。 「拓海さん......本当にありがとう」 「乃亜、俺たちは三年間会っていなかったけど、俺はずっと君の兄だ。それは何も変わらない。だから、他人行儀にお礼なんて言うなよ」 拓海は少し眉を寄せながら言った。 「次に『ありがとう』なんて言ったら、俺、本気で怒るからな」 乃亜は息を吸い込み、小さく頷いた。 「......分かった。もう言わない」 乃亜は幼い頃から拓海を知っていた。 妹を失くした後、両親は何かと乃亜を怒り、時には手をあげることさえあった。 その度に、乃亜は家に帰るのが怖くなり、拓海の家に逃げ込んでいた。 夜が怖いと言えば、拓海は夜通し彼女のそばにいてくれた。 疲れて眠くなると、ベッドの端でそのまま寝てしまうこともあった。乃亜にとって拓海は、頼れる兄のような存在だった。 17歳の時、家族が失踪していた妹を見つけ出した。 しかし、見つかった妹は拓海に強く執着し、
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第15話

ここ数日、桜華法律事務所の同僚たちが、新しくできた「啓明法律事務所」の話題で盛り上がっていた。 その所長が帰国子女だという噂もあり、やたらと注目を集めているようだった。 乃亜は仕事が忙しく、そんな噂話を気にする余裕はなかったが、まさかその啓明を拓海が開いたとは思ってもいなかった。田中家といえば航空業界の大手企業で知られる一族。 なのに、どうして突然法律事務所を? 「やっぱりもう聞いてたんだね。そう、啓明は俺が開いた事務所だよ」 「確か拓海さんも京大の法学部を卒業してたよね。もし当時弁護士になっていたら、私たち、ライバルになっていたかも」 「いや、俺が弁護士になったとしても、君とは絶対にライバルにならないよ」 拓海は心の中でそっと付け加えた。 俺はいつだって、君を助ける側でいたい。君の力になりたいんだ。その時、不意に紗希の叫び声が響いた。 「乃亜!乃亜!どこなの!」 少し取り乱したような、焦った声だった。乃亜は胸がじんと温かくなり、白い手を大きく振り上げて叫んだ。 「紗希、ここ!」 遠くから1台の車がゆっくりと停まり、窓が静かに下がった。 運転席にいたのは凌央だった。 その冷たい視線は、拓海に抱えられた乃亜へと向けられていた。 そして、その手にはまだ二人の結婚指輪が輝いている。 ――ふん。 乃亜にとって、俺という夫が迎えに来る必要なんてないんだろうな。凌央はそう思いながら、窓を閉め、アクセルを踏み込んでその場を去った。拓海は車のドアを開け、乃亜をそっと座らせた。 「君の友達に俺の車を運転してもらって。ここは俺に任せて」 そう言いながら、彼は上半身を起こし、少し後ろに下がった。紗希は拳を握りしめて拓海に向かって走り寄ったが、その顔を確認した瞬間、手を空中で止めた。 「えっ、田中様?どうしてここに?」 彼女は最初、拓海のことを変質者か何かだと思ったのだろう。拓海は車の鍵を紗希に投げ渡した。 「二人で先に行ってくれ」 「じゃあ拓海さんは?一緒に行かないの?」紗希は心配そうに尋ねた。 「俺のことは気にしなくていい。とにかく乃亜を早く家に連れて行って。このままだと風邪を引く」 拓海はそう言い残し、すぐに
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第16話

乃亜がそのタイトルを目にした瞬間、頭の中が真っ白になった。 蓮見家の家宝のブレスレット。 あれは、おじいさまが凌央に頼んで、自分の誕生日プレゼントとして渡すように言っていたものだったはず......深く息を吸い込み、乃亜はこみ上げる感情を抑えながらニュースを開いた。 記事の公開時間は30分前。ちょうど日付が変わったばかりだった。そういえば、今日は美咲の誕生日だ。ニュースに添えられていた写真を目にする。 そこには、病室にいる凌央が、ベッドの脇に座り、美咲の手首にブレスレットをはめている姿が映っていた。 その目は驚くほど優しさに満ち、幸せそうな微笑みを浮かべている。 ベッドにもたれかかる美咲も、満面の笑みを浮かべ、まさに幸せそのものといった表情だった。乃亜はスマホを握りしめた。 記事に書かれている文字の内容なんて、もうどうでもよかった。 ただ全身が冷え切り、寒さが骨の奥まで届くような感覚に襲われた。 凌央は、彼女への誕生日プレゼントだったはずのブレスレットを、美咲に渡したのだ。その時、スマホの通知音が鳴り響いた。 画面を開くと、見知らぬ番号からのメッセージが届いていた。 画面に映っていたのは、ブレスレットをはめた手首の写真。 そして、添えられていた一言は―― 「このブレスレット、似合ってる?」乃亜の顔から血の気が引いていった。 送信者が美咲であることは、考えるまでもなかった。 これは明らかに挑発であり、無言の嘲笑だった。その瞬間、乃亜の中で何かが完全に切れた。 凌央は自分を高架道路に置き去りにし、生死を気にする様子もなかった。 助けを求めて電話をかけた際には、冷たく電話を切り、侮辱的な言葉を浴びせられた。頭の中には、結婚生活の3年間の記憶が次々と浮かんできた。 凌央との生活は、ただ「食事をし、風呂に入り、夜を過ごすだけ」の日々だった。結婚記念日も、彼女の誕生日も、バレンタインデーも、七夕も...... どの記念日も、凌央が自分と過ごすことは一度もなかった。乃亜はこれまで、「凌央は仕事が忙しいから」と自分に言い聞かせてきた。 しかし今になって、ようやく理解した。 彼は、最初から自分と過ごす気などなかったのだ―
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第17話

乃亜が救急車で病院に運ばれ、緊急治療室に入れられた。 紗希は治療室の前を行ったり来たりしながら、心配でたまらなかった。 ――もし乃亜に何かあったら、どうすればいいの!創世グループ系列の仁和病院VIP病室では、凌央が冷たい表情で病室に立っていた。 手にはスマホを握りしめ、ベッドに横たわる美咲を叱りつけている。 「お前は妊婦だろう?こんな夜中に寝もせず、乃亜と喧嘩なんて、本当に感心なことだな!」 美咲は涙目になり、悔しそうに唇を噛んだ。 「だって、さっき乃亜から電話がかかってきたの。凌央がいないみたいだったから、何か急用かと思って出たのよ。でも、いきなり私を罵ってきたの!『恥知らず』だとか、『家宝のブレスレットを奪った』とか、『夫まで奪った』とか......私だって我慢できなくて、少し言い返しただけ。それなのに、彼女、私をネットで攻撃するよう仕向けるとか言い出して......」 美咲は涙を一粒落とし、さらに悲しそうに続けた。 「凌央、ごめんなさい。次からあなたの電話には絶対出ないようにするね」 「もう寝るから、そんなに怒らないで......」 そう言うと、美咲は涙をぬぐい、布団を頭からかぶった。凌央が少し身を屈めて布団を引き下ろすと、美咲の涙に濡れた顔が露わになった。 彼の声は無意識に少し優しくなった。 「お前がどれだけ苦労してやっと授かった子供だ。もしお前の軽率な行動で失うことになったら、辛いのはお前自身だぞ」 「乃亜のことは俺が話をつける。今後、彼女がお前に何か言ってくることはないようにする」 「それから、今日の夜のSNS騒動――次はないようにしろ」 最後の言葉には、凌央の声に冷たさが滲んでいた。 美咲は目を見開き、凌央の目をじっと見つめた。 その目は一見穏やかだったが、どこか射抜かれるような冷たさを感じた。 美咲は内心ひどく焦りながらも、慎重に言葉を選んで言った。 「凌央......その......ニュースを使って、前の騒動を消すつもりだったの。ただ、書かれていることは全部でたらめで......もし気に障ったなら、すぐに声明を出すわ。あの写真はやらせで、ブレスレットも偽物だって説明する。それで......納得してくれる?」 凌央は淡々とし
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第18話

「さっさと寝ろ。乃亜のことは本人が決めるだろう。お前がいちいち気にすることじゃない」 凌央は美咲の布団を軽く直しながら、冷静に言い放った。「もう遅い。俺はソファで少し横になる」 その無感情で淡々とした口調に、美咲は何も読み取ることができなかった。ただ、「わかったわ。じゃあ、ゆっくり休んでね。私ももう寝るわ」と口にし、そっと目を閉じた。 凌央はしばらく病室のベッドのそばに立っていたが、何も言わずに部屋を出ていった。 彼が部屋を出た瞬間、美咲は目を開けた。 「乃亜……覚悟してなさい。絶対に凌央を私のものにしてみせる!」病室の外で、凌央は電話を取り出し、祐史に連絡を取っていた。乃亜が目を覚ますと、病室の天井が目に入った。 漂ってくる消毒液の匂いが、ここが病院だと告げていた。 彼女は眉をひそめた。 ――また病院?どうして......「乃亜!目が覚めたのね。どこか痛いところとか、気分が悪いところはない?」 紗希が病室の扉を開けながら入ってきた。 手には「高野スープ」の袋を提げている。どうやら彼女のためにスープを買ってきたらしい。 「私、どうしたの?」 乃亜はベッドに横たわったまま尋ねた。 昨夜のことを思い出そうとしたが、頭に浮かぶのは美咲が言ったあの嫌味な言葉だけ。 その後の記憶は全くなかった。「昨日ね、額の傷口に水が入っちゃって、炎症を起こしてたの。それに雨で冷えちゃったから、熱が出て、ついに気を失っちゃったのよ」 紗希は言いながら、ベッド脇のテーブルに袋を置き、小さな食事用テーブルを用意した。 「救急車呼んで、病院に連れてきたけど......もう、本当に怖かったんだから!もし乃亜に何かあったら......私、あのクソ野郎――凌央を殺しちゃうかも!」 怒りで拳を握りしめる紗希の様子に、乃亜は思わず笑みを浮かべた。 彼女なら本当にやりかねない。 紗希はふと乃亜と目が合い、少し気まずそうに言った。 「ごめんね、乃亜。あんな奴の話を出すべきじゃなかったよね。つい抑えられなくて......」 彼女の頭には、昨夜のことが何度もよぎっていた。 ――雨の中、高架道路に置き去りにされたなんて......誰だって冷静でいられるわけがないでしょう?
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第19話

乃亜は昨日の夜、紗希の家に戻った際に新しいスマホが届けられたことを思い出した。 それを思い出し、彼女は電話に出た。「こちらは病院です。藤田菜々子さんのご家族の方ですか?至急病院までお越しください。菜々子さんが緊急治療中で、手続きに署名が必要です」 電話越しの看護師の声は冷たく、事務的だった。乃亜の胸がざわつき、慌てて答えた。 「わかりました!すぐに向かいます!」 菜々子は彼女の祖母だった。 幼い頃、数年間祖母の家で暮らしていたことがある。祖母は乃亜をとても大事にしてくれた。 数年前から祖母は病気を患い、長い間入院している。栄養剤や特効薬のおかげで、かろうじて命をつないできたのだ。 数日前に見舞いに行ったとき、祖母の様子は良さそうで、もうすぐ退院できるのではないかと思っていた。 それが突然、緊急治療室に入ることになるなんて...... 乃亜が急いでベッドから起き上がろうとすると、紗希が慌てて彼女を支えた。 「だめよ!先生が、あと2日は入院して様子を見ないといけないって言ってたわ。どこにも行っちゃだめ!」 乃亜は紗希を見つめながら、目を潤ませた。 「病院から電話があったの......おばあちゃんが緊急治療室に入って、私の署名が必要だって」 紗希はその言葉に、深いため息をつきながら手を離した。 「わかった。でも焦らないで。準備して、一緒に行くから」 乃亜は自分の体調を考えた。熱は下がったものの、全身がだるく力が入らない。紗希と一緒に行ったほうが安心だと思った。 「うん、お願い」 紗希は素早く準備を整え、乃亜を連れて病室を出た。二人はすぐに創世グループ系列の仁和病院に到着し、緊急治療室の前で待つことになった。 赤く点灯するランプを見つめながら、乃亜は不安から足を止めることができず、何度も行ったり来たりした。 時が一分一秒と過ぎるにつれて、乃亜の胸はますますざわついていった。 その様子を見て、紗希が優しく声をかけた。 「大丈夫だよ。おばあちゃんはきっと無事だから」 昨日、乃亜が急救治療を受けたときの紗希自身の気持ちが蘇った。 ――この待ち時間の長さ、本当に耐えられない......乃亜は深く息を吸い込むと、ぽつりと呟いた。
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第20話

乃亜の体がふらつき、今にも倒れそうになったところを紗希が慌てて支えた。 「乃亜、大丈夫?」 乃亜は無理に微笑みを浮かべ、紗希に言った。 「大丈夫だよ。先生、新しい薬の件は私がなんとかしてみるから。じゃあ、おばあちゃんに会ってくるね」 そう言い残し、彼女は紗希を連れて病室を出た。医師はその後ろ姿を見つめ、深く息を吐いた。 ――分かっているだろうに......どんなにお金をかけても、命をつなぐだけ。それでも、なぜあそこまで必死になるんだろうか? しかし、医師には分からない。 乃亜が守りたかったのは、祖母の命だけではない。家そのものだったのだ。 もし祖母を失えば、乃亜は家という居場所を失ってしまう。 一人ぼっちになり、もっと孤独で寂しい存在になるのが怖かったのだ。病室の中では、祖母が目を覚まさずベッドの上で横たわっていた。 体中に管がつながれていて、数年間の闘病生活のせいで、骨と皮だけになったかのような姿だった。乃亜はベッドの脇に立ち、目に涙をためていた。 紗希がそっと彼女を抱き寄せ、優しく声をかけた。 「乃亜、おばあちゃんに話しかけてあげて。私は外で待ってるから」 乃亜は小さく頷き、ベッドのそばに腰を下ろして、そっと祖母の手を握った。 「おばあちゃん、絶対に元気になってね......私を置いていっちゃったら、私、どうすればいいの?」 声が震え、目からは涙がこぼれそうだった。そのとき、看護師が点滴を交換しに部屋に入ってきた。付き添いの介護スタッフも、水を運んできて、乃亜に気づくと微笑みながら挨拶した。 「乃亜さん、いつもお疲れさまです」 「こちらこそ、いつもありがとうございます」 乃亜はバッグから封筒を取り出し、介護スタッフのポケットに押し込んだ。 「なかなか来られなくてすみません。いつも祖母がお世話になっております」 しかし、スタッフは慌てて封筒を取り出し、乃亜に返そうとした。 「いえ、そんなお気遣いは......いただいているお給料で十分ですから」 雇い主である乃亜の気遣いに感動しつつも、彼女は丁寧に断った。「いえ、どうか受け取ってください。今日は急用があるので失礼します。祖母が目を覚ましたら、すぐにご連絡をお願いしま
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