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第2話

私は数日間入院して、安静に過ごさなければならない。

斎藤健、つまり私を病院に連れてきた隣人は、とても親切で、病院の様々な手続きを手伝ってくれた。

「お姉さん、旦那さんには連絡しないの?」

私の手は一瞬止まった。

「伝える必要はないわ、離婚するつもりだから」

彼は「え?」と声を上げ、少し気まずそうな顔をした。

私は少し申し訳なく感じた。

「ごめんなさいね、こんなことをあなたに話すべきではなかったわ」

斎藤健は明るい表情を見せ、手を振りながら「大丈夫だよ」と言った。

その瞬間、私は夫のことを思い出した。彼はもう暫くの間、私に良い顔を見せてくれなかったから。

会話をするたびに、夫は嫌な表情を浮かばせ、眉をひそめて目を見開くばかり。

まるで私が彼の邪魔をしているか、彼のことを不信に思っているように受け止められる。

スマホの振動で、私の思考が現実に引き戻された。

絢斗から送られて来たのは、醜いスカーフの写真だった。

「君の誕生日プレゼントを買ったよ。これで満足だろ?」

私はスカーフに付いたブランドロゴを見て、すぐに雨宮優香のSNSをチェックした。案の定、彼女は新しいエルメスのバッグを投稿していた。

「妊娠で体調不良だったけど、このバッグで一気に回復したわ!絢斗くん、ありがとうー」

私は思わず嘲笑った。このスカーフは、ブランド物のバッグに付いてきた付属品に違いない。

どうせスカーフが醜すぎて、彼女がいらなかったのだろう。それで絢斗は、それを私へのプレゼントにして送りつけたに違いない。

「いらないわ。雨宮優香のバッグを拭くのに使ったら?」

私の返信は、瞬時に絢斗の怒りを引き起こし、すぐに電話がかかってきた。

「お前、そんなくだらない嫉妬をしてどうするんだ?俺と彼女はソウルメイトなんだ。お前が思ってるような低俗な男女関係じゃない!」

「もし俺が本当に彼女と何かあったら、お前なんかが俺と結婚して楽できるわけがないだろ?」

楽?

その言葉に、私は目の前が真っ暗になった。

私は大学2年の時に絢斗と付き合い始めた。その年に、雨宮優香はちょうどヨーロッパに留学に行ったところだった。

当時、絢斗の実家の経済状況は決して良くなく、私は特に良い生活をしていたわけではなかった。

卒業後、彼は起業し、表向きでは成功しているように見えたが、実際には会社の多額の経費のために節約しなければならず、いつも頭を抱えていた。

2年前にようやくビジネスが成功し、状況が好転した。

しかし私は、節約することに慣れていて、彼の苦労を思うとお金を無駄遣いすることはなかった。

その上、子供ができないことで姑から毎日のように責められていた。

一体、彼は何を持って「楽している」と言えるのだろう?

「お姉さん、温かいスープでもどうぞ」

斎藤健がちょうど外から買って来たスープを、私に勧めてきた。

その声が電話に伝わり、絢斗は数秒黙った後、激怒した。

「そばに誰がいるんだ?晴子、よその男を呼んできたら、俺を挑発できるとでも思ってるのか?」

「そいつを今すぐ追い出せ、俺の家を汚すんじゃない!」

私は我慢の限界で、彼に体調不良で入院していることを伝えた。

夫は少し沈黙し、急に笑い出した。

「分かったよ。お前、本当に子供じみてるな。優香が妊娠して体調を崩しているのを見て、同じ手で俺の気を引こうとしてるんだろ?」

「もしかして、お前も妊娠したと言いたいのか?笑えるし、気持ち悪いんだよ!」

私はスマホを握りしめ、感情を堪えるよう、自分に何度も言い聞かせた。

今、私のお腹の赤ちゃんは、これ以上のストレスに耐えられないから。

「絢斗、あなたに戻ってきてもらおうだなんて思っていない。優香さんと楽しんで来て。こっちにはちゃんと世話してくれる人がいるから、あなたがいなくても生きていけるし、むしろ少し楽に感じるくらいよ」

これが、私が初めて絢斗よりも先に電話を切った瞬間だった。

彼は怒りにまかせて大量のメッセージを送りつけてきたが、その内容は、私が彼を不機嫌にさせたことへの文句ばかりだった。

それと、「後悔するなよ。どうせ一日も経たないうちに、また俺に泣きついて謝るんだろ」という内容だった。

私はスマホを脇に置き、スープを一口ずつ飲み始めた。

2日後、医師から体調が安定したと告げられ、退院できることになった。

斎藤健が車で迎えに来てくれた。

申し訳ないから自分でタクシーを呼ぶと言ったが、彼は爽やかに笑いながら、「隣人同士、手伝うのは当然だよ。大して迷惑なことじゃない」と言ってくれた。

その優しさに、胸が疼いた。

夫は、ほとんど私を車に乗せてくれることはなかった。

でも雨宮優香の電話一本で、どんなに遠くても、彼は必ず迎えに行った。

「お前も車があるんだから、自分で運転すれば?」

私が少し不満を漏らすと、彼は必ずこう返してきた。

「優香は運転免許を持ってないから、迎えに行くのは当たり前だ。もしタクシーで不慮な事故にでもあったら、お前は責任を取れるのか?」

助手席に座ろうとしたその瞬間、誰かが私の腕を強く引っ張った。

振り向くと、そこには激怒した絢斗が立っていて、私は驚いた。

「どうしてここに?」

この2日間、彼からの新しいメッセージはなかった。ひょっとして、私を気にかけて、帰国してすぐに病院まで迎えに来たのだろうか?

彼は斎藤健を冷たく一瞥し、怒りに満ちた声で言った。

「よく言えるな。家に帰ったら、食卓にあった料理が全部腐って臭くなってたぞ!」

「晴子、お前はいったい何ができるんだ?他の主婦たちは、せめて子育てや家事をまともにやっている。お前は子供すら産めないくせに、今度は家事も投げ出す気か?」

その言葉で、私の最後の希望が完全に砕け散った。

私は彼の手を振り払い、冷淡な声で言った。

「入院してるって言ったでしょ?自分の奥さんに、病人に対して、労わることも出来ない上に、家事ができなかったことを責めるつもり?」

絢斗は私を頭の先からつま先までじろじろ見て、疑っている目つきで言った。

「顔色は良いじゃないか。どこが病人なんだ?嘘をつくなよ!」

この数日間、斎藤健が私のために毎日炊いたスープや栄養補給の食べ物のおかげで、やっと顔色が少し良くなってきたところだった。

斎藤健は絢斗の言葉を聞いて、車から降り、状況を説明しようとしたが、私はそっと首を振って彼を止め、先に帰るように促した。

だが、予想外なことに、絢斗は私を家に連れ帰るどころか、車を直接クラブの前に止めたのだった。

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