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第010話

「まだ痛むか?」

小さな寝室で、紗月は半分しゃがんであかりの前に座り、細やかに深く綿棒で薬を塗っていた。

「すごく痛いよ!」

あかりは涙目で紗月を見上げた。「ママ、痛いよ」

「しーっ」

紗月は眉をひそめ、指を立ててあかりの口を塞いだ。「そんなこと言っちゃだめ。

あなたのメイドでしょ?おばさんと呼んでね」

「うん......」

あかりは涙を拭い、潤んだ瞳に満ちた悲しみを見せた。「あかりは生まれてからこんなに叩かれたのは初めてだよ......」

小さな体が泣きながら震えていた。

紗月は痛む心を押さえつけた。

すべては自分のせいだ。

涼介の疑念を減らすために、あかりを一人ここに置いておくべきではなかった。

紗月は深く息を吸い込み、あかりの手を握りしめ、目に自責の念が浮かんでいた。

「ママのせいじゃないよ、あの悪い女のせいだ」

あかりは唇を噛みしめ、「あの人、大嫌いんだ」

「そんなこと、言ってはいけないよ」

紗月は唇を引き締め、低い声で言った。「お父さんが好きな人なんだから、彼女と衝突すると、お父さんを困らせるだけだから、これからは彼女から離れていなさい。分かった?」

理恵は大人であり、涼介はこの数年で彼女を十分に甘やかしてきた。

しかし、あかりはただ戻ってきたばかりの娘に過ぎない。

敵に回すことは避け、距離を置くことが最善だ。

「うん、これからは見かけたら、避けるね!」

「いい子だね」

紗月は息を深く吸い込み、あかりに薬を塗り続けた。

廊下の外、背の高い男が立ち、半開きのドア越しに彼女たちの会話を聞き、目の色が次第に暗くなっていった。

書斎に戻ると、涼介は淡々と命じた。「白石、引き続きあかりに適したメイドを探してくれ」

白石は一瞬戸惑った。「佐藤さん、あの紗月は......」

涼介は冷たい視線で彼を一瞥した。「目的を持ってやってきた女を長くは置いておけない」

「了解しました!」

......

薬を塗り終えた後、あかりはベッドに横たわり、うとうとと眠りに落ちた。

紗月は彼女を安心させた後、白石に用意されたメイド部屋に戻った。

部屋は清潔で整っており、広くはないが、必要な設備は揃っていた。

紗月は服を脱ぎ、鏡に背を向けて背中の傷を確認した。

先ほど理恵が蹴った一撃はかなりの力が込められており、ちょうど古傷の上に当たっていた。

鏡に映るあざの浮かんだ背中を見つめ、紗月はため息をつき、薬箱を探していた。

涼介がドアを開けて入ってきたとき、目にしたのは、下着だけを身につけた状態で床にしゃがみ、背中を向けている紗月の姿だった。

紗月の雪白な肌と、理恵の踢りにより生じた腰のあたりの痣が、鮮やかな対照を描いていた。

涼介は眉をひそめ、「何しているんだ?」

突然の声に、紗月の体がピクリと反応した。

紗月は反射的に立ち上がり、涼介を見て、「佐藤さん」

紗月は上半身に白い下着しか身につけておらず、その魅惑的なスタイルが際立っていた。

この美しく彫刻された顔立ちに加え、今紗月の姿は一層艶やかだった。

「こんな状況で、まだ俺を誘惑するつもりか?」

彼は目を細め、腕を組んでドアのところに寄りかかり、軽蔑の色を浮かべていた。

紗月は自分の格好が不適切であることに気づいた。

慌てて近くの上着を手に取って羽織って、「佐藤さん、何かご用でしょうか?」

涼介は彼女の頬の腫れた跡を見て、「まだ痛むのか?」

彼の視線に気づき、紗月は手で自分の顔に触れてみた。

腰の傷に気を取られ、理恵に殴られた頬のことを忘れていたが、まだ少し腫れているようだった。

紗月は微笑み、「もう痛くありません」

涼介は一歩踏み出し、彼女の部屋に入ってベッドの端に腰掛けた。

「さっき、なんで録音してたんだ?」

彼は冷たい目で彼女を見つめた。「普通の人は、常に録音を考えたりはしない」

涼介の鋭い洞察力は、依然として健在だった。

紗月は少し目を細め、謙虚な笑顔を作って答えた。「前、家で白石さんが給料の話をしていましたよね。

後で約束を忘れられないようにこっそり録音しておいたんです。

その後、佐藤さんがあかりのことで電話を受けたので、録音を止めるのを忘れてそのまま来てしまいました」

「それだけ?」

涼介は彼女の前に立ち、暗い目で彼女を見つめ、彼女の考えをすべて見透かすかのようだった。

紗月はその視線に耐えられず、視線をそらして「もちろん、それだけです」

「計算高い女は嫌いだ」

涼介は彼女の顎をつかみ、強制的に彼と目を合わせさせた。「お前の小細工は心の中にしまっておけ。

お前をブルーリーフヴィラで快適に過ごさせることもできるし、桐島市で生きられなくすることもできる」

そう言い終えると、涼介は冷たく彼女を放し、大股で部屋を去った。

紗月はその場に立ち尽くし、彼の背中が廊下の端で消えるのを見送った。

冷たい汗が紗月の背中を濡らしていた。

そのとき、電話が鳴った。

紗月はようやく我に返り、部屋のドアを閉めた。

電話は杏奈からだった。

「透也の授業が終わったわよ。家に送り届けたけど、今家にいないの?」

「杏奈」

紗月は深く息を吸い、「今夜はあかりのそばにいる必要があるの。透也のことを頼んで、どこかに連れて行って食事でもさせてくれる?」

「もちろん!」

電話を切った後、杏奈は手を伸ばして透也の頭を優しく撫でた。「さあ、今日は杏奈おばちゃんが美味しいものを食べさせてあげるよ!」

透也は唇を尖らせ、杏奈の手を避けながら尋ねた。「ママ、今夜は帰ってこないの?」

杏奈は頷いた。「そうみたいだね。

今夜はおばちゃんと一緒に、うちに泊まろうね!」

透也は不満げに口をすぼめ、軽くため息をついた。「僕、可哀想だな」

「この小僧め、私と一緒にいるのに何が可哀想だって?」

杏奈は軽く目を回し、透也を連れて近くのショッピングモールへ向かった。

透也の個人的な品を少し買い揃えた後、彼をモールの最上階にあるレストランへ連れて行った。

レストランに入ると、透也はすぐに隅の席に座っている理恵を見つけた。

透也は唇を引き結び、杏奈を引っ張って理恵の近くの席に座らせた。

理恵は電話で苛立ちをあらわにしていたが、透也の席からはその声がはっきりと聞こえていた。

「まさか、あの事故で紗月が死ななかったどころか、娘まで生んでいたなんて思わなかったわ。

今さら娘を送り返してきたのは、私にまだ生きていると知らせるためで、娘を持っていることを自慢したいんだろう!

自分で戻ってこずに、娘を先兵に送り出すのなら、そのクソガキを潰してやるわ。そうすれば、彼女に一泡吹かせられる。

今日の一発じゃ、そのクソガキにとっては安いもんだわ!」

透也はメニューを握る手が一瞬止まり、その大きな暗い目には冷たさがよぎった。

あかりは今日、叩かれたのか?

どうりで、ママが彼女のそばにいて、今夜は帰らないんだ。

小さな透也は唇を引き結び、そっとポケットに手を入れた。

あかりの復讐は、彼が果たすんだ。

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