「ここが拠点ですか」
眼の前には大きな一軒家が二軒並び立つ。4階建てか?それにしてもお屋敷レベルのデカさがあるな。20人も住んでいるのだからこれくらい大きくないとシェアハウスは無理か。「さ、遠慮しないで入って入って」
アレンさんに背中を押されながら拠点の扉を開くと男女複数人が出迎えてくれた。
「いらっしゃーい!!」
「あー!やっと来たー!」「フェリス血だらけじゃねぇか!」各所からいろんな声が掛けられる中アレンさんが前に出て皆を静かにさせてくれた。
「まあまあお出迎えはこれくらいにして、とりあえず中に入ってもらうよ」アレンさんの手招きで建物の奥へと足を進める。「アタシは傷の手当てしてからそっちに行くから団長と先に行っててね」そうだ、傷を負ったフェリスさんは手当てがいる。確か回復魔法を使える人が居るって言ってたな。僕は相槌を打ちアレンさんに着いていった。リビングというか一番大きな部屋に案内されると開口一番アレンさんが声を張り上げる。
「さあみんなお待ちかねカナタくんだ!」
いきなり僕を皆に紹介してくれたのはいいが、簡単すぎないか?一応自分で挨拶はしておこう。
「初めまして城ヶ崎彼方と申します。皆さんは異世界から飛ばされたと聞きました。僕の知識が皆さんの助けになれるよう精一杯協力させて頂きます」そう言うと1人の男が声を張り上げる。「固いぜカナタ!ハルトとは友達なんだろ?ならオレとも友達だぜ!!」体育会系と思われる見た目と言動からして、僕と真逆のタイプと思われる。「オレの名前はゼン・トランセル!ゼンでいいぜ!!」「よろしくお願いしますゼンさん」「だからかてーのよ!タメ語で行こうぜ!それに22だろ?カナタ。オレも22なんだぜ?」なんと、その見た目で同い歳だと?分かるわけないだろう、どう見ても歳上じゃないか。ただここは流れに乗っておこう。仲良くなっておいて損はない。「よろしく頼むよゼン」
「さ、みんな挨拶は終わったかな?せっかくだしお寿司でも頼もうか」「ピザもー!」誰だ、欲望に忠実な奴は。僕だってどちらも食べたい。そういえばお昼御飯は食べてなかったからお腹が空いているな。「カナタくんも遠慮しないで食べてくれよ」「ありがとうございます」皆が各々喋りつつ席に着いていく中、漣が近付いてきた。「カナタくん、久しぶりだな」「漣さんもここに住んでいたんですね」「ああ、あれから皆と一緒にいるほうが何かと都合がいいと言われてな。私もここに住むことにしたんだ」漣さんは機械音痴だからな。皆と一緒にいないとまた連絡がつかないなんて事になったらとても厄介な事になる。何より貴重な剣聖という戦力でもある。「そういえば、アレン団長と漣さんってどっちが強いんですか?」「ふむ、よく聞かれる事でもあるがそうだな……恐らく本気で戦えば私が負けるだろう」ええ!?アレンさんあんな成りして漣さんより強いのか!?「アレン団長はあれでも殲滅王なんて呼ばれているのよ」僕と漣さんの会話を聞いていたのか、レイさんが追加の説明をしてくれた。「アレン団長はここにいるメンバー、いや異世界でも最強と呼ばれる3人の英雄がいるんだけれど、その内の1人だから多分誰も勝てないわ」あんな見た目だけどね。と少しディスられつつも戦闘能力は誰もが認めるほどらしい。殲滅王と呼ばれるくらいだからな、多分とんでもない魔法とか使うんだろうな。「お寿司が届いたよー」気の抜けたアレンさんの声で皆が玄関まで取りに行く。僕も手伝おうと席を立とうとしたがレイさんに止められた。「貴方はお客様よ、ここに居なさい」そう言われると何も言えず、ハイと返事をして座ったまま準備が出来るまでレイさんと雑談することにした。「そういえば聞いてみたいことがあったんですが」「なにかしら?私でわかる範囲で答えさせてもらうわよ」「僕も魔法って使えるようになりますか?」
昼食後、アレンさんと廃工場に来た。こんな所があったことすら知らなかったくらいだ、誰も寄り付かないというのも本当なんだろう。それなりに大きい敷地、周りから隠れられる程大きな建物。「さあ、カナタくん!まずはファイアーボールを覚えてみようか!」アレンさんと向き合う形で訓練を行うらしい。「片手を突き出して掌をボクに向けてみて」言われた通りに左手を突きだす。「まずは魔力ってのを感じないといけないね。左手の掌に集中してみて。目を瞑って力を蓄えるように意識しながら」目を瞑り魔力というよく分からない力を感じる為意識を左手の掌に向ける。すると何かが掌に纏わりつくような感覚があり、違和感を覚えた。「アレンさん、何か左手に言葉で表せないような違和感があります」「そう!それだよ!それを感じなければ魔力適性がないから覚えることは出来なかったんだけどまずは第1段階クリアおめでとう!」嬉しそうに目を細めて、僕を称えてくれる。「次はその感覚を忘れないようもう一度やってみて」再度、左手に意識を向けると何かが纏わりつくような感覚になった。「今だよ、火をイメージしてみて」火?熱い、揺らめく炎、なんとなく自分が思い付く限りのイメージを思い描く。「火が球になっていくイメージを」そうか、ファイアーボールだから火の玉か。火の玉が掌から生み出されてくるようなイメージを思い描く。「その火の玉が掌から勢いよく外側に向かって飛んでいくイメージを」よくマンガとかで見る光景ってやつだな。言われた通り頭の中でイメージしてみた。「よし!そのイメージを保ったままファイアーボールと叫んでみよう!」「ファイアーボール!!」すると掌からアレンさんに向けて轟音と共に勢いよくボーリング大の火の玉が飛んでいく。無から有を生み出す初めての試み。こんな心躍る瞬間があったとは。勢いよく飛んだ火の玉はアレンさんの結界に阻まれて弾けたが、今この瞬間僕が魔法を使ったことに変わりはない。沈黙して自分の左手を
「すごい!!ここまでの練度で魔法行使ができるなんて、これは教えがいがあるぞー」攻撃を受けたにも関わらずとても嬉しそうな表情を浮かべるアレンさん。僕にも変化はあった。それは疲労感。全力疾走した後に起こる脱力感と足に力が入らない疲労感が一気に襲いかかってくる。「おっとっと」まっすぐ立つことも容易ではないほどに疲れた……これはなんなんだろうか。「それは、魔力枯渇だね。慣れない魔法を一気に使ったもんだから体内の魔力が無くなっただけさ」少し休めば治るらしいが、これは結構しんどいぞ。魔法を使うときは考えて使わないといけないな。「安心していいよ、魔法を使えば使うほど魔力は増えるから訓練すればその疲労感もなくなってくるからね」そんなアレンさんの助言も途中から耳に入らなくなっていき、次第に目の前が真っ暗になるようにして、僕は意識を手放した。意識がなくなる直前にアレンさんの独り言が聞こえてくる。「これは、レイに怒られるかもしれないなぁ……」――――――目を覚ますと、見慣れない天井。ベットに寝かされているようだが、ここは拠点内の部屋なのだろうか。多分アレンさんが運んでくれたのだろう。身体を起こしリビングへと足を向けるが、何やら話し声が聞こえてきた。「何を考えているんですか!団長!カナタくんにもしもの事があったら私達は一生帰ることができないんですよ!」「ご、ごめん……思った以上に飲み込みが早いから中級魔法まで教えちゃったら出来ちゃったんだよ」「たった1日で中級魔法まで覚えるなんてカナタすげぇじゃねぇか。これは負けてられねぇな!」誰が何を話しているか口調で分かるな。レイさんに怒られるアレンさんと、意味の分からない勝ち負けにこだわるゼンってところか。リビングの扉を開けると室内にいた全員が一斉に僕に目線を向ける。「すみません、倒れてしまったようで……
「初めまして、よろしくカナタ」 「これからよろしくお願いします、アカリさん」 声も幼いな。 絶対歳下だなこの子は。 「カナタ、私に敬語はいらない。素早く正確に言葉を伝えるには敬語は不適切」 えらく淡々としているんだな。 確かに護衛なら手短に用件は伝えて動いてもらわないといけないし、理にかなっている。「わかった、これからよろしく」 そういうと片手を差し出してきた。 握手しろってことなのかな、一応この子なりの挨拶なのだろう。 「カナタくん、この子はここにいるメンバーで3番目に強いわ。だから護衛には適任だと思ったの」 え!剣聖より強いのか!? 「あ、もちろん剣聖は除いてね。黄金の旅団は剣聖以外が団員なの。剣聖に関しては協力者って立場ね」 「カナタ、私の二つ名は神速。誰の目にも止まらない攻撃が得意」 なにそれカッコいい。 神速だって?絶対速いじゃないか、音速を超えるのかな。 「カッコいい二つ名だね。その二つ名ってやつは誰が決めるんだ?」 「勝手に周りがそう呼ぶ」 なるほど、周囲が勝手に決めたものが定着して二つ名となるのか。 僕ならなんて二つ名が付くだろうか。そんなことを考えているとアカリが鼻で笑う。 「カナタに二つ名をつけるとしたら地味天才」 地味なのか……やっぱり地味な見た目してるんだな僕は。 「こら!アカリ!思ってても口に出したらだめでしょ!!」 フェリスさん、貴方のその言葉がもはや一番傷つくんです。 「とりあえずカナタくん!!」 一際大きな声でアレンさんが叫ぶ。何事かと皆が振り向くと真面目な顔で僕に話しかけてくる。 「カナタくん、君は想像を超えた逸材かもしれない。君がもしもボクらと共に異世界に行くというのならボクが面倒を見よう」 周りがザワつく。 殲滅王がそんなこと言うなんて初めてじゃないか? 団長の真面目な顔久しぶりに見た。 逸材を独り占めなんてずるいぞ団長。 などと皆が口々に喋り出す。異世界に行く、か。 ど
「すみません、長々とお世話になりました」 実は2日泊まってしまったのだが、思いの外居心地が良くてそのまま居座りそうな空気になっていた為一度家に帰ることにした。 姉さんもずっと連絡してきてるし、寂しいんだろうな。 「カナタくん、これから3日おきにここに来るといいよ。その時に魔法を教えてあげよう」 「ありがとうございます。次に会うまでには中級魔法をマスターしておきます!」 程々にね、と笑いかけてくる皆。 僕は今までこんなに居心地のいい時間を過ごしたことはない。 姉さんといるときはもちろん居心地のいい時間だが、それとはまた違う良さがある。 皆に別れを告げて帰路に着くが、当たり前のように僕の横を歩くアカリ。 そうだった、護衛だった。 姉さんにはなんて説明しようか……。 「ただいまー」 姉さんの仕事に履いていく靴はあるが、玄関の扉を開けると人の気配がない。 姉さんはまだ帰ってきてないみたいだ。 間違えて違う靴を履いていったのかな。 「アカリはずっと僕に張り付いているのか?」 「トイレとお風呂は別行動」 そうだよな、それを確認しておきたかったんだ。 もし風呂やトイレにも付いてこられると落ち着かないしこんな女の子に見られるなんて恥ずかしすぎる。 「カナタ、1つ聞きたい」 「なんだ、改まって」 「紫音はどこ?」 姉の名前も知っているのか。 流石に護衛というだけあって僕に関する情報は一通り頭に入れてるみたいだ。 「姉さんは多分まだ帰ってこないよ、仕事じゃないかな」 「じゃあこのスーツは何?」 リビングに脱ぎ捨てられクシャクシャになったスーツ。 玄関にはいつも仕事に履いていく靴。 どういうことだ?確かにおかしい。 それに今は18時過ぎ、いつもなら帰ってきててもおかしくない時間だ。 アカリは黙り込んだまま、俯いている。 「アカリ?」 「紫音が攫われたかも」おいおい、流石にその冗談は笑えないぞ。 たった一人の血縁関係なんだ、姉さ
「全力で防御して」は?待て待て、こっちはまだ習いたての魔法しかないんだぞ。全力で防御しても紙切れのような脆さしかない結界になんの意味があるのか。それでも一応アカリの言葉に従い、自身の周りに半径30センチ程度の防御結界を作った。「魔族が来る」刹那、突風が吹き荒れ辺りは嵐の中に入ったかのような暴風雨に包まれる。防御を推奨したのはこのためか。とにかくずぶ濡れになることだけは避けられたようだ。「チッ、もう追手が来たのかよ」聞くに堪えない酒ヤケしたかのようなガラガラ声。これは魔族の声か。「神速絶技、抜刀」アカリの呟きが耳に入ったときには、周囲に晴れ間が広がっていた。「私の動きが速すぎて歩くだけでこんな程度の風、散らせる」アカリから説明が入ったが、今はそれどころではない。雨が上がり突風が止んだせいで、直線20m程離れた所に異形が立っているのが見えてしまった。魔族とはこういうものだ、と言わんばかりの見た目。赤黒い身体に岩肌のような手足。顔をトカゲと人間を混ぜたかのような、目を伏せたくなる醜さだ。「やるじゃねぇかネーチャン」異形から発せられた言葉はアカリに向けられているようで、僕のことは眼中にない素振りだ。「ああ、自己紹介してやるよ」そう言って構えを解いた異形が名乗る。「オレの名前はグリード。破壊の王とはオレのことだ」レイさんから教えてもらった四天王の名前、確かグリードって奴も居た気がする。てことは、アカリには荷が重いんじゃないか?「安心してカナタ。私は既に四天王の一体を討伐している」僕にはアカリの戦闘能力すら化け物に感じた。あの異形と僕と同じくらいの身長の女の子が同等?なんて馬鹿げた世界なんだ、異世界ってやつは。それより問わないといけない事がある。「紫音姉さんはどこだ!」あまり声を荒げる事がない僕だが、今日くらいはいいだろう。早く姉さんの無事を確認しないと、いつまで経っても気が
刹那の攻防により、辺りの道路は鋭利な刃物で引っ掻いたような傷、崩れる石垣、半壊した住宅。 見るも無惨な光景に変わりゆく。 動きが速すぎて目では捉えられないが、時折聞こえる剣戟の音が激しい戦闘を物語っている。 「神速絶技、死線月花」 「ドミネートブラストォ!」 お互い技の撃ち合いをしているような声も聞こえてくる。 アレンさんに連絡をしておいたほうがいいか? いやアカリが僕の為に戦ってくれているんだ。 水を差すような真似はやめよう。 「しぶといね、これで終わり」 「オメーこそなかなかやるじゃないか!」 お互い足を止めたようで僕にもやっと姿が見えたが、アカリはほぼ無傷でグリードは所々に血が滲んでいる。 四天王の1人を討伐したことがあるっていうのは、本当のようだ。 しかしアカリは瞑想のような仕草で深く呼吸をする。 一拍置いて目を開きグリードに問いかけた。「構えたほうがいい、これで四天王の1人は死んだから」 「なんだと?」 グリードも流石に不味いと感じたのか先程の余裕は感じられず力を溜めているような表情をしている。 「神速絶技、一閃」 刀がゆっくりと鞘から抜かれ刀身が顕わになる。 もう一度ゆっくり納刀する。 「終わった、カナタ」 いや、まだ眼の前にグリードが突っ立っているけども。 ………… ………… …………ボトリ。重たい水袋を落としたような音が聞こえそちらに目を向けると、グリードが呻き声を上げた。 「ううぐぅぅああ!」 足元には分厚い腕が落ちており、肩を見るとその先がない。 斬ったのか?さっきのゆっくりした抜刀で。 「クソが!!」 捨て台詞を吐き捨て、痛みを堪えながらグリードは黒い靄に包まれて消えていった。「終わったって言った」 そうは言うが僕にはただゆっくり刀を抜いてまた戻しただけに見えたがなにをしたんだ。 「見えなかっただけ、あいつの身体が異常に硬かったから同じ動作を数十回行った」
僕とアカリも帰路に着く為2人徒歩で夕焼けに染まる住宅街を歩く。「そういえば気になったんだけど、閑静な住宅街とはいえ人はいるだろ?なんで誰も出てこなかったんだ?」流石に人気が少ないとはいえ、住宅がある以上そこに住む人達は少なからず居る。なのに、あれだけ大騒ぎしていたのにも関わらず誰も出てこなかった。「魔族が人払いの結界を張っていたから」僕の問いかけにアカリは淡々と答えた。「でも魔族って凶悪な存在なんだろ?人払いの結界を使うなんて変な話だな」聞いてる話だと魔族は人を襲い、殺す。それなのに人払いをする意味が分からない。「魔族はこっちの世界では目立ちたくない。目立てばこっちの世界の武力とぶつかる事になる」「魔族は強いんだから軍なんて役に立たないだろ」「もちろん魔族が勝つ、けど消耗はする。そこに私達と出会ったら消耗した魔族は討伐される危険性がある」なるほど、魔族も考えて行動をするみたいだ。いくら強くても生物である以上は疲労も溜まるし魔力も体力も消耗する。無敵なんて言葉は生ある者には似合わない言葉だな。「じゃあこの世界の武力を総力戦でぶつければリンドールって魔神も簡単に倒せるんじゃないか?」「カナタ、魔神は次元が違う。私達では逆立ちしても勝てないし、魔族にすら勝てない武力はあっても邪魔になるだけ」酷い言われようだが確かにその通りだ。アカリみたいな強者であっても勝てないと言われる魔神は相当な強さを誇るんだろう。僕には想像できないが。また2人無言で歩き続ける。「そういえば、アカリはなんで護衛を引き受けたんだ?」上からの命令とはいえ、自由がほとんどなくなってしまう護衛は正直いってなんのうまみもない。「なんとなく」まあそんな答えが返ってくる気はしてたよ。聞いただけ無駄だった。「カナタはなん
あの事件から一ヶ月。僕とアカリはある計画を進める為、瓦礫と化した街を歩いていた。魔法には無限の可能性がある。科学では辿り着けない未知の事象まで起こせてしまう。それに気付いた僕はある一つの仮説を思いつく。”時を戻す魔法”普通に考えれば、何を馬鹿なことをと言われるだろうが僕には魔法という未知の力がある。アレンさんからも言われていたが、僕には才能があるとのことだ。もしかすると時を戻すことも出来るのではないか……そう考えてしまった。アカリは、貴方のしたい事を止めるようなことはしない、と言ってくれた。だから僕達はアレンさん達と合流することを後に回し、目的の場所へと向かっている。「ここからは絶対に私から離れないで」目的地となる場所。それは終わりの始まり、異世界ゲートのある研究所だ。もちろん周りには魔族や魔物が蔓延っている。簡単にいけるとは思わないが、アカリいわく一瞬近づくだけならなんとかなるとのこと。魔族達に見つからないよう腰を落とし少しずつ異世界ゲートへと近付いて行く。奇跡的に異世界ゲートが見えるところまで見つからず近づくことができた。「カナタ、最後にもう一度だけ確認しておく」アカリがいつもより真剣な表情で僕を見つめる。「チャンスは一度だけ。異世界ゲートの側まで一瞬で近寄り私が結界を発動する。自慢じゃないけど私の結界だともって十秒。その時間で貴方は異世界ゲートに送り込んでいる魔神の魔力を使って魔法を発動」「ああ、失敗は許されない。」「正直……危険すぎる。時間に干渉するのは神の所業。人の身でその魔法は何が起こるか分からない。本当にいいの?」「構わない。元の世界に戻せるのなら僕の命なんてどうなってもいい」「そう……」一瞬悲しそうな顔を見せるがすぐにいつもの無表情に戻るアカリ。「ここまで協力してくれてありがとう。僕に何かあったら姉さんをよろ
――異世界ゲート対策会議室。日本の首脳陣達は頭を抱え今起こっている問題をどうするべきか、話し合っている。「佐藤首相、まずはこちらをご覧下さい」そう言って会議の進行を務めるテロ対策委員会のトップはスクリーン映像を映し出す。そこには見たこともない異形の生物が人々を襲っていた。中継で見た映像と同じく、人の形をした化け物もいる。「もういい、止めてくれ」吐き気を催す凄惨な光景に首相は映像から目を逸らす。「これが今日本で起きているテロです」「テロだと?こんなものがテロと言えるのか!!あれはなんなんだ!!見たこともない化け物ではないか!私の部下だって何人もやられたんだぞ!」机を叩き大声で叫ぶのは日本軍元帥、一条武。軍も総動員したが、戦果は得られず無駄に人員を失う事となってしまったせいか、落ち着いてはいられないようであった。「一条、少し落ち着きたまえ」「しかし首相、あれはもう我々の手には負えません」数十人の小隊が魔物一匹倒せれば御の字。それほどまでに戦力差がある。「まず、呼び方は統一しましょう。映像で超能力のような彼らが呼んでいた通り魔物、魔族と」「そもそも彼らは何者だ?魔物と魔族とやらに対抗できる力を持っていたが……」彼らとはアレン達の事を言っている。中継では彼らが主導となり、反撃していたように見えていた。「もう日本だけの話ではない。アメリカや中国、世界各国で同じような悲劇が起きている」首相の表情は厳しく、同じように会議に参加している者の全ては苦々しい顔をしていた。「これは人類と異世界からやって来たと思われる魔物や魔族との生存競争だ。世界各国に伝えろ、地球防衛軍を設立し奴らを根絶やしにすると」元帥は既に動いていたのか、補足を説明しだした。「アメリカとは既に協力体制に入っている。もはやこれまでのように国家機密などとは言ってられん。人類全ての武力をもって制圧する」「あの異世界ゲートを創り出した城ヶ崎彼方という男はいかがしますか?
朽ちた机に割れた窓、積もった埃に散乱した食器類。明らかに人が立ち入っていない様子の部屋を見る限り1度もここへは来ていないようだった。「今夜はここで一夜を明かす。リサは外の警戒を、セラは家全体に結界を展開、ガイラは寝床の用意を。剣聖はそのまま紫音さんに付いていてあげてね」「ああ、そのつもりだ」各々準備に入り、手持ち無沙汰になってしまった紫音は携帯で何度も彼方に連絡をするが返事はない。日も落ち、静かな夜が来る。セラ達は3人で女性同士の会話を楽しんでいるようだ。リサは相変わらず相槌を打つくらいしかしてないようだが。ガイラは外の警戒中。アレンは剣聖と二人で向かい合っている。「あの後どうやって逃げたんだい?」「魔物が抜け出していた壁の隙間から外に出て逃げたんだがな……」「数日間はウロウロしてたんだろ?どうだった?街の様子は」「あまりいいとは言えないな……何処も戦争中のような悲惨な光景だ」魔物と魔族が溢れ出たせいで、世界は破滅へと近づいているようであった。「この国だけじゃないみたいだぞ、騒動は」「あーボクも携帯で確認したよ。世界中に散らばったみたいだからね魔物が」もはやこの世界は平和、という時代は終わったのかもしれない。「とりあえず直近の目標は、カナタくん達と合流。その後反撃にでるつもりだ」「しかし……この戦力では心許ない……」「ふふふ、秘策があるのさ。異世界ゲートまでたどり着いたらレイを元の世界に戻させる」「どういうことだ?」剣聖はまだ理解が出来ていないようで、訝しげな顔をする。「連れて来ればいいのさ、戦力を」「なんだと?」「レイには雷神ゼノンを連れてきてもらう」「魔族をこちらに呼ぶのであれば同じことをすればいい……そう言う事か」「3人の英雄、そのうち
探索に出て1時間。リサがいきなり立ち止まった。こんな時は大体魔物が近くにいる。気配に敏感なリサは真っ先に気づいたようだ。「リサ?もしかして魔物かい?」リサは無言で前方を指差す。前方の見えないくらいの距離に何かがいるようだと他の三人も警戒する。全員が臨戦態勢に入り、ゆっくり音を立てないよう進む。次第にシルエットが見えてきたが、2人いるようだ。1人は背の高い男らしき人物。その横には女のようなシルエットが見える。顔が見える所まで近付くと、向こうから声をかけてきた。「おい!アレンか!」聞き覚えのある声。「剣聖か!?」アレン達が走り寄ると剣聖とその横に1人の女性がいる。「ん?彼女は誰だい?」「ああ、この子は紫音。カナタくんのお姉さんだ」まさか彼方より姉が先に見つけられるとは思わなかったが、基地に戻ればいい報告ができるとアレン達の顔は綻んだ。「そうか、保護してくれていたんだね」「あの……初めまして。紫音と言います」「初めまして、ボクはアレン。カナタくんの師匠ってとこかな?」握手と必要最低限の挨拶だけ交わす。「紫音さん。まず最初に言っておくよ、カナタくんはボクらもまだ出会えていない」それを聞いた紫音はとても悲しそうな顔をする。「でも心配しなくてもいい。こうやって探索に出ているのもカナタくんを見つけるためなんだ」「ありがとうございます……!」涙を流しながら礼をする紫音だが、実際はアレン達と一緒に居てくれることを期待していた。「とりあえず一緒に来てくれるかな、カナタくんの護衛に付けていたアカリには落ち合う場所を伝えてある。今はそこを目指しているんだ」こうして4人から6人での行動となったが、剣聖が入ったおかげでより一層安全性は増した。紫音は守らなければならないが、それを加味しても有り余る戦力だ。「ここからは後5キ
「団長、アカリちゃんとカナタさん無事ですかね……?」小さく幼い声でアレンに問い掛けたのは団員の1人、セラ・マクレーン。アカリと同じく20歳という若さで二つ名を得た、黄金の旅団に相応しいメンバーである。「そうだね、二人共無事だと思うよ。何しろあの神速が護衛なんだから。友達ならもっと信じてあげよう」アレンは優しく微笑み返し、セラも頷く。セラにとっては唯一の同い歳。最年少の団員は他にもいるが、いつ何処へ行くにも一緒だったアカリの事が心配でならないのだろう。不安そうな顔を見せるが、アレンが頭を撫でてあげると照れた表情を見せてすぐに怒った表情になった。「もー!私ももう20歳なんですよ!団長は子供扱いしすぎです!」「ははは、ごめんよ。妹みたいな存在だからねセラは」身長も低く、礼儀も正しい。それに可愛らしいキャラであり、団員からは可愛がられていた。そんな彼女ももちろん黄金の旅団にいる以上は、かなり上位の能力を持つ。絶対防御。彼女の幼い見た目からは想像がつかない二つ名だが、力は本物だった。彼女の防御結界は誰にも破られない。これはアレンにも適用する。殲滅王と呼ばれる彼ですら一度も破れたことが無いほどの防御力を誇る彼女は次第に絶対防御と呼ばれるようになった。しかし、そんな彼女にも欠点はある。戦闘能力が低いことだ。防御に特化している為、攻撃手段は乏しい。もちろん一般人相手なら簡単に勝てるだろうが、魔法を使える能力者との戦闘では勝てない程度の戦闘能力。今回の探索メンバーに入れたのは、圧倒的な防御力を活かした支援をしてもらう為。それにアレンは彼女がアカリの唯一の友達だと知っていたので、今回の探索に参加してもらった。「旦那、俺も探索メンバーに入れてもらって感謝します」そう言って横から声を掛けてくるのは、ゼンの兄貴分だったガイラ・ビクトール。轟龍の二つ名を持つ力こそ全て、の戦い方を好む男だ。
それから二人で歩きながら今までの話を教えてくれた。魔法に異世界、彼方が中心となり彼らを帰すために協力していたこと、彼らの使う魔法を彼方も使えるようになったこと。半信半疑な話ではあったが、現状信じざるを得ない光景を目にしている為すぐに飲み込めた。「じゃああれは事故……というよりその魔神って人が起こした計画的犯行ってことですか?」「そうなるな。カナタくんは魔神の思うように操られたと言ってもいいだろう。彼は被害者に過ぎない」世間では諸悪の根源とも言われているが気にしないでいいと、優しく寄り添うように語ってくれた。「しかし……多分彼は今罪悪感に押し潰されているだろう……」「実際にあのゲートを作ってしまった本人ですもんね」「だからこそ姉である君が寄り添う必要がある。彼の心の支えとなってやってくれ。もしも君が拒絶すれば彼は確実に我々と共に異世界へ着いてくるぞ」「分かりました。ありがとうございます」異世界には興味がある紫音だったがあんな化け物が闊歩しているなら行きたくはないなと思っていた。ただし、彼方が行くと言うのなら嫌々ながらも着いていくつもりであった。「そう言えば漣さんって、そのなんていうか……強い人なんですか?」とても抽象的な言い方に漣も戸惑いながら答えてくれる。「強い人……というのが良く分からないが今この世界にいる仲間の中で私は二番目に強い」想像以上の強さに紫音は驚いた。彷徨っていたところにこの人と出会えて運が良かったかもしれないと自身の幸運さに感謝した。そんなどうでもいいような話をしながら歩いていると、ふと漣の足が止まった。
紫音は絶句した。視界に広がるのは燃えた家屋、そこかしこに倒れている人や血溜まり。目を覆いたくなるほどに凄惨な光景。紫音はゆっくりと足を進め、目的も決めず彷徨い出した。どこを見ても倒れた人だらけ。ピクリとも動かないそれは、生きてはいないだろう。当てもなく歩き続けていると、前方から人らしきシルエットが近付いて来た。やっと生きている人に会える喜びからか、警戒もせず紫音も近付いて行く。「ん?なぜこんな所にまだ人間がいるんだ」言葉を発したそれは人でない何か。言葉は分かるし見た目も人間。違うのは背中に翼が生えていることと頭から角が2本出ていることだ。「…………!!」驚きからか、紫音は口をパクパクさせて声が出ない。「まだ生きている者がいたとは……仕方ないオレが処理しておくか」ゆっくり近づいてくる。死を覚悟し目を瞑っていると、いつまで経っても側に来た気配がない。紫音が恐る恐る目を開けると人型の異形は既に事切れていた。魔族が紫音の元まで来ることは出来なかった。首が胴体と離れ地面に倒れ込んでいる。紫音は何が起きたか分からず、倒れ込んだ魔族を見て呆然とする。「こんな所で何をしている」不意に声をかけられ紫音が顔を上げると、そこには中継で見た男が剣を片手に立っていた。「あ、貴方は……」舞台の上で春斗を殺した男と対峙していた金髪の男だった。紫音は瞬時に考えた。あの場に居たということは彼方の行方を知っている可能性がある。「あの!彼方を知りませんか!」名前も知らない金髪の男に問う。すると男は困ったような表情で答えた。「すまない……私も分からないんだ。それに仲間も何処に行ったか分からず探しているところだ」「そう…&hellip
意を決して、外に出ようとすると屋根の上からスピーカーから発せられる声が聞こえてくる。ヘリコプターの音も同時に大きくなってきた。「住人の皆さん、家からは決して出ないでください!繰り返します!家からは決して出ないでください!」軍の人だろうか?どうやらヘリコプターで空から注意喚起しているみたいであった。なぜ家から出ることを拒むのか分からず紫音は玄関先で耳を澄ましていると徐々に外が騒がしくなってきた。「おい!なんか化け物出たらしいぞ!」「さっきの中継本物か!?」「人が死んでたじゃない!あれCGじゃないの?」近所の人達の話し声がする。やはり皆あの中継を見ていたようだ。するとまた空から声が聞こえてきた。「家から出ないで下さい!危険です!テロの危険性がある為家からは出ないで下さい!」テロだって?あんなものテロなんかじゃ説明がつかないではないか。あの化け物は本当に異世界とやらからやって来てしまったのでは……そんな思いもつゆ知らず、空からはずっと注意喚起の声が聞こえ続ける。次第に口調も荒くなってきている。「繰り返す!家からは出るな!これは訓練ではない!!鍵を閉めカーテンを閉じろ!!繰り返す!!――」言われた通りに行動し、リビングでどうするか悩んでいると今度は小さく叫び声まで聞こえてきた。「う……!出た…………逃げ……!!」遠いのか聞こえづらい。しかし、逃げ、と聞こえた気もする。怖くなり包丁を握りしめ縮こまり、何事もないよう祈り目を瞑る。次第に声は数軒隣辺りから聞こえてきだした。「いやぁぁ!!!」「な、なんだよこいつ!!」「化け物!!誰か!!誰か助けて!!」あの中継で見た異形の化け物が瞼の裏に焼き付いている。もしやあれがこの近くにも現れたのか。包丁を握る手は
彼方の晴れ舞台を見るために紫音は自宅のテレビで中継を見ていた。「あー!出てるー!すごいすごい!」自分の事のように喜びながら、画面を注視する。生中継も終盤に差し掛かる頃何やらおかしな雰囲気になってきた。異世界ゲートが起動し一人の男が入っていってから戻ってこないのだ。会場はざわついているようで、舞台上にいる彼方も何やら動揺しているように見える。嫌な予感がする……彼方は大丈夫と言っていたが、数十分も戻ってこないなんて流石に予定通りではなさそうだ。紫音の手は汗で濡れ、テレビから一瞬たりとも目を離せなくなってきた。最初の説明をぼんやりと聞いていたが、確か10分しか稼働させることはできなかったのではないのか?不安は募り、今にもその場に行きたい衝動に駆られた。そして事件は起こる。血塗れの男がゲートから出てきたのだ。明らかに台本通りではない、もしこれが台本通りならば顰蹙《ひんしゅく》ものだ。彼方も不安そうな表情で狼狽えている。その後画面は乱れだしたが、撮影者の意地なのか映像は続く。見たこともない異形の化け物がゲートから出てきた。「なんなんだよあれ!」「これドッキリか?」撮影者たちの声も入っているが、紫音も同じ気持ちで画面を見続ける。ドッキリであってくれと。しかしその願いは叶わなかった。ゲートから出てきた異形の化け物は観覧席へと降り立ち、人々を襲い始めたではないか。カメラを投げ捨てたらしく、酷く画面は揺れ運良く地面に落ちたのか上手く舞台が映る形で撮影され続けている。「彼方……大丈夫って言ったじゃない……」悲壮な声も虚しく、異形が人々を襲い続ける映像はつづいていく。見てられずテレビを切ろうとしたが、舞台上に見たこともない男が現れた。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みな