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第22話

作者: 夏目八月
北條守は慌てて制止した。「母上、俺の言うことをお聞きください。さくらの持参金は受け取れません」

老夫人は怒って言った。「まあ、なんてお馬鹿さんなの。この愚かな息子め。あの娘が私たちをどれほど苦しめたと思ってるの?あんたがあの娘に甘いから、あんたの母親の命まで狙われたんじゃないの」

守の心は固く決まっていた。「父上、母上、兄上。彼女の持参金を取るなど男の道に反します。絶対に受け取れません。明日は父上と兄上に両家の族長をお呼びいただき、当日の仲人も証人としてお招きください。近所の方々は、適当に二、三軒呼んで形だけ整えればいいでしょう」

「お前たちの仲人を務めたのは、燕良親王妃だったな」義久は眉をひそめた。「燕良親王妃は上原夫人の従妹で、さくらの叔母にあたる」

老夫人が言った。「なら彼女は呼ばずに、正式な仲人役を務めた人を呼びましょう。確か西の町から来てもらったはずよ」

燕良親王妃は体調が優れず、燕良親王家の運営は側室の王妃に任せきりだった。将軍家は寵愛されず子供もいない燕良親王妃を恐れてはいなかったが、できるだけ皇族とは揉め事を起こさないようにしていた。

守は言った。「すべて母上にお任せします。俺はちょっと出かけてきます」

「こんな遅くにどこへ行くんだ?」北條正樹が尋ねた。

「ちょっと散歩です」守は大股で出て行った。彼は琴音に会いに行くつもりだった。この件について琴音に説明しなければならなかった。

琴音が最も嫌うのは、女性を虐げる男だということを守は知っていた。さくらを虐げているわけではなく、ただ彼女のやり方があまりにも度を越していると怒っているだけだと、琴音に伝えたかった。

真夜中に葉月家を訪ねるのも、今回が初めてではなかった。

琴音の父、易天明はかつて北平侯爵の部下だったが、戦場で負傷して片足を失い、もう戦場に立てなくなっていた。

だからこそ、琴音が戦功を立てて帰ってきたときは、天明が一番喜んだ。我が家にもまだ国のために力を尽くせる武将がいると感じたのだ。

賜婚の件については、それほど喜んではいなかったが、琴音が「さくらは大局を見据えた人で、この縁組みに賛成している」と説得したので、何も言わなかった。

しかし琴音の母は、娘が将軍家に嫁ぐことを非常に喜び、大々的に宣伝した。結納金と聘礼もこれほど多く要求したのは彼女だった。

小石が窓を叩く
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    彼女の眼差しは冷たく、まるで古井戸のように光一つ宿さず、じっとさくらを見つめていた。さくらも彼女を見返した。以前、大長公主邸で会った時の四貴ばあやは、青灰色の絹の衣装に身を包み、威厳が皺一本一本にまで染み込んでいて、多くの者が畏れを抱くほどだった。今や藍色の衣装は皺だらけで、髪は乱れ、簪は傾き、目の下の袋は三角に垂れ下がり、顔の黒いあざがより目立ち、痩せ衰えていた。深い憂いと絶食のせいで、こうも憔悴し、別人のように痩せ細ってしまったのだ。一見すると何も気にかけず死を待つかのような様子だが、実は相当な焦りを抱えているに違いない。でなければ、こうも急に老い込むはずがなかった。今中具藤が話しかけても一言も発せず、目も合わせなかった彼女だが、さくらに対しては先に口を開いた。「姫様の不利になるようなことは、一言たりとも私の口からは出ませんよ。無駄な説得はなさらないことです」さくらは言った。「土方勤から聞きました。従兄の一家を救ってくださったそうですね。あなたがいなければ、一家は命を落としていたかもしれない。その恩は感謝しています」四貴ばあやは鼻で笑い、冷ややかに言った。「お気持ちだけで結構。私は彼らを救うつもりなどありませんでした。そもそも私が部下に命じて捕らえさせたのです。殺すか殺さないか、いつ殺すか、それは私の一存次第でしたから」「それでも、一家は無事に大長公主邸を出られた」「もういい加減におやめなさい」四貴ばあやは冷たく言い放った。「姫様の罪を私に証言させたいだけでしょう?無駄ですよ。姫様は潔白です。すべては私と土方勤がやったこと。姫様は何も知りません」「ばあやの言う『すべて』とは、どんなことですか」さくらは穏やかな口調で尋ねた。「公主邸では随分と穢れた事が行われていたようですが」「後庭の女たちのことかい?はっ!」四貴ばあやはさくらを睨みつけ、その目には憎しみが滲んでいた。「誰が公主邸のことを非難してもいい。だが、あんたたち上原家だけはその資格などない。お前の父、上原洋平は姫様の人生を台無しにした。後庭の女たちが苦しんだのも、全て上原洋平の所為だ」さくらは怒りを表に出さなかったものの、その瞳は冷たく光っていた。「父は一体どんな重罪を犯したというのです?公主様や、あの女性たちを害したとでも?二股をかけたとか?公主様の気持

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    四貴ばあやは年老いており、他の管理人たちとは別に、小さな独房に収監されていた。他の牢獄に比べれば、比較的清潔な環境であった。刑部に入れられて以来、彼女は水も食事も口にせず、一言も発することはなかった。今中具藤が自ら尋問に赴き、食事を勧めてみたものの、彼女は牢の中で横たわったまま、死を待つかのような様子を見せるばかりだった。玄武にも分かっていた。彼女が大長公主に不利な証言をするはずがないことを。大長公主は彼女が育て上げた子。その絆はとうに主従の域を超えていた。これまで大長公主の側近は入れ替わり立ち替わりしてきたが、唯一彼女だけが最後まで側に仕えてきたのだ。そしてそれゆえに、大長公主の全ての秘密を知る立場にもあった。むしろ、陰謀の数々は彼女の手を経て実行されてきたものも少なくなかった。「今中具藤が今日、土方勤を取り調べたそうだ」と玄武はさくらに告げた。「大長公主は本来、お前の従兄の顔を傷つけた上で一家皆殺しにする予定だったらしい。だが四貴ばあやが土方勤に命令の実行を止めさせたという。もし彼女が止めていなければ、一家そろって黄泉の客となっていたところだ」「本当に狂ってしまったのね」さくらは怒りを露わにした。「母に似た女たちを手段を選ばず連れ去って、東海林椎名の側室にして子を産ませる。父に似た者は顔を潰してから一家皆殺しにする?正気の沙汰じゃないわ」「だからこそ、四貴ばあやだけが知っているはずなんだ。大長公主がどれだけの人々を害してきたのか。大長公主邸では謀反の企みだけでなく、こういった血なまぐさい罪も重ねられてきた。陛下は後者にはお構いにならないだろうが、生きている被害者も、亡くなった方々も、どちらにも正義が必要なはずだ」さくらは玄武の言葉に頷いた。謀反は重罪には違いないが、大長公主に害された一人一人にとって、それは掛け替えのない人生だった。どうして理不尽に踏みにじられなければならなかったのか。「私が話してみる」「では、尋問室に連れて来させよう」「拷問道具は置かないで」玄武は微笑んで答えた。「尋問室に拷問道具など置いてはいない。専用の部屋があってな。必要な時は囚人を向こうへ連れて行くか、道具をこちらへ持ってくるかだ。それに、今回の取り調べではまだ一度も拷問は使っていない。さあ、案内しよう」刑部は威厳に満ちた壮麗な建物で、

  • 桜華、戦場に舞う   第740話

    玄武は彼女を手前に引き寄せ、青あざになった目の周りを優しく撫でた。「痛むか?」「少しだけ」さくらは彼の手を払いのけながら、後ろを振り返った。誰かいないかと気になって仕方がない。「大丈夫だ。誰も入ってこない。一体どうしたんだ?」玄武は心配そうに尋ねた。さくらは一日中保っていた威厳ある態度をようやく緩め、椅子に腰掛けて目の周りを揉んだ。確かに朝よりも腫れが酷くなっているようだ。あの棒太郎め。「今朝早く紫乃と手合わせをしていたら、棒太郎が加わってきて、私と紫乃が両方とも誤って打たれてしまったの」「後で俸禄を減らすとするか」玄武は心配しながらも、思わず笑みがこぼれた。棒太郎は普段は落ち着き払っているのに、紫乃とさくらと一緒にいる時だけは、あの梅月山時代の少年に戻ってしまうのだから。さくらは笑いながら言った。「俸禄を減らされたら彼の命取りよ。お金のことはまだいいけど、石鎖さんが知って師匠に報告でもしたら、師匠からまた別の懲罰が下されることになるわ」「ただの脅しだよ。本当に罰するつもりはない」玄武は彼らの仲の良さを知っていた。幼い頃からの絆は貴重なものだ。それを壊すようなまねはしたくなかった。「ええ。ところで重要な話が」さくらは表情を引き締めた。「陛下が、北條守を御前侍衛長に推薦するよう仰せになったの。式部から辞令が出るそうよ」玄武は少しも驚かなかった。「陛下は前からあいつを使いたがっていた。ただ、北條守が不甲斐なさすぎてな。今回やっと功を立てたから、昇進させるのは当然だ。御前侍衛は玄甲軍に属してはいるが、実質的にはお前の指揮下には入らない。彼らは陛下の命令だけを聞く。今はただの過渡期に過ぎないんだ」「ええ、その通りね。陛下は既に衛府の設立を考えておられる。その時には御前侍衛は玄甲軍から独立することになるでしょう」「衛士十二司には元々御前侍衛も含まれていた。それをわざわざ独立させるということは、陛下が自分の腹心を育てようとしているということだ。北條守は最適な人選だろう。お前との因縁もあるし、将軍家のお前への怨みは邪馬台まで響き渡っているようだからな」さくらの表情が凍りついた。「本当に変な人たちね。自分が間違っているのに、他人のせいにする」「そうでなければ、世の中に『ごろつき』や『ならず者』という言葉は生まれなかっただろうな」玄武は

  • 桜華、戦場に舞う   第739話

    三十余歳、額は広く、がっしりとした体つきではないが引き締まった体格の男で、その表情には明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。部下を従え、拱手の礼こそ取ったものの、その眼には傲慢さが滲んでいた。「公務のため遅参いたしました。上原大将、どうかお許しを」さくらは軽く頷き、彼の後ろに二列に並ぶ十二人の衛長たちを一瞥した。一筋縄ではいかない面々だ。揃いも揃って鼻持ちならない態度で、女の大将など眼中にないという様子が露骨だった。まさに、上に立つ者の性根が、部下にも表れているというものだ。「本日は特に用件もない。それぞれの持ち場に戻って......」さくらの言葉が終わらないうちに、親房虎鉄が遮った。「用件がないのなら、ご挨拶も済みましたことだし、これで失礼いたします。宮中の仕事が山積みでして」そう言い捨てると、部下を従えて颯爽と立ち去った。さくらなど眼中にないという態度が露骨だった。山田鉄男は眉をひそめ、「親房虎鉄!」と声を上げた。だが、親房虎鉄は振り向きもせず、そのまま去って行った。山田は困ったように説明した。「さくら様、親房副統領はただ性格が少々傲慢なだけでございます。お気になさらないでください」山田が親房虎鉄を庇おうとしているのが分かったが、さくらはそれには触れず、「ああ、では刑部へ行こう」と言った。刑部は今日、まさに八百屋の大安売りのような騒ぎだった。影森玄武は昨夜一時間帰宅したものの、すぐに戻ってきており、いまだ大長公主の取り調べには着手していなかった。一つには急いで取り調べる必要がないこと。しばらく放置して様子を見るためだ。二つ目は、彼女の供述を裏付ける証拠が必要なため、大長公主邸の大小様々な役人たちを先に取り調べていた。さらに、逃亡した者たちの逮捕も進めなければならない。さくらと山田の到着は折よく、絶好の時を得ていた。刑部の絵師と有田先生が、使用人たちの証言を基に逃亡した執事たちの肖像画を描き終えたところで、まさに禁衛府に捜索を依頼しようとしていた。皆があまりに忙しく、この大将が女性だということにさえ気付いていなかった。さくらが手を伸ばして肖像画を受け取り、一枚一枚開いて見ていた時、今中具藤は彼女の葱のように白く細い指に目を留め、そこからゆっくりと顔を見上げた。青あざのある目を見て一瞬たじろぎ、そこでよう

  • 桜華、戦場に舞う   第738話

    彼女は反論しなかった。明らかに陛下は彼女の意見を本当に聞きたいわけではなく、これは実質的な勅命なのだから。大将の実職を与えておきながら、北冥親王家と確執のある人物を抜擢して、彼女と影森玄武の間を揺さぶる。おそらく、陛下はこうすることで安心感を得られるのだろう。さくらが退出すると、吉田内侍は心配そうに彼女の後ろ姿を見つめた。王妃と親王様が幾度となく重ねられる信頼の試練を乗り越えられるのか、彼には分からなかった。陛下は本来、北條守を直接任命することもできた。上原大将を通す必要などなかったはずだ。また、上原大将による異動であっても、式部を通す必要はなく、一言通達するだけで済むはずだった。しかし陛下は物事を自分の掌握下に置こうと努めている。そのせいで当事者たち、北條守も含めて、誰もが心穏やかではいられない。宮を出たさくらは禁衛府の役所へ向かった。今日が着任日ということで、山田鉄男と御城番総領の村松碧が部下たちを引き連れて待っていた。幸い、誰も彼女の青あざになった目を特に気にする様子はなかった。気づいていても、失礼にならないよう直視を避けていたのかもしれない。衛士統領の親房虎鉄はまだ到着していなかった。さくらは親房虎鉄のことを知っていた。西平大名の親房甲虎の従弟で、西平大名家の分家の中では最も優れた人物とされている。親房甲虎は分家との関係が良くなく、特に親房虎鉄とは仲が悪かった。これは主に、親房虎鉄が本当の実力者であるのに対し、親房甲虎は西平大名の伯爵位を継承しても特に功績もなく、一族の面倒も見切れていないことが原因だった。それどころか親房虎鉄は着実に出世を重ね、禁軍統領にまで上り詰めた。前朝の制度であれば、衛士は玄甲軍の支部ではなく、彼の権限はより大きかったはずだ。これまでは統合されていなかったため、衛士は玄甲軍に属してはいても、親房虎鉄はそれほど気にしていなかっただろう。しかし今回の統合で、しかも大将が女性となれば、さすがに内心では納得していないに違いない。玄甲軍のこれらの人物について、さくらは既に調査を済ませていた。玄武からも話は聞いていた。だから今日、親房虎鉄が来ていなくても気にはならなかった。部下に個性があるのは構わない。ただ、彼女の引いた一線を越えなければいい。御城番の村松碧は、さくらに対して疑念を示

  • 桜華、戦場に舞う   第737話

    さくらは慌てて手を振った。「いいえ、私今朝早く起き過ぎまして、参内の時刻までまだありましたので、屋敷の者と手合わせをしていた時に、不注意で一発食らってしまいました」清和天皇は笑い出した。「そんなに早くから。緊張していたのか?玄甲軍大将が務まるか心配なのか?」さくらは正直に答えた。「確かに緊張しております。何分経験もなく、職務を全うできず、皆様のご期待に添えないのではと危惧しております」粛清帝はさくらの青黒い目の周りを見て、まだ笑みがこぼれそうになったが、大事な言葉を伝えねばならないと思い、表情を引き締めて厳かに言った。「本朝初の女官として、お前が背負うものは玄甲軍大将使としての職務だけではない。太后のお前への期待、そして天下の女子たちの憧れをも担うことになる。他の大将は、ただ忠実に職務を全うし、君を敬い国を愛せばよい。だがお前は言動に慎重を期し、なおかつ職務も立派にこなさねばならぬ。確かに難しい道ではあるが、朕はお前ならできると信じている」さくらは頷いた。「承知いたしました。全力を尽くし、皆様のご期待に背くことのないよう努めさせていただきます」清和天皇は言った。「最も重要なのは、天上にいる父兄の霊を失望させぬことだ。お前の父兄は我が朝の忠烈の臣。勇猛果敢で、君を敬い国を愛した。彼らは天下の太平を願い、民が安らかに暮らせることを望んでいた。お前は彼らの遺志を継がねばならぬ」二度の「君を敬い国を愛す」という言葉に、さくらは心を打たれた。「はい、謹んで承ります。必ずや全力を尽くし、都の安寧を守り、民の平穏な暮らしを守ります。どうか御心配なきよう」清和天皇はその言葉を聞き、改めて彼女をじっくりと観察した。確かに、玄甲軍大将の官服は彼女によく似合い、凛々しい姿を見せている。彼女の武芸なら、玄甲軍を統率することはできるだろう。しかし、統率できるだけでは不十分だ。大将として、彼女には決断を下す責任もある。ただの無謀な武人ではなく、知恵も備えていることを願うばかりだ。天皇は続けた。「今朝早くから、刑部り人手不足の報告があった。禁衛府から人員を抽出して支援に回せ。この事件は尋常ではない。疑わしきは罰せよ。怪しい者は皆連行して取り調べよ。大長公主と親しく付き合っていた官僚の妻族も含めてだ。誥命を持つ者については、お前が主審となれ」「御意」さくらは

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