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第248話

拓海は冷たい表情のまま、細い目で詩織を見つめた。

「どんな手段を使ったのか、お前がよく分かっているはずだ。詩織、今回は北兄さんのために、今回は見逃してやってくれ」

男はそう言い捨てて立ち去った。

詩織は納得できずに追いかけた。

「拓海、あなたが何を言っているのか分からないわ。私が何をしたというの?北兄さんに渡辺おばあさんの手術をしてもらうように頼んだだけなのに、それが間違いだったの?」

拓海は立ち止まり、冷たい目つきで言った。

「お前の北兄さんはそうは言っていなかったぞ」

詩織はその場に立ち尽くし、心には大きな不安が広がった。

北兄さんがそう言っていないとはどういうことだ?

北兄さんは拓海に、自分のために渡辺おばあさんの手術をしに来たわけではないと言ったのだろうか?

彼女が着替えて降りてきた後、ホールに誰もいなかった。

その短い間に、北兄さんが拓海に何か言ったのだろうか?

詩織は、北兄さんが自分のためではなく手術をしに来たのなら、誰のためなのか理解できなかった。

そんなはずがない!

美蘭も慌てて近づいてきた。

「詩織、本当に申し訳ない。私は家に帰ったら拓海をしっかり叱るわ。今日の婚約は私の心の中では有効だから、心配しないで」

詩織は無理に表情を作って言った。

「おばさん、私は着替えてきます」

彼女は拓海との結婚を望んでいたが、その場で拒絶されて少し動揺した。

彼女も小林家のお嬢様で、普通の身分ではなかったからだ。

しかし、同時になぜかほっとした気分にもなった。

平野兄さんは、今回拓海と結婚したら養子縁組解消の契約書にサインするよう言っていたが、拓海が婚約を取り消した今、とりあえずは契約書にサインしなくてもいいのではないかと考えたからだ。

詩織は目に暗い色を浮かべ、一体何が起こったのか必ず突き止めようと決意した。

全てが順調だったのに、突然問題が起きた。

紗希はスタジオに来て、風間を見た。

「先輩、行こう」

「紗希、大丈夫か?お前を心配してたよ」

「私は大丈夫です」

紗希は少し無理して笑った。

「でも今回の注文は無駄になってしまいそうです。損失は私の口座に計上してください」

「紗希、そんなこと言うなよ。我々のスタジオは一つの大家族みたいなもんだ。一緒に向き合うべきだよ。お前一人に負担させるわけがない」

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