ピアノは響けど、君の姿はもういない
「藤正さん、三年前の約束、覚えてる?」
橋本美鈴(はしもと みすず)の声に、電話の向こうで、かすかに息遣いが乱れた。
「あの時、『どんな願いでも一つ叶えてあげる』って言ったよね」
美鈴は唇を噛んだ。
「今、その願いを言うわ――私と結婚してください」
長い沈黙が続いた。
「お前」
低く響く男声に、彼女の背筋が震えた。
「自分が何を言ってるか、理解してるのか?」
美鈴は自嘲気味にくすりと笑った。
「もちろんよ。あなたは銀司の親友で、私は彼の七年間付き合ってる彼女。まあ、それはさておき、あの約束、今でも叶えてくれる?」
時計の秒針が三回回った。
ふいに、電話の向こうで軽い笑い声がした。
「仕方ないな。銀司と袂を分かつことになっても、約束は約束だ」
その言葉で、美鈴の肩の力がふっと抜けた。
「藤正さん、建部家の事業はほとんど海外でしょ?まずは結婚式の準備を進めて。私もこっちの事情を片付けるから、終わったら一緒に海外に行きましょう」
肯定の返事をもらって電話を切ると、ちょうど玄関のドアが開く音がした。