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第83話

Author: 似水
里香は冷たい口調で「今どこにいるの?」と聞いた。

そんなことを聞かれるとは思わなかったのか、夏実は明らかに驚いたが、それでも「No.9ハウスの8088号室です」と答えた。

里香は電話を切った。

ふん…忙しいって、何をしてるの?女の子を口説いてるのか?まだ離婚してないのに、ちょっと行き過ぎじゃない?

そんな雅之が離婚を拒むなら、里香も遠慮しないことにする!

夕暮れが訪れ、街は徐々に灯りに包まれていった。里香はNo.9ハウスに着いたが、すぐにサービススタッフに止められた。

「すみません、お客様、予約はありますか?」

里香は「二宮雅之を探しているの」と答えた。

サービススタッフは礼儀正しく微笑んで、「申し訳ありませんが、予約がないと入れません」と言った。

里香は「人を探すのもダメなの?」と尋ねた。

「誰かがあなたを連れて行かない限り、予約がないと入れません」とサービススタッフは説明した。

里香はバッグを開け、結婚証明書を取り出して見せた。「今、予約は必要ですか?」

サービススタッフは驚いて、結婚証明書の名前をじっと見つめ、スタンプも確認した。まさか偽物ではないかと心配した。心の中でつぶやいた。誰が外出時に結婚証明書を持ち歩くの?

「奥様、どうぞ中へ」

サービススタッフは怠慢になることを恐れ、呼び方を変えた。結婚証明書は本物だった。里香を怒らせてはいけない。万が一、後でこの女性が雅之に告げ口したら、自分はどうなるのかわからない。

里香は結婚証明書をしまい、手を振って「ついてこなくていい」と言った。

「わかりました」

サービススタッフは振り返って去った。里香はエレベーターに向かって歩き、遠くから軽い笑い声が聞こえた。

振り向くと、髪を青色に染め上げた祐介が近づいてきた。彼の左耳にはダイヤモンドのピアスが輝き、光の反射でキラキラと光っていた。その美しい顔には少し悪戯っぽい笑みが浮かび、チャラい雰囲気が漂っていた。

「君の行動には驚かされたよ」

里香は驚いて彼を見返した。「こんなところで会うなんて、奇遇ね」

祐介は眉を上げ、「本当に奇遇だね。で、君はここに何をしに来たの?」

里香は「私の様子を見てわからないの?」と答えた。

祐介は面白そうに笑い、「浮気を捕まえに来たの?」

里香は「それを確かめに来たの。まだ決定的な証拠はない」

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    桜井:「……」いつも冷静な表情の彼の顔に、ついにヒビが入った。株主たち:「……」えっ、何だって?こいつ、自分が何を言ってるか分かってるのか?その場の株主たちの表情は百面相のようだった。全員が雅之を凝視し、次に何を言い出すのかと息を呑むように見守っていた。電話越しの里香は一瞬沈黙した。まさか、幻聴?今、彼「職場いじめに遭ってる」って言った?いやいや、むしろいじめる側の人間じゃないの?里香は淡々とこう言った。「大丈夫そうね。じゃあ切るわ」「待って!大丈夫じゃない!頼むから信じて!」雅之はすぐさま彼女を引き留め、必死に話を続けた。「こんな事になって、今、グループの役員たちが緊急会議を開いてるんだ。僕を解任して家に追い返そうとしてる。僕、無職になっちゃう!」株主たち:「……」もう、ツッコミが追いつかない。里香はしばし沈黙し、「この流れ、なんか見たことがある気がするんだけど」と呟いた。そういえば昔、DKグループでも同じようなことがあったような?で、そのあとどうなったっけ?雅之は結局とんでもないことをやらかして、最終的に二宮グループをまるごと手に入れたんだっけ。雅之:「今回は違う。本当に職を失うんだ。……ねえ、僕を養ってくれる?」里香:「無理」雅之:「いや、できる。僕、手がかからないし」株主たち:「……」もうダメだ、聞いてられない。いったい何の話だ?その時、雅之はようやく自分に向けられた冷たい視線に気づき、ゆっくりと視線を移して株主たちを一瞥した。そして、ぼそりと一言。「何見てんだよ?お前らも奥さんから電話もらえないのか?」里香:「……」株主たち、再び沈黙。一方、里香は今、雅之が会議中であることを思い出した。そして、その会議の最中に、こんなどうでもいい話を延々としていることに気づいた途端、顔が一気に熱くなった。慌てて通話を切った。雅之はスマホを見つめながら、眉を寄せる。不機嫌そうだ。さっきまでの余裕が嘘のように消えていた。そのまま顔を上げた雅之の冷たい視線が株主たちを捉えた。目の中にはどこか刺すような冷たい色が滲んでいる。「続けろ」たった二言、投げつけるように言った。明らかに機嫌が悪そうだ。いや、さっきまでの雰囲気と違いすぎるだろ。桜井はそんな

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    佐藤の顔色はさらに悪化し、冷たい目つきで言い放った。「私を追及するつもりか?私にどんな企みがあるって言うんだよ?当然、二宮グループのためさ!前後の経緯はどうでもいい、今はネットの世論が完全にあの動画に踊らされている。この状況じゃ、弁解したところで誰もまともに聞きやしない。奴らはただ目に映るものしか信じないんだ。だからこそ、今は誠意ある態度で謝罪して、ちゃんとした姿勢を見せるべきだ。そうすれば、とりあえずこの騒ぎを落ち着かせることができる。その後で徹底的な調査結果を公表すればいい。それが一番効果的な解決策だろう!」感情を露わにしながら、佐藤は雅之に向き直った。「雅之くん、君はどう思う?」「いいじゃないか」雅之はじっと佐藤を見つめながら薄い唇にかすかな笑みを浮かべ、軽く手を振りながらこう言った。「じゃあさ、二宮夫人を呼びたいって言うなら、今すぐ電話をしてみたらどうだ?彼女が来るかどうか、試してみればいい」その態度には、緊張感というものが一切感じられなかった。表情も変わらず、まるで誰か他人の話を聞いているような余裕すら漂わせていた。SNSでは騒動がどんどん拡大し、株主たちが激しく口論しているというのに、肝心の当事者である雅之自身だけはまるで何の問題もないかのように見えた。佐藤は、一瞬、雅之の心の内が読めなくなった。確かに彼は若い。しかしその腹の底は相当深い。何の予兆もないまま二宮グループを手中に収めたその手腕からも、彼の実力と策略がどれほどのものか明確だった。しかし、今回の件で、もし雅之が頭を下げて謝罪しないつもりなら、一体どうやってこの窮地を乗り切る気なんだ?世論は荒れに荒れ、株価は急落。このタイミングで競合他社が攻勢をかけてきたら、二宮グループは間違いなく深刻な危機に陥るだろう。佐藤は秘書に目を向け、簡潔に命じた。「二宮夫人に連絡を取れ」「かしこまりました」その後、佐藤は雅之をじっと見据え、穏やかに言った。「雅之くん、君の実力は私も認めている。だからこそ、一度身を引いて、この騒ぎが収まった後にまた戻ってきて、二宮グループを新たな高みに導いてくれ。君なら必ずやり遂げられるはずだと信じている」しかし雅之はこう返した。「もう対策を決めているのに、二宮夫人と先に話していないのか?」佐藤は一瞬口を閉ざし、「急遽決めたことだ

  • 離婚後、恋の始まり   第812話

    里香はほんの少し唇を結び、気持ちを引き締めたが、内心では認めざるを得なかった。どんなに否定しようとしても、自分の心が雅之に惹かれていることを感じていた。最近の出来事が次々と頭をよぎり、里香はそっと目線を伏せる。その瞳には複雑な感情が浮かび、迷いが色濃く滲んでいた。どうしてこんなに心が揺れるのだろう?雅之は本当に変わった。以前よりもずっと優しくなり、里香の考えや意見をしっかりと尊重してくれるようになった。昔好きだった“まさくん”の姿が、少しずつではあるけれど確実に戻ってきている。そして里香自身、どうしても「まさくん」には逆らえない。どうしようもなく弱い。彼女は目を閉じ、深く息をつきながら湧き上がる感情を必死で押さえ込んだ。それ以上自分の気持ちに触れることはせず、ただゆっくりと心を落ち着けようとした。「……先に仕事しよ」そう静かに呟いてから、彼女は再びモニターに視線を戻し、作業へと集中した。一方、二宮グループの会議室。そこには重苦しい空気が漂っていた。息苦しいほどの圧力が辺りを支配している。雅之は会議室の最前列に座り、銀灰色のスーツを身にまとった姿が目を引く。ネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ開けたラフな装いながらも、冷静で鋭い目つきからは力強い存在感が感じられた。片手をテーブルに置き、長い指先でペンを回しながら、周囲の緊張感を物ともせず沈着冷静さを保っている。会議室にはすでに株主たちが揃っていた。ほとんどの株主が無言のまま座っていて、その表情には読み取れるものがほとんどない。ただ、数名の株主だけは明らかに不満な様子を浮かべていた。その中の一人が口を開いた。「雅之くん、君に実力があることは認めているし、卓越した経営センスや戦略にも一目置いている。しかしだな、君が社長に就任してまだ日が浅いのに、こんなスキャンダルを起こすようではどうにもならんぞ」別の株主も即座に同意するように言葉を続けた。「その通りだ。二宮グループほどの規模の会社なら、どんな小さな問題も許されない。君はこの会社のトップとして皆を導く立場だ。もし君が問題を起こせば、グループ全体に甚大な影響を及ぼすことになる。もう既に、この件が原因で株価が下がり始めている。この事態を収束させるために、まず記者会見を開いて謝罪し、社長辞任を公表するべきだろう。一旦暫

  • 離婚後、恋の始まり   第811話

    「えっ?」里香はぽかんとしたまま、疑問をそのまま口にした。「なんでトレンド入りしてるの?なんで叩かれてるの?」「いやいや、一言二言じゃ説明できないって!とにかく、早く見てみなよ!」かおるの声が、妙に興奮気味に響く。里香は眉をぎゅっと寄せた。一体何が起こったの?たった一晩会わなかっただけなのに、どうしてこんなことになってるの?通話を切らないまま、スマホの通話画面を閉じ、慌ててアプリを開いた。すると、トレンドの一位に雅之の名前が入ったキーワードが目に飛び込んだ。そのキーワードをタップして詳細を確認した瞬間、里香は思わず飛び上がった。「見た?ははは!あのクソ野郎にも、ついにこんな日が来たんだね!全ネットから袋叩きにされて、超スッキリする!」かおるの笑い声が、やけに癖になるほど楽しげに響く。動画には、雅之が中年女性に蹴りを入れる瞬間だけが映っていた。その前後の状況も、そこにいた里香の姿も、何も映っていない。だから、誰も知らない。雅之が、里香を守るために手を出したということを――。里香は唇をギュッと引き結び、下にスクロールしてコメントを読み進める。【うわっ、ひどっ!あんなに思いっきり蹴る!?おばさん、地面に突っ伏してたじゃん!】【こいつ、目つきヤバすぎ……こんなのが二宮グループの社長?もう二宮の製品、二度と買わない!】【謝罪しろ!権力を振りかざして好き放題なんて許せない!どれだけ金持ちでも、法律は守れよ!】【謝罪しろ!】【弱い者を痛めつけるなんて最低!消えろ!】「……」それよりさらに酷い言葉がズラリと並んでいるのが見えた。もう、これ以上読む気になれなくて、スクロールする手を止めた。胸の奥がざわつくような、複雑な気持ちに包まれたまま、里香は静かに目を閉じた。そして、小さく息を吐いて、言葉を発した。「かおる……彼が手を出したのは、私を守るためだったの」「……えっ?」かおるの興奮気味だった笑い声が、ピタッと止まった。「何それ?私の知らない何かが、また起きたの?」里香は、昨日病院で起こったことをかおるに話した。かおるは、しばらく呆然としたあと、戸惑いながらぽつりと口を開いた。「ってことは、私、間違えて悪口言っちゃったわけ?まさか、あいつがそんな人間らしいことするなんてね。これは

  • 離婚後、恋の始まり   第810話

    翌日、SNS上である動画が拡散され、わずか三時間でトレンドのトップに躍り出た。 朝早く、桜井から雅之に緊迫した声で連絡が入った。 「社長、大変です!社長が病院で暴れてる動画がネットに出回って、今とんでもないことになってます!」 そう言いながら、桜井はトレンドのキーワードを雅之に送った。 ちょうど朝のトレーニングを終えたばかりの雅之は、汗で濡れた額と首をタオルで拭きながらスマホを手に取り、送られてきたトレンドワードを確認した。 『二宮グループ新任社長、病院で暴力沙汰』キーワードをタップすると、病院の廊下に設置された監視カメラ映像が次々と投稿されている。 映っていたのは、雅之が中年女性を足で蹴り倒すシーン。 ほんの数秒の短い映像。当然、前後の状況説明など一切なし。 雅之は一般人ではない。二宮グループの新任社長であり、しかも最近は離婚の噂で世間を騒がせていた。そこへきてこの動画が出回ったことで、状況はますます混沌としていく。 社長としての立場がまだ盤石ではない今、この動画が拡散された影響は計り知れない。 二宮グループの事業は、不動産、新メディア、エンタメと多岐にわたる。もし取引先がこの動画を目にしたら、「暴力を振るう社長がいる会社の商品なんて信用できない」と取引を控える可能性は十分にある。それに、世論の反発が強まれば、クライアントや提携先も慎重な姿勢を取り、距離を置こうとするだろう。 結局、この動画が広まれば広まるほど、会社にとってマイナスになるのは明白だった。 「社長、幹部の一部と株主たちもすでにこの件を知っていて、今会社に向かっています。以前から社長の突然の抜擢に納得していない人たちがいますからね……この件を口実に、何かしら問題を提起してくる可能性が高いです」 桜井の緊迫した声が、電話越しに響いた。 「……分かった」 雅之は冷静に一言返した。 だが桜井は焦った様子でさらに続けた。 「社長、今広報に指示を出して、世論のコントロールに動くよう指示しました。それと、聡さんにも協力をお願いして、この動画を流した真犯人の調査を依頼しました。ただ、まずは会社に来ていただいて、取締役たちを落ち着かせる必要があります!」 「怖がる必要はない」 雅之の声は落ち着いていて

  • 離婚後、恋の始まり   第809話

    里香は図面を修正しながら何かを食べていて、気づけば時間があっという間に過ぎていた。外の空がすっかり暗くなり、オフィスの灯りがついてようやく我に返った。ここでこんなに長い時間を過ごしてしまったことに気づき、少し驚いた。アカウントをログアウトし、パソコンをシャットダウンしてから立ち上がり、雅之の方を見やる。彼はまだ資料に目を通していて、長くて綺麗な指でペンを握りながら、冷徹な表情で一ページずつめくっていた。時々、資料に何かを書き加えたりしている。里香は彼を邪魔せず、自分も一日中座りっぱなしだったので、両腕を広げて軽く体を伸ばし、そっと窓辺へ歩み寄って夜景を眺めた。二宮グループの地理的な立地は文句なしに最高で、高層階からは街全体を俯瞰することができた。眼前に広がる明るくきらめく街の灯り。点々とした光が一つに繋がって、まるで光の銀河のように輝いていて、とても美しい景色だった。雪がひらひらと舞い落ちていて、まるで夢の中にいるみたいだった。里香はほのかに眉を和らげ、心がリラックスし、喜びに包まれる感覚を覚えた。雅之は目を上げ、里香の細くしなやかな背中をじっと見つめ、その瞳はどんどん深く、暗い色合いを帯びていった。里香の体のプロポーションは完璧で、小さな骨格が美しいシルエットを描いていた。肩から背中はまっすぐで、ウエストにかけて自然に細くなり、丸みを帯びたヒップラインへと続いていた。そして、その下にはすらりと伸びた脚があり、小さな革靴を履いた里香は、美しく品のある雰囲気を漂わせていた。雅之はペンを置き、里香のところへ歩み寄り、そのまま抱きしめた。里香の体は一瞬こわばった。雅之は里香の腰に腕を回って抱きしめ、自分の顎を里香の肩に乗せながら低い声で言った。「ただ抱きしめたいだけだ」自分の気持ちをはっきり伝える方が、昔のように口では否定しつつ心の中では違うことを望むよりもずっといいと、今はそう思っている。今となっては、過去のことを思い出すたびに、自分を殴りたくなるほど後悔している。里香は張り詰めた体を徐々に緩め、静かな声で言った。「こんなことしても意味がないのよ。求めすぎると、最後には未練が残るだけよ」これは自分自身にも言い聞かせていることだった。もう少しで、ずっと求めてきた目標が達成されそうなのに、今さら

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