第21話

拓海は母の言葉を遮った。「先に食事をしましょう」

渡辺おばあさんは紗希に向かって笑みを浮かべた。「あなたの大好きなスープを用意したわ。拓海、早く紗希に椀一杯注いでやりなさい」

紗希はまぶたが跳ねそうになり、自分でお玉を取ろうとしたが、隣の男の方が早く、長くて綺麗な手で彼女の椀を取った。

彼女は目の前に置かれた乳白色のスープを見て、突然食欲がなくなった。

美蘭は冷ややかに鼻を鳴らした。「どうしたの？私の息子が直々に注いでくれたスープを、文句でもあるの？」

渡辺おばあさんは心配そうに彼女を見た。「紗希、好きじゃないの？」

「いいえ、おばあさん。私はとても好きです」

紗希は椀を持ち上げたが、隣からの無視できない視線を感じた。彼女は魚のスープの香りを嗅ぐと、思わず眉をひそめた。

彼女はそれでも我慢して一口飲んだが、二口目は喉を通らなかった。

数秒後、紗希は椀を置いて、少し吐き気を催した。

以前、彼女はこの魚のスープが大好きだったのに、今日は飲めなくなってしまったのがおかしい。

渡辺おばあさんはとても喜んで言った。「紗希、もしかして妊娠したんじゃないの？」

その言葉が言った後、二つの信じられない視線が彼女に注がれた。

紗希は目を見開き、少し慌てた。おばあさんはどうして分かったの？

この驚きに、紗希は口を押さえてトイレに駆け込み、魚のスープを全部吐き出した。

彼女は胃酸まで吐き出した気がして、とてもつらかったのが感じた。

紗希はティッシュを取ろうと手を伸ばす時、誰かがティッシュを差し出して、急いで口元を拭った。「あの、ありがとう...」

彼女は振り返って後ろに立っている男を見たとき、残りの言葉が飲み込まれた。

彼女は心虚になって目を伏せた。「最近ストレスが大きくて、少し風邪を引いたみたい」

言い終わった後、頭上から男の低い声が聞こえた。「風邪なら、家庭医師に診てもらおう」

紗希は心臓が急に速くなり、慌てて言った。「ちょっとした風邪で、診てもらう必要はなくて、数日経てば自然に良くなるわ」

「そうか？」

男は一歩前に出て、彼女を洗面台の前に追い詰め、彼女には逃げ道がなかった。

紗希は目を伏せ、彼の首にかかった青いストライプのネクタイを見て、彼がこのネクタイをしていたのが分かった。

「紗希、俺を見ろ」

彼女はゆっくりと顔を上げたが、男は彼女の顎を掴み、強引な動作で、暗い目で審査するように見つめた。「何か隠していることがあるのか？」

紗希は息を呑んだ。「渡辺さん、何が聞きたいの？」

渡辺さん？

彼女は以前、おとなしく慎重に拓海と呼んでいた。やはり新しい恋人ができたら、随分と大胆になったようだった。

男は身を乗り出し、怒りを含んだ目で言った。「俺が何を聞くと思ったんだ？」

紗希はゆっくりと手を閉じ、冷静さを保とうとした。「本当に妊娠していないわ。信じられないなら...」

「なぜ信じない？」

彼女は驚いて、彼の複雑な目を見上げ、少し理解できなかった。

彼はいつからこんなに自分を信じるようになったのだろう？

拓海は薄い唇に嘲りを浮かべた。「昨夜まで男といた。もし本当に妊婦なら、一晩中の激しさで、子供が持つわけがないと思った」

紗希の顔から血の気が引き、さっきのほんの一瞬、拓海が自分を信じていると思ったが、やはり自分の思い込みだった。

彼女は目を伏せ、目の奥の失望を隠した。

男の声が頭上から聞こえた。「話せよ。後ろめたいのか？昨夜、誰と一緒にいたんだ？」

紗希は少し安心して、子供の存在を疑っていないだけでも良かった。彼女は冷ややかに言った。「私たちが離婚したので、私が誰と一緒にいるかは、あなたに報告する必要はないでしょう」

拓海はイライラしてネクタイを引っ張った。「紗希、どの言葉が本当で、どの言葉が嘘なんだ？最初は俺のことが好きだから結婚したと言っていたのに、どうしたこんなに早く心変わりしたんだ？」