第34話

「今日は来てくれてありがとう」松井詩は言った。

片瀬響人の声は少し詰まっていた。「君の結婚式だから、もちろん来るさ」

しかし、その瞬間、別のゲストが松井詩に祝杯を求めてきた。「結婚おめでとう！」

松井詩は笑顔で答えた。「今日は来てくれてありがとう」

片瀬響人は突然、自分が思い上がっていたことに気付いた。

彼女のその言葉には、特別な意味はなかった。

彼女はただ、他のゲストと同じように感謝の気持ちを伝えただけだったのだ。

彼は、彼女の目には他のゲストと変わらない、ただの一人に過ぎなかったのだ。

片瀬響人は肩を落とし、麻生恭弥が彼の肩を叩いた。「片瀬、ありがとう」

片瀬響人は本当はこう聞きたかった。「君は今日来てくれたことに感謝しているのか、それとも自分の愚かさで松井詩を失ったことに感謝しているのか？」

しかし、その言葉は口から出ず、ただ「二人とも幸せになってくれ」としか言えなかった。

麻生恭弥は頷いた。「僕たちは幸せになるさ」

「いとこ、彼女をいじめないでくれ。彼女は気が優しくて、喧嘩しても言い返さないから......」

麻生恭弥は笑った。「安心してくれ。今では彼女はとても口が達者だから、僕は彼女と喧嘩する勇気がないよ」

「......そうか」

「片瀬、人は変わるものだよ」麻生恭弥は言った。「叔母から聞いたけど、北米には行かずにヨーロッパに行くつもりなんだって？」

「うん」片瀬響人は言った。

「ゲーム業界のことは分からないけど、法律関係で何か助けが必要な時は、いつでも言ってく」

片瀬響人は微笑んだ。「もう君に法律顧問を頼むのはやめておくよ。一度頼んだら、妻を失ったからね」

麻生恭弥は軽く彼の肩を叩いた。「そんなこと言うなよ」

「乾杯に行っていないゲストがまだいくつかのテーブルにいる。老班長と他の人たちが待っている」森美希子が松井詩に言った。

「分かった」松井詩は頷き、片瀬響人に問うた。「班長たちも来てるけど、会いに行く？」

「いや、用事があるから、会ってすぐに帰るよ」片瀬響人言った。

「そう。じゃあ、気をつけて帰って」松井詩言った。

彼の視線は松井詩の手に落ちた。それは今も昔と変わらず美しく、ただ、今は別の男の手に握られていた。

「詩ちゃん......」

松井詩は足を止めた。「どうしたの？」

「タバコを一本くれないか