第5話

紗希はこれからベッドで起こることを想像し、吐き気を感じたが、何とか自制した。彼女はクロークに向かい、荷物をまとめ始めた。すぐにスーツケースに荷物が詰められた。

「執事、あのスーツケースはブランド物のようだから、彼女に新しい袋を見つけてあげなさい」

すぐに、執事は汚いビニール袋を持ってきて、彼女の前に投げ捨てた。「これを使え」

紗希はしゃがんでスーツケースを開けると、背後から詩織の声が聞こえた。「後で彼女の荷物をチェックして。手が早い人もいるから、持ち出してはいけないものを持ち出さないように」

この言葉を聞いて、紗希は先ほどの拓海の子供を堕ろせという言葉を思い出した。彼は隣の浴室におり、妊娠検査書が見つかれば、子供を守ることはできないだろう。

執事と詩織はクロークの外で虎視眈々と見ている中、彼女は深く隠した妊娠検査書を見つめ、すぐに決心した。

彼女は背を向け、こっそりと妊娠検査書を細かく引き裂き、口に入れて少しずつ飲み込んだ。クロークにある男の服を見ながら、彼女の心も少しずつ死んでいった。

今日からこの子は渡辺家とは無関係になってしまった。

紗希はビニール袋を引きずりながらクロークを出て、冷たい声で言った。「チェックしますか？」

詩織は口を押さえ、嫌悪感をあらわにした。「早く外で検査させて、ビニール袋は臭くて耐えられないわ」

この後、拓海がシャワーを終えて出てきたら、この女を追い出せなくなると思った。こんなリスクは残せない。

執事は前に出て紗希を押した。「聞こえなかったのか、さっさと出て行け！」

紗希は一人で別荘の玄関まで歩いて、短い時間が永遠のように長く感じられた。

執事は彼女の手からビニール袋を奪い取り、中身を全て地面にぶちまけた。何かを探しているようだった。

しかし、あの妊娠検査書は彼女が飲み込んでしまっていた。

紗希はしゃがみ込んで、地面に散らばったものを拾い集めようとした。

その時、携帯電話が鳴った。

彼女は電話に出ると、伯母の声が聞こえ、突然涙があふれ出した。

彼女はさっきまで詩織に侮辱され、拓海に誤解されても、一滴の涙も流さなかったのに、伯母の声を聞いた途端、急に抑えきれなくなって、声を詰まらせながら、「伯母さん」と呼びかけた。

「紗希、どうして泣いているの？」

「伯母さん、私は離婚しました。また家族がなくなってしまいました」

「馬鹿な子、誰が家族がないなんて言ったの。実は電話をしたのは、この良い知らせを伝えるためよ。あなたの家族が私を見つけたの。あなたには3人の兄がいるのよ。大京市の小林家なの。それに3人のいとこの兄もいる。全部で6人の兄がいて、あなたを探しに来たわ。彼らはあなたの家族よ」

紗希は立ち止まった。「私の家族？」

彼女が孤児であることはずっと前から知っていた。でも、自分の家族を探そうとは思ったことがなかった。両親が自分を望まなかったのなら、探す必要もないと思っていた。

「紗希、泣かないで。早く家に帰りなさい。そんな何とかいう名家なんて要らないわ！じゃなきゃ、あなたのお兄さんたちに来てもらおうか…」

紗希が何か言う前に、携帯電話のバッテリーが切れて電源が落ちた。

彼女の心は乱されていた。本当に家族が見つかったの？

「紗希、また何をしているんだ？」

その時、拓海が大きなバスローブを着て、ホールから出てきた。親切心から数日滞在するように言ったのに、彼がシャワーを浴びている間に、彼女は荷物をまとめて出て行こうとしていた。