「――原口クン、ゴメンね! いくら仕事の話でも、ウチに来られるのはマズいから」 カフェの入り口から聞き覚えのある女性の声。しかも「原口クン」って? 気になって目で追うと、会社帰りらしい琴音先生と連れ立って入ってきたのはやっぱり原口さんだった。「まあ、でもいっか。ここ、ウチからも近いし」「ああ、そうでしたね」 どうして二人がこんなところに、と思ったら、琴音先生もこの近くに住んでたのか。私は知らなかったのに、原口さんは知っていた。自分の担当外の作家なのに。「――奈美ちゃん、知ってる人達?」 私の目線を追っていたらしい由佳ちゃんが興味津々(しんしん)で訊いてくる。「うん。男の人の方が原口さんだよ」「えっ? ……あ、ゴメン。で、女の方も知ってんの?」 由佳ちゃんは興味本位で訊いたことを反省し、今度は声を潜(ひそ)めて訊いた。「女性の方は、西原琴音先生。由佳ちゃんも知ってるでしょ? 私と同じレーベルから本出してる作家さんだよ」「ああ、あの人が? ウチの店にも本あるよね」「うん……」 二人は私達のいるテーブルから離れた席に着いているので、話している内容までは聞こえてこない。ただ、歩いてくる途中に「仕事の話」って聞こえたような気がするけれど。 二人と目が合うのが怖(こわ)くて、私はそのテーブルから目を逸(そ)らした。――ああ、最悪! せっかく前を向こうとしていたのに、こんなことでその意欲が萎(しぼ)んでしまうなんて!「――ね、奈美ちゃん。彼、こっち見てるけどいいの?」「いい」 私は固い表情のまま短く答えた。声をかけられたところで、この状況で何を話せばいいんだろう? 恨み節(ぶし)だけは言いたくない。「――あっ、女の人の方も気づいた! 原口さんに何か言ってるよ!」「……由佳ちゃん、出よう」 由佳ちゃんの実況に、というよりこの状況に堪(た)えられなくなり、私は席から立ち上がった。前払い式のカフェなので、そのまま帰ってしまうこともできる。「えっ、どうしたの!? あたし何か余計なことした!? だったら謝るからっ!」 私の機嫌を損(そこ)ねたと気にしているらしい由佳ちゃんを、私はフォローした。「違うよ。由佳ちゃんは何も悪くないの。――そろそろ帰って原稿書かなきゃいけないから」「……あ、そうなの? じゃあ、あたしはここで。執筆頑張ってね!」
Last Updated : 2025-03-25 Read more