1ヶ月後。 病室の入り口に座る日向桃は手元にある診療費請求書を呆然と眺めていた。 ホテルを出たその日以来、彼女は仕事をやめた。その夜の出来事が彼女の心に影を落としたのだ。 しかし、仕事を失ったため、元々辛い生活はさらに困難になってしまった。 しばらくしてから、日向桃は立ち上り「今ここで時間を無駄にするわけにはいかなかった。新しい仕事を早く見つけなければ」と考えた。 だが、病院の出口に着いた途端に、すごくなじみのある姿が目に入ってきた。 父親の日向明だった。 日向桃は思わず拳を強く握りしめた。母親が病気になってから、彼女はこの男に頼ったことがないわけではなかったがが、結局家から追い出された。 あの時、父親の冷酷な目つきは今でも日向桃の記憶に新しい。そのため、今日彼がやってきたのは自分と母親を心配しているからだとは思えなかった。 「日向さん、何かご用ですか?」 日向桃は母親の病室に進もうとした父親を止めた。今、療養中の体調が悪い母親を他の人に邪魔されたくないと考えていたのだ。 娘から自分に対する呼び方を聞いた日向明は、表情が暗くなったが、今日やらなければならないことを思い出して、彼は極力怒りを抑え込んだ。 「桃ちゃん、パパが来たのは良い知らせがあるからだ。実はお見合いがある。相手は名門の菊池家のお坊ちゃんだ。特に、その三男である菊池雅彦さんは才能溢れる若者だよ…」 日向明はきれいごとばかりしていたが、日向桃は目を細めてまったく信じなかった。「そんなに良いことが、簡単に降ってくると思ってるんですか?」 彼女は自分をちゃんと弁えていて、棚から牡丹餅があるとは思わなかった。 それを聞いて、日向明は気まずい思いで話を終わりにした。確かに、日向明の言ったことは間違っていない。その菊池家の三男はすごく優秀な男で、多くの少女にとっては王子様のような存在だが、それはもはや交通事故に遭った前の話だった。 半月前、突然の事故に巻き込まれた菊池雅彦は、命は助けられたが、植物状態となってしまった。 医者によると、意識回復の可能性はあるが、生ける屍のように一生をベッドで過ごす可能性もある。 そのため、菊池家は菊池雅彦に結婚式を挙げさせたりして厄払いをし、病気を回復させようとした。いろいろと選択した末、最終的に日向家を選ん
ベッドに横になっているその男は、目を閉じていて、顔が若干青白いが、彼の完璧とも言える顔には何ら影響が及んでいなかった。植物状態ではなく、まるで童話の中の王子様が眠っているかのように見えた。 日向桃は面食いではないが、菊池雅彦を何度も見ないではいられなかった。見ているうちに、彼の青白い手の甲には多くの針穴が残っているのに気づいた。 それを見ると、彼女は一瞬茫然としてしまった。これまで病気と苦しく戦ってきた母親の姿を思い出した。 こんなに優秀な男が、交通事故に遭わなければ、まさに高嶺の花のような存在だった。さもなければ、日向家でちっぽけな存在である日向桃に、結婚の話が回ってくるなんてありえなかった。 菊池雅彦と日向桃は境遇が似ていた。 そう考えると、日向桃は目の前にいる男に対して同情する気持ちが少しずつ芽生え、顔の表情も徐々に柔らかくなってきた。 菊池永名は日向桃の表情の変化を見逃さなかった。今日、彼女を連れてきたのは彼女の本当の思いを探るためだった。 もし嫌悪感を持っていたら、菊池雅彦を見るその一瞬の反応は隠し通すことはできなかったのだ。 彼女の様子をみると、菊池永名は息子のために正しい選択をしたようだ。「うちの雅彦のことについて、多少聞いたことがあるだろう。もし何か迷いや不満があれば、率直に言ってくれ。こっちは無理にやらせるつもりはないから、うちの嫁さんになると約束したら、後悔するようなことはさせない」 菊池永名の話を聞いた日向桃は菊池雅彦から目をそらし、ためらうことなく首を振った。「お父様、約束した以上、後悔するつもりはありません。今後、妻として雅彦さんの面倒を見る責務を誠実に果たします」 意外な出来事で貞操を失った彼女は、もはや愛情に憧れを抱かなくなってしまった。その代わりにここで妻として菊池雅彦の世話をしたほうがいいと考えた。 少なくとも、それで母親に最良の治療を受けさせることができるのだ。 菊池永名は日向桃をじっくりと見つめ、彼女の目が真摯であることを確認し、安心した。「了承してくれるならば、これから桃さんは雅彦の妻となる。彼の食事や日常の世話をちゃんとしてあげてくれ。後ほど他の者が注意すべき点を教える。」 言い終わると、菊池永名はその場を去っていった。 しばらくしてから、二人やってきた。 一
今後の注意点を教えてから、使用人は下がっていった。日向桃はベッドに横たわる菊池雅彦を見つめ、しばらくためらった後、心の恥ずかしさを克服して彼の服を一枚一枚脱がせた。 現在、菊池雅彦は意識不明の状態だが、体のスタイルは依然として素晴らしい。事故の時に残った傷跡を除けば、長身でしっかりと筋肉がついたボディだ。まさに見る人を魅了するほどだ。 日向桃は湿ったタオルを手に取り、男の肌を少しずつ拭き始めた。しかし、菊池雅彦の身に残された唯一の下着で手が止まった。どうしてもその下着を脱がせる勇気が出せなかったのだ。 先ほどの使用人の話が、再び日向桃の頭に浮かんできた。もし菊池雅彦が一生目を覚まさなかったら、恐らく雅彦のために跡継ぎを産むことになるだろう。 しかし、この状態でどうすれば良いだろう? 目の前の男は筋肉もスタイルも素晴らしいが… 小さな声でつぶやいた後、彼女は感電したかのようにさっさとベッドから離れた。 あまりにも慌てていたため、日向桃は元々緩んでいた男の手が知らぬ間に握りこぶしになったことに気づかなかった。 トイレに駆け込んだ日向桃は、冷たい水で顔を洗い、自分を落ち着かせようとした。ただ、顔を洗いながらも、さっきの変な思いは消えることはなかった。 ベッドに戻った後、まだ未完成だった全身清拭をやり続けるのは気が引けたため、早速菊池雅彦に服をちゃんと着せた。 夜の帳が下りた。 一日中忙しく動き回った日向桃は、すっかり疲れ果ててしまった。彼女は体を丸めてベッドの端で眠りについた。 深夜、寒さを感じた日向桃は、知らず知らずのうちに対面に横たわる菊池雅彦に近づいた。菊池雅彦の温かさを感じながら、彼女はぐっすりと眠った。 …菊池雅彦は夢を見た。夢の中で、彼は再びあの一晩に戻った。抱いていたその女の子はいい匂いがして、可愛い様子が彼を完全に惚れさせるほどだった。 真夜中に無理やり起こされた日向桃が目を開けると、誰かに後ろからしっかりと抱きしめられているように感じた。そして、彼女の服もいつ脱げたのかわからなかった。 日向桃はこの予想外の出来事にあっけにとられた。 もしかしたら、夫の菊池雅彦が植物人間であることを知った誰かが、彼女を狙っているのか? その悲惨な一晩の記憶が蘇り、彼女は全力を尽くして後
その馴染みのある声を聞いた菊池永名は、菊池雅彦のいる部屋のほうをぼんやりと見つめ、自分の目を疑った。 日向桃は振り返ると、立ち上がって外に出てきた菊池雅彦を目にした。 さっき彼女を抱きしめたのは、まさか菊池雅彦だったのか? 驚きのあまりに呆然とした日向桃は、夫がこんなに早く目を覚ますとは思わなかった。 菊池雅彦が日向桃のほうをチラッと一瞥した。そして、驚愕の表情を浮かべた菊池永名を見た後、彼は顔にやわらかな微笑みを浮かべた。「覚めました。お父様、この間、ご心配をかけました」 菊池永名はまるで夢から覚めたばかりのように、震えながら息子のところに駆け寄り、手を出して菊池雅彦の体を触った。息子が無事であることを確認してから、彼は嬉しさのあまりに泣き出した。 「目を覚まして良かった、良かった!」 菊池雅彦は手で菊池永名を支えながら、「お父様、もう大丈夫です。安心してください」と慰めた。 そして、横に立って困った日向桃を見た菊池雅彦は、「この女性は誰ですか?どうして私の部屋に入ってきたのですか」と尋ねた。 彼の部屋には関係のない人、特に女性は絶対に入ってはいけなかった。 さっきの出来事で、目を覚ましたばかりの菊池雅彦はカチンときた。だから、彼の口調は非常に冷たかった。 菊池永名は日向桃を見て、さっきは彼女を誤解していたことを知った。「話せば長くなるが、書斎で詳しく話そう。桃さん、先に部屋に戻ってくれ」 自分の父親がこの女性に対する親切な言い方を聞いて、菊池雅彦が一層冷たくなった目線で日向桃を見つめた。 彼の視線に触れた瞬間、日向桃は言葉で言い表せないほどの寒さを感じた。菊池雅彦が自分に対して大きな敵意を抱いていることを感じ取った。 しかし、このような事態になると、日向桃は自分の運を天に任せるしかなかった。菊池雅彦の冷たい視線に耐えながら、部屋に戻っていった。 日向桃の後ろ姿が視界から消えた後、菊池雅彦は菊池永名の後ろに続いて書斎に向かった。 菊池永名は簡潔な言葉でこの間に起こったことを息子に全部教えた。最後に日向桃のことに言及した。「桃さんはおまえの妻だ」 それを聞いて、菊池雅彦は落ち着いていた顔色を瞬時に変えた。 彼の眉が一瞬にしてしかめられ、目には隠せない嫌悪を
菊池雅彦の真面目な顔を見た菊池永名は最終的に頷いた。「では、約束しよう。もし本当に気に入った女性を連れてきたら、桃さんと離婚してもいい」 話を終えると、菊池雅彦は直ちに自分の部屋に戻っていった。菊池永名は彼の後ろ姿を見送りながらため息を何度かついた。 その場面を見て、執事が「旦那様、心配なさらないでください。お嬢様は優しくて純粋であるため、一緒に過ごすうちに雅彦様はお嬢様の良さに気づくでしょう。それから愛情は知らず知らずのうちに芽生えていくのでしょうね」と話した。 それを聞いて、菊池永名は軽くうなずいた。 そうなってくれればいい。 … 菊池雅彦が書斎に行った後、日向桃は一晩しか泊まっていない「新しい部屋」に戻った。 菊池雅彦の冷たい目つきを思い出すと、彼女は思わず心配になった。 あの男は自分に抵抗感を持っているようだ。もしかしたら、離婚を考えているのかもしれなかった。 離婚のことが胸中をかすめると、日向桃は少しイライラしていた。菊池雅彦から離れたくないわけではなかった。菊池雅彦と結婚して一日しか経っていないのに離婚するなんて、日向明は決して許さなかった。 そして、母親はつい最近一番いい病院に転院したばかりで、再び送り返すのは無理だった。 しかし、菊池家のような名門は女性の名誉を非常に重視していた。ここに居続けて、彼女がすでに貞操を失っていることがいつかばれたら、菊池家を怒らせるかもしれなかった。 板挟みの状況で、日向桃は服の裾をしっかりと握りしめ、額から気づかぬうちに汗が滴り落ちてきた。 居ても立ってもいられない時に、突然、閉ざされていたドアが開かれた。 部屋に入ってきた菊池雅彦は、横に座っている緊張した日向桃を見て、眉をひそめた。やや嫌悪の表情が顔に浮んできた。 「お前、ここでじっとしていられるのか」 この男の前で、日向桃は胸が締め付けられるように感じた。たが、今は緊張している場合ではなかった。彼女は急いで立ち上がり、無理やりに微笑みを浮かべた。「雅彦さん…」 菊池雅彦はあざけるように口をゆがめた。「お前、何を笑っている。目を覚ましたこの僕を見て、喜んでいるのか。菊池家のお嬢様の座につけると思っているのか」 日向桃はすぐ首を横に振った。菊池雅彦の態度からみると、日
目を開けると、自分は菊池雅彦に壁に押し付けられていた。 菊池雅彦は日向桃の顎をしっかりと掴み、彼女の顔を持ち上げた。すると、二人の視線がぶつかり合うことになった。「父親が僕のために選んだ奥さんが一体どんな女性なのか興味津々だったが、まさか金当てのやつだとは」 男の話方は皮肉交じりで、指の力も日向桃に自分の顎が押し潰されると感じさせるほど強かった。 強い痛みで日向桃の目には涙が浮かんだが、涙を流さないようにした。「その通りです。私は金当ての女で、お金には目がないんです。だから、お金さえくれれば、この嫌な私はあなたの生活から永遠に姿を消すことができます」 その返答を聞いた菊池雅彦は、少し驚愕した。自分の前でお金に対する欲望をこういうふうに率直に表す女性を一度も見たことはなかったのだ。 普通お金が欲しいとしても、他の女は直接的に言わないものだ。 目の前に立っているこの女は本当に特別な存在だ――スノビズムとは程遠いやつだった。 そう考えながら、菊池雅彦は「そうか、じゃあ、こんなにお金が欲しいと思うなら、さっきお前の言ったことを確認するよ」と揶揄した。その一瞬間、日向桃は非常に困惑していたが、ぱっと両手を掴まれて、情けなくベッドに投げつけられた。「あなた…何をするつもり?」 びっくりした日向桃は後ずさりしようとしたが、菊池雅彦は彼女の足首を引っ張ったため、逃げ出せなかった。 「さっき、潔白な未婚者から寡婦になったから、補償金がほしいと言ってただろう。じゃあ、お前の要求に応じないわけにはいかない」 言い終わると、菊池雅彦は彼女にゆっくりと近づいていった… 彼は皮肉な笑みを浮かべながら、日向桃の肌の白い首筋に近づいた。けれど、想像していたような嫌悪感はなく、彼女の香りから言葉で言い表せない懐かしさを感じ取った。 潔白且つ清新で、まるであの日の女性が与えてくれた感覚のようだ… その瞬間、彼はただこのわがままな女を怖がらせようとしていたが、知らず知らずのうちに彼女の体に近づいてしまった。 壁に押さえつけられた日向桃は、まったく身動きが取れなかった。彼女は目を閉じて前を見ないようにした。そして、体が緊張し過ぎて硬直してしまった。最後に、日向桃は「お金はもういらない。許してください!すぐ離れます」と叫んだ。 彼女はやっ
「さきほど父親がお前のことを話してくれた。僕がお前を妻として認めないなら、決して許さないと言ってた。また、離婚も望ましくないと。お前、さんざんお父様を騙してたようだな」 彼の話を聞いて、日向桃は眉を少しひそめた。 お義父様がそんなことを言ったなんて… しかし、さっきの出来事で、彼女はこの気まぐれな男と一緒に暮らすことに抵抗感を持ち始めた。やはり菊池家を離れたほうがいいと考えた。 「それでは、お義父様と相談します。安心してください、離婚を提案したのはあなたではなく、こちらですので」 落ち着いてきた日向桃は、背中をみせて淡々とした口調で話した。 菊池雅彦は彼女を興味深く見つめた。人を見る目はあるが、その一瞬で彼女の心を読み取るのは難しいと感じた。 罠を仕掛けるつもりなのか、それとも、計画がうまくいかないことを知って、諦めたのか? 日向桃は早速菊池永名に事情をちゃんと説明したいと思い、外に歩いていった。それを見て、菊池雅彦は彼女の腕をつかんだ。 「待って、取引してくれないか。約束できれば、金はいくらでも払える」腕を掴まれた瞬間、日向桃はさっき男に手荒く扱われたことを思い出して、彼の手を振り放したいと思ったが、結局できなかった。 菊池雅彦が手を放さないので、日向桃はやむを得ず「どんな取引ですか?」と聞いた。 「お父様は年を取っていて、早く結婚して安定してほしいと常に口にしてる。こんなことで心配させたくないから、お前はここに居続けてもいい。生活費はこっちが負担する。ただし、僕が理想の結婚相手を見つけたら、さっさと離婚しろ。その際に一括で5000万の補償金を与える」 最初に、この男が傲慢で無礼極まりないと感じていた日向桃は、強い抵抗感を持っていたが、5000万という魅力的な数字を聞いて、彼女はなかなか「ノー」と言えなかった。 菊池家一族の普段の行いについて、日向桃はよくわかっていた。彼らが約束を反故にして、母親の高額な治療費用を負担してくれなくなるかもしれなかった。その時、彼女はいくら働いても、治療費用を賄えないだろう。 しかし、5000万あれば… ほんの少し迷った後、彼女は菊池雅彦に向かって「わかりました。約束します」と言った。 「それはよかった。でも、言葉だけでは信用できない。さっき言った
日向桃の澄んだ目に強い決意が見えてきた。この契約は彼女を心動かせるものであったが、自分の体をこの男性に売り渡すことはしたくなかった。 珍しく言葉につかえた菊池雅彦は、しばらく沈黙した後、「心配するな、頼まれたとしても、お前のような女に絶対触れたくはない」と話した。 彼の侮辱を気にしない日向桃は「それが一番ですね」と笑った。 彼女はさっきの内容を契約書に書き加え、また署名してから菊池雅彦に手渡した。 彼女の字は、お金に目がないイメージとは全く異なり、非常に綺麗に書かれていた。 美しく整った字で、苦労して練習した成果だと一目でわかった。 しかし、菊池雅彦はその思いをすぐに頭から消し去って、日向桃の署名の横にサインしてからその契約書をしまった。 その後、彼はブラックカードを一枚取り出して、日向桃の前に置いた。 「これから、このカードはお前のものだ。限度額に制限はない」 一連の出来事で、日向桃はためらいなく平然とそれを受け取った。「安心してください。お金が手に入った以上、あなたの要求にしっかりと応じます」 菊池雅彦は唸り声を上げ、彼女と話を続ける気はまったくなかった。 彼は腕時計を見て、目が覚めたのは深夜だったため、夜明けまで数時間しかないと気づいた。 植物状態から回復したばかりだった彼は少し疲れを感じていた。「休みたくなった。お前はどこで寝るか自分で決めろ。家族に異変を感じさせないようにしてくれ」 すると、菊池雅彦は堂々と部屋にあるその大きなベッドに入っていった。 日向桃は何も言わなかった。何と言っても、お金を払った方が偉い態度を取ってもいいと彼女は思ったのだ。 カサカサと物音が聞こえた後、部屋の明かりが消え、もとの静寂に戻った。 菊池雅彦はこの女がベッドを少し譲ってくれるように要求するだろうと思っていたが、結局彼女は何も言わなかった。菊池雅彦はこっそりと起き上がり、床に敷かれた布団に入った日向桃を見た。 細身を丸めて、わずかなスペースしか使っていなかった。誰にも迷惑をかけないように静かに寝ていた。 菊池雅彦の心には些かに異なった感覚が生まれた。日向桃にさきほど身体上の接触をしたくないと言われたが、ただの焦らし作戦であると思っていた。 しかし、今のところを見ると、彼女の話は噓ではないだろう。