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第503話

  「つまり、颯太は一晩中戻らなかったから誰にも気づかれなかったの?」

 由佳はソファに腰を下ろし、颯太に目を向けた。

 彼は不安そうに顔をこわばらせ、手で服の裾を握りしめながら、落ち着かない様子で座っていた。「姉さん、本当に僕を信じて……」

 「焦らないで、まず座って、昨日の夜何が起きたのか、ちゃんと思い出してみて」と由佳は言った。

 颯太は由佳の向かいに座り、眉をひそめながら昨夜のことを必死に思い出そうとした。「昨日は飲み過ぎて、どうやって帰ったかも分からないんだ……みんなで乾杯して、僕も何杯か飲んだんだけど、まさかあんなに酒が回るとは思わなくて……」

 「最後に覚えている事は何?」

 颯太は目を閉じ、頭が痛くなるほど思い出そうとしながら、「同僚が僕に酒を勧めてたところ……それくらいしか覚えてない」と答えた。

 由佳は尋ねた。「0305号室に恵里がいることは知ってた?」

 颯太はすぐに頭を振り、急いで「知らなかったよ!姉さん、本当に知らなかったんだ。あの日、彼女が不良に絡まれていたのを助けただけで、彼女が気を失ったからホテルに送った、それだけなんだ……」と弁明した。

 由佳は目を伏せて考え込んだ。

 それにしても、こんな偶然があるだろうか?

 颯太が酔っ払って、ちょうど一階間違えて、しかもそこが恵里の部屋だなんて。

 「監視カメラの映像を確認してくるわ」と由佳は言った。「彼女は何もなかったことにするって言ってるけど、万が一彼女が気を変えることもあるかもしれないから、準備はしておいたほうがいい」

 「分かった」颯太は両肘を膝に突き、手を髪に押し当て、まるで捨てられた子犬のように哀れな顔で由佳を見つめ、「姉さん、僕を見捨てないよね?」と尋ねた。

 彼は清次が浮気をして結婚が破綻したことを思い出し、姉がそのことに対してトラウマを持っているだろうと考えていたのだ。

 由佳は数秒間沈黙した後、「今のところは何とも言えない。監視カメラの映像を確認して、同僚にも聞いてから決める」と言った。

 颯太のことはよく知っている。酔っ払いでない時、彼がこんなことをするとは思えない。

 もし彼が本当に酔っ払って、偶然恵里の部屋に入ってしまい、さらに恵里も酔っ払って鍵をかけずにいたのなら、それは極めて偶然が重なった出来事だ。

 何か裏にある気がする。

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