菊池雅彦の真面目な顔を見た菊池永名は最終的に頷いた。「では、約束しよう。もし本当に気に入った女性を連れてきたら、桃さんと離婚してもいい」 話を終えると、菊池雅彦は直ちに自分の部屋に戻っていった。菊池永名は彼の後ろ姿を見送りながらため息を何度かついた。 その場面を見て、執事が「旦那様、心配なさらないでください。お嬢様は優しくて純粋であるため、一緒に過ごすうちに雅彦様はお嬢様の良さに気づくでしょう。それから愛情は知らず知らずのうちに芽生えていくのでしょうね」と話した。 それを聞いて、菊池永名は軽くうなずいた。 そうなってくれればいい。 … 菊池雅彦が書斎に行った後、日向桃は一晩しか泊まっていない「新しい部屋」に戻った。 菊池雅彦の冷たい目つきを思い出すと、彼女は思わず心配になった。 あの男は自分に抵抗感を持っているようだ。もしかしたら、離婚を考えているのかもしれなかった。 離婚のことが胸中をかすめると、日向桃は少しイライラしていた。菊池雅彦から離れたくないわけではなかった。菊池雅彦と結婚して一日しか経っていないのに離婚するなんて、日向明は決して許さなかった。 そして、母親はつい最近一番いい病院に転院したばかりで、再び送り返すのは無理だった。 しかし、菊池家のような名門は女性の名誉を非常に重視していた。ここに居続けて、彼女がすでに貞操を失っていることがいつかばれたら、菊池家を怒らせるかもしれなかった。 板挟みの状況で、日向桃は服の裾をしっかりと握りしめ、額から気づかぬうちに汗が滴り落ちてきた。 居ても立ってもいられない時に、突然、閉ざされていたドアが開かれた。 部屋に入ってきた菊池雅彦は、横に座っている緊張した日向桃を見て、眉をひそめた。やや嫌悪の表情が顔に浮んできた。 「お前、ここでじっとしていられるのか」 この男の前で、日向桃は胸が締め付けられるように感じた。たが、今は緊張している場合ではなかった。彼女は急いで立ち上がり、無理やりに微笑みを浮かべた。「雅彦さん…」 菊池雅彦はあざけるように口をゆがめた。「お前、何を笑っている。目を覚ましたこの僕を見て、喜んでいるのか。菊池家のお嬢様の座につけると思っているのか」 日向桃はすぐ首を横に振った。菊池雅彦の態度からみると、日
目を開けると、自分は菊池雅彦に壁に押し付けられていた。 菊池雅彦は日向桃の顎をしっかりと掴み、彼女の顔を持ち上げた。すると、二人の視線がぶつかり合うことになった。「父親が僕のために選んだ奥さんが一体どんな女性なのか興味津々だったが、まさか金当てのやつだとは」 男の話方は皮肉交じりで、指の力も日向桃に自分の顎が押し潰されると感じさせるほど強かった。 強い痛みで日向桃の目には涙が浮かんだが、涙を流さないようにした。「その通りです。私は金当ての女で、お金には目がないんです。だから、お金さえくれれば、この嫌な私はあなたの生活から永遠に姿を消すことができます」 その返答を聞いた菊池雅彦は、少し驚愕した。自分の前でお金に対する欲望をこういうふうに率直に表す女性を一度も見たことはなかったのだ。 普通お金が欲しいとしても、他の女は直接的に言わないものだ。 目の前に立っているこの女は本当に特別な存在だ――スノビズムとは程遠いやつだった。 そう考えながら、菊池雅彦は「そうか、じゃあ、こんなにお金が欲しいと思うなら、さっきお前の言ったことを確認するよ」と揶揄した。その一瞬間、日向桃は非常に困惑していたが、ぱっと両手を掴まれて、情けなくベッドに投げつけられた。「あなた…何をするつもり?」 びっくりした日向桃は後ずさりしようとしたが、菊池雅彦は彼女の足首を引っ張ったため、逃げ出せなかった。 「さっき、潔白な未婚者から寡婦になったから、補償金がほしいと言ってただろう。じゃあ、お前の要求に応じないわけにはいかない」 言い終わると、菊池雅彦は彼女にゆっくりと近づいていった… 彼は皮肉な笑みを浮かべながら、日向桃の肌の白い首筋に近づいた。けれど、想像していたような嫌悪感はなく、彼女の香りから言葉で言い表せない懐かしさを感じ取った。 潔白且つ清新で、まるであの日の女性が与えてくれた感覚のようだ… その瞬間、彼はただこのわがままな女を怖がらせようとしていたが、知らず知らずのうちに彼女の体に近づいてしまった。 壁に押さえつけられた日向桃は、まったく身動きが取れなかった。彼女は目を閉じて前を見ないようにした。そして、体が緊張し過ぎて硬直してしまった。最後に、日向桃は「お金はもういらない。許してください!すぐ離れます」と叫んだ。 彼女はやっ
「さきほど父親がお前のことを話してくれた。僕がお前を妻として認めないなら、決して許さないと言ってた。また、離婚も望ましくないと。お前、さんざんお父様を騙してたようだな」 彼の話を聞いて、日向桃は眉を少しひそめた。 お義父様がそんなことを言ったなんて… しかし、さっきの出来事で、彼女はこの気まぐれな男と一緒に暮らすことに抵抗感を持ち始めた。やはり菊池家を離れたほうがいいと考えた。 「それでは、お義父様と相談します。安心してください、離婚を提案したのはあなたではなく、こちらですので」 落ち着いてきた日向桃は、背中をみせて淡々とした口調で話した。 菊池雅彦は彼女を興味深く見つめた。人を見る目はあるが、その一瞬で彼女の心を読み取るのは難しいと感じた。 罠を仕掛けるつもりなのか、それとも、計画がうまくいかないことを知って、諦めたのか? 日向桃は早速菊池永名に事情をちゃんと説明したいと思い、外に歩いていった。それを見て、菊池雅彦は彼女の腕をつかんだ。 「待って、取引してくれないか。約束できれば、金はいくらでも払える」腕を掴まれた瞬間、日向桃はさっき男に手荒く扱われたことを思い出して、彼の手を振り放したいと思ったが、結局できなかった。 菊池雅彦が手を放さないので、日向桃はやむを得ず「どんな取引ですか?」と聞いた。 「お父様は年を取っていて、早く結婚して安定してほしいと常に口にしてる。こんなことで心配させたくないから、お前はここに居続けてもいい。生活費はこっちが負担する。ただし、僕が理想の結婚相手を見つけたら、さっさと離婚しろ。その際に一括で5000万の補償金を与える」 最初に、この男が傲慢で無礼極まりないと感じていた日向桃は、強い抵抗感を持っていたが、5000万という魅力的な数字を聞いて、彼女はなかなか「ノー」と言えなかった。 菊池家一族の普段の行いについて、日向桃はよくわかっていた。彼らが約束を反故にして、母親の高額な治療費用を負担してくれなくなるかもしれなかった。その時、彼女はいくら働いても、治療費用を賄えないだろう。 しかし、5000万あれば… ほんの少し迷った後、彼女は菊池雅彦に向かって「わかりました。約束します」と言った。 「それはよかった。でも、言葉だけでは信用できない。さっき言った
日向桃の澄んだ目に強い決意が見えてきた。この契約は彼女を心動かせるものであったが、自分の体をこの男性に売り渡すことはしたくなかった。 珍しく言葉につかえた菊池雅彦は、しばらく沈黙した後、「心配するな、頼まれたとしても、お前のような女に絶対触れたくはない」と話した。 彼の侮辱を気にしない日向桃は「それが一番ですね」と笑った。 彼女はさっきの内容を契約書に書き加え、また署名してから菊池雅彦に手渡した。 彼女の字は、お金に目がないイメージとは全く異なり、非常に綺麗に書かれていた。 美しく整った字で、苦労して練習した成果だと一目でわかった。 しかし、菊池雅彦はその思いをすぐに頭から消し去って、日向桃の署名の横にサインしてからその契約書をしまった。 その後、彼はブラックカードを一枚取り出して、日向桃の前に置いた。 「これから、このカードはお前のものだ。限度額に制限はない」 一連の出来事で、日向桃はためらいなく平然とそれを受け取った。「安心してください。お金が手に入った以上、あなたの要求にしっかりと応じます」 菊池雅彦は唸り声を上げ、彼女と話を続ける気はまったくなかった。 彼は腕時計を見て、目が覚めたのは深夜だったため、夜明けまで数時間しかないと気づいた。 植物状態から回復したばかりだった彼は少し疲れを感じていた。「休みたくなった。お前はどこで寝るか自分で決めろ。家族に異変を感じさせないようにしてくれ」 すると、菊池雅彦は堂々と部屋にあるその大きなベッドに入っていった。 日向桃は何も言わなかった。何と言っても、お金を払った方が偉い態度を取ってもいいと彼女は思ったのだ。 カサカサと物音が聞こえた後、部屋の明かりが消え、もとの静寂に戻った。 菊池雅彦はこの女がベッドを少し譲ってくれるように要求するだろうと思っていたが、結局彼女は何も言わなかった。菊池雅彦はこっそりと起き上がり、床に敷かれた布団に入った日向桃を見た。 細身を丸めて、わずかなスペースしか使っていなかった。誰にも迷惑をかけないように静かに寝ていた。 菊池雅彦の心には些かに異なった感覚が生まれた。日向桃にさきほど身体上の接触をしたくないと言われたが、ただの焦らし作戦であると思っていた。 しかし、今のところを見ると、彼女の話は噓ではないだろう。
菊池雅彦が彼女を呆然と見つめるうちに、朝の時間が過ぎ去ってしまった。本をめくる音を聞いて、菊池雅彦はやっと意識を取り戻した。 さっきこの女をずっと見つめていたことに気づき、彼は顔に皮肉っぽい笑みを浮かべた。 この下品でお金に目がない女が、わざわざ朝早く起きて本を読むのは、この私の見方を変えさせたいのか? 本当に退屈な芝居だ。 菊池雅彦はにやついた顔でベッドから出て、直接バスルームに向かって身支度を整えた。 物音を聞いた日向桃は、菊池雅彦が目を覚ましたと分かった。もしかして彼の机を使ったことで、不快に思わせたのか。 彼女はできるだけ考えすぎないようにした。今、母親の治療費用は全部菊池雅彦からもらったものだ。日向桃は急いで机の上の本を片付け、礼儀正しく席についた。 しばらくして、バスルームから出てきた菊池雅彦は、片付けを終えた日向桃を見ると、「食事に行け」とゆっくりと言った。 日向桃は菊池雅彦の後ろについて、二人でダイニングルームに向かった。そこで、菊池永名はすでに種類豊かな朝食を用意していた。 穏やかな表情で部屋から出てきた二人を見て、菊池永名は笑顔で頷いた。「桃さん、よく眠れたか?雅彦は桃さんをいじめたりはしなかったか?」 それを聞いて、菊池雅彦は彼女をちらりと見た。その目線を感じた日向桃はすぐに首を横に振った。「いいえ、そんなことはありません。私は大丈夫です。」 昨夜、床に寝ていたため、彼女は腰と背中が痛く感じた。だが、菊池雅彦からお金を受け取ったため、彼女は昨夜のことを明かさなかった。 「それはよかった。これから、雅彦が桃さんをいじめたら、私に教えてくれ。叱ってやるから。」 それを聞いて、日向桃は軽く微笑んだ。みんな気楽な雰囲気で朝食を済ませた。 食事の後、菊池雅彦はお父様と相談するために書斎に行った。 「お父様、私が植物状態から目覚めたことについて、うち以外の人に知られないようにしてほしいです」 「え?何か考えがあるか?」 「今回の事故は普通の交通事故ではないと私は思ってます。現状を維持することで、真の容疑者らを油断させられれば、あいつ等は尻尾を出すかもしれないです」 顔が曇ってきた菊池雅彦は、長年にわたり諸名門の間で活躍していた。そのため、逆走のトラックに衝突した今回の事故は、単
「はい、わかりました」 二つ返事で引き受けた日向桃は、男の視線から急いで姿を消した。 菊池家を出た後、誰もついてこないことを確認すると、彼女は溜息を深くついた。 菊池雅彦は気まぐれで付き合いにくい人物だが、母親のためには、何としても我慢しなければならないのだ。 … 日向桃はバスで病院に向かい、母親が入院している病室を見つけた。中に入ると、親友の美乃梨が母親の世話をしていた。だいぶ良くなった母親の顔色を見て、日向桃の心配していた気持ちがやっと安らいだ。 やってきた娘を目にした佐藤香蘭は、日向桃に新しい仕事について尋ねた。 彼女は事前の準備があったため、母親からの質問に要領よく答えた。 三人で少し話してから、美乃梨は日向桃の手を握りながら、「ところで、しばらくの間佐和さんのことを聞いていないわ。海外での生活がどうなるか、また、いつ帰国するつもりなのか、まったく分からないね。彼が帰ってきたら、桃ちゃんはこんなに苦労しなくてもいいのに」と言った。 その名前を耳にした瞬間、笑顔だった日向桃は、気持ちが雲に覆われて雨に変わった。 菊池佐和、なんと懐かしい名前だった。 大学時代、日向桃は母親の世話と学業の両立でいつも苦労していた。一番辛い時期には菊池佐和が手を差し伸べてくれた。 彼の明るさと優しさで、日向桃の心の氷が少しずつ融けていった。その後、菊池佐和が頻繁に病院に通って母親の世話を手伝ってくれていた。佐藤香蘭も彼を自分の娘婿として認めるようになった。 元々二人は卒業後結婚することを約束していたが、海外にある医学研究所のオファーを受けた菊池佐和は、最先端の医学研究を行うために毅然として海外に赴いた。 学業を修了して帰国したら、彼女と結婚すると約束した。最初は二人とも頻繁に連絡していたが、半年前から彼の消息は突然途絶えてしまった。 日向桃も次第に理解し始めた。菊池佐和は彼女のような重荷から解放されたかったのかもしれなかった。また、海外で気に入った別の女性を見つけて、彼女をすっかり忘れてしまった可能性もあった。 日向桃は心の中で悲しみを感じつつも、無理に笑顔を作り続けた。「お母さん、佐和さんは海外で多忙な学業に追われているけど、いずれ帰国してくるわ」佐藤香蘭は娘から満足な答えを得られてなかったが、引き続き問い詰
「監視カメラの映像を取るために、ホテルに行きましたが、1ヶ月前の映像は、すでにホテル側に削除されてしまったようです」 伊川海の話を聞いて、菊池雅彦は眉をひそめた。その日、あの女性を探すためにホテルに戻る予定だったが、結局交通事故に遭ってしまった。 ここ数日、企業の株価を維持するのに忙しい伊川海たちは、不審な者が隙間を狙って乗り込むことを防ぐため、その日の事故を調査する余裕はなかった。そのため、菊池雅彦は何も言わなかった。 「調査を続けろ。どんな手がかりも見逃すな」 菊池雅彦は平静な口調で言いつけた。指示を引き受けた伊川海がすぐにその場を去っていった。 仕事を済ませた菊池雅彦は、書斎から出てきたところで、病院から帰宅した日向桃に出くわした。 彼女は昨夜よく眠れなかったうえ帰る途中の情景に触れて悲しみを感じたため、今は綿のように疲れてしまっていた。今彼女は早く静かな場所で気持ちを落ち着かせたいと思っていたが、ドアを開けると、ちょうど菊池雅彦と視線が合った。 菊池雅彦は冷たい目つきで彼女の赤く腫れてしまった目を見つめた。 この女、母親を見舞いに出かけると言ったが、実際は人に愚痴をこぼしてきたのか? 昨夜の彼女の様子はやっぱり自分を騙すための演技だった。お金には目がなくて欲深い女に違いなかった。 菊池雅彦は顔が冷たくなった。「どうした?朝は家で平静を装っていたのに、結局、我慢できずに人に涙ながらに愚痴をこぼしてきたのか?」 日向桃は彼の急な話に戸惑った。彼の要求について、日向桃は全て応じていたのに。ただ悲しいことで涙を浮かべた自分は、彼にこういうふうに思われていたなんて… しかし、現在の状況を考えると、日向桃は心の中の悔しさを抑え込んだ。「申し訳ありません。私は母親に会えて非常に嬉しかったからです。あなたが言ったようなことではない...」彼女の話にいらいらした菊池雅彦は直接話を遮って、「お前が何をしたかは僕には関係ない。しかし言っておくが、僕と結婚することについて不満に思うなら、その思いを押し殺してくれ。僕はこの家でおまえの泣きそうな顔など見たくない。また、外でお前に関する噂話を耳にするのも好ましくない」と口を挟んだ。 言い終わると、菊池雅彦は振り返ることなく歩いていった。 無言で立ち尽く
ただ、バスって? 菊池雅彦の認識には、そんなものは存在しないのだ。 日向桃の家族は立派な名門ではないけれど、日向家のお嬢様がバスを移動手段とするほどは貧しくはないだろう。 そのため、日向桃がまったく理解できない存在だと菊池雅彦は感じた。 彼は立ち上がって自分の部屋に戻っていった。 ドアを開けると、椅子に座って複雑な表情を浮かべている日向桃が見えてきた。 そのメモを渡した後、日向桃は少し後悔していた。 もし菊池雅彦は度量が狭くて、メモのことに固執する男であれば、自分がお金を返さないといけなくなるだろう。そうすると、困るのはやっぱりこちらだ。 そう考えると、日向桃は非常に悔やんでいた。最近は色々な出来事があって疲弊した自分は頭がすっきりしていないのだろう。 菊池雅彦は興味深そうに後悔だったり怒りだったり複雑な顔をした日向桃を見つめ、しばらくしてから軽く咳払いをした。 声を聞いた日向桃は菊池雅彦に気づいた。おどおどしながら彼を見た。 「あの、私は雅彦様を怒らせるつもりはありません。ただ、私たちの約束を破ることは何もしていませんから、私を疑うことをおやめください」 菊池雅彦はしばらくの間沈黙を続けた。日向桃が謝ろうとしたとき、菊池雅彦は淡々と「ああ」と一声返した。 その後、彼は日向桃がいないかのようにくつろぎ、本を取って読み始めた。 菊池雅彦が何を考えているのか分からない日向桃は、彼が怒っていないことを見て一安心した。 日向桃は本を持って外に出ようと思ったが、その時、菊池雅彦が頭を上げて彼女を一瞥した。 彼女の服はやや古くて、袖口や襟元の部分には色あせが見られることに気づいた。 彼は思わずに眉根を寄せた。これほど色あせた服を着続ける人を見たことはなかったのだ。 「待ってくれ」 男の冷たい声が響き渡った。日向桃は足を止め、緊張で全身が固くなった。 やはり、この男は自分をそう簡単には許さないだろう。 日向桃はさんざんと怒鳴られる心の準備を整えたが、菊池雅彦は指で机を軽くたたきながら、「うちではお前の服を用意してないのか?」と聞いてきた。 「え?」と思った日向桃は自分が着ているのが部屋着であることに気付いた。長年着てきたものだった。日向家は今まで彼女にはお金をあまりかけたくなかった