昼食後、アレンさんと廃工場に来た。
こんな所があったことすら知らなかったくらいだ、誰も寄り付かないというのも本当なんだろう。それなりに大きい敷地、周りから隠れられる程大きな建物。「さあ、カナタくん!まずはファイアーボールを覚えてみようか!」アレンさんと向き合う形で訓練を行うらしい。「片手を突き出して掌をボクに向けてみて」言われた通りに左手を突きだす。「まずは魔力ってのを感じないといけないね。左手の掌に集中してみて。目を瞑って力を蓄えるように意識しながら」目を瞑り魔力というよく分からない力を感じる為意識を左手の掌に向ける。すると何かが掌に纏わりつくような感覚があり、違和感を覚えた。「アレンさん、何か左手に言葉で表せないような違和感があります」「そう!それだよ!それを感じなければ魔力適性がないから覚えることは出来なかったんだけどまずは第1段階クリアおめでとう!」嬉しそうに目を細めて、僕を称えてくれる。「次はその感覚を忘れないようもう一度やってみて」再度、左手に意識を向けると何かが纏わりつくような感覚になった。「今だよ、火をイメージしてみて」火?熱い、揺らめく炎、なんとなく自分が思い付く限りのイメージを思い描く。「火が球になっていくイメージを」そうか、ファイアーボールだから火の玉か。火の玉が掌から生み出されてくるようなイメージを思い描く。「その火の玉が掌から勢いよく外側に向かって飛んでいくイメージを」よくマンガとかで見る光景ってやつだな。言われた通り頭の中でイメージしてみた。「よし!そのイメージを保ったままファイアーボールと叫んでみよう!」「ファイアーボール!!」すると掌からアレンさんに向けて轟音と共に勢いよくボーリング大の火の玉が飛んでいく。無から有を生み出す初めての試み。こんな心躍る瞬間があったとは。勢いよく飛んだ火の玉はアレンさんの結界に阻まれて弾けたが、今この瞬間僕が魔法を使ったことに変わりはない。沈黙して自分の左手を「すごい!!ここまでの練度で魔法行使ができるなんて、これは教えがいがあるぞー」攻撃を受けたにも関わらずとても嬉しそうな表情を浮かべるアレンさん。僕にも変化はあった。それは疲労感。全力疾走した後に起こる脱力感と足に力が入らない疲労感が一気に襲いかかってくる。「おっとっと」まっすぐ立つことも容易ではないほどに疲れた……これはなんなんだろうか。「それは、魔力枯渇だね。慣れない魔法を一気に使ったもんだから体内の魔力が無くなっただけさ」少し休めば治るらしいが、これは結構しんどいぞ。魔法を使うときは考えて使わないといけないな。「安心していいよ、魔法を使えば使うほど魔力は増えるから訓練すればその疲労感もなくなってくるからね」そんなアレンさんの助言も途中から耳に入らなくなっていき、次第に目の前が真っ暗になるようにして、僕は意識を手放した。意識がなくなる直前にアレンさんの独り言が聞こえてくる。「これは、レイに怒られるかもしれないなぁ……」――――――目を覚ますと、見慣れない天井。ベットに寝かされているようだが、ここは拠点内の部屋なのだろうか。多分アレンさんが運んでくれたのだろう。身体を起こしリビングへと足を向けるが、何やら話し声が聞こえてきた。「何を考えているんですか!団長!カナタくんにもしもの事があったら私達は一生帰ることができないんですよ!」「ご、ごめん……思った以上に飲み込みが早いから中級魔法まで教えちゃったら出来ちゃったんだよ」「たった1日で中級魔法まで覚えるなんてカナタすげぇじゃねぇか。これは負けてられねぇな!」誰が何を話しているか口調で分かるな。レイさんに怒られるアレンさんと、意味の分からない勝ち負けにこだわるゼンってところか。リビングの扉を開けると室内にいた全員が一斉に僕に目線を向ける。「すみません、倒れてしまったようで……
「初めまして、よろしくカナタ」 「これからよろしくお願いします、アカリさん」 声も幼いな。 絶対歳下だなこの子は。 「カナタ、私に敬語はいらない。素早く正確に言葉を伝えるには敬語は不適切」 えらく淡々としているんだな。 確かに護衛なら手短に用件は伝えて動いてもらわないといけないし、理にかなっている。「わかった、これからよろしく」 そういうと片手を差し出してきた。 握手しろってことなのかな、一応この子なりの挨拶なのだろう。 「カナタくん、この子はここにいるメンバーで3番目に強いわ。だから護衛には適任だと思ったの」 え!剣聖より強いのか!? 「あ、もちろん剣聖は除いてね。黄金の旅団は剣聖以外が団員なの。剣聖に関しては協力者って立場ね」 「カナタ、私の二つ名は神速。誰の目にも止まらない攻撃が得意」 なにそれカッコいい。 神速だって?絶対速いじゃないか、音速を超えるのかな。 「カッコいい二つ名だね。その二つ名ってやつは誰が決めるんだ?」 「勝手に周りがそう呼ぶ」 なるほど、周囲が勝手に決めたものが定着して二つ名となるのか。 僕ならなんて二つ名が付くだろうか。そんなことを考えているとアカリが鼻で笑う。 「カナタに二つ名をつけるとしたら地味天才」 地味なのか……やっぱり地味な見た目してるんだな僕は。 「こら!アカリ!思ってても口に出したらだめでしょ!!」 フェリスさん、貴方のその言葉がもはや一番傷つくんです。 「とりあえずカナタくん!!」 一際大きな声でアレンさんが叫ぶ。何事かと皆が振り向くと真面目な顔で僕に話しかけてくる。 「カナタくん、君は想像を超えた逸材かもしれない。君がもしもボクらと共に異世界に行くというのならボクが面倒を見よう」 周りがザワつく。 殲滅王がそんなこと言うなんて初めてじゃないか? 団長の真面目な顔久しぶりに見た。 逸材を独り占めなんてずるいぞ団長。 などと皆が口々に喋り出す。異世界に行く、か。 ど
「すみません、長々とお世話になりました」 実は2日泊まってしまったのだが、思いの外居心地が良くてそのまま居座りそうな空気になっていた為一度家に帰ることにした。 姉さんもずっと連絡してきてるし、寂しいんだろうな。 「カナタくん、これから3日おきにここに来るといいよ。その時に魔法を教えてあげよう」 「ありがとうございます。次に会うまでには中級魔法をマスターしておきます!」 程々にね、と笑いかけてくる皆。 僕は今までこんなに居心地のいい時間を過ごしたことはない。 姉さんといるときはもちろん居心地のいい時間だが、それとはまた違う良さがある。 皆に別れを告げて帰路に着くが、当たり前のように僕の横を歩くアカリ。 そうだった、護衛だった。 姉さんにはなんて説明しようか……。 「ただいまー」 姉さんの仕事に履いていく靴はあるが、玄関の扉を開けると人の気配がない。 姉さんはまだ帰ってきてないみたいだ。 間違えて違う靴を履いていったのかな。 「アカリはずっと僕に張り付いているのか?」 「トイレとお風呂は別行動」 そうだよな、それを確認しておきたかったんだ。 もし風呂やトイレにも付いてこられると落ち着かないしこんな女の子に見られるなんて恥ずかしすぎる。 「カナタ、1つ聞きたい」 「なんだ、改まって」 「紫音はどこ?」 姉の名前も知っているのか。 流石に護衛というだけあって僕に関する情報は一通り頭に入れてるみたいだ。 「姉さんは多分まだ帰ってこないよ、仕事じゃないかな」 「じゃあこのスーツは何?」 リビングに脱ぎ捨てられクシャクシャになったスーツ。 玄関にはいつも仕事に履いていく靴。 どういうことだ?確かにおかしい。 それに今は18時過ぎ、いつもなら帰ってきててもおかしくない時間だ。 アカリは黙り込んだまま、俯いている。 「アカリ?」 「紫音が攫われたかも」おいおい、流石にその冗談は笑えないぞ。 たった一人の血縁関係なんだ、姉さ
「全力で防御して」は?待て待て、こっちはまだ習いたての魔法しかないんだぞ。全力で防御しても紙切れのような脆さしかない結界になんの意味があるのか。それでも一応アカリの言葉に従い、自身の周りに半径30センチ程度の防御結界を作った。「魔族が来る」刹那、突風が吹き荒れ辺りは嵐の中に入ったかのような暴風雨に包まれる。防御を推奨したのはこのためか。とにかくずぶ濡れになることだけは避けられたようだ。「チッ、もう追手が来たのかよ」聞くに堪えない酒ヤケしたかのようなガラガラ声。これは魔族の声か。「神速絶技、抜刀」アカリの呟きが耳に入ったときには、周囲に晴れ間が広がっていた。「私の動きが速すぎて歩くだけでこんな程度の風、散らせる」アカリから説明が入ったが、今はそれどころではない。雨が上がり突風が止んだせいで、直線20m程離れた所に異形が立っているのが見えてしまった。魔族とはこういうものだ、と言わんばかりの見た目。赤黒い身体に岩肌のような手足。顔をトカゲと人間を混ぜたかのような、目を伏せたくなる醜さだ。「やるじゃねぇかネーチャン」異形から発せられた言葉はアカリに向けられているようで、僕のことは眼中にない素振りだ。「ああ、自己紹介してやるよ」そう言って構えを解いた異形が名乗る。「オレの名前はグリード。破壊の王とはオレのことだ」レイさんから教えてもらった四天王の名前、確かグリードって奴も居た気がする。てことは、アカリには荷が重いんじゃないか?「安心してカナタ。私は既に四天王の一体を討伐している」僕にはアカリの戦闘能力すら化け物に感じた。あの異形と僕と同じくらいの身長の女の子が同等?なんて馬鹿げた世界なんだ、異世界ってやつは。それより問わないといけない事がある。「紫音姉さんはどこだ!」あまり声を荒げる事がない僕だが、今日くらいはいいだろう。早く姉さんの無事を確認しないと、いつまで経っても気が
刹那の攻防により、辺りの道路は鋭利な刃物で引っ掻いたような傷、崩れる石垣、半壊した住宅。 見るも無惨な光景に変わりゆく。 動きが速すぎて目では捉えられないが、時折聞こえる剣戟の音が激しい戦闘を物語っている。 「神速絶技、死線月花」 「ドミネートブラストォ!」 お互い技の撃ち合いをしているような声も聞こえてくる。 アレンさんに連絡をしておいたほうがいいか? いやアカリが僕の為に戦ってくれているんだ。 水を差すような真似はやめよう。 「しぶといね、これで終わり」 「オメーこそなかなかやるじゃないか!」 お互い足を止めたようで僕にもやっと姿が見えたが、アカリはほぼ無傷でグリードは所々に血が滲んでいる。 四天王の1人を討伐したことがあるっていうのは、本当のようだ。 しかしアカリは瞑想のような仕草で深く呼吸をする。 一拍置いて目を開きグリードに問いかけた。「構えたほうがいい、これで四天王の1人は死んだから」 「なんだと?」 グリードも流石に不味いと感じたのか先程の余裕は感じられず力を溜めているような表情をしている。 「神速絶技、一閃」 刀がゆっくりと鞘から抜かれ刀身が顕わになる。 もう一度ゆっくり納刀する。 「終わった、カナタ」 いや、まだ眼の前にグリードが突っ立っているけども。 ………… ………… …………ボトリ。重たい水袋を落としたような音が聞こえそちらに目を向けると、グリードが呻き声を上げた。 「ううぐぅぅああ!」 足元には分厚い腕が落ちており、肩を見るとその先がない。 斬ったのか?さっきのゆっくりした抜刀で。 「クソが!!」 捨て台詞を吐き捨て、痛みを堪えながらグリードは黒い靄に包まれて消えていった。「終わったって言った」 そうは言うが僕にはただゆっくり刀を抜いてまた戻しただけに見えたがなにをしたんだ。 「見えなかっただけ、あいつの身体が異常に硬かったから同じ動作を数十回行った」
僕とアカリも帰路に着く為2人徒歩で夕焼けに染まる住宅街を歩く。「そういえば気になったんだけど、閑静な住宅街とはいえ人はいるだろ?なんで誰も出てこなかったんだ?」流石に人気が少ないとはいえ、住宅がある以上そこに住む人達は少なからず居る。なのに、あれだけ大騒ぎしていたのにも関わらず誰も出てこなかった。「魔族が人払いの結界を張っていたから」僕の問いかけにアカリは淡々と答えた。「でも魔族って凶悪な存在なんだろ?人払いの結界を使うなんて変な話だな」聞いてる話だと魔族は人を襲い、殺す。それなのに人払いをする意味が分からない。「魔族はこっちの世界では目立ちたくない。目立てばこっちの世界の武力とぶつかる事になる」「魔族は強いんだから軍なんて役に立たないだろ」「もちろん魔族が勝つ、けど消耗はする。そこに私達と出会ったら消耗した魔族は討伐される危険性がある」なるほど、魔族も考えて行動をするみたいだ。いくら強くても生物である以上は疲労も溜まるし魔力も体力も消耗する。無敵なんて言葉は生ある者には似合わない言葉だな。「じゃあこの世界の武力を総力戦でぶつければリンドールって魔神も簡単に倒せるんじゃないか?」「カナタ、魔神は次元が違う。私達では逆立ちしても勝てないし、魔族にすら勝てない武力はあっても邪魔になるだけ」酷い言われようだが確かにその通りだ。アカリみたいな強者であっても勝てないと言われる魔神は相当な強さを誇るんだろう。僕には想像できないが。また2人無言で歩き続ける。「そういえば、アカリはなんで護衛を引き受けたんだ?」上からの命令とはいえ、自由がほとんどなくなってしまう護衛は正直いってなんのうまみもない。「なんとなく」まあそんな答えが返ってくる気はしてたよ。聞いただけ無駄だった。「カナタはなん
2044年1月9日雪が降り、所々に数cm積もる。吐く息は白く、冬を実感させる寒さだ。今日は異世界から飛ばされて来た春斗達の住処、通称宿り木に行く理由ができた。なんと遂に春斗が退院したのだ。1週間前、アカリから聞かされた時は今直ぐにでも向かおうとしたが、まだ安静にしないといけない状態らしくもう少ししてからと待ったをかけられてしまった。面会すら出来ない状態だと聞いたときは、背筋が凍る思いだったが割と元気になっているとのことだ。友達に会える、それだけで足取りは軽い。宿り木のインターホンを鳴らすとフェリスさんが出迎えてくれた。綺麗な人だからちょっと緊張するのは内緒だ。「待ってたわ、ハルトは中にいるからどうぞ」アカリと共に玄関をくぐると、なにやら楽しそうな会話が聞こえてくる。「もうすぐカナタくんが来るから待ってろって」「いや!今直ぐにでも会いたい!!俺から会いに行く!!」どうやら春斗も僕に会いたかったらしい。扉を開ける前から春斗の声が僕のところにまで聞こえてきた。リビングの扉を開け、僕は開口一番に春斗へと声をかけた。「退院おめでとう!久しぶりに会えたな」「カナタ!来てくれたか!!」溢れんばかりの笑顔で僕を出迎えてくれた。もうだいぶ快復したようで、入院していたとは思えないほどに元気が溢れている。「心配したんだぞ、大怪我を負ったって聞いて」「いやー思ったより強くてな」豪快に笑い飛ばすが、入院するほどの大怪我を負っても治ったら笑い話にするのは異世界特有の文化なのだろうか。皆を見ても笑っているし、死と隣り合わせの世界ではこれが普通なのだろうなと納得する事にした。「てことは僕の護衛に復帰するってことか?」「いや、それがな……アカリの方が適任だってことで俺は外された」寂しそう
アレン・トーマスは生まれた時から魔法の才に恵まれていた。10歳で既に冒険者として名を馳せ、16歳の時には彼の名前を知らぬ者が居ないほどに。しかし常に彼は独りだった。ソロでのダンジョン攻略、護衛任務、魔族討伐の旅、いつどこであっても1人だった。もちろん彼も何度かパーティに誘われ複数人で動いていたこともある。だが、彼は突出した強さのせいで魔族討伐では仲間とうまく連携が取れず、護衛任務では戦力差がありすぎて気を使う動きしかできず、結局ソロでしかまともに活動はできなかった。いつしか、ソロで1度も敗北を経験したことがない、魔物を狩るときは肉片1つ残さない彼を周囲は殲滅王と呼ぶようになった。そんな時、1つのパーティが彼に声を掛ける。レイ・ストークスを筆頭に4人で構成されたパーティだ。レイはアレンの圧倒的強さに惚れ込み自分のパーティへと誘ったが、アレンも今までソロで活動することが殆どだった為首を縦に振らなかった。それでもレイは何度も手を差し伸べる。ほとんど毎日のようにアレンの所へ押しかけては、パーティへ誘う。そんな日々が半年も続き、ついにアレンが折れた。1度だけなら……とパーティへ一時的に加入し魔物討伐任務を請け負う。1度だけのつもりが案外気楽でいられる空気感で、なによりレイや他のメンバーもかなり腕が立つようだ。いつの間にか、パーティーと行動することが当たり前になってきてアレンが思いの外接しやすい存在だと認知されだすと、パーティー加入希望者が出てきた。人数も15人を超えるかと思われる頃レイからある提案がされる。「アレンさん、私達で旅団を作りませんか?」旅団。それは魔族の討伐を目的とする精鋭集団を指す。「是非アレンさんに団長を努めて欲しいんです」旅団を作ることに異論はないが、団長となると話は別だ。「ボクには人を率いる才能はないよ」丁
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。
一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ
世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚
別世界というワードが気になったのか神族達は顔を見合わせポソポソと何やら言葉を交わしている。まずは第一段階クリアだ。ここで興味すら持って貰えなければ交渉は意味を成さなかっただろう。「別世界……だと?」「そう、別世界。この世界とは別の世界から来た人間がいるんだけど、話を聞いてみたくないかい?」僕らに襲い掛かってきた神族達のリーダーと思わしき男性が槍の矛先を下ろし訝しげにアレンさんを見る。口からでまかせを言っているだけではないか、そんな風に思っているであろう表情でジッと見つめている。「全員武器を下ろせ」「よろしいのですか?奴らはこの神域に無断で立ち入った不届き者。ここで成敗しておいた方がよいのでは?」「構わん。私がいいと言っているのだ。さっさと武器を下ろせ」リーダーの発言力はかなり強いらしく、他の神族も渋々ながら従っていた。リーダーが地面に降り立つと白い翼は器用に折り畳まれた。本当にイメージ通りの天使の姿だ。「貴様……私を謀っているのではないだろうな?」「そんな事はしないさ。神族にそんな事をするなんて罰当たりにも程があるしね」「そういう割にはいきなり魔法をぶっ放してきたが?」「まあまあまあ。それで、別世界の話なんだけど……」アレンさん露骨に話を逸らしたな。神族は敬われる種族らしいがアレンさんからすればただ別の種族ってだけの認識のようだ。「それよりもまずお前達は何者だ」「おっと、自己紹介が遅れていたね。ボクはアレン、そっちの爺さんがクロウリーさ」「聞いたことがある。人間の中では特筆して秀でた力を持つ者だと」「そうそうそう。話が早いねぇ。それから仲間のフェリス、アカリ、カナタだ」「そっちは知らん」まあ当然である。僕らの事まで知っていたら情報通にも程があるし。「ワタクシはエリュシオン帝国第一皇女ソフィア・エリュシオンと申します。お見知り
天使さんを置いて神域へと入った僕らが最初に目にしたのは、遠くからでも分かる巨大な樹だった。きのこ雲のように傘が広がり、大きさはちょっとした街くらいはあるのではないだろうか。「あれが世界樹じゃ。あの麓まで行かねばならん」「ここからでも見えるくらい大きいですが、距離は相当ありそうですね」馬車もない、全て徒歩で移動となれば一か月はゆうに掛かるのではないだろうかと思える距離だ。大きいから近く見えるが恐らく相当な距離があるだろう。「思っている以上に大きいのね」「凄い……まさか死ぬまでに世界樹を見られるなんて」フェリスさんは驚きより感動が勝っているようだ。というよりこんな悠長にしていて大丈夫なのだろうか。他の神族が襲い掛かってきたりとかしないのかな。「そろそろじゃな……アレン」「まあそうだろうねぇ。フェリスは右、アカリは左ね。ソフィアはカナタの傍から絶対離れちゃだめだよ」急にアレンさんが真面目な顔で指示を出し始めた。やっぱり来るのか神族。僕もライフルを構えているがあんな天使さんみたいに猛スピードで突進してきたら当たらないだろうな。「来たわね」ソフィアさんが眺める方向を見ると数人の神族が槍片手にこちらへと飛んできていた。明らかにこちらの数より優っている。本当に大丈夫なのか心配になる数だった。「まずは平和に行こう。あー神族のみなさん、ボク達は――」「侵入者に死を!!」無理だわこれ。滅茶苦茶神族が切れてらっしゃるようだ。アレンさんの言葉なんて被せられていたし。「仕方あるまい、アレンやってしまえ」「うーん、ボクだけ悪者になってしまうけど……まあいいか。ブラストファイア」業火に包まれた神族はみんなバリアを張っているようで、白い球体で守られていた。つまり大したダメージにはなっていない。「手加減しす
「さて、ついたぞい」クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。「ここからは強引にいくぞ!」クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」
長旅も九日が経つと流石に慣れてきた。今更ながら思ったが、女性連中の風呂はどうしているのだろう。アレンさんやクロウリーさん、そして僕らは男だからまあ我慢すればいい。といっても毎日寝る前に濡れた布で身体くらいは拭いているが、女性はそれだけで満足はできないはずだ。「アカリ、風呂ってどうしてんの?」「?お風呂なんてどこにもないけど」「いや、それは分かってるけど。もしかして僕らと同じで濡れた布で身体を拭くだけ?」「そうだけど」驚いた。こっちの世界の女性は案外その辺り気にしないらしい。清潔感という面だけ見ればやはり日本の圧勝のようだ。「身体を拭いただけでさっぱりできる?」「うん」冒険者だからだろうか。しかしソフィアさんはそういうわけにはいかないだろう。そこで僕は彼女に聞いてみる事にした。「ソフィアさん、この旅の間はお風呂に入れていないと思いますけど大丈夫ですか?」「何の事かしら?それは当然でしょう。ああ、もしかして気にしないのかという事?」「そうです。皇女様なのにその辺り大丈夫なのかなと思いまして」「気にしないわね。どうせ外にいれば汚れるのだからいちいちお風呂で身体を清めても意味がないわ」まあそれはそうかもしれないが皇女様であろうお方がそれでいいのかと思ってしまう。姫様って綺麗好きなイメージがあったのに。「流石に臭いには気を付けているわよ、ほら」ソフィアさんが手を広げバタバタすると、ふんわりと花の香りが漂ってきた。香水かな、なんとも心が洗われる匂いだ。「香水は乙女の嗜みね。これがあるから多少身体が汚れていてもきにならないのよ。貴方の世界では違ったのかしら?」「そうですね……人によると思いますが、一日に二度お風呂に入らないと気が済まない女性もいましたよ」僕の姉である。綺麗好きがいきすぎて毎日朝と夜にお風呂に入っていた。僕がその話をするとソフィアさんは顔を顰める。
「願いを叶えるだと!?それだけの力を持ちながらまだ力を欲するか!」ギガドラさんが大声を上げると空気が震えた。もう僕は情けなくてもいい。ソフィアさんの真後ろで隠れるように身を屈めた。「世界を破壊するつもりか!?」「違う違う。ボクじゃなくてね、ほら、そこに隠れている彼の願いを叶えるのさ」アレンさんが僕の方を見て指を差した。それと同時にギガドラさんの視線が僕へと向いた。「ひっ」ただこちらを見ただけなのに威圧感が凄すぎて、僕は情けない声が出てしまった。「そこの人間が?願いだと?」「そうさ。元の世界を平和だった時まで戻すのさ」アレンさんの言葉にまたもギガドラさんは視線を動かす。「元の世界だと?どういう意味だ」「ああ、それはね――」もう何度目かも分からない説明をアレンさんがすると、ギガドラさんはほぅと唸り一歩、また一歩と近付いてきた。まだ結界が張られているお陰で僕のすぐそばまでは来なかったが、間近に来ると顔が大きく厳つかった。眼つきも恐ろしく、今にも食われそうなほどに殺意を感じられる。「貴様……別世界から来た人間か」「は、はい……」「なかなか面白い。世界樹に願うのは元の世界の平和ときたか。くくく、己ではなく他者の為に願いを使うというのか」「はい。僕は……二度とあんな悲劇を生みたくありません。だから……」「アレンよ、なかなか面白い人間を連れてきたものだ」僕の答えが気に入ったのかギガドラさんは大口を開けて笑う。それだけでも普通に怖い。「時折別世界の人間が紛れ込む事はあるが、自分の意志でこっちの世界に来ようとは……面白いぞ人間。名はなんという」「城ケ崎彼方です」「カナタか。世界樹で願いを叶えるつもりなら、神族の統括であるアヤツに会わねばならん。その時に我が必要になれば呼ぶといい」
神獣といえば神のしもべという印象が強い。僕らみたいな人間が敵う相手ではないのではないだろうか。神族と同等の可能性だってある。何故こんなにもみんな冷静なのか。「あの、僕はどうしたらいいですか?」「馬車を降りたらワタクシの側を離れないように」「はい」僕は言われた通り馬車を降りるとソフィアさんのすぐ真後ろにいく。神獣とやらが一体どんな見た目をしているのか興味があった。神々しい見た目なのだろうか。「さぁ来るよ。クロウリー」「分かっておるわい。イージス!」クロウリーさんが両手を掲げると青白い結界が僕らを包みこんだ。その一秒後、何処からともなく轟音を響かせながら雷光が飛来した。耳を劈く音に僕は咄嗟に耳を塞いだ。どうしてこの人達は今の音を聞いて平然としているんだ!「な、何が起きたんですか!」「神獣からの挨拶ね」「挨拶!?」もうわけがわからない。結界がなかったら黒焦げどころか骨まで灰になっていてもおかしくはない攻撃だった。「ハハッ神獣からすればこの程度挨拶みたいなものさ」「そ、そうなんですか?」アレンさんはケラケラと笑っているが僕は全然笑えなかった。クロウリーさんがいなかったら死んでたよ。「雷神獣ギガドラ、こんな所でどうしたんだい?」アレンさんが何もいない虚空に話し掛けると、突如雷雲が空を覆いまたも稲妻が落ちた。地面は抉れ煙がもうもうと立ち昇る。視界が晴れるとそこには雷を身に纏った虎がいた。どう見ても巨大な虎だ。見た目も色も。