塚原悟の説明を聞いて、入江紀美子は少し安心した。彼女は頷いて、「それならいい、でないとあなたの誕生日になったら、何を送ればいいか迷っちゃうわ」と言った。「まだそんなよそよそしいことを言うんだ」悟の眼底に一抹の無力さが浮かんだ。紀美子は慌てて説明した。「違う、あなたのプレゼントが高すぎたのよ」「はいはい、冗談だよ。俺は後で病院に行かなければならないから、夜また来る」「分かったわ」昼頃。紀美子は手元の仕事を片付けたら、杉浦佳世子が電話をかけてきた。「紀美子!お誕生日おめでとう!」電話の向こうから佳世子のはしゃいだ声が聞こえてきた。紀美子は笑って返事した。「ありがとう!」佳世子「いいって!夜は何も準備しなくていいから、私はレストランで個室を予約して誕生日を祝ってあげる」紀美子「ただの誕生日だから、そんなに大袈裟にしなくても」「ダメダメ!」佳世子「これはあなたが帰国してから初めての誕生日だから、大々的に祝わなきゃ!」紀美子「……」状況が分からない人ならてっきり還暦の祝いだと思われるだろう。「じゃあこうしよう、あなたの誕生日を借りて豪華に奢ってもらう」そこまで言われた紀美子は、遠慮せずに受け止めた。佳世子「じゃあ、また夜ね!後でレストランの住所を送るから」電話を切った後。佳世子は少し考えてから田中晴にメッセージを送った。「坊ちゃま、今どこ?」MK社で森川晋太郎を待って一緒にご飯を食べようとした晴は、「MK社だよ、何かご指示でも?」佳世子「ちょうどいい!後でデパートに連れてって」晴「要件を言えよ!何をする?」「今日は紀美子の誕生日、私はプレゼントとケーキを買いに行きたいけど、脚がないの!あなたはこの間、いつでも呼んでって言ってたじゃない?」佳世子は少しイラついてきた。このダメ男、女より質問がしつこい!メッセージを読んだ晴は戸惑った。今日は紀美子の誕生日だった?晋太郎はこのことを知っているだろうな?晴は晋太郎を試すことにした。彼は携帯を置き、のんびりそうにお茶を一口飲んで口を開いた。「晋太郎さん、今日は何か用事ないのか?」晋太郎は晴を一目睨んで、「言いたいことがあるならはっきり言え」と言った。彼は覚えていない!晴は口元の笑みを押さえた。晴「そうか、今日
その会話のせいで、森川晋太郎は田中晴にデパートに連れられ、そして何も知らなかった杉浦佳世子も一緒に行った。晴の理由は極めて簡単、「女は一番女のことが分かる!」それは晋太郎が断れない理由だった。佳世子は辛うじてボディガードたちの視線の中で歩いていて、道中はずっと晴を見つめていた。そして、彼女は一番前に歩いていたすらっとしたスタイリッシュなボスを見て、声を低めて歯ぎしりしながら聞いた。「何でボスを呼んできたのよ!!」後ろの話を聞いて、晋太郎は止って振り向いて見た。佳世子は一瞬で満面の笑みに変わり、「社長、どうかなさいましたか?」と伺った。晴「……」顔を変えるのがうまいな!晋太郎は唇を閉じ、何も言わずに視線を戻して周りを見渡った。佳世子は隙を見て思い切り晴の尻を手で摘まんだ。晴は痛みで思わず大きく口を開いて、「なにすんだよ?!」と悲鳴をあげた。佳世子「教えて、何で社長を呼んできたの!紀美子は社長と息が合わないのを知ってるでしょ?」晴「彼は自ら来ようとしたから、俺は友達として断る理由がなかった」佳世子は困った顔で、「じゃあボスは夜の紀美子の誕生日祝いに来るの?」と聞いた。「連れて行かないわけがないだろう?」晴は眉を立てて聞き返した。佳世子「もう知らないんだから!!」二人が会話していた間、晋太郎はアクセサリー屋の前で止った。「彼女はこれが好きか?」晋太郎は佳世子に聞いた。「ダメだと思います」佳世子は首を振って答えた。そしてすぐ、晋太郎はまたぜいたく品のかばん屋の前で止り、「これならどう?」と尋ねた。「それも違うと思います」そして、晋太郎はブランド品の時計屋の前で止まり、「これ??」と尋ねた。「それもです!」佳世子はまた首を振った。晋太郎の顔が曇ってきて、冷たい声で聞いた。「ならば彼女は何が好きなんだ??」晴は二人の会話を聞いて慌てて口を開いた。「紀美子は腕時計をつけてるだろう?晋太郎さん、店に入ってみたらどう?」二人の男が時計屋に入ったのを見て、佳世子は一言だけ言いたかった。社長が送るもの、紀美ちゃんはどれも気に入らないよ!聞いても無駄でしょう??しかし言い換えれば、彼女は社長がデパートに入るのは初めて見た。もし2人の関係がよかったら、紀美子はきっと感動
悟と紀美子は佳世子と共に席に着いた。 三人が話を始めようとした時、急に驚きの声が耳に入った。 「まさか!森川社長と田中社長だ!」 「あら!森川社長の腕に抱かれてる男の子、彼の子供?可愛い!」 その声を聞いた紀美子の背筋が一瞬で固まり、宴会場の入り口をぼんやりと見つめた。 黒い高級スーツを身にまとい、愛らしい男の子を抱いた男が、堂々と長い足を踏み入れてきた。 彼の後ろには、一団のボディーガードが続き、宴会場に入るとすぐに両側に散り、厳しく門番のように立った。 宴会場の暖かいライトが彼の気高い姿に降り注ぎ、彼の魅力を一層際立たせた。 その冷酷な表情は、全てが近寄りがたいオーラを放っていた。 紀美子は驚いて佳世子に視線を向けた。「あなたは彼も招待したの?」 佳世子は遠くにいる晴を睨みつけ、怒りを込めて言った。「あの野郎が呼んだの!裏切りやがって、その借りは必ず返す!」 紀美子は少し戸惑い、「まぁ、来ちゃったものは仕方ないわ」と答えた。 少なくとも、彼は念江を連れて来た。念江のためなら、どんな問題も問題ではなかった。 そう思っていたら、晋太郎と晴が彼女の前にやってきた。 念江は晋太郎の腕から降り、紀美子の前に立ち、自分のプレゼントを差し出した。 彼は小声で恥ずかしそうに言った。「お母さん、お誕生日おめでとう」 紀美子は柔らかく微笑みながら受け取った。「ありがとう、いい子ね」 晴も続けてプレゼントを差し出した。「入江さん、お誕生日おめでとう」 紀美子は立ち上がり、ぎこちなく笑みを浮かべながらそれを受け取り、「田中社長、ありがとうございます。お気遣い感謝します」と答えた。 晴は「どういたしまして」と返事をし、肘で晋太郎を軽く突き、彼にもプレゼントを渡すように促した。 晋太郎は悟に冷たい視線を送り、プレゼントを差し出しながら無表情で「プレゼントだ」と言った。 紀美子は躊躇わずそれを受け取り、「ありがとう、座ってね」と促した。 晋太郎は念江の手を引き、無遠慮に紀美子の隣に座った。 周囲の人々は急に言葉に詰まった。 悟は冷静な目で晋太郎を一瞥し、それからテーブルの上の急須を手に取り、紀美子にお湯を注いだ。 「紀美子、お湯を」 その行動を見て、晋太郎は鼻で笑った。 彼は突然口を
紀美子はグラスを手に立ち上がり、周りの人々に微笑みながら頷いて答えた。「皆さん、祝福ありがとうございます」 そう言って、酒を一気に飲み干した。 誕生日パーティーが正式に始まり、皆が料理やお酒を楽しむことに集中し始めた。 ゆみと佑樹がかけてきて、念江を見つけると、彼を引っ張って一緒に食事を始めた。 途中で、多くの社員がグラスを持って紀美子に乾杯をしに来た。 悟は紀美子の代わりに酒を受けようとしたが、別の男性社員に呼ばれて席を離れることになった。 紀美子は次々と酒を飲み干し、その唇は酒のせいでより一層艶やかに輝いていた。 潤んだ瞳がきらめき、彼女の隣にいる男の漆黒の瞳に映り、彼の心を揺さぶった。 紀美子が座ろうとした時、また二人の女性社員が来て乾杯を求めた。 「入江社長、誕生日おめでとうございます!」 紀美子は断りきれず、再びグラスを手に取って注ごうとした。 その時、突然目の前に黒い影が横切った。 紀美子が反応する間もなく、晋太郎がすでに彼女の酒を飲み干した。 二人の社員は一瞬驚いたが、すぐに他の場所へと足早に去っていった。 晋太郎はグラスを重く置き、不機嫌そうに紀美子を見つめた。「もう十分だろう?」 紀美子は酒を飲みすぎたせいで、軽く鼻を鳴らして言った。「あなたには関係ないでしょ」 そう言い放ち、少しふらつきながらトイレに向かった。 晋太郎は目を細め、心配そうについていった。 後で、紀美子がトイレから出て、手を洗ってから出ようとした時、扉を開けると、男が入り口で彼女の行く手を遮っていた。 紀美子は一瞬立ち止まり、警戒心を抱いた。 彼女の紅い唇が開いて閉じるたびに魅惑的な光景を見せつけ、晋太郎に忠告した。「森川さん、ここは女子トイレだよ。変態だと思われてもいい?」 晋太郎は手を伸ばし、よろけそうになった紀美子を掴み、優しい声で言った。「飲みすぎたんだ。送っていくよ」 しかし紀美子は彼の手を振り払い、厳しく言い放った。「放してよ!私はあなたと一緒に帰りたくない!」 「何を騒いでいるんだ?自分がどれだけ飲んだか分かっているのか?」晋太郎は怒りを抑えた声で低く言った。 紀美子は笑みを浮かべて答えた。「それがあなたに何の関係があるの? 「晋太郎、言っておくわ。私を気にかけてくれ
宴会場。 紀美子が戻ると、佳世子が興奮して彼女の腕を掴んだ。「紀美子、ちょっと聞いてよ!この野郎が酒を飲まない。見て、このグラス…」 話の途中で、佳世子は突然止まり、紀美子の口を見て目を大きく開けた。「紀美子、あなたの唇が腫れて赤くなってるじゃない!」 その言葉を聞いた晴は、戻ってきた晋太郎の方を見た。彼の薄い唇も赤みを帯びているのを見て、晴は全てを察した。この二人、絶対に悪いことをしてきたに違いない!紀美子は椅子に座り、邪悪な笑みを浮かべて機嫌が良さそうなその男を一瞥し、歯を食いしばって言った。「何でもないよ、多分アレルギー」「じゃあ、お酒は控えてね」佳世子は深く考えず、再び晴の悪事を紀美子に訴え続けた。宴会が終わると、紀美子は酔っ払った佳世子を支えて、寝ている二人の子供たちを連れて帰ろうとしていた。「送っていこう」突然、背後から二つの声が聞こえた。紀美子が振り返ると、晋太郎と悟がほぼ同時にその言葉を発した。場面は再び気まずい雰囲気に包まれた。「塚原先生、さっきの俺の目が間違っていなければ、君もお酒を飲んでいたよね?」晋太郎は皮肉を込めた口調で言った。悟の優しい目元に、硬さが見えた。「お酒を飲んだからといって、代行運転を呼んで送ることができないわけじゃないでしょう?」晋太郎は鼻で笑った。「十一月の夜に、彼らを外で代行運転を待たせたいのか?」「代行運転は外で待つ必要があるのか?」悟は反論した。「佳世子がこんなに苦しんでいるのだから、早く送ってあげた方がいいだろう?時間を無駄にする必要はないんじゃないか?」「醒酒剤を持っているから、森川さんに心配してもらう必要はない」紀美子は二人の争いに頭を抱え、口を開こうとしたが、その瞬間、彼らの傍に一台の車が止まった。全員がその音に気づいて振り返ると、翔太が車から慌ただしく降りてきた。紀美子は一瞬呆然とし、「出張に行ってたんじゃないの?どうしてこんなに早く戻ってきたの?」と尋ねた。翔太は紀美子の背後の人々を一瞥し、「終わったのか?」と尋ねた。「そうよ」紀美子はうなずき、「こんなに急いで戻ってきたなら、まだ食事してないんじゃないの?」と心配そうに言った。翔太は無意識に腹に手を当て、微笑んで答えた。「確かに、もう終わったことだし、
藤河別荘。 家に帰ると、翔太は紀美子と自分のために、それぞれ一杯のラーメンを作った。 紀美子は、眠っている子供たちの簡単な身の回りを整えてから階下に下りて、翔太と共に食卓に座った。 「紀美子、晋太郎はなぜ夜にあそこにいたんだ?」翔太は尋ねた。 このことを言われ、紀美子は晋太郎にトイレで強引にキスされた場面を思い出した。 彼女は頭を抱えた。「晴が晋太郎に教えたから、彼が来たの。それに、価値が二億円の時計を贈ってきた」 翔太は笑い声を漏らした。「さすがは晋太郎だな、大金を惜しみもせず、平然としているな」 紀美子はラーメンをかき混ぜながら言った。「兄さん、冗談はやめて。それよりも、これからどうやって彼に向き合うか考えたほうがいいわ」 翔太は気にする様子もなく反問した。「ほう?君は兄ちゃんがどう向き合うべきだと思う?」 「あなたはそんなにのんびりしていられるのね。彼があなたと私が連絡を取り続けていたことを知ったら、きっと面倒を起こすよ」 翔太は笑みを浮かべたまま、「それは大した問題じゃない」 紀美子は仕方なさそうに言った。「この数日間、少しは気をつけてね」 「分かった、全部君の言う通りにするよ」 翌日。 紀美子はまだ熟睡しているところ、階下から聞こえてきた悲鳴で目が覚めた。 彼女は急いで布団を蹴飛ばし、窓際に駆け寄った。そこには、森川爺が大勢のボディーガードを引き連れ、無理やり家に侵入しようとしている光景だった。 紀美子驚愕し、急いで寝室を飛び出した。 ちょうどその時、白芷と秋山先生も驚いた様子で部屋から出てきた。 「紀美子、悲鳴が聞こえた」白芷は言った。 紀美子は眉をひそめ、「秋山先生、白芷を寝室に連れて戻って、絶対に出てこないで!」 秋山先生はうなずき、急いで白芷を寝室に連れ戻した。 紀美子は急いで階下へと駆け下り、ドアを開けた時にはすでに森川爺が玄関先に立っていた。 紀美子は冷静な表情で問い詰めた。「森川さん、これは一体どういうことですか?」 森川爺は冷たい目で紀美子を一瞥すると、後ろに控えていたボディーガードたちに言った。「あの二人の子供を連れてこい」 ボディーガードたちはうなずき、紀美子を強引に押しのけて階上へ駆け上がった。 紀美子は痛みをこらえて立ち上がり、「森
電話がつながると、紀美子は震える体を抑えながら泣き叫んだ。「兄さん!ゆみと佑樹が森川爺に連れて行かれた!」 翔太は驚いて、「森川爺??」と聞いた。 紀美子は泣きながら朝の出来事を翔太に話した。 「兄さん、どうすればいいの?森川爺の力で、ゆみと佑樹の出生の秘密を突き止めるのは簡単すぎる!」 「落ち着いて、紀美子。俺が何とかする。連絡を待ってて!」 そう言って、翔太は慌てて電話を切った。 紀美子は力が抜けてその場に座り込み、無限の恐怖に包まれた。 彼女があの強大な森川家にどう立ち向かえるのか?! 翔太は服を着替えて森川家に向かおうとしていたが、出かける前に晋太郎から電話がかかってきた。 彼は眉をひそめて電話を取った。「何の用だ?」 晋太郎は低い声で尋ねた。「今どこにいる?」 「特に重要なことがないなら、切るぞ!」 「紀美子の子供たちのことを聞きたいんだ!どこにいる?」 晋太郎は苛立ちを抑え、明らかに我慢の限界だった。 その言葉を聞いて、翔太は冷静になった。 もしかしたら、晋太郎が子供たちを取り戻すための突破口になるかもしれない! そして翔太は晋太郎に場所を送った。 30分後。 晋太郎は翔太の別荘にやって来た。 二人が顔を合わせると、翔太がまだ話す前に、晋太郎は大股で歩いてきて、彼に一発殴りつけた。 翔太は後ろに数歩よろめき、胸に怒りが込み上げ、優しい表情が消えた。 「お前、正気か!?」 晋太郎は冷たく鋭い目で翔太の襟を掴み、その目はまるで鋭い刃のようだった。 「翔太!佑樹とゆみはお前と紀美子の子供か?」 翔太は驚き、佑樹とゆみが自分の子供だと思っているのか? 「言葉が出ないか?」晋太郎は危険な目を細めた。「お前が紀美子を5年間隠していたのか?」 翔太は晋太郎の手を振り払って言った。「どうでもいいだろう?お前は紀美子に何をしたんだ? 「彼女が必要としていた時、お前はどこにいたんだ?!お前の目には静恵しか見えていなかったのに、なぜ彼女をまた巻き込むんだ?」 「翔太、お前、死にたいのか!」 晋太郎は感情を抑えきれず、また翔太に一発殴りつけた。 翔太も怒りを抑えきれず、二人はすぐに取っ組み合いになった。 車を止めて中に飛び込んできた杉本は、目の前の恐ろし
晋太郎は唇の血を拭い、狼狽しながらも美しい顔に冷ややかな雰囲気を漂わせた。 「一人は俺の友達で、もう一人は二十年以上も探し求めた女だ!」 晋太郎は冷笑し、赤く染まった黒い瞳には隠しきれない悲しみが映っていた。 「いいな!」晋太郎は半歩後ろに下がり、「お前たち、素晴らしいな!」 そう言い放ち、彼は顔を引き締め、大股で別荘を出て行った。 その孤独で寂しげな背中を見て、紀美子の胸は引き裂かれるような痛みで息ができなくなった。 杉本は溜息をつき、「入江さん、森川様はこの五年間、本当に辛い思いをしてきました」 そう言い残して、杉本はすぐに晋太郎の後を追った。 紀美子は目を伏せ、その中に隠された暗さと痛みを隠した。 彼は相変わらずだった。 誤解だけを信じ、私には少しの弁解の余地も与えなかった。 「紀美子……」 翔太は苦痛に顔を歪め、胸を押さえながらゆっくりと地面から起き上がった。 紀美子は思考を戻し、鼻をすすって翔太を助け起こした。「うん、傷の手当てをしてあげるわ」 翔太は紀美子に寄り添いながらソファに腰を下ろした。「紀美子、彼と元に戻らないのは正しいよ。彼は本当に狂っているんだ」 紀美子は何も言わず、医療箱を見つけ、翔太のそばに戻って彼の傷を手当てした。 紀美子の少し青白い顔を見つめ、翔太の心は傷よりも痛んだ。 「紀美子……」 「話さないで!」 紀美子は硬い口調で遮った。 翔太は黙り込み、薬を塗るのを静かに待った。 傷の処置が終わると、紀美子は手を止め、話題を逸らすように言った。「子供のこと、誤解されたままでいいわ」 翔太は苦笑いを浮かべた。「俺もあの狂った奴に説明する暇がなかったんだ。 「でも、今回の件を利用して、佑樹とゆみを取り戻せるかもしれない」 「いいえ、急ぐことはないわ」紀美子は彼を遮った。「私たちが子供を取り戻そうと積極的になればなるほど、彼らの疑いを招くだけよ」 紀美子の瞳には冷静さが漂っていた。 来る途中で、彼女は冷静に考え直していた。慌てた対応は、かえって怪しく見えた。 彼女が一番心配しているのは、実際には子供たちの安全だった。 でも考えてみれば、森川爺はどうしても子供たちを取り戻したいのだから、彼が子供たちに危害を加えるはずがなかった。 ま
晴が説明しようとしたが、佳世子はすぐに晴の手を振り払った。「どうやって落ち着けって言うの?!」佳世子は混乱している様子で、声を荒げて言った。「私が聞いているだけでこんなに辛いのに、紀美子はどうだと思う?!彼女の気持ちを考えてみた?!!事故に遭ったのは彼女の実の兄、心を通わせた友達と最愛の男じゃない!こんなにも続けざまに受けた衝撃、彼女が耐えられると思う?!しかも彼女、銃で撃たれたのよ!!」佳世子は泣きながら悲痛な声をあげた。「私が戻って彼女を支えないと。彼女を一人にさせられない。彼女、壊れてしまうかもしれない!!」「君が戻ってもどうにもならない」隆一は深いため息をついて答えた。「今、誰も紀美子や彼女の子供たちに近づくことができないんだ」佳世子は赤くなった目で隆一を見つめ、問い返した。「近づけないってどういう意味?」晴は言った。「紀美子は今、悟の部下に監禁されている。病室に閉じ込められているんだ。彼女のおじさんの話によると、子供たちは紀美子とは別の病室に閉じ込められている」その言葉を聞いた瞬間、佳世子は膝がガクンと崩れそうになった。晴がすぐに手を伸ばして支えてくれなければ、彼女はその場に座り込んでいたかもしれない。佳世子は呆然とした表情で言った。「どうしてこんなことに……」晴は何も言わず、佳世子を抱きしめたまま黙っていた。佳世子はもはや抵抗する力も残っていなかった。ただ胸が張り裂けそうだった。しかし彼女は分かっていた。自分の痛みなど、紀美子が感じている苦しみの微塵にも及ばないことを。佳世子は声を押し殺し泣いた。「悟はなんでこんなことを……どうして紀美子にこんな仕打ちをするの……彼女のこと好きだったんじゃないの?それも、八年間も!どうしてこんな残酷なことを……紀美子は死のうとするに決まってるわ!彼女には耐えられないわよ……」佳世子の泣き声を聞きながら、晴と隆一は何度もため息をついた。この出来事は、二人にとっても理解できないことだった。悟の目的は、一体何なのだろうか…………A国、MK支社。悟とエリーは、数十人のボディーガードを引き連れて会社の下に到着した。出勤してきた社員たちは、その威圧的な雰囲気を見て、次々と道を避けて通り過ぎた。悟が会社に入ると、
「他人が見ようが見まいが関係ない!」そう言うと晴の目には涙が浮かんでいた。彼は喉を詰まらせながら言った。「もう二度と君を放さない、佳世子!絶対に君を消えさせはしない!」心臓が引き裂かれるような感覚、今はもうその空虚さが埋められている。彼はもう、あの空虚で狂いそうな気持ちを二度と味わいたくなかった。佳世子は深く息を吸い、冷静に彼をなだめるように言った。「放して、私たち座ってちゃんと話そう」晴はすぐに反論した。「放さない!死んでも放さない!」佳世子は我慢しようとしていた気持ちが一瞬で消え失せ、「ふざけんな、放せ!」と叫んだ。晴はその言葉を聞いた瞬間手を放し、戸惑いながらも、自分の目の前に立っている思いを巡らせてきた女を見つめた。佳世子は呼吸を整え感情を押し殺し、冷静に彼を見つめながら言った。「どのテーブルに座る?」晴は動かず、佳世子のことをじっと見つめ、叫んだ。「隆一、ホテルへ!」「あ、ああ……わかった!」隆一は急いで指示通りに動き出した。……15分後。三人はホテルの部屋に到着した。晴は佳世子を心配そうに見つめており、その様子は隆一の目にはまるで変態ように映った。佳世子はソファに腰掛け、晴も彼女にぴったりと寄り添って座った。佳世子は彼らの向かい側に座り、佳世子に問いかけた。「佳世子、ずっとA国にいたのか?」「そうよ、ずっとA国で治療を受けてるの」佳世子は率直に答えた。「そうか」隆一は言った。「晴がずっと君を探していたのは知ってるか?」佳世子は頭に手を当てながら頷いた。「ええ、森川社長から聞いたわ」その名前を聞いた瞬間、晴と隆一は思わず息を呑んだ。そして二人は顔を伏せ、目には深い悲しみの色を浮かばせた。佳世子は一瞬戸惑い、隆一と晴を順番に見た。「二人とも……それは何の表情?」佳世子には理解できなかった。晴は口を閉じたまま言葉を発しなかった。彼は肘をつき、頭を抱えながら言った。「晋太郎が事故に遭って、今、行方不明なんだ……」「生きているのか、それとも死んでいるのかすら分からない」隆一が続けて言った。佳世子はふと数日前に見たニュースを思い出した。彼女は目を大きく見開き、驚いた表情で問いかけた。「それって
「あまり寝てないせいか、瞼が痙攣するんだ」田中晴は目を揉みながら言った。「左の方?右の方?」鈴木隆一は尋ねた。「左」「なるほど、ほっといていいんじゃない?左の方が痙攣するのはいいことがあるというのを聞いたことがある」「そんなのを信じるのか?」「信じたほうがいいものもあるのさ」それを聞いて晴は急に足を止め、隆一は戸惑って晴を見た。「隆一、紀美子が撃たれた夜、朔也が何を言っていたか覚えてる?」隆一は眉を寄せて必死に思い出そうとした。「たしか、彼は自分の残りの命と引き換えに紀美子を目覚めさせたい、と」晴は険しい顔で頷いた。「そして美紀子は目が覚めた」「朔也が……死んだ……」隆一は目を大きく開いた。ここまで会話をすると、2人共ぞっとしてきた。晴の瞼はまだ痙攣が止まらなかった。彼は暫くぼんやりとして、視線を隆一の後ろのレストランに落とした。もしかして……晴はそう考えながら、いきなり険しい目つきでレストランに駆け込んだ。彼は店内を一周回ったが、あの見慣れた姿が見つからなかった。「どうしたんだよ、急に?」隆一は慌てて晴に追いついて尋ねた。晴はがっかりした顔で首を振った。「何でもない、とりあえず飯にしよう」2人は席に座って注文を決めた。「さっき……もしかして佳世子に会えるじゃないかと思った?」隆一は寂しい顔をしている晴に尋ねた。晴は唇を噛みしめて何も言わなかった。「彼女が海外に出たのは確かだけど、どの国に行ったかは誰もしらないんだ。そんな簡単にばったりと出会えるはずがないよ。世界はそこまで狭くないし」「すみません!」隆一の話がまだ終わっていないうちに、生き生きした声が返ってきた。晴は手が震え、隆一も急に黙った。「いつものをください」その声を聞いて晴と隆一は目を合わせた。二人が入り口の方を見ると、黒いスポーツウェアとハッチング帽を被った女性がいた。女性の横顔を見ると、晴は思わず目を大きく開いた。隆一もびっくりして口を開けたまま停止した。か、佳世子!まさか言い当てたのか?そう考えているうちに、隣から晴がすっと立ち上がる音がした。彼の顔には困惑と喜びが浮かんでおり、真っすぐに佳世子の方へダッシュした。彼女が振り向こうと
「会社は社長の心血です!」 そう言い放ったルアー・ウェイドの眼差しはとても鋭かった。 「心血、だと?」 塚原悟は軽くあざ笑いをして、ルアーに一歩近づいた。 その紺色の瞳は、人をぞっとさせる陰湿さを帯びていた。「晋太郎は既に死んだだろ?」 彼は冷たくそう言い放った。 「そ、そうだとしてもあなたは社長の座に着けません!森川家の人間ではないため、相続権はありません」 ルアーは心臓の激しい鼓動を堪えながら、恐る恐る言った。 「そう?」 悟は軽く笑った。 そして、彼はエリーに手を伸ばし、彼女が渡してきた書類を受け取った。 「まずはこれを読んでみろ」 悟はその書類をルアーの胸に叩きつけて言った。 ルアーは一瞬戸惑ったが、書類を開いた。 中身を読んだ彼は、思わず目を大きく開いた。 A国警察署にて。 田中晴と鈴木隆一は一通り聞きまわってから警察署から出てきた。 車に乗り込み、2人共深く眉を寄せながら考えた。 そして車がある程度の距離を走り出してから、隆一は口を開いた。 「どうしても信じられん!犯人の死体まで見つかったのに、なぜ晋太郎のが見つかっていないんだ?」 「警察の話によると、パラシュート降下も不可能ではないが、彼らは随分と捜索範囲を広げたのに、全く痕跡が無かったそうだ。 それにしても、晋太郎の遺体も見つからないのは、一体どういうことだ?」 「見つかっていないってことは、まだ彼が生きていると考えてもいいのか?」 隆一は尋ねた。 「俺は今すごく混乱してるよ。全く現状の整理ができない!」 晴はイラついて自分の髪の毛を引っ張った。 「とりあえず、うちの父に電話をしよう」 隆一はため息をついて言った。それを聞いて晴は急に体を起こした。 「そうだな。あんたのお父さんもA国に人脈があるから、彼に裏ルートから探してもらえないか?」 「うん、今のところはそうするしかない。とりあえず、ホテルに戻ろう」 隆一は頷いた。 「そう言えば、渡辺翔太も事故にあったそうだが、聞いてる?」 「聞いたけど、向こうも死体が見つからないようだ」 隆一は悔しくため息をついた。 「紀美子はもう全て聞いたと思うけど、受け止めきれるかな?」 晴は入江紀美子のことを思い出して心配
外の騒ぎが聞こえたのか、2人の子供達も警戒して体を起こした。渡辺瑠美は彼らに瞬きをし、黙っててと合図を送った。そして彼女は看護婦のような口調で尋ねた。「どの方、具合が悪いのですか?」「この子です」長澤真由は反応して目線で入江ゆみを示した。瑠美は頷き、ドアを閉めようとした。「何をする?」ボディーガードは瑠美を止めた。「検査です!」瑠美は厳しい声で説明した。「子供が具合が悪いようなので、服を脱がして状況を確認するのです!もしそうさせてくれないなら、今すぐ警察を呼びます!」ボディーガードは顔が真っ白なゆみを眺めた。ボディーガード達が受けた命令はこの数人の監視であり、如何なる問題もあってはならない。もちろん、その数人の安全や健康もそのうちに入る。つまり、今の状況を鑑みると、過度に阻んではならないことは彼らにもわかっていた。万が一何かがあっても、責任は負えない。「早く検査しろ」そう言って、ボディーガードは思い切りドアを閉めた。その瞬間、瑠美はほっとした。入江佑樹と森川念江はまだじっとしており、真由も同じだった。瑠美は何も言わずに靴を脱ぎ、中から携帯電話を取り出した。彼女の動きを見て、皆は驚いて目を大きく開いた。こんな隠し方があったんだ!瑠美はカメラを起動させ、彼達に「しーっ」と指を唇に当てた。そして彼達の写真を撮り、自分のメールアドレスに送った。「助け出す方法を考えるけど、あともう数日だけ我慢してて」瑠美は言った。「それと、私がこれから言う話を覚えて。ゆみには、具合が悪いと言ってもらって協力してもらうの。あんた達が時々騒いでくれれば、私も入ってくる口実ができるから。あと、何か聞きたいことある?時間が限られてるから、手短にね」「瑠美、翔太は今どんな状況?」真由は慌てて低い声で口を開いた。「紀美子の様子を見てきてくれる?とても心配なの」その話になると、瑠美は思わず一瞬息が止まった。「お兄ちゃんはまだ見つかっていないの。でも朔也の死体は見つかったわ。あと、お父さんから聞いたんだけど、晋太郎お兄さんも事故に遭ったらしい……」瑠美はこれまでの出来事を一通り皆に説明した。この数件の知らせは、いずれも3人の子供達にとって衝撃的だった。瑠美は彼達が悲
「つまり、私が証拠を掴んで、塚原の罪を暴くってこと?」渡辺瑠美は一瞬で悟った。「そう。でも気をつけて。彼女達が軟禁されているという確かな写真を撮らなきゃダメよ。後で役に立つかどうかは別として、ちゃんと証拠を集めとかなきゃ」松風舞桜は注意した。瑠美は急に肩が重く感じた。しかし兄と晋太郎の為なら……どんなに危険があっても、彼女はやりとげると決めた。VIP病室にて。入江紀美子はぼんやりと窓越しに外の空と雲を眺めていた。頭の中では、杉浦佳世子の顔と彼女が言っていた話を繰り返して思い浮かべた。佳世子は何度も、塚原悟に注意してと忠告してくれていた。なのに、なぜ自分は彼女を信じようとしなかったのだろう。あんなに悟のことを信じていたのに、彼はまるで刃のように彼女の心を切り刻んだ。一体何が問題だったのだろう。悟は一体なぜ自分の周りの人にあんなことをしたんだろう。急に、彼女は脳裏で悟が言っていた言葉を思い浮かべた。「私の魂はすでに『Bael』に捧げた」紀美子は眉を寄せながら必死にその言葉の意味を考えた。そして彼女はやっと思い出した、「Bael」とはベールのことだった。依然彼と一緒に図書館に行った時、一冊の本を読んだことがある。その本が、十つの悪魔について記したものだった。ベールはそのうちの1つだ。彼は光の天使で、その力は人々の恐怖を追い払い、人々に希望を与える存在だった。しかし、彼は天使の中で唯一神を裏切った存在だった。紀美子は悟の職業を連想した。彼は医者で、確かに人に希望を与える光の天使のような存在だ。でもそんな彼が、神を背いて沢山の無実な人たちを殺した。なぜもっと早くその言葉の意味を思いつかなかったのだろう。もし早くそれに気づいていたら、この全てが起こらずに済んだのでは?全て自分のせいだ。自分の愚かさが間接的に彼達を殺した。涙が再びこぼれ落ちてきて、心臓の痛みは繰り返し彼女を罵り続けた。お前は塚原の悪行を助成した悪女だ、と。自分こそが一番殺されるべき人だ!皆が殺されたのに、自分だけこの世界に生き残る資格はない!紀美子は窓を眺め、飛び降りようかまいか考えた。真実はもうどうでもよい……罪を償わなくては。隣の病室にて。入江ゆみはベッド
「分かった」川辺にて。二人の女の子が一歩も動かずにそこに立っているのを見て、レスキュー隊員は自分達の弁当を彼女達に持って行った。渡辺瑠美は礼を言って受け取ったが、松風舞桜はそのまま突っ立っていて何の反応もなかった。「松風さん、少しでも食べて。もう随分とそこに立っているわ。このままでは身体がもたないよ」「進展はあったの?」桜舞は瞳を動かし、かすれた声で尋ねた。「まだ、なにも」レスキュー隊員はため息をつきながら答えた。「分かったわ」舞桜はがっかりした様子で頭を垂らした。彼女がレスキュー隊員が持ってきた弁当を受け取ろうとすると、急に身体が痙攣し始めた。そして、そのまま倒れてしまった。レスキュー隊員達は皆驚いたが、慌てて気絶した舞桜を支えた。瑠美も立ち上がり駆け寄った。「早く、救急車を!」30分後。舞桜は病院に運ばれ、瑠美も一緒に来た。一通り検査を終え、医者は過労且つ精神的なストレスが原因だと判断した。瑠美は医者に病室を用意してもらった。舞桜が寝ている間、彼女も隣りのベッドで仮眠をとろうとした。しかし十数分後、瑠美はいきなり身体を起こした。彼女が目を閉じるとすぐに、露間朔也が死んだ時の様子、そして渡辺翔太の姿が脳裏に浮かんできた。瑠美は悲しい気持ちに堪えながら、携帯を出して父の渡辺裕也に電話をかけた。彼女は母と入江紀美子の状況を確認したかった。電話が繋がり、瑠美は疲弊した声で尋ねた。「お父さん、お母さんはどうなってるの?」「瑠美、私もまだお母さんに会えていないんだ」裕也はため息をつきながら答えた。「どういうこと?」裕也は先ほど見た状況を娘に説明した。「塚原悟がやったのね!」瑠美は驚いた。「なぜお母さんまで軟禁するのよ?」「それはまだわからない」「つまり、私達は今、晋太郎お兄さんが戻ってきて解決してくれるのを待つしかないってこと?」裕也はしばらく沈黙してから口を開いた。「瑠美、晋太郎も事故に遭った……」裕也は晋太郎達が事故に遭った話を瑠美に伝えた。瑠美は驚きのあまり、最近の一連の出来事が信じられなかった。今の話は更に彼女を追い詰めた。悟の顔が繰り返し瑠美の脳裏に浮かんできた。あの人は一体どこまで冷血なのだろう?
「お前らは一体誰だ!」森川貞則はいきなり怒鳴って尋ねた。塚原悟は貞則の前に立って、彼を見下ろした。「私が誰なのかはあんたと関係ない」そうしている間に、エリーが書類をしまってしまった。彼女は悟の傍に行き、口を開いた。「行きましょう。影山さん」「うん」悟は頷いた。そして二人は入り口に向かって歩き出した。「あの書類は一体何なんだ?」貞則はまた叫んで尋ねた。「何故俺にサインをさせた?」「ただの遺書さ」悟は足を止め、振り返らずに言った。そう言って、彼達は面会室を出た。貞則は彼らが出て行った方向をぼんやりと眺めた。影山さん?影山?何だか聞き覚えのある名前だ。あの遺書には一体何が書かれていたんだ?刑務所を出ると、悟は腕時計で時間を確認した。「プライベートジェットを用意してくれ。A国に行く」「はい、影山さん!」朝4時半。田中晴と鈴木隆一がA国に到着すると、杉本肇と小原が迎えにきた。すぐに晴は肇に尋ねた。「レスキュー隊の方は何か進捗あった?晋太郎は……」途中まで言って、晴は一度口をつぐみ、聞き直した。「遺体は見つかったか?」肇は無言で首を振った。晴の表情は肇の回答を聞いてさらに曇った。「会社は今どんな状況?」隆一は尋ねた。「晋様が事故に遭ったことはまだ会社の人達に言っていないので暫く問題はありませんが、副社長にはいずれ悟られるでしょう」「裏切り者は?」「誰が裏切ったか特定できた?」隆一は続けて尋ねた。そう聞かれ、肇と小原は目を合わせた。「私と小原の推測では、恐らく副社長だろうと」「何故そう思う?」隆一は戸惑った。「ルアーと会ったことはあるけど、彼はそういう人じゃないはずだ」「副社長はこれまで何度も晋様に、A国に来るようにと催促していたが、晋様はずっとうんと言いませんでした。ある日彼が、うちの会社の機密情報が盗まれ、皆が混乱していると言ったので、晋様がその日のうちA国に向かいましたしかし、支社に来てみると、皆何事もなかったかのように業務をこなしているのを確認したんです。その後晋様が技術部を集めて会議をしているときに防犯カメラの録画を調べて分かったのですが、こんなレベルの問題はビデオ会議で解決できるものでし
そのまま暫く、田中晴の表情はぼんやりとしており虚ろな目のままであった。悲しみが彼の心を支配した。「晴くん、どうか助けてくれ」渡辺裕也は彼を見て、必死な表情で頼んだ。「犯人は誰だですか?」晴は尋ねた。「恐らく塚原悟だ」「塚原……やっぱり裏があったな。こんなに沢山の人を殺すなんて!」「今は紀美子達を助け出すのが先だ」「今回のことは、そう簡単にはうまくいかないはず」晴は拳を握りしめた。「隆一と相談してきます」「対策があったらすぐに教えてくれ」「はい」晴はコーヒーショップを出た。車が絶えず行き交う道路を見て、彼は少し眩暈がした。森川晋太郎とはつい先日まで電話をしていたのに、いきなり、死んでしまったと人伝に聞くことになるなんて。晴の目元は赤く染まったが、気持ちを整理してから鈴木隆一に電話をかけた。電話はすぐ繋がった。「隆一、晋太郎が……」「えっ?晋太郎がどうした?」「死んだ」「……」30分後。隆一は大急ぎで晴と佳世子の家に訪ねた。部屋に入ると、晴は両手で頭を抱えてソファに座っていた。隆一も無気力にただ晴の隣に座った。「全ては塚原のヤツの仕業だ」晴はゆっくりと頭を上げて口を開いた。「言われなくてもあいつだと分かる」隆一は歯を食いしばって言った。「ヤツが一番怪しかった」「紀美子と子供達を救い出さないといけない」晴は言った。「晋太郎の為にも彼女達を守り抜かなければならん」「その前に、俺達は一度A国に行く必要があると思う」「どうして?」「晋太郎のようなキレモノが、そう簡単に死ぬと思うか?」隆一は自信満々の様子で言った。「肇が既にブラックボックスの録音を聞いたんだ!」晴は眉を寄せた。「でも、遺体はまだ見つかっていないんだろ?」隆一は声を張って言った。「痕跡が残っていないはずがない!」「……つまり、何も見つからなかったのは、晋太郎が爆発する前に飛び降りたためだとでも言いたいのか?」「可能性はゼロではない!」隆一は言った。それを聞いた晴は、肇との会話を思い返した。確かに肇が録音の中にパラシュートパックを争奪する音がしたと言っていた。「でももしヘリに爆弾をしかけられていたとしたら、その爆発の威力を考