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第195話 誰かに似てる。

作者: 花崎紬
 情報が得られなかったため、紀美子はこの女性を家に留めることにした。

 明日、時間があれば警察署に行ってみようと考えていた。

 紀美子は彼女に部屋を用意しようとしたが、彼女は一人で寝るのを怖がり、紀美子のそばにいたがった。

 仕方なく、紀美子は彼女を清潔にして、一緒に寝ることにした。

 「あなたの名前は?」

 紀美子が布団に入ると、女性が声をかけた。

 紀美子は彼女に布団をかけながら答えた。「紀美子だよ。入江紀美子」

 女性はつぶやくように繰り返した。「入江紀美子……」

 紀美子は微笑みながら尋ねた。「あなたは?自分の名前を覚えてる?」

 「白芷」女性の目は少し暗くなった。「それしか覚えていない」

 紀美子は彼女を慰めた。「じゃあ、これからは白芷ちゃんって呼ぶね。

 「思い出せなくても大丈夫。少しずつ思い出すよ。ここで安心して過ごして」

 白芷の目が輝いた。「本当にいいの?」

 紀美子はうなずいた。「もちろん」

 他の質問はしても答えが得られないだろう。

 多分、彼女には何か悪い思い出があるのだろう。過度に強気でいると、彼女の感情がコントロール不能になってしまうかもしれない。

 だから、紀美子は彼女の傷に触れたくなかった。

 翌日、土曜日。

 紀美子は晋太郎の電話で目を覚ました。

 電話に出ると、まだ眠っている白芷を見て声を低くして言った。「何か用?」

 「子供たちは小原に送らせる。今週は忙しくて面倒見られない」晋太郎の声はかすれていて、疲労がにじみ出ていた。

 紀美子は「分かった」と一言だけ答えた。

 その後、晋太郎は電話を切った。

 紀美子が携帯を置いた瞬間、白芷がすでに目を覚まして彼女を見ていた。

 「起こしちゃった?」紀美子は申し訳なさそうに尋ねた。

 白芷はうなずいた。電話からの声が、どこか懐かしかった。

 しかし、考える間もなく、白芷は「お腹が空いた」と言った。

 紀美子は起き上がり、「分かった。何か作ってくるね」と言った。

 洗面して下に降りると、三人の子供たちが送られてきた。

 佑樹とゆみは紀美子を見ると、彼女の胸に飛び込んできた。念江だけは遠くから立って動かなかった。

 念江の孤独な姿を見て、紀美子は胸が痛んだ。

 この子は彼女には慣れてきたが、極度の母性愛の欠如と静恵の虐待のせいで、常
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  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第932話

    晴が説明しようとしたが、佳世子はすぐに晴の手を振り払った。「どうやって落ち着けって言うの?!」佳世子は混乱している様子で、声を荒げて言った。「私が聞いているだけでこんなに辛いのに、紀美子はどうだと思う?!彼女の気持ちを考えてみた?!!事故に遭ったのは彼女の実の兄、心を通わせた友達と最愛の男じゃない!こんなにも続けざまに受けた衝撃、彼女が耐えられると思う?!しかも彼女、銃で撃たれたのよ!!」佳世子は泣きながら悲痛な声をあげた。「私が戻って彼女を支えないと。彼女を一人にさせられない。彼女、壊れてしまうかもしれない!!」「君が戻ってもどうにもならない」隆一は深いため息をついて答えた。「今、誰も紀美子や彼女の子供たちに近づくことができないんだ」佳世子は赤くなった目で隆一を見つめ、問い返した。「近づけないってどういう意味?」晴は言った。「紀美子は今、悟の部下に監禁されている。病室に閉じ込められているんだ。彼女のおじさんの話によると、子供たちは紀美子とは別の病室に閉じ込められている」その言葉を聞いた瞬間、佳世子は膝がガクンと崩れそうになった。晴がすぐに手を伸ばして支えてくれなければ、彼女はその場に座り込んでいたかもしれない。佳世子は呆然とした表情で言った。「どうしてこんなことに……」晴は何も言わず、佳世子を抱きしめたまま黙っていた。佳世子はもはや抵抗する力も残っていなかった。ただ胸が張り裂けそうだった。しかし彼女は分かっていた。自分の痛みなど、紀美子が感じている苦しみの微塵にも及ばないことを。佳世子は声を押し殺し泣いた。「悟はなんでこんなことを……どうして紀美子にこんな仕打ちをするの……彼女のこと好きだったんじゃないの?それも、八年間も!どうしてこんな残酷なことを……紀美子は死のうとするに決まってるわ!彼女には耐えられないわよ……」佳世子の泣き声を聞きながら、晴と隆一は何度もため息をついた。この出来事は、二人にとっても理解できないことだった。悟の目的は、一体何なのだろうか…………A国、MK支社。悟とエリーは、数十人のボディーガードを引き連れて会社の下に到着した。出勤してきた社員たちは、その威圧的な雰囲気を見て、次々と道を避けて通り過ぎた。悟が会社に入ると、

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第931話

    「他人が見ようが見まいが関係ない!」そう言うと晴の目には涙が浮かんでいた。彼は喉を詰まらせながら言った。「もう二度と君を放さない、佳世子!絶対に君を消えさせはしない!」心臓が引き裂かれるような感覚、今はもうその空虚さが埋められている。彼はもう、あの空虚で狂いそうな気持ちを二度と味わいたくなかった。佳世子は深く息を吸い、冷静に彼をなだめるように言った。「放して、私たち座ってちゃんと話そう」晴はすぐに反論した。「放さない!死んでも放さない!」佳世子は我慢しようとしていた気持ちが一瞬で消え失せ、「ふざけんな、放せ!」と叫んだ。晴はその言葉を聞いた瞬間手を放し、戸惑いながらも、自分の目の前に立っている思いを巡らせてきた女を見つめた。佳世子は呼吸を整え感情を押し殺し、冷静に彼を見つめながら言った。「どのテーブルに座る?」晴は動かず、佳世子のことをじっと見つめ、叫んだ。「隆一、ホテルへ!」「あ、ああ……わかった!」隆一は急いで指示通りに動き出した。……15分後。三人はホテルの部屋に到着した。晴は佳世子を心配そうに見つめており、その様子は隆一の目にはまるで変態ように映った。佳世子はソファに腰掛け、晴も彼女にぴったりと寄り添って座った。佳世子は彼らの向かい側に座り、佳世子に問いかけた。「佳世子、ずっとA国にいたのか?」「そうよ、ずっとA国で治療を受けてるの」佳世子は率直に答えた。「そうか」隆一は言った。「晴がずっと君を探していたのは知ってるか?」佳世子は頭に手を当てながら頷いた。「ええ、森川社長から聞いたわ」その名前を聞いた瞬間、晴と隆一は思わず息を呑んだ。そして二人は顔を伏せ、目には深い悲しみの色を浮かばせた。佳世子は一瞬戸惑い、隆一と晴を順番に見た。「二人とも……それは何の表情?」佳世子には理解できなかった。晴は口を閉じたまま言葉を発しなかった。彼は肘をつき、頭を抱えながら言った。「晋太郎が事故に遭って、今、行方不明なんだ……」「生きているのか、それとも死んでいるのかすら分からない」隆一が続けて言った。佳世子はふと数日前に見たニュースを思い出した。彼女は目を大きく見開き、驚いた表情で問いかけた。「それって

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第930話

    「あまり寝てないせいか、瞼が痙攣するんだ」田中晴は目を揉みながら言った。「左の方?右の方?」鈴木隆一は尋ねた。「左」「なるほど、ほっといていいんじゃない?左の方が痙攣するのはいいことがあるというのを聞いたことがある」「そんなのを信じるのか?」「信じたほうがいいものもあるのさ」それを聞いて晴は急に足を止め、隆一は戸惑って晴を見た。「隆一、紀美子が撃たれた夜、朔也が何を言っていたか覚えてる?」隆一は眉を寄せて必死に思い出そうとした。「たしか、彼は自分の残りの命と引き換えに紀美子を目覚めさせたい、と」晴は険しい顔で頷いた。「そして美紀子は目が覚めた」「朔也が……死んだ……」隆一は目を大きく開いた。ここまで会話をすると、2人共ぞっとしてきた。晴の瞼はまだ痙攣が止まらなかった。彼は暫くぼんやりとして、視線を隆一の後ろのレストランに落とした。もしかして……晴はそう考えながら、いきなり険しい目つきでレストランに駆け込んだ。彼は店内を一周回ったが、あの見慣れた姿が見つからなかった。「どうしたんだよ、急に?」隆一は慌てて晴に追いついて尋ねた。晴はがっかりした顔で首を振った。「何でもない、とりあえず飯にしよう」2人は席に座って注文を決めた。「さっき……もしかして佳世子に会えるじゃないかと思った?」隆一は寂しい顔をしている晴に尋ねた。晴は唇を噛みしめて何も言わなかった。「彼女が海外に出たのは確かだけど、どの国に行ったかは誰もしらないんだ。そんな簡単にばったりと出会えるはずがないよ。世界はそこまで狭くないし」「すみません!」隆一の話がまだ終わっていないうちに、生き生きした声が返ってきた。晴は手が震え、隆一も急に黙った。「いつものをください」その声を聞いて晴と隆一は目を合わせた。二人が入り口の方を見ると、黒いスポーツウェアとハッチング帽を被った女性がいた。女性の横顔を見ると、晴は思わず目を大きく開いた。隆一もびっくりして口を開けたまま停止した。か、佳世子!まさか言い当てたのか?そう考えているうちに、隣から晴がすっと立ち上がる音がした。彼の顔には困惑と喜びが浮かんでおり、真っすぐに佳世子の方へダッシュした。彼女が振り向こうと

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第929話

    「会社は社長の心血です!」 そう言い放ったルアー・ウェイドの眼差しはとても鋭かった。 「心血、だと?」 塚原悟は軽くあざ笑いをして、ルアーに一歩近づいた。 その紺色の瞳は、人をぞっとさせる陰湿さを帯びていた。「晋太郎は既に死んだだろ?」 彼は冷たくそう言い放った。 「そ、そうだとしてもあなたは社長の座に着けません!森川家の人間ではないため、相続権はありません」 ルアーは心臓の激しい鼓動を堪えながら、恐る恐る言った。 「そう?」 悟は軽く笑った。 そして、彼はエリーに手を伸ばし、彼女が渡してきた書類を受け取った。 「まずはこれを読んでみろ」 悟はその書類をルアーの胸に叩きつけて言った。 ルアーは一瞬戸惑ったが、書類を開いた。 中身を読んだ彼は、思わず目を大きく開いた。 A国警察署にて。 田中晴と鈴木隆一は一通り聞きまわってから警察署から出てきた。 車に乗り込み、2人共深く眉を寄せながら考えた。 そして車がある程度の距離を走り出してから、隆一は口を開いた。 「どうしても信じられん!犯人の死体まで見つかったのに、なぜ晋太郎のが見つかっていないんだ?」 「警察の話によると、パラシュート降下も不可能ではないが、彼らは随分と捜索範囲を広げたのに、全く痕跡が無かったそうだ。 それにしても、晋太郎の遺体も見つからないのは、一体どういうことだ?」 「見つかっていないってことは、まだ彼が生きていると考えてもいいのか?」 隆一は尋ねた。 「俺は今すごく混乱してるよ。全く現状の整理ができない!」 晴はイラついて自分の髪の毛を引っ張った。 「とりあえず、うちの父に電話をしよう」 隆一はため息をついて言った。それを聞いて晴は急に体を起こした。 「そうだな。あんたのお父さんもA国に人脈があるから、彼に裏ルートから探してもらえないか?」 「うん、今のところはそうするしかない。とりあえず、ホテルに戻ろう」 隆一は頷いた。 「そう言えば、渡辺翔太も事故にあったそうだが、聞いてる?」 「聞いたけど、向こうも死体が見つからないようだ」 隆一は悔しくため息をついた。 「紀美子はもう全て聞いたと思うけど、受け止めきれるかな?」 晴は入江紀美子のことを思い出して心配

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第928話

    外の騒ぎが聞こえたのか、2人の子供達も警戒して体を起こした。渡辺瑠美は彼らに瞬きをし、黙っててと合図を送った。そして彼女は看護婦のような口調で尋ねた。「どの方、具合が悪いのですか?」「この子です」長澤真由は反応して目線で入江ゆみを示した。瑠美は頷き、ドアを閉めようとした。「何をする?」ボディーガードは瑠美を止めた。「検査です!」瑠美は厳しい声で説明した。「子供が具合が悪いようなので、服を脱がして状況を確認するのです!もしそうさせてくれないなら、今すぐ警察を呼びます!」ボディーガードは顔が真っ白なゆみを眺めた。ボディーガード達が受けた命令はこの数人の監視であり、如何なる問題もあってはならない。もちろん、その数人の安全や健康もそのうちに入る。つまり、今の状況を鑑みると、過度に阻んではならないことは彼らにもわかっていた。万が一何かがあっても、責任は負えない。「早く検査しろ」そう言って、ボディーガードは思い切りドアを閉めた。その瞬間、瑠美はほっとした。入江佑樹と森川念江はまだじっとしており、真由も同じだった。瑠美は何も言わずに靴を脱ぎ、中から携帯電話を取り出した。彼女の動きを見て、皆は驚いて目を大きく開いた。こんな隠し方があったんだ!瑠美はカメラを起動させ、彼達に「しーっ」と指を唇に当てた。そして彼達の写真を撮り、自分のメールアドレスに送った。「助け出す方法を考えるけど、あともう数日だけ我慢してて」瑠美は言った。「それと、私がこれから言う話を覚えて。ゆみには、具合が悪いと言ってもらって協力してもらうの。あんた達が時々騒いでくれれば、私も入ってくる口実ができるから。あと、何か聞きたいことある?時間が限られてるから、手短にね」「瑠美、翔太は今どんな状況?」真由は慌てて低い声で口を開いた。「紀美子の様子を見てきてくれる?とても心配なの」その話になると、瑠美は思わず一瞬息が止まった。「お兄ちゃんはまだ見つかっていないの。でも朔也の死体は見つかったわ。あと、お父さんから聞いたんだけど、晋太郎お兄さんも事故に遭ったらしい……」瑠美はこれまでの出来事を一通り皆に説明した。この数件の知らせは、いずれも3人の子供達にとって衝撃的だった。瑠美は彼達が悲

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