第2話

紗希は目に自嘲の色が一瞬よぎった。以前なら傷ついただろうが、拓海と離婚した今となっては、どんな女がここに住もうと自分には関係ない。

紗希は前に進み出た。「こんにちは…」

彼女の言葉が終わらないうちに、その美しい女性は紗希を完全に無視し、ホールを一周歩いて執事に命じた。「カーテンの色がダメね。それにソファも。寝室のベッドも全部私の好きなブランドに変えるわ」

新婚の家に来て好き勝手を言う客を見て、紗希は思わず口を開いた。「あなたは誰？この家は改装する予定なんてないわよ」

「自己紹介するわ。私は小林詩織で、この新居の将来の女主人よ。だから、この別荘の内装は当然私の言うとおりにするわ」

「あなたが詩織さん？」

紗希は心に苦みが広がった。なるほど、拓海が突然離婚を切り出した理由がわかった。詩織が帰ってきたからだ。

運命の人が帰国したら、代用品の自分は身を引くべきだ。

「私のことを聞いたことがあるみたいね。さっさと離婚協議書にサインしなさいよ。あなたは3年間もこの地位を占拠してたんだから、そろそろ本来の持ち主に返すべきでしょ」

紗希は淡々と言った。「そんなに情熱的に言うなら、拓海が交通事故で昏睡状態だった時、なぜ彼と結婚しなかったの？」

あの時、拓海は大事故に遭い、渡辺おばあさんは子孫を残すために女の子を探していた。普段付き合いのあった令嬢たちは皆、逃げるように遠ざかって行った。

当時、紗希は渡辺おばあさんの介護士だった。渡辺おばあさんは彼女にとても親切で、借金の返済まで助けてくれた。紗希は渡辺おばあさんが孫の逝去を見送るのを見たくなかったので、渡辺家に嫁ぐことを承諾した。

彼女も含めた皆は拓海が生き残れないだろうと思って、結婚が単なる形式だと思っていた。しかし、なんと拓海は生き返ったのだ！

それ以来、紗希は渡辺家での位置は微妙になった。何しろ、青阪市一の金持ち渡辺家の息子が普通の介護士を妻に迎えても、冗談にしかならないだろう。

この3年間、彼女の身分は誰にも知られていなかった。

詩織の表情が一瞬こわばった。「それは当時私の兄たちが結婚を止めて、家に閉じ込めたからよ。だから拓海兄さんと結婚する機会を逃してしまった。結果的に、あなたみたいな田舎娘に先を越されてしまった。警告しておくわ。私は大京市の小林家のお姫様で、兄たちは大物だから、もし私と争う気なら、あなたの家族に気をつけたほうがいいわよ」

紗希は顔色が冷たくなった。「私の家族に手を出したら、許さないわ」

「家族の安全を望むなら、大人しく離婚協議書にサインしなさい」

詩織はテーブルの上の離婚協議書を見て心の中で喜んだ。3年待って、やっとこの日が来た。

紗希は落ち着いた様子で答えた。「もう署名したわ」

「分かってるじゃない」

詩織はブランドのバッグから小切手を取り出した。「これは2000万円よ。私個人からのほんの気持ちよ」

紗希の目に嘲笑の色が浮かんだが、受け取ろうとはしなかった。

「少ないって？あなたの元の介護士の給料なら、これは10年分の収入よ。このお金を受け取って、これからは私たちの生活に関わらない。私と拓海兄さんこそが釣り合いのとれたカップルなの。あなたみたいな人は私たちのようなお金持ちとは世界が違うのよ」

紗希は心がまた痛み、慌てて2階の主寝室に戻った。実は詩織が来なくても、今日出ていくつもりだった。

彼女は離婚した以上、ここにいる理由はない。

彼女は荷物をまとめていると、持ち物が悲しいほど少ないことに気づいて、スーツケース一つにも満たない。この3年間は夢のようだった。

紗希はベッドサイドに置いてある妊娠検査の結果を見て、心の中でつぶやいた。「そろそろ終わりにしないとね」

その時、詩織は堂々と主寝室に入って、手には離婚協議書を持っていた。「荷造りは済んだ？」

詩織はベッドサイドテーブルの紙に目をやり、遠目に市立婦人科病院という文字を見て、目に疑問の色を浮かべた。

紗希は素早く妊娠検査の結果を取って丸めた。隣にいた詩織が驚いて口を開いた。「もしかして、あなた妊娠しているの？」