翌日、椎名紗月は侍女を伴って馬を返しに訪れ、お礼の品も携えていた。道枝執事が応対したものの、しばらく待ってもさくらに会えず、二人は辞去することにした。屋敷を出ようとした時、折しも沢村紫乃と出くわした。紫乃は紗月に向かって、親しげな様子で声をかけた。「まあ、小林さん。馬のお返しですか? 最近は親王家も慌ただしくて。また改めてゆっくりと、武芸のことでもお話ししましょう」「ご親切にありがとうございます」紗月は丁寧に一礼した。「ぜひ近いうちに、ご指南いただきに参りたく存じます」「そうですね」紫乃は笑みを浮かべながら、軽く手を振った。「では、お先に。私もちょっと用事がありますので」紗月と桂葉は親王邸から出て馬車に乗り込んだ。桂葉は不満げに呟いた。「まったく、回り道ばかりで。今日は北冥親王妃には会えなかったけれど、その沢村という娘が随分と親しげだったわね。まずはあの娘から攻めていけば、親王家への出入りも自由になるでしょう。それだけでも大きな進展よ」街路を曲がりくねって進む度に、桂葉の不機嫌さは増していった。冷ややかな声で続けた。「青舞は言うことを聞かなかったけれど、仕事は見事にこなしていたわ。あなたときたら、のろのろしていて。本当にお母様を救い出したいの?」「師匠」紗月は哀願するような目で見上げた。「どうか公主様にお取り次ぎいただけませんか。母上に一度だけでも会わせていただければ、私、必ず全力を尽くします」「そうねぇ......数日待ちなさい」「師匠、どうか」紗月は強く懇願し、その場に跪いた。「一度だけでも会わせてください。公主様にお願いしていただければ、必ずや任務を果たしてみせます」「それに今が絶好の機会なのです。寧姫の降嫁を控え、彼らが忙しい今なら、まだ公主邸にも戻れます。でも、もし親王様の目に留まってしまえば、きっと私のことを詮索なさる。そうなれば、母上にお会いすることさえ叶わなくなってしまいます」桂葉の冷淡な態度は変わらず、紗月の声は涙に震えながらも、どこか憤りを帯びていた。「命を賭けろとおっしゃるなら、せめて一つの希望を。母上にも会えず、その境遇さえ分からないまま、どうして嫡母様のために命を懸けられましょうか」桂葉は眉を寄せた。確かに、餌を与えねばならないだろう。どれほど従順な者でも、完全な支配など望めはしない。だが母娘の情
Last Updated : 2024-12-10 Read more